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MicrosoftのNAP契約が引き起こしていた問題点

NAP問題に関して会見するマイクロソフトの平野高志 法務・政策企画統括本部長


 MicrosoftのWindowsに含まれるNAP(the non-assertion of patents provision)、いわゆる特許非係争条項について、公正取引委員会は独占禁止法違反で排除勧告を行なった。

 この件については、今年2月から調査が開始され、先々月から先月にかけては日本のPCベンダートップに対し契約書の提出や事情聴取などの協力を求めるに至っていた。同様の調査は欧州などでも行なわれていたが、公正取引委員会の出した結論は、過去の契約を含めすべての契約からNAPを削除せよという厳しいものだ。

 10年以上前からWindowsのライセンスを行なううえで必ず盛り込まれてきたNAPが、なぜ今になって問題になったのだろうか?

●そもそもNAPとは

 そもそも、なぜNAPが必要だったのか。

 NAPがPC OEMとの契約に盛り込まれ始めたのは、Windows 3.0 MMEやWindows 3.1の時代だと言われている。このころ、Microsoftは徐々にマルチメディア機能をOSに実装し始め、OSのAPIを拡充するだけでなく、様々な機能をOSの中に取り込みながら強化していく方向へと向かい始めていた。

 しかし、Windows 3.0のヒットがあったとは言え、多くのPCベンダーよりも小さく法務部門も弱かったMicrosoftが、OSベンダーとして機能拡張を猛烈に進めるためにはNAPが必要だったのである。片や無数の特許を保有し、増やし続けている大企業、片やポッと出のソフト屋である。そうした力関係の中で、ソフトウェア技術を特許係争によるロスを回避しながら高めていくため、自衛手段としてNAPを契約に盛り込み始めたわけだ。

 しかし現在、当時の小さなMicrosoftはなく、ソフトウェア業界だけでなく世界的に大きな影響を与える巨人 Microsoftへと成長した。NAPは生まれるべくして生まれたもので、あるいはMicrosoftにとっては今も同じく必要なものなのかもしれない。だが、一方でMicrosoftの立ち位置が変化したことに伴い、Microsoft社外からのNAPに対する見方は変化した。MicrosoftがPC用のOSにおいて独占的な地位を築いたためである。

 もちろん、独占的な地位を築くことそのものは問題があるわけではない。利益を追求することは企業として当然のことだ。しかし、独占的な地位にたどり着いてなお、NAPを取引相手に強制することは非競争的ということもできる。おそらく、今回の公正取引委員会の判断は、現時点におけるMicrosoftと契約先の状況を考慮したものだろう。

 Microsoftは、今後締結される新しい契約に関しては、NAPを削除する方針を示している。しかし、現在および過去の契約から、NAPを即時取り除くことは難しいだろう。なぜなら、公正取引委員会の調査が開始された背景には、NAPによって守られている例が、現時点でも存在するからである。

 Microsoftは元々、それほど多くの特許を取得してこなかった。コンシューマ市場へのアプローチと共に特許取得件数は増え、現在は多くの特許を出願しているが、NAPによって守られているため、自衛として特許を取得することにあまり熱心ではなかったためだ。

●浮上するWMV9に絡む問題

 たとえばMicrosoftはWindowsにDVD再生機能を搭載していない。なぜだろう? それはMPEG-2を含むDVD特許が高いからだ。WindowsにDVD再生機能を組み込んでしまうと、すべてのWindowsに対して個別に特許料を支払わなければならなくなる。同様にMPEG-4技術を用いたビデオ圧縮技術を開発していたMicrosoftは、結局、MPEG-4を捨てて独自にWindows Media Videoを開発する方向へと流れた。

 MPEG-4の特許料は、高すぎると言われたMPEG-2の10分の1にしか過ぎないが、それでも世界中のWindowsマシンにインストールされ、さらにダウンロードで従来のWindowsでも利用可能にしようとすると非常に大きな負担(一説には毎年20億ドル)になる。それならば、新たなコーデックを開発した方が安いというわけだ。

 MPEG-4に代わるコーデックとして開発されたWMVに関して、昨年までMicrosoftは一貫して「MPEG-4/AVC(H.264)に似たものだが、実装が異なる」と主張してきた。リバースエンジニアリングが禁止されている中では、この主張を崩すことは難しいかもしれない。ところが、昨年10月にWMV9の圧縮・伸張アルゴリズム部分を抜き出したVC-9のソースコードがSMPTE(映画テレビ技術者協会)に提出されたことで状況が変化してしまった。

 SMPTEに加盟する複数のベンダーから、今年はじめごろから「VC-9はH.264/AVCとほとんど同じ。これにMPEG-2の要素(9×9マトリックスエンコード、量子化行列など)を盛り込み、一部の演算を固定小数点に置き換えることで速度アップさせたものだ」との声が聞かれるようになっていた。確かに実装は異なるが、元となるアルゴリズムは同じというのである。

 実際、このことは大きな問題に発展しかけたが、結局、MPEG技術のライセンスを行なうMPEGLAが問題の長期化・拡大を避けるため、VC-9に関するパテントプールを公募し、ライセンスをMPEGLAが行なうことで決着している。すでにVC-9に含まれる特許の公募は終わり、MPEGLAでは6月初旬にライセンス料金・方法などに関する会議が催され、来年初旬までにはライセンス方針が決まる模様だ。

 ちなみにVC-9で使われている特許はH.264/AVCとほぼ同じで、特許保有者ももちろん同じ。MicrosoftはVC-9で使われている数十の特許のうち、1件しか取得していない。結局、VC-9(=WMV9の圧縮アルゴリズム)のライセンス料金は、他の多くの企業(大部分は日本の家電ベンダー)が制空権を握っている状態だ。

 本来、ここまで明らかな特許に関する問題が発生すると、訴訟へと発展するのが普通だ。そして裁判で勝てば、過去に出荷した製品も含め、懲罰的に通常よりも遙かに高い特許料を徴収することもできるだろう。しかしMPEG-4特許を持っている企業のほとんどすべては、Microsoftとの契約を持っている。Microsoftとの契約を持たない特許保有者は、大学や研究機関などだけだ。

 SMPTEにソースコードを提出していることから、Microsoftが意図的に特許侵害をしたとは思えないが、MPEG-4の特許保有者にとって、NAPが支障となっていたことは想像に難くない。

 あくまで推測にしか過ぎないが、1月のDVD ForumでHD DVDにVC-9が採用されることが仮決定された直後に、公正取引委員会の調査が入ったことは偶然ではないだろう。通常、こうした調査は何らかの情報提供があって開始されるものだからだ。

●MicrosoftはNAPを本当に捨てられるのか?

 Microsoftが即時のNAP破棄を強制されても、おそらくVC-9に関して過去に遡ってのライセンス料支払いを求める裁判は起こらないだろう。利害関係のあるほとんどの企業が、HD DVDあるいはBlu-ray Discを支持し、いずれもがMicrosoftとの折り合いが悪くなるよりも、共同で新しい光ディスクの普及を進めることを望んでいるからだ。

 ただ、VC-9に関する問題は、NAPに関する問題のごく一部を照らし出しているに過ぎない。前述したように、Microsoftは過去、あまり特許の取得に積極的ではなかった。もしNAPが廃止されれば、VC-9以外の部分でも特許侵害による訴訟対象として狙われるリスクを背負い込むことになる。たとえ訴訟にまで発展しなかったとしても、契約更新時などにおける交渉のためのカードとして切られる可能性もある。

 MicrosoftがNAPの問題を認めながら(認めたからこそ次回契約からの削除を発表しているのだろう)、決して今すぐに破棄しないのは、係争となる可能性がある部分を潰していく時間的な余裕を作るためだと考えられる。

 本当にMicrosoftはNAPを捨てられるのか? 今すぐ対応することは非常に難しいハズだ。

□Microsoftのホームページ(英文)
http://www.microsoft.com/
□ニュースリリース(和文)
http://www.microsoft.com/japan/presspass/detail.aspx?newsid=1980
□公正取引委員会のホームページ
http://www.jftc.go.jp/
□ニュースリリース(PDF)
http://www2.jftc.go.jp/pressrelease/04.july/04071301.pdf
【7月13日】公取委、Microsoftに「非係争条項」の排除を勧告
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/0713/jftc.htm
【7月13日】Microsoft、排除勧告に抗戦の構え
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/0713/ms2.htm

(2004年7月13日)

[Reported by 本田雅一]


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