笠原一輝のユビキタス情報局

デジタルホームを実現するまでに乗り越えなければならない壁




DHWGの議長であるソニーのスコット・スマイヤー氏

 ホームネットワークにおける相互運用性の実現を目指す業界団体であるDHWG(Digital Home Working Group)は、CEATECが開催されている幕張メッセ近くの会場で記者会見を開催し、DHWGが取り組んでいる取り組みについて説明した。

 今年の6月に設立が発表されたDHWGだが、PC業界、家電業界、シリコン業界などが集まり、家庭内におけるデジタル機器の相互運用性を推進するための業界団体だ。現在DHWGは、ガイドライン策定に向けて作業をしており、2004年の後半には対応製品が登場する、というスケジュールで動いているという。

 ところが、それでデジタルのホームネットワークに関する問題がすべて解決かと言えば、全然そんなことはない。なぜならば、DHWGのガイドラインには“デジタル著作権管理”という最も重要な要素が入っていないからだ。


●地上デジタル放送では著作権管理の仕組みが導入される

 今年の12月から日本でも地上デジタル放送が開始される。すでに、総務省は2011年にはアナログ地上波放送を終了させる計画を明らかにしており、否が応でも8年後には地上デジタル放送に移行しなければならなくなる。これは日本のPCベンダにとって、かなりの頭痛の種だ。というのも、PCベンダが地上デジタル放送に対応することは、彼らのPCの魅力を損なう可能性があるからだ。

 地上デジタル放送では、DTLA(Digital Transmission License Administrator)が規定しているDTCP(Digital Transmission Content Protection)という仕組みに基づいた暗号化が採用されている。地上デジタル放送では映像データはパケットで端末にストリーム配信される形になるが、そのパケットの先頭にCCI(Copy Control Information)と呼ばれるデータが付与される。CCIの信号には、

・コピー フリー(自由にコピーができる)
・コピー ワンス(一度だけコピーができる)
・コピー ネバー(絶対にコピーできない)

 という3つの種類があり、端末はそのCCIにかかれている信号に従ってデータをローカルのストレージに残せるかどうかを判断する。

 一番緩やかなコピー・フリーでは、端末内のストレージに保存できるだけでなく、他の端末にコピーすることもできる。コピー・ワンスでは、自分の端末内のストレージには保存できるが、他の端末に対してはコピーできない。一番厳しいコピー・ネバーでは、端末は自分のストレージに対しても保存できない仕組みになっている。

 この暗号化を解除するには、B-CAS社が提供するB-CAS(B Conditional Access System)と呼ばれるICカードを端末に挿入する必要があり、B-CASカードがなければ、地上デジタル放送を見ることはできない(このため、日本ではB-CAS方式などとも呼ばれている)。

 すでに開始されているデジタルBS/CS放送でも同様の仕組みが採用されており、暗号化の機能を持たない端末に対しては、デジタルBS/CSを見るのに必要なB-CASカードが発行されない仕組みになっている(B-CASカードを添付できない機器はスクランブルを解除できないので、意味をなさないことになる)。

●地上デジタル放送開始でデスクトップPCのテレビ録画機能が危機に

 デジタルデータがそのまま流れるデジタル放送では、DTCPのような著作権保護の仕組みが採用されることは、著作権者の保護という観点からすれば当然のことで、その是非に関しては議論の余地は少ないと筆者は思う。

 しかし、これがデスクトップPCにとって大きな脅威となる可能性がある。というのも、地上デジタル放送ではほとんどの番組がコピー・ワンスとなる予定であるからだ。コピー・ワンスの番組は、録画することこそ可能であるが、その後、ほかの端末にコピーしたりネットワーク経由でストリーム配信するなどの処理は全くできなくなる。

 現在、テレビの機能を持つデスクトップPCを利用しているユーザーは、PCで録画した後DVDに書き出したり、あるいはノートPCに入れて持ち歩き、電車の中で見たりするユーザーも少なくないと思う。しかし、地上デジタル放送に対応したキャプチャカードを内蔵したPCではそうした使い方はできなくなる。

 また、ソニーのVAIO Mediaのような、サーバーとなるPCからクライアントに対してネットワーク経由でストリーム配信するタイプのソフトウェアも、同じように利用できなくなる。

 ただし、地上デジタル放送チューナカードではなく、従来と同じようにアナログのTVチューナカードを内蔵したPCの場合には話は別だ。別途地上デジタル放送のチューナを用意し、そこからコンポジットやS端子などからアナログ出力された番組をこれまで通りのアナログチューナカードで録画することは可能だ(チューナ側のアナログ出力にもスクランブルをかけられたら話は別だが)。

 あるいは、PCにデジタルのチューナカードとアナログのチューナカードの2つを用意し、コピー・ワンスの番組を撮る場合にはデジタルのチューナカードからアナログ出力させた信号をアナログチューナで撮影する……というちょっと笑えない構成にする必要がある。

 このように、地上デジタル放送をPCで受信するようになると、PCの自由度が大幅に制限されることになるので、PCにテレビ機能を持つ意味があまり無くなってきてしまう。そうした自由度がないならHDDレコーダを買った方が簡単でかつ安価だからだ。

 PCベンダにとって頭が痛いのは、コンシューマ向けのデスクトップPCにとって、テレビはキラーアプリケーションであり、仮にテレビの機能が使えないとすれば、それは即コンシューマ向けデスクトップPCの終焉となる可能性が高いからだ。つまり、デスクトップPCを製造しているベンダは、この問題を地上デジタル放送が本格的に普及する前に解決する必要がある。

●第一段階として相互運用性を実現する、著作権管理はその次のステップ

 すぐにデジタル放送が普及するわけではないが、今後数年という単位で考えると、アナログ放送からデジタル放送への移行は確実に起きると考えられているだけに、今後放送業界に対して、きちんとしたデジタル著作権管理(DRM)の方式を提案し、せめてホームネットワークの内部だけでもコピーが可能になるようになど働きかけていくことが、PC業界のみならず、デジタル家電などを製造している家電業界にとっても急務となる。

DHWGの構想を説明するスライド。メディアフォーマットに関してはガイドライン策定することが決定されているがソフトウェアレイヤーに関してガイドラインをどうするのかはまだ明確ではない
(出展:Digital Home Working Group)

 だが、DHWGの動きを見ている限り、それは速いペースで進んでいるという様子ではない。別レポートでもお伝えしたように、6月に発表されたDHWGの発表資料によれば、DHWGが策定を奨めている最初のガイドライン(バージョン1)には、著作権保護の仕組みが入っていないという。

 これについて、DHWG議長である米国ソニーエレクトロニクス副社長のスコット・スマイヤー氏は「最初のバージョンでは相互運用性の実現を目指す。デジタル著作権管理についてはそのあとのフェーズで行なっていきたい」と述べ、大きなステップとなるデジタル著作権管理は、最初のフェーズでは含めず、まずはユーザー自身が著作権を持つデータ、例えばデジタルカメラの写真やデジタルビデオの動画といったデータをターゲットにしていくという方針を明らかにした。

 確かに、現時点ではデジタル家電同士の相互運用性というのは全く考えられていない。例えば、ソニーのバイオの周辺機器で「ルームリンク」という製品があるが、サーバーとして接続できるのはバイオだけで、他のPCをサーバーとすることはできない。

 あるいは、松下電器は先日「ケバブ」と呼ばれるホームネットワークサービスを発表したが、これもあくまで松下電器の製品だけの話で、ソニーや他のベンダとは相互接続することはできない。これでは、ユーザーは安心して製品が購入できない状況であるのは言うまでもなく、そうした状況を変えていこうというのがDHWGの取り組みなのだ。

 ただ、DHWGの取り組みでこれらの問題が解決できるかというと、疑問を呈する関係者が少なくない。例えば、DHWGではメディアフォーマットのガイドラインこそ完全に決めると明らかにしているが、実際のネットワークのハードウェアレイヤーやソフトウェアレイヤーの仕様は、「Candidates(候補)」としているだけで、いつガイドラインを決定するのかは現在のところ明らかではないからだ。

 現在、ホームネットワークのデバイスは、Ethernetや無線LAN(IEEE 802.11)などの物理層を利用し、TCP/IPのプロトコルで通信している。ここまでは、他にあまり選択肢がないので大きな問題ではないのだが、その上のソフトウェアレイヤーに関しては問題が山積みなのだ。

 例えば、デバイスを発見し、コントロールする仕組みではUPnPが採用されているが、現在のホームネットワークのデバイスでは発見したあとの認証の仕組みはデバイスごとに規定されている状況で、認証の仕組みを規格化する必要がある。

 あるいは、実際にユーザーインターフェイスの仕様をどうするかという問題もある。スマイヤー氏のプレゼンテーションではHTTPを利用して提供する構想が語られているが、これとてあるベンダはHTTPを使っているかもしれないが、別のベンダはそうではないという可能性がある。

 このように、現在各ベンダ間で規格の解釈に若干の差があったり、あるいは規定されていないことを独自に拡張している例が少なくない状況にあり、解決すべき問題は多い。

 こうして見ていくと、相互運用性の問題もいかに大きな課題であるかが見えてくるだろう。現時点では、そうした問題がDHWGのバージョン1.0で解決されるかどうかは明らかにはなっていないが、それでも何もやらないよりはまし、というのがDHWGの狙いなのだろう。

 とりあえずは相互運用性を第1段階にしてユーザーの利便性を高めて機器を普及させ、第2段階としてデジタル著作権管理のガイドラインを策定し、著作権のあるデータも扱えるようにする、これがDHWGの戦略なのだ。

●機器ベンダの2歩も、3歩も先をいくコンテンツホルダー

 もし、話がデジタル家電やPCベンダの間の相互接続性の実現というのが課題であればこの戦略は理にかなっているだろう。だが、最も大きな問題は、デジタル著作権管理のことに触れられていないDHWGのバージョン1.0では、コンテンツホルダー達に見向きもしてもらえないことだ。

 実際、スマイヤー氏はいつデジタル著作権管理の機能が必要になると思いますか? という質問に対して「今すぐにもだ。コンテンツホルダーの著作物をコンテンツとしてデジタルホームで利用するためにはデジタル著作権管理の機能が必須であることは疑いの余地はない」と述べた。

 このように、デジタル著作権管理の機能が今すぐにでも必要なものであることはDHWGも認めている。ただ、彼らにはそこまで一挙にやるリソースも時間もなかった、そういうことだろう。

 機器ベンダー達がそうして足踏みをしている間に、コンテンツホルダー達はどんどん前に進んで行っている。すでに説明した地上デジタル放送におけるDTCPの採用などは一例だし、オーディオの世界ではCCCDやレーベルゲートCDなどのCD規格ではない光ディスクが登場している状況だ。

 彼らの立場からすれば、ユーザーからどんなに非難を受けたとしても、自らのビジネスは守らなければいけないわけで、CCCDやレーベルゲートCDのように製品としてはやや中途半端な状況であっても手を出さざるを得ない状況になってしまっている。

 そうした意味では、DHWGに限らず、デジタル機器のベンダは早期に手を打たなければいけない状況だといえる。とりあえずの第一歩として、DHWGの取り組みは決して満足できるものとは言い難いが、それでも何もしないよりはましである。ぜひとも早期にデジタル著作権保護の問題についても何らかの答えを用意してほしいものだ。

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【10月8日】ソニー、Microsoftなどが参加するDHWG、記者説明会を開催
〜デジタル機器の相互接続ガイドライン作成へ
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/1008/dhwg.htm

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(2003年10月8日)

[Reported by 笠原一輝]


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