第242回
VAIO第2章が意図するもの



10日に開催されたVAIO 2004年夏モデル発表会での木村敬治 NCプレジデント

 ここ1年ほど、ソニーがPC分野において“ずいぶん、おとなしいな”と感じていた人もいるのではないだろうか。2003年夏モデル以降のVAIOシリーズは、それまで山のように付属した自社製ソフトウェアが整理され、超軽量モデル発売などの話題もあるにはあったが、新ハードウェアの投入ペースも鈍っていた。

 別途インタビューしたソニー IT&モバイルソリューションズネットワークカンパニーの木村敬治 NCプレジデントは「1年と少し前にそれまでのVAIOの資産を1度捨て、再構築する作業を進めてきた」と話す。木村氏は昨年に話を伺った際に「ソニー独自で開発し、プリインストールしても、それを顧客に使ってもらえないようならば意味がない。使ってもらうためには、その分野で一番の使いやすさや品質が必要。そうでないなら、ソニーがPCをやる意味はない」と話していた。

 ソニー自身、PC技術にAV機能を詰め込んできたこれまでのVAIOシリーズが、新しいフェーズに入ったことを「VAIO第2章」の始まりだとしている。ではVAIO第2章、新しいVAIOとは何なのか? ソニーは何をやろうとしているのだろうか?

●AVの真似からホンモノのAVの世界へ

'98年に発売されたTVチューナ/MPEGエンコーダ搭載機「VAIO PCV-T720MR」

 現在、日本で売られているデスクトップPCのほとんどがAV機能を包含している。PCでTVを見たり、音楽を聴いたり、あるいはDVDを作成したり、音楽CDを作るといった機能は、どのPCを購入しても簡単に行なえるよう、プリインストールのソフトウェアに工夫を施すなどしてサポートしている。それどころか、一部の機能に関してはOSであるWindowsの機能の一部としても取り込まれている。

 こうしたAV機能を含むPCの世界で、VAIOシリーズはかつて先頭を走っていた。VAIOシリーズの7年の歴史は、PCへのAV機能実装の歴史でもあり、順調にソニーのコンセプトは世の中に浸透しているかに見えた。しかし、PCへのAV機能の実装が当たり前になってくると、額面上は他社との差がなくなってくる。実際、一部の機能に関しては他社の方が優れたものへと成長している部分もあったし、サードパーティ製のテレビチューナボードにも完成度が高いものが登場してきている。

 既存のPCプラットフォームにアドオンで組み込んだAV機能では「VAIOだから」「VAIOならではの」と言ったところで、独自性が出なくなってきたのも事実だろう。そこでソニーは、VAIOブランドをソニー製PCのブランドとしてではなく、PCとAVを融合した様々な製品群、相互運用環境を生み出す新しいビジネスブランドとして確立しようとしている。それこそが「VAIO第2章」の本質ではないか。

新開発のユーザーインターフェイス「Do VAIO」

 VAIO第2章では従来のWindows搭載PCだけでなく、コンピュータ技術を用いた他のデバイスも展開するという。OSがWindowsでなくとも、中身がコンピュータ技術ならば取り組んでいくというわけだ。近年はHDD内蔵のデジタルデバイスが増えてきているが、それらの中身は基本的にコンピュータだ。

 デジタル技術の普及により、PCと家電の間が急速に縮まり、その中で新しい市場が生まれていることは衆目の一致するところだろう。その新しい市場におけるVAIOブランドとしての確立が「VAIO第2章」だとも言い換えることができる。

 また、VAIOに実装されているAV機能を簡単に使いこなすための新しいユーザーインターフェイス「Do VAIO」も開発された。Do VAIOは、いわばソニー版のMedia Centerとも言えるもので、PSXとも似た雰囲気を持つデザインでリモコン操作が行なえる。


●新製品ラインに見る“VAIO第2章”のエッセンス

VAIO type V

 新製品ラインナップの中で、こうしたコンセプトをもっとも良く表しているのは、VAIO type V、VAIO type U、VAIO Musicの3つだろう。中でもtype Vは、表向きのこそVAIO W以来の「一体型テレビパソコン」の皮をかぶっているが、内部的には大きな変化が見られる。

 通常、PCにおけるテレビ/ビデオの表示は、Windowsのビデオ出力アーキテクチャに基づいて映像ストリームがグラフィックアクセラレータに送られ、グラフィックチップ内部でレンダリングしたものを、Windowsのビットマップグラフィックに合成して出力している。

 しかし、本来は色再現域が広くアナログ的に絵を作れるブラウン管への出力を前提にしたテレビの映像を、色再現域が狭く画素も固定化され、階調表現力や応答速度に限界のある液晶で見栄えよく表示することはなかなか難しい。実際、単体の液晶テレビを見ても、メーカー間の画質差や絵作りの差(NTSCを液晶パネルで表示するノウハウ)は大きく差があり、現在進行形で進化している分野だ。単純にテレビ映像のストリームをグラフィックチップに流し込んでも、良いテレビにはならない(PCでCRTに出力する場合も、テレビとPCディスプレイは特性が異なるため同じような色にはならない)。

 ではPCディスプレイをテレビに似た特性にすればいいのでは? と思うかもしれないが、PCのグラフィック表示はsRGBを前提にしたアプリケーションが圧倒的多数のため、今度はPCとして使う場合に不都合が出てきてしまう。たとえばデジタルカメラの画像をカラーマネジメントに対応していない普通のビューアで見ると色の印象が大きく変化してしまう。

VAIO type Vに搭載されるMotion Reality

 type Vでは、ソニーが自社製のホームシアター用液晶プロジェクタに採用しているものと同じアーキテクチャを持つ液晶パネル用映像プロセッサ「Motion Reality」を搭載することで、この問題に取り組んでいる。PCで再生する映像ストリームは、直接グラフィックチップに入るのではなくMotion Realityに入力。別途、グラフィックチップから出力されているピクセルデータと合成して出力するようになっている。

 Motion Realityには、固定画素デバイス用のスケーリングに対応したプログレッシブ変換、液晶パネルのオーバードライブ、テレビ用に特化したシャープ処理、ダイナミックレンジ拡大処理、色空間の変換処理などの機能が詰め込まれた。

 その結果、type VはPCでありながら、テレビなどあらゆる動画再生に関して単体液晶テレビ並の画質を達成している。17型モデルはTN型液晶を採用しているため、画角や色に関しての問題が残っているように見えたが、IPS液晶パネルを採用している20型モデルは、同社の液晶テレビ「液晶WEGA」に似た画質、絵作りになっていた。

 PCのおまけでテレビ機能が付いてくるのではなく、テレビの品質とPCの機能が一体化している。これはこれまでのPCには無かったコンセプトだ。

VAIO type U

 一方、type Uは従来のVAIO Uとは異なるカタチで投入される。従来機はPCのカタチをそのまま小さくして提供したものだったが、その使い方はユーザー自身が考えるものだったと思う。しかし、type Uは感圧型タブレットに対応、折りたたみ式の外付けキーボードを標準で同梱するなど新しいコンセプトを打ち出している。

 小型のWindowsマシンを外に持ち出して使うとき、どんなスタイルで使うのが良いのか。これまでユーザー任せだった部分での提案を、具体的な製品の機能に盛り込んでいる。ソニーはかつて、VAIO Uを顧客がどのように使うのかを見極めたいと話していたが、type Uはそうした従来機ユーザーからの声をソニーなりに消化、製品へと反映させたものだ。


VAIO pocket

 VAIO pocketは、VAIOで培った経験を生かした音楽プレーヤで、もちろんWindowsは入っていない。昨年末に発売したハードディスクビデオプレーヤー「PCVA-HVP20」とコンセプト的には近い。カラー液晶、新感覚のユーザーインターフェイス、バッテリ持続時間、デジタルカメラの画像バックアップ機能などで独自性を出す。未だOpen MGによる、MP3など著作権フラグのないデータを自由に扱えないといった呪縛からは逃れられていないが、VAIOブランドの中におけるノンPC機器の方向を表現しているとは言えそうだ。



●PCを取り巻く諸問題への対応が鍵

VAIO type A

 このほか、17型WUXGA液晶パネルを採用したVAIO type Aにも注目したい。type Aでは、上位モデルに付属するスピーカーとデジタルアンプが採用されているが、個人的にはハードウェアよりも英国Sony Oxfordでチューニングしたというイコライジングプロファイルが興味深い。

 ソニーは昨年、録音スタジオ用の音質調整コンソールで培った技術をソフトウェアで実装した「Sonic Stage Mastering Studio」の、VAIOシリーズへのバンドルを開始した。このソフトウェアは、業務用コンソール品質で音質調整や加工フィルタを行なうものだったが、2004年夏モデルからはこのソフトウェアの技術を、Windowsからのすべての音声出力にかけることができる「Sonic Stage Mastering Studio Filter」がバンドルされる。

 type Aでは、付属のセット(ドッキングステーション内蔵アンプや付属の外付けスピーカ)における音響特性を補正するフィルタセッティングが5種類付属する。このセッティングは、Sony Oxfordのエンジニアが実際にtype Aセットの音を聞き、スピーカーのクセ(特定周波数帯に現れるピークやエンクロージャの鳴り)を抑え、小型スピーカでは薄くなりがちな低域の補正などを補正したものだという。

 その結果そのものもなかなか良いのだが、ソニー社内のオーディオ的なノウハウをソフトウェアに実装し、ハードウェアである商品を改善している点が面白い。フィルタセッティングが付属するのは、type Aのみとのことだが、今後、すべてのVAIOで同じようなチューニングが行なわれるようになれば、シリーズ全体のAV色をさらに色濃くできるだろう。

 ただし、新しいVAIOのラインナップに死角がないわけではない。PCにおまけ的に付加したAV機能ではなく、ホンモノのAV機器の性能を目指したという新しいVAIOだが、AVベンダーとしての技術/ノウハウをハードウェアとして実装しているのは、type VのMotion Realityだけだ。また、新ユーザーインターフェイスのDo VAIOも、デザインや方向としては良い素性ではあるが、まだ“Windows上にかぶせたリモコン用シェル”の段階だ。ソニーの言う「VAIO第2章」を完遂するには、Do VAIOを完全にWindowsから独立したユーザー環境へと熟成させる必要があると思う。

 しかし、年内にはさらに新しいコンセプトの製品が追加されるようだ。そのうちのひとつは、TiVoをベースとしたCoCoonチャンネルサーバが実現していた自動録画機能のインテリジェント性をさらに増した、新コンセプトのレコーダ機能だという。

 そしてもうひとつは、デジタル放送への対応だ。現時点では、コピーワンス信号やハイビジョン放送に対してPCは手も足も出ていない。高品質オーディオに関しても、AV機器では認められているDVD-AudioやSACDの信号をiLINK経由でデジタルアウトする機能はPCには(そのままでは)実装できない。これらに関して解決策を施したPCを、VAIOシリーズとして投入するという。

 これらPCでAVコンテンツを扱うための諸問題に対して、どれだけクリアな回答を用意できるのか。「VAIO第2章」というかけ声が、どこまでリアリティのあるものになるかは、そこにあるように思う。

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(2004年5月12日)

[Text by 本田雅一]


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