ソニーが5月に発表したバイオノートTRは、10.6型のワイド液晶を搭載し、CD-RW/DVDコンボドライブなどを内蔵しながら1.39kgと比較的軽量を実現した2スピンドルのサブノートPCだ。 すでに試作機のレビューはお届けしているが、本レポートではそのバイオノートTRを設計した開発陣へのインタビューと、注目のバイオノートTRの中身に迫っていきたい。 ●同じ質量の範囲内でスペックをばんばん上げていくというアプローチ
Q:今回、全く新しいバイオノートTRというシリーズが追加されました。どのような経緯でこの製品を企画、設計されたのかを教えてください。
【鈴木氏】弊社ではSRとか、C1というラインナップがあり、お客様にご評価をいただいていました。それはそれとして、今回のTRでは新しい試みがしたいなというのがスタートでした。従来モデルをさらに高めていくというやり方もあると思いますが、これに関しては全く新しい形でやっていきたい、小さいモバイルマシンの可能性を広げていきたい、これが根本にありました。 そこで、やろうと思えばできるんだけど、これまであまり注目されてこなかったこととして“小さいマシンでDVDを観る”というのがあるんじゃないかと思ったんです。そういう意味では2スピンドルをやりたいというのは、かなり早い段階で決まりました。 また、C1とかSRとかは、とても密度が高い設計で、とにかく“がんがんつめてく”というアプローチだったのですが、それをさらに突き詰めて、とことん詰め込んだらどこまでいけるのか、それを追求したいなということもありました。 Q:エンドユーザーとしては、“C1とSRはどこに行っちゃったの?”という意見もあると思います。C1とSRが合体してこれになったのか、それとも違うラインナップとして残っていくのかというのは気になるところですが? 【鈴木氏】どこかで、1スピンドルに対する新しい解答は提示する必要はあるとは思っています。ただ、それがC1の後継なのか、それともSRの後継なのかというのは、今のところはわかりません。このTRに関しても、足して2つで割っただけかよ、と揶揄する方もいらっしゃると思いますが、私はそうは思っていません。あれはあれ、これはこれと考えています。 Q:将来的にはまた1スピンドルマシンの可能性もあるということでしょうか? 【鈴木氏】ゼロではないとは思いますが、私はこの製品の担当であるので、他の製品についてどうかということに関してはなんとも言えません。弊社がこのタイミングでやらなければいけなかったことは、“今までの1スピンドルのサイズで2スピンドルはできるのか”ということです。この製品を企画する段階でも、この範囲に入ってこないようであれば、2スピンドルをやる価値はないだろうということは言われました。
そこで、我々(筆者注:鈴木氏はSRシリーズのプロダクトマネージャであった)がやった1スピンドルマシンで、一番大きかったモデルが、SRの最後のモデルなんです。あれが、質量という意味ではTRと同じくらいになっています。重さという点では若干重たくなってしまっていますが、同じ質量の範囲内でスペックをばんばん上げていくというのも1つのアプローチではないかと考えています。 Q:今回、松下、富士通と2スピンドルマシンを相次いで発表したことで、モバイルな2スピンドルという新しいカテゴリができあがりつつありますが、それぞれ各メーカーの特色というのがでていると思います。ソニーのTRは特にDVDという方向に振っているように見えますが? 【鈴木氏】今、PCの用途としてDVDを観るというのは重要な要素になっていると思います。また、リムーバブルメディアとしての光ディスクというのも同じく重要です。同時に、光ディスクにはPCとAVの境目がないメディアとしての価値もあります。こういう時期だからこそ、PC用途半分、AV用途半分というコンセプトは意味を持ってくると思うんです。 Q:PC用途半分、AV用途半分というのはわかりやすいコンセプトですね。私も出張中などに飛行機の中でDVDを観たりというのが当たり前になってきているので、実感としてわかります。そうしたPC半分、AV半分というコンセプトで設計しようという時に、どのように仕様などを決めていったんですか? 例えば、より小さくとか、画面は少しでも大きい方がよいとか、いろいろなパラメータが考えられますよね。 【鈴木氏】具体的に設計を進める前に、そういうコンセプトを決定します。C1ではとっても遊びの要素が強くて、逆にSRではだんだんビジネス用途が増えていきました。今回のTRでは、そうしたどちらの製品でもカバーできないユーザーを取り込み、かつ既存のユーザーを取り込んでいきたい。非常に難しいところなんですが、それがスタートでした。 もう1つは、仕事半分、遊び半分という言い方をするよりも、24時間ひっくるめて生活の中で使い続けて欲しいというのがありました。実際に多くの方がそうだと思うんですが、オンとオフというのはあまり明確ではないと思うんですよ。生活の一部として仕事があって、それを含めて大きくカバーする機種にしたい、言ってみれば24時間PCというようなものですかね、そういう価値を作り出したいというところから始まっています。 実際、仕事の時間は生活の時間よりも短いんです。もちろん、ハードワーカーの方は半分以上だと思いますけど(笑)、それでも休日などを入れたりすれば生活の時間の方が長いんじゃないかと思うんです。 そこで、より生活に近いところで使ってもらえる、例えば生活と仕事で6対4みたいなところに軸足を置くというのが普通じゃないかと考えました。それなら、ニュートラルというか、柔らかいところに振っていった方がいいだろう、と。 だとすれば、用途提案として、DVDを観るならワイドがいいよねとか、より明るい画面が必要だからクリアブラック液晶がいいよねとかいうのをかなり初期に設定していましたね。 ●DVDの再生クオリティを上げるのに必要だったクリアブラック液晶
Q:今回は、10.6型のワイド液晶を採用しています。液晶的にはC1とSRの中間サイズみたいなところをねらっているのではないかと思うのですが、このサイズに決まったのはどうしてですか? 【鈴木氏】このサイズに決めた理由は単純で、フットプリント(設置面積)をSRシリーズに近いところにおきたかったんです。基本的には重量は面積に比例して重くなりますので、モバイルであるということとのバランスを考えると、10~11型の間ぐらいがいいなぁというのはありました。解像度の方は、やはり切りがいいところということで、1,280×768ドットを選択しました。 Q:なるほど、特別な液晶を起こすと高コストになってしまいますものね。 【鈴木氏】確かにサイズと解像度という意味では従来から存在している液晶ですが、今回TRに採用した液晶は、わざわざ今回のためにおこした液晶になっています。弊社が“クリアブラック液晶”と呼んでいるものですが、輝度が従来製品に比べて上がっています。 今回の製品の場合、DVDを再生するというコンセプトがありましたので、自然画が全画面で綺麗に映るようにしたかったので、自然画がちゃんと見える、見栄えのよい液晶は必要だと考えていました。 Q:今回のTRのクリアブラック液晶では、ランプは1本のままフィルターなどを改良することで、明るさを確保したと聞いていますが? 【鈴木氏】そうです。表面のフィルタを変えたのと、液晶のアレイの後ろに入っているフィルムを新しくすることで、ランプが1本でもきちんと明るさを確保できるようにしてあります。液晶のアレイそのものは一般的なものを利用していますが、その周りのフィルタ類はほとんど全部入れ替えたので大変でしたね。また、ガラスを従来品よりも薄くしてもらったりしています。 ●デュアルバンドを選択したのはAVマシンとしての必然だった
Q:C1ではTM5800を、SRでは低電圧版モバイルPentium IIIが採用されていましたが、今回のTRには超低電圧版Pentium M 900MHzが採用されています。超低電圧版を選んだというのはなぜですか? 【鈴木氏】パフォーマンスが高ければ高いほどいいのは言うまでもないのですが、この機種だと効率をもっとも重視すべきだと考えました。クロック的には対SRで見るとあまり変わらないんですが、Pentium Mは効率でモバイルPentium IIIを上回っているので、いいのではないかと判断しました。 また、超低電圧版は熱設計消費電力も7Wですむので、空冷ファンも一回り小さくてすみ、バッテリ駆動時間に大きな影響を与える平均消費電力の点でも有利です。 Q:もう1つ、びっくりしたのが、無線LANがIEEE 802.11aと11bのデュアルバンド対応になっていることです。このクラスだと、11bだけというのが主流になっていますが、あえてデュアルバンドにしてきたのはどうしてですか? 【鈴木氏】我々としては、デュアルバンドになるのは必然でしたね。この機種はAVを重視したモデルですし、VAIO Mediaのクライアントとしての役割もありますので、デュアルバンドは必要だろうと考えていました。この製品は、単体でDVDプレーヤーになりますが、家の中ではワイヤレスの液晶ビデオプレーヤーにもなりますので。机の上に置いて使うもよし、ベッドの上で使うもよい、そういうイメージを訴求したかったのです。 Q:デュアルバンドには、熱や消費電力の問題が指摘されていますが? 【鈴木氏】技術的には、さほど大きな問題ではありませんでした。弊社ではデスクトップPCでもすでにデュアルバンドのチップを利用していましたし、そのあたりの経験やベンダ様との協力で解決していきました。 確かに、電力的にはやや多いというのは事前に判っていましたが、そこは超低電圧版のCPUや低電圧なチップセットで補えるだろうと考えていました。 ただ、ここで私がさらりと語るよりは実際には苦労していますけど(笑)。しかし、そのことが全体に大きな影響を及ぼしたことはなく、予想の範囲内でした。 Q:今回HDDは1.8インチのドライブを採用しています。容量のことを考えると、2.5インチのドライブを搭載しろという声はなかったんですか? 【鈴木氏】入れろという声は大きかったですね(苦笑)。もちろん、2.5インチドライブの方が容量が大きくコストも安価であるということは事実なんですが、ある程度決められた重さの範囲内でと考えていたのと、この製品をサーバーとして考える人はあまりいないだろう考えたこと、またコンボドライブを搭載しているため、いざとなればCDへ書き出すということも可能ということで、今回は1.8インチのドライブを選択しました。 Q:1.8インチのドライブだと3.3V駆動なので、消費電力の観点からも若干有利というのもありますよね? 【鈴木氏】そうですね。他社さんでも2.5インチのドライブで3.3V駆動とか、いろいろ工夫されてますよね。そうした消費電力も含めて、1.8インチドライブは容量さえ我慢できれば、メリットは小さくないのです。容量に関しては、時が解決してくれるんじゃないかと思っています。 ●0.1Wの省電力を積み重ねて長時間駆動を実現
Q:キーボードやポインティングデバイスも新設計になっていますね。 【鈴木氏】小型化という大前提があって、スティックの方が場所を取らないという意見もあったんですが、この面積だとパッドの方がベターだなと判断しました。というのも、カメラがいいところにあるので、上が入らないんです。ギリギリまでパッドの面積をとって、キーボードも十分な大きさにと当てはめていってこうなりました。 Q:ジョグダイヤルはなくなりました。他モデルと同様、今後はジョグダイヤルは無くなっていく方向だと考えていいんでしょうか? 【鈴木氏】そうですね。ユーザーインターフェイスに関しては、いろいろ新しい提案をしないといけないなぁと考えています。 Q:細かいことですが、液晶の中心線と、キーボード、パッド、ボタンの中心線が微妙にずれていますよね? 【鈴木氏】その微妙さは、技術的な面とデザイン的な面での落としどころなんです。これまでの機種ではキーボードの中心がセンターになっています。今回の機種では、センターに据えている部品がたくさんあって、例えばカメラなんですが、画面に対してセンターになっています。そうした組み合わせなどで配置していった結果、この配置になっています。タイピングに慣れた方だと確かに「なんか微妙な位置にあるなぁ」とお気づきになると思いますが、これは苦しいところであまり積極的に言いたい話じゃないんですけどね(苦笑)。 Q:ストロークは見た目よりもありますね。 【鈴木氏】今回はキーボードに簡易防滴処理がしてあります。お茶とかをこぼされるとだめですが、キーボードベンダの方によるとキーボード単体であればフルに防滴してあるという仕組みになっています。保証しているわけではありませんが、飛沫ぐらいであれば、それが周りに波及するのを防げるようになっています。そういう仕組みも採用しているので、従来のモデルとは若干違ったタッチになっていると思います。 Q:今回バッテリの容量は48Whぐらいですか? 【鈴木氏】そうですね、6セルなんで。今一番よいセルが2,200mAhぐらいなんですが、今回のモデルに採用されたのはそれよりも若干小さい容量になっています。重量とのバランスを考えて今回は、より標準的な容量のセルを採用しました。 Q:となると4.3Ahで11.1Vなので、電力量は47.73Whぐらいですね。気持ち少ないのは…… 【鈴木氏】軽さをとった、ということです。今回のマシンはサイズは小さくても、液晶の解像度は高いので、液晶はそれなりに電力を食っています。それもあって、省電力では結構苦労しています。
【三好氏】積み重ねでだんだんと……というかんじですね 【鈴木氏】今まで無駄だろうと思っていたことが、このくらいまでくると、だんだんと有効になってきます。数字でいくと、0.1Wぐらいの省電力というネタがごろごろしていているんです。これまでだと、それを全部足したところで10分ものびないよと見落とされてきたんですが、全体が落ちてきているので、“塵も積もれば山になる”になりつつあるんです。 Q:具体的にはどのあたりを工夫しているのですか? 【鈴木氏】苦労しているのは、ソフト担当ですね。例えば、液晶部分に内蔵しているMOTIONEYEは、USBで接続しています。インターフェイスをUSBにすることで、使っていない時に電源を落とす、というのが容易になるのです。このカメラは液晶の右側にあるスイッチで電源を入れ、画面に絵が映っている時だけアクティブになるように設計されていて、画面から絵が消えると一緒に電源も切れるようになっています。 Q:省電力ツールのPowerPanelからカメラの電源もコントロールできるようになっていますね。 【鈴木氏】今回は、メモリースティック、カメラなどがコントロールできるようになっています。今回ソフトウェア担当に頼んで、OSのセレクティブサスペンド機能を実装してもらって、USBが非アクティブな時にはCPU速度がドンと落ちるようにしてもらっています。カメラはサポート外だったんですが、ソフト担当にお願いして、無理矢理サポートしてもらいました。 そんなことまでやっているので、結構手間がかかって、担当者も苦労しています。ただ、そのへんを入れないと長時間駆動を実現するのは難しいのです。 Q:大容量バッテリはリリースされるんですか? 【鈴木氏】予定しています、8月末頃にリリースする予定です。 ●光学ドライブの下の空いたスペースをサブ基板で有効利用
Q:今回はこのサイズに光学ドライブを入れるということで、機構設計はかなり大変だったのではないかと思うのですが、いかがですか? 【三好氏】ご覧いただければわかると思いますが、もうこの形でしか入らないなというのはありました。外側から見て頂くとわかると思いますが、PCカードの位置が非常に低い位置にあります。つまり、光学ドライブの下にPCカードスロットや無線LANなどが入っている形になっているのです。
Q:なるほど、このようにスロットなどが光学ドライブの下に入っているんですね。どうしてこうしたデザインを採ろうと思ったのですか? 【三好氏】PCを作るには、とにかくいろいろなコンポーネントがあります。その各コンポーネントを組み合わせて、できるだけ薄くするにはどうしたらいいのか、それをパズルのように組み合わせていって一番薄くなるところ探していって、そんな感じですね。 【鈴木氏】大抵は、最初に現物を持ってきてやってみるんです。それで、機構担当のところに持って行くと、CADで線を引いてみて、たいていは駄目出しされます(笑)。それで、その日は引き下がって、翌日はまた別なのを持って行く、そんな繰り返しですね。 【三好氏】機構担当は機構担当で「これをやってよ」などとリクエストがでるんですが、電機担当からするとそれは難しかったり……と、こんなやり取りを繰り返す中で、お互いによいところを見つけて折り合いをつけていくという感じですね。 Q:この基板ですが、10層ぐらいですか? 【鈴木氏】まあ世の中の基板の多くはそれくらい…ですね(笑) Q:この基板ですが、何も載っていないように見えますね? 【鈴木氏】そうですね、基板にはあまり載っていないですね。その代わり、フレキで光学ドライブの下に入れたり、光学ドライブの上などにサブ基板の形で入れています。例えば、メモリースティックPROのスロットやBluetoothモジュールは、パームレストの裏に装着されています。 Q:この無線LANのモジュールも、基板上ではなくサブ基板になっているMini PCIスロットに装着されているんですね? 三好:そうですね。Mini PCI、モデム、オーディオ、PCカードスロットなどは光学ドライブの下になる隙間をうまく利用して、装着しています。 Q:なるほど、見えないところにもいろいろな工夫がされているんですね。本日はどうもありがとうございました。 □関連記事
(2003年6月6日) [Reported by 笠原一輝]
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