大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

もうモバイルギアは復活しないのか


モバイルギアII「MC/R550」

 NECのモバイルギアが復活することは二度とないかもしれない。

 これまで水面下では、モバイルギア復活に向けた取り組みは何度となく試みられていた。だが、その計画ももう浮上することはなそさうだ。

 なぜか。最大の理由は、モバイルギア生みの親である成澤祥治氏が、3月31日付けでNECを退社したからだ。いや、正確にはセカンドキャリア制度を利用した長期休暇である。だが、事実上の退社といえないこともない。

●キーボードを搭載したモバイルギアとシグマリオン

 モバイルギアは、'96年4月の発売以降、累計567,000台を出荷した実績を持つ。すでに、2002年3月末時点で生産を終了しており、現在は市場にはない。だが、その手軽な操作性から、依然として復活を求める声が多いのも事実だ。

 そしてもう1つ、成澤氏が関わったPDAに、シグマリオンという製品がある。これは、NTTドコモにOEM供給され、ドコモブランドで発売されている製品だが、もともとはモバイルギアの技術、ノウハウをもとに派生した製品というのは多くの人が知る事実。モバイルギア以上に小さな筐体は、持ち運びの面でもさらに優位性を発揮できるものとして人気を博していた。

 いずれの製品とも、キーボードを搭載したPDAというジャンルを作り上げた功績は大きいといえる。今でも、IT関連の会見の記者席では、モバイルギアのキーボードを叩いて原稿を執筆している記者を見ることができる。テキストだけを入稿すればいい記者にとって、軽量で、長時間バッテリ駆動が可能なモバイルギアはまさに欠かせないツールだったというわけだ。

●モバイルギアは“成澤モデル”の集大成

社内限定向けにモバイルギアの前身として開発されたVT1。その右はモバイルギア、モバイルギア2

 しかし、今回の成澤氏の事実上の退社によって、モバイルギアの復活がなくなる公算が強くなった。NECのPDA事業を外から見てきた筆者の目からは、NECの社内には、この事業の後を継ぐ人材がいないと見えるからだ。そして、NECにとっても、採算性が見えない事業への再参入は、収益性を重視するいまの体制のなかでは難しいと言わざるを得ない。

 もちろん、企業として取り組んできたわけだから、社内にはモバイルギア、シグマリオンの開発ノウハウは数多く蓄積されている。これをもとに製品化できないこともないだろう。一人のグループマネージャーの退社で、PDA事業全体に影響があるというのも大企業としては問題がある。

 だが、製品の開発、設計というのは、特定の技術者やリーダーに大きく依存されるものだ。また、それを強いリーダーシップのもとに事業として成長させる人材も必要だ。

 成澤氏自身、自ら何台ものPDAを持って、実験しながら、その結果を製品化に反映してきた経緯がある。

 モバイルギアの開発では、自ら新幹線に試作品を持って乗り込み、キーボードの音がまわりにうるさくないように部品を変えたり、座席のテーブルに置いたときに、新幹線の振動に対しても最も安定性がよくなるように裏面に固定ラバーを配置する位置を変更したり、といった実験も行なっていた、という逸話もある。

 まさに成澤モデルといわれるモバイルギアは、こうした成澤氏自らの取り組みによって、製品化されたものなのだ。残念ながら、NECには、いま、そうした人材がいないともいえる。

●モバイルギアとは生い立ちの違うPDA

 もう1つの見方をすれば、NECグループでは、NECインフロンティアのPocket@iや、3月30日にNECパーソナルプロダクツが発表したLOOKCLUBシリーズというPDA製品もある。ここからモバイルギア復活の道を探るという選択肢もあるように見える。

 だが、いずれの製品もキーボードを持たない製品であるし、生い立ちとターゲットがモバイルギアとは大きく異なる。

 NECインフロンティアのPocket@iは、Windows CE.NETを搭載し、受注生産を前提とした、企業ユーザーをターゲットとした製品だ。

 また、LOOKCLUBは、ノートPCの生産拠点であるNECパーソナルプロダクツの米沢事業場で生産され、シグマリオンで採用している英Picsel Technologiesのブラウザを搭載するなど、一見、モバイルギアの流れを汲んでいるように見える。

 だが、実際には、米沢に本拠を置いているDMS事業部という部門が生産している製品。この部門では、デジタルシューティングシステムや業務用タッチパネルPCなどの特殊な製品ばかりを担当しており、携帯電話の事業と連動していたモバイルギア(シグマリオン)の担当事業部門とはまったく異なるところから登場した製品である。

 このように、NECブランドで投入されている製品は、もはやモバイルギアの流れとは別のところで製品化されているものばかりなのだ。

 だからこそ、モバイルギアの復活の可能性はかなり低くなったといっていい。個人的な意見としては、その可能性はゼロだとさえ感じる。

Pocket@i LOOKCLUB
米沢DMS事業部の製品。左がデジタルシューティングシステム

●新たな道への充電期間

成澤祥治氏(2002年当時)

 成澤氏はセカンドキャリア制度を利用しており、今後2年間の間に、どこかの企業に転職するか、あるいは自ら企業を興すことになる。関係者の話などでは、後者の可能性が大きいともいわれている。

 成澤氏がどんな企業を興すかはわからないが、仮に、この企業がハードウェアの開発企業となり、ここで、ポストモバイルギアといえる製品が登場することを希望したいと思うのは、筆者だけではないだろう。

 成澤氏は、3月31日、関係者に宛てたメールのなかで次のように語っている。

 「60歳以降も働くための助走期間として、休暇充電するつもりです。今後もPDA事業推進をしていたときと同様に、『楽しく』また『感動する』仕事を継続させたいと考えています。私のモットーは『楽しくなければ仕事ではない』です」

 成澤氏の新たな挑戦に期待したい。

□NECのホームページ
http://www.nec.co.jp/
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(2004年4月5日)

[Text by 大河原克行]


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