第258回
Atherosが考える、無線LANとPC/家電



 先月、7月21日にAtheros Comunicationsが発表した無線LANチップは、デジタル家電向けにとても魅力的な製品だった。PC Watch/AV Watchでは、そのときのニュースが掲載されていなかったので、ここで簡単に新製品を紹介しておこう。

 Atherosが発表したのは無線LANチップセットの「AR5005VA」。この製品がターゲットとしているのはPCではなくデジタル家電である。すでに同社製PC向け無線LANチップで実現されているSuper A/Gモード、圧縮転送モードに加え、「VLocity」と名付けられた次世代の高速無線LAN技術IEEE 802.11nで提案されている高速通信の要素技術を取り入れることで、さらなる高速化を果たしている。さらに、やっとIEEEでの審議が通ったQoS(帯域保証サービス)の標準規格IEEE 802.11eにも対応する(IEEE 802.11eに関しては、ドライバアップデートで既存のAtheros製Super A/Gモード対応チップも対応)など、PC向けに搭載されている同社製チップよりも、かなり進んだ技術を採用する製品となっている。

Atheros Comunications AR5005VA

 しかもMIPSプロセッサ、SDRAMコントローラ、各種I/Oを持つシステムオンチップの構成で、外部MPEGエンコーダ/デコーダチップの接続ポート、MPEG-TSパケットのIPカプセル化、デジタル著作権管理向けの暗号化機能までも内蔵している。

 つまり、「AR5005VA」を用いれば、メモリやインターフェイス、ファームウェアなどを付加することで、容易に無線LAN対応のマルチメディア端末やルータ、アクセスポイントなどを構築できることになる。特にVLocityという技術は、PC向けの無線LANチップにはまだ搭載されていない新しい技術で、30m以内ならば50Mbps以上、近距離ならば90Mbps以上の速度で通信できる。

 Atherosのマーケティング・ビジネス開発担当バイス・プレジデントColin L.M. Macnab氏に、AR5005AVと、今後のPC向け無線LANチップ、無線LAN技術の動向などについて話を伺った。


Atheros Comunicationsのマーケティング・ビジネス開発担当バイス・プレジデントColin L.M. Macnab氏

 今回発表された新製品はデジタル家電向けのシステムオンチップだったが、これにはPC向けのチップセットには搭載されていない機能も含まれている。AVデータを扱うデジタル家電だからこそ、帯域幅の拡大とQoSのサポートを重視したとも想像できるが、PC向けチップの予定はどうなっているのか。

Macnab氏「PC向けにデータ通信用の無線LANチップも、もちろん開発しています。スケジュールは言えませんが開発していることは間違いありません。しかし、PCのデータトラフィックと、AVストリームのトラフィックでは、その質が全く異なります。両者のトラフィックのパターンは全く異なるものなんです」。

 無線LANが必須となっている家電製品はまだ少ない。ビジネス面を考えれば、PC向けを開発し、それをデジタル家電向けにアレンジする形の方が効率的に見える。

Macnab氏「現在、無線LANに実効速度で50Mbpsを越えるスループットを必要とするアプリケーションは、HDのビデオストリーム配信ぐらいでしょう。優先順位を付けた場合に、デジタル家電向けのチップセットの完成度を高めることが重要と考えました。また、かなり多くのモバイルPCに無線LANが内蔵されるようになり、今後の市場拡大を図る意味でもデジタル家電向け製品へ力を入れている面はあります。今後、多くのデジタル家電が当たり前のように無線LANを内蔵するようになるでしょう」。

 VLocityはマルチ無線、スマートアンテナなどIEEE 802.11nの要素技術を搭載していると言うが、これはIEEE 802.11a/g両方で有効な機能なのか?

Macnab氏「両方で機能します。VLocityにはMIMO(Multiple-Input Multiple-Output)という技術を用いています。我々のチップセットは1個のロジックチップに対して、2個の無線チップを用います。受信時には2つの信号から特定方向の信号を割り出す処理を行なうため、S/Nが改善されます。送信時にも2つのラジオチップを用い、特定方向へのエネルギーが最大化するように調整します。この2つの技術を併せて、トータル6~10dB程度も信号品質が向上します。これにより、距離が離れてもS/Nを良好に保ち、高速なリンクを維持できるようになります」。

 ラジオチップが2倍になると、1チップあたり2個のアンテナを接続するとして、トータル4個のアンテナが必要になる。今回のようなデジタル家電向けであれば話は別だろうが、モバイルPCへの実装は、スペース的に問題が出てくるのでは?

Macnab氏「4個のアンテナは、様々なトレードオフの中でちょうどいい数字なんですよ。4個のアンテナを用いたMIMOによりアップする送受信効率は、アンテナ増加に伴うコストや実装場所などのトレードオフに十分見合うものです。それにMIMOのソリューションは、両方が対応して初めて成り立つ、というわけではありません。通信相手か自分のどちらかがMIMO対応ならば5dB以上の改善が可能で、両方がMIMOになると6~10dBの改善になるわけです」。

 AR5005VAは帯域保証サービス機能(QoS)のIEEE 802.11eにも対応しているが、この規格は各方面から望まれつつ、仕様決定にまでずいぶん長い時間を要してしまった。過去にはWhiteCapやAir5といったQoS技術もあり、技術的な問題はあまり無かったと推測される。なぜ、これほど遅れてしまったのか?

Macnab氏「IEEE 802.11は多くのグループ、多くの企業が参加しています。その中で政治的な駆け引きもあって、かなり時間がかかってしまいました。より良い新しい技術を入れようとしたことも、遅れの原因のひとつです。しかし、大きな企業が(自社の利益のために)全体を留めてしまうという状況もありました」。

 「この件でもうひとつ申し上げておきたいのは、2003年に発表したSuper A/G対応チップ以降は、すでにチップレベルでIEEE 802.11eに対応するための機能が入っています。これらはドライバのアップデートでIEEE 802.11eにも対応可能になります」。

 AR5005VAでは、具体的にQoSをどのような形で使っているのか?

Macnab氏「あくまでも例ですが、HD映像ストリーム+データ通信用の10Mbps+SD映像2本+オーディオストリームをひとつの無線LANチャンネルに載せることができます。30m以内ならば、これらのアプリケーションを同時にサポートする帯域を確保できますから、家庭においては家の大部分をカバーできるでしょう」。

 「また、MPEGエンコーダチップを接続するインターフェイスも備えています。これにより、様々なデバイスにワイヤレスの動画機能を組み込むことが簡単に行なえるようになります。ワイヤレステレビはその一例ですが、他にもワイヤレスでPCやビデオレコーダからの映像受信しながらデコード/表示を行なうデバイスなどにも応用が可能です。通常、そうしたデバイスを開発するには、様々な要素を組み合わせて独自の設計を行なう必要がありますが、AR5005VAならばリファレンスの設計を再設計することなく自社製品に組み込むことが可能になります」。

 メディアストリームをIPカプセル化したり、暗号化を行なう機能をチップレベルで搭載しているようだが、これはチップレベルでDTCP over IPに対応しているということなのだろうか? 機器同士の認証を行なうことが可能だろうか?

Macnab氏「DTCPに対応するにはデバイス同士が認証する仕組みが必要ですが、これを実装するかどうかはメーカー次第です。我々の製品がサポートしているのは、メディアストリームのカプセル化を行ない、トランスポートレイヤのレベルで暗号化を行なうことです。こうすることで、ワイヤレス区間に流れるメディアストリームの盗聴を防げます」。

 Atherosは元々IEEE 802.11aの技術で伸びたベンダーだ。しかし、電子レンジや(米国における)デジタルコードレスホンなどと帯域が重なるため、映像ストリームを扱うデジタル家電ではIEEE 802.11aが主流になるだろうとの予測が大勢を占めていたにもかかわらず、PC業界はまだ2.4GHz帯が主流になっています。今後、5GHz帯が主流になることはあると思いますか?

Macnab氏「IEEE 802.11aが普及していないのは、それを必要とする需要が十分に創出されていないからでしょう。しかし、5GHzはおっしゃるように他機器からの干渉がないクリーンな帯域です。今後、デジタル家電の発展とともに、干渉の少ない帯域であることが普及を加速させると思います。アプリケーション面での牽引役は動画配信になるでしょう。ビデオは途中で通信を留めるわけにはいきません。ずっと帯域を使い続けます。このようなアプリケーションが、デジタル家電の無線LAN対応が進むに連れて普及してくれば、そのときには5GHz帯が使われるようになると思います」。

 「しかし、何でもかんでも5GHzである必要はありません。5GHzはそれが必要なアプリケーションのために使われるべきです。たとえばIEEE 802.11nは2.4GHzと5GHzの両方をカバーしていますが、5GHzの実装はオプションです。Microsoftはデータ通信を2.4GHz帯に集約し、ビデオやオーディオなどのメディアストリームには5GHz帯を使うといった、帯域の使い分けを提案しています。現実的には、このような帯域ごとの特徴を活かした使い分けが行なわれていくでしょうね」。

 PC業界もデジタル家電業界も、ホームネットワークにおけるデバイスやアプリケーションの開発に取り組んでいるが、まだ成功者と言えるベンダーは生まれていない。本当にワイヤレスホームネットワークは、業界を塗り替える切っ掛けになるだろうか?

Macnab氏「確かに完全にあらゆる要素を満たしたベンダーはまだ現れていません。しかし、だからこそこの先伸びる可能性もあります。もっとも、個人的には家電ベンダーしか、この分野を立ち上げることはできないと考えています」。

 家電ベンダーは自分たちこそが次世代の王だと考えているようだが、制約の多い家電製品にはPCとは別の弱点もあるように思える。家電業界こそが市場を立ち上げる鍵となると考えている理由は何なのか?

Macnab氏「世の中、それがどこであっても、ユーザーは2つに分類できます。既にPCを使っていて、それに対して大きな不満を持っていない人たち。もう片方はPCを持っていない、あるいは持っていても単なる仕事道具程度にしか思っていない人たちです。この両者に対してアプローチできるのは、家電ベンダーだけです。PCを望まない人たちは、決してPCベンダーの製品を望みません」。

 PCでの無線LANの実装はかなりこなれてきた。Windowsを使えるユーザーならば、無線LANもまた、大きな苦労なく使えるかも知れない。しかし家電ユーザーにとって、無線LANにデバイスを参加させることは、かなり難しいのではないか?

Macnab氏「無線LANが家電向けにはまだ難しいことは認識しています。そう、おそらく今年のクリスマスには、そのことに関して何らかの情報を届けることができるでしょう。これはIEEE 802.11のネットワーク管理技術を担当しているワーキンググループが開発しているもので、真に“ノーステップ”で無線LANの構成を行なえます。デバイス間は、きちんと暗号化されたネットワークで繋がれます。それでいて、機器間の通信に暗号化されないパスワードは一切流れません。まだ詳細は言えませんが、ソフトウェアレベルで対応できるため、既存のAtheros製無線LANチップは、すべてドライバアップデートによって対応が可能になります」。

□Atheros Communicationsのホームページ
http://www.atheros.com/
□関連記事
【7月21日】アセロス、動画伝送向けのIEEE 802.11a/b/gチップセット「AR5005VA」(BroadBand)
http://bb.watch.impress.co.jp/cda/news/6027.html

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(2004年8月10日)

[Text by 本田雅一]


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