第203回
モバイル利用時のツルツル液晶パネル、メリットとデメリットを探る



 昨日、あるメーカーのビジネスパートナー向け懇親会に呼ばれた時、ある雑誌の編集長から「ツルツルってのはいいねぇ。うちもツルツルで統一しようか(笑)」と言われてしまった。たしかに“ツルツル”というのは、語感から言ってどちらかといえば滑稽なイメージ。もっとも“クリア”とか“ファイン”とか、あるいは“シャイン(まぶしい)”というのも、イマイチしっくりと来ない。

 というわけで、先週の後半に触れたツルツル液晶について、この手の液晶パネルを最初に採用した富士通のコメントも交えながら話を進めたい。先週取り上げたLOOX T90DとバイオノートTRの簡単な比較インプレッションも記すことにする。

富士通 LOOX T90D ソニー バイオノートTR

●ツルツル液晶のイイトコロ

 光沢感のあるフィルムコートを施したり、アクリル性のパネルを配置した液晶パネルの事を、ここではツルツル液晶と表現しているが、そのメリットについては、昨年あたりから様々なPC系メディアで取り上げてきた。

 ツルツル液晶のイイトコロとは、すなわち色純度の高さにある。では“色純度が高い”とはどういう事なのか。以前、液晶パネル開発の専門家に伺ったところによると「目的の周波数以外の光が少ない」場合に、色純度が高いという表現を使うという。

 たとえば、ある赤色を表現するとき、その赤色の周波数以外の光が混じってしまうと、本来の純粋な色が失われてしまう。実際にはバックライトのスペクトラム構成やカラーフィルタの特性などから、高純度のR、G、Bを取り出すのは難しいようだ。先日、ニューオーリンズで行なわれたWinHECでは、NEC三菱ビジュアルシステムが、LEDバックライトを用いた広色域ディスプレイを展示していたように、色純度を高めて色域を広げる技術は現在も開発が続けられている。

 そして、色純度に関してはもうひとつの視点がある。カラーフィルタを透過させることで取り出したR、G、Bの光が持つ純度を、いかにそのままのスペクトラムを維持したままで目まで届けるかという視点だ。この点において、一般的なアンチグレア処理の液晶パネルには劣る面があった(今や一般的なのはツルツル液晶かもしれないが)。

 アンチグレア処理は液晶パネルの表面に、細かく均質な凹凸を作る処理のこと。こうすることで外光からの反射を拡散させ、画面への外光の写り込みを緩和させることができる。しかし、外光からの光を乱反射させると共に、液晶パネルからの透過光もある程度拡散させてしまう。さらに弱い環境光も含め、すべての外光を乱反射するため、画面が若干白っぽくなってしまい、色純度が下がるわけだ。

 アンチグレア処理の品質にも色々あり、最近はかなり改善され、以前ほど白っちゃけた表示にはならない。最近、もっとも大きくアンチグレア処理の改善を感じたのは、昨年発売されたIBM ThinkPadのX24とX30の違いだった。X30ではアンチグレア処理の凹凸が微細になり、並べて比べるとかなり発色が改善されていた(もっともThinkPad特有の色温度の高さはそのままだったが)。

 これがツルツル液晶だと、液晶面が滑らかになるため、乱反射で画面が白っぽくなることがなく、液晶パネルからの透過光もストレートに目に届く。液晶パネルのバックライトとカラーフィルタが作り出す色の純度を、そのまま変えずに済むわけだ。

 ツルツル液晶には、色純度が高く、クッキリ感が強く、色域が広く……といった具合に、表示の美しさに関して賛辞が並ぶが、それは液晶パネル本来の美しさを損ねないから、と言えるかもしれない。

●S/NのSをアップさせることがカギと富士通

 こうしたツルツル液晶を最初に導入したのは、LOOX T90Dの開発元でもある富士通だった。ちょうど先日、T90Dの開発者の方々にインタビューしたので、そのときにツルツル液晶、もとい液晶全面に配置された“スーパーファインパネル”の是非について伺ってみた。なおスーパーファインパネルは通常のアクリル板で、特に低反射処理などは行なわれていないそうだ。

 ツルツル液晶全般で問題となるのは、外光の映り込みだが、単にその方がきれいで見栄えがするから付けた、という単純なものではなく、液晶パネルの輝度アップとセットで考えなければならないという。

 つまり映像の輝度をS(シグナル)とするならば、映り込みによる外光反射はN(ノイズ)。両者のS/N比を上げるため、Nを減らすという手もあるが、Sを大きくする手もあるというのが富士通の考え方だ。つまり、十分に輝度の高い液晶パネルならば、少々映り込みがあっても、さして視認性に影響はないというわけだ。

 T90D(およびT60D)でスーパーファインパネルを採用したのは、モバイル向けの省電力が要求される液晶パネルでも、バックライト用インバータ効率の改善や導光板の改良などにより220cdの明るさを実現したからだ。旧型LOOX Tの輝度は185カンデラで、約20%のアップだ。

 実際、最高輝度で使うと映り込みはあまり気にならなくなる。ソニーのバイオノートTRも「開発途中で一段階、目標の輝度を上に設定した(ソニー)」と話すように、250cdの輝度を実現しているという。なお、数字の上ではT90Dの方が輝度が低くなっているが、輝度計で計測してみると若干T90Dの方が高輝度だった(ただしTRは試作機のため、製品版ではより高輝度になる可能性もある)。

 ただし、映り込みが全くなくなるわけではない。S/N比が良いとはいえ、日中の明るい場所では画面を見つめる自分の顔や背景の様子が、パネルからの反射光を通じてハッキリと見える。このあたりは、色純度の高さとのトレードオフということになるだろう。

 一方のTRが採用するクリアブラック液晶は、T90Dのようにパネルを前面に配置するのではなく、液晶パネル表面に直接ARコートを施したものだ。ARコートは特定範囲の周波数を吸収するフィルタを用い、外光の反射をカットする。異なるコーティング素材を重ねることで、吸収する周波数の範囲を広げることで、より品質の高いARコートにすることが可能だが、あまり多くの層を重ねるとコスト高な上、透過率が低下して最終の輝度が下がってしまう。

 コストもさることながら、バッテリ駆動時間も考慮しなければならないモバイルPCでは透過率に関しても配慮する必要がある。すべての周波数に関して吸収するコーティングは行なえないとなると、どこまでカットできるのか。あるいはどの周波数帯の光をカットするのかといった部分が問題になってくる。

 TRのARコートは、ソニーの公式発表値で50%、約半分の反射をカットしてくれる。手元に比較できるARコートが施された製品は、CRTディスプレイのナナオ製F980とE78Fしかないが、ディスプレイをオフにして比べた時の映り込みは、これらのARコートと同程度だと感じる。ソニーは昨年、ツルツル液晶に関して「映り込みが激しすぎる。PCとしての機能性を損ねる要素もあり、そのまま採用するわけにはいかない」と話していたが、ARコート付きのクリアブラック液晶はソニーなりの回答と言えるだろう。

 実際、T90Dで自分の顔や背景がハッキリと見える状況でも、TRではほとんど気にならない程度に映り込みを軽減してくれる。ほぼ光を素通しするT90Dのスーパーファインパネルと比較した場合、どの程度、透過率でのマイナス面があるかは不明だが、色純度の高さに関しては両者ともほぼ同等のように見える。

 今後、液晶パネル向けのARコートが一般化してくれば、CRTディスプレイのほとんどがかつてアンチグレア処理(シリカ処理)からARコートへと移行したように、ノートPCの液晶パネルもARコートへと移行し、低反射性能も向上していくのかもしれない。

●実際に持ち出してみると

 さて、家の中だけで液晶パネルをながめていてもしかたがない。実際に外出先にT90DとTRの2台を持ち出して使ってみた。そこで試したかったのは、バッテリ駆動時間を優先させるために輝度を落とした場合にも、きちんと視認できるかである。

 富士通の説明ではスーパーファインパネルの要は、輝度にあるということになる。しかし、バッテリ駆動時間を優先させて輝度を落とすと、S/NのSにあたる値が小さくなるため、Nである映り込みが目立つはずだ。この点は富士通でも認めているが、従来機と同程度の消費電力ならば、より高輝度になるように改善しているそうだ。

 バックライトのインバータ効率をアップさせたことや、液晶パネルの進化によって開口率がアップしたことで、同一消費電力でも輝度を上げることができる。その結果、ツルツル液晶でも映り込みは気にならないハズ、という説明である。

 確かに輝度メーターを中間程度にしても、従来機の最高輝度を少し下回る程度の明るさが出ている。映り込みが全く気にならないといえば嘘になるが、作業性に大きな問題が出るほどではなかった。そもそも、映り込みが明らかに邪魔なほど周囲が明るい状況では、バックライトを明るくしないと作業しにくく、逆に周囲が暗くバックライトを弱めに設定できる状況では写り込みそのものがほとんどなくなる。

 アンチグレア処理の液晶パネルとは異なり、ハッキリとパネル上に像が映る点は、そういうものだと頭を切り換える必要があるが、単に作業性の問題だけであれば、それほど嫌うようなものでもなさそうだ。僕個人が同じ機種で、スーパーファインパネル搭載機とアンチグレア機のいずれかを選べと言われれば、アンチグレアのモデルを選ぶだろうが、想像していたよりはモバイル環境でも使える。

 ただし、富士通によると最低輝度時は5cdと極端に低い輝度となり、映り込みが発生する状況での作業性が大きく下がる。これは飛行機の機内やプロジェクタを用いたカンファレンス会場など、暗い場所での利用を想定したもので、周囲が明るい状況での利用を想定していないためだそうだ。バックライトの輝度は、明暗の差を大きく取ったり、調整のステップを多く設定すると、インバータのコストにストレートに跳ね返るものだが、そこでケチらずに広めの明暗調整幅を設けたが故の問題と言えるだろう。

 もっとも、TRのクリアブラック液晶はARコートの分だけ、T90Dよりも周囲が明るい状況で見やすい。アンチグレアのように光を散らすわけではないため、映り込みの像そのものはシャープで、よく見ると自分の顔や背景が写り込んでいるのだが、体感的にも半分程度まで反射光が抑えられている印象で、直接画面内に光源が入る状況でない限りはあまり気になることはなかった。

 ARコート(もしくはLRコート)を液晶パネルに施した、ツルツル液晶搭載のノートPCはTRが初めてというわけではない。実際には東芝やNECは、ARコートを施したツルツル液晶のノートPCを投入している。しかし関係者によると「胸を張って“アンチリフレクション”と言えるほどの性能ではなかった」ため、あまり大々的には宣伝していなかったのだとか。ただ、TRのそれは、従来の液晶パネル向けARコートよりも、ずっとその効果を実感できるだけの実力があると思う。

 T90Dとは異なり、TRの液晶パネルは銀座ソニービルなど一部ショウルームでしか見ることができないようだが、発売日近くになれば販売店でも実際に見ることができるだろう。実際の見え方、感じ方は人それぞれだろうから、実際に店頭で映り込みの具合を試してみるといい(もっとも店舗には光源が多く、映り込みを通常の環境よりも多く感じるだろうが)。

LOOX T90D
画面に光源を映し込んで撮影。光源はもちろん、撮影している腕やレンズ周りなども映り込んでいるのがわかる
バイオノートTR
同様に光源を映し込みT90Dの場合と同じ絞り、シャッタースピードで撮影した。輝度は僅かに低いものの、撮影者の腕やカメラ自身は全く映り込んでいない。強い光源の映り込み以外は、問題なく外光反射を処理しているのがわかるだろう

●ミニミニ比較インプレッション

 LOOX T90DとバイオノートTRの2台を同時に使うせっかくの機会なので、最後に簡単な比較インプレッションを記しておきたい。

 ツルツルの見え味は別として、液晶パネルそのものの質に関しては、多少T90Dの方が上に感じる部分あり、TRの方が良い部分もあり。要は好みの違いで、どちらが良いかを決めるのは難しい(ただし、しつこいようだがTRは試作機で評価しているため、製品版では異なる可能性がある)。

 色温度はT90Dの方がナチュラル(6,500度に近い印象)で、ユニフォミティ(輝度の均一性)も高いように思う。色純度の高さは同等。明るさは若干ながらT90Dの方が高い。トーンカーブはT90Dの方がガンマの立ち上がりが急で、TRの方が暗部の階調や中間調の雰囲気はいい。コントラストはT90Dの方が高く見える。

 ただし(液晶パネルではなく、そのドライバチップの関係だと思うが)、フルカラー表示時のディザ処理の品質が全く違う。ノートPC用液晶パネルは各色6bitの階調しか持たず、フルカラー表示時は液晶ドライバがディザによる疑似階調をハードウェアで作る。TRの疑似階調は、他の多くのノートPCと同じように、言われなければほとんど気付かないレベル。しかしT90Dでは、ディザによるざらつきが若干ながら目で見えてしまう。

 これにARコートの件を併せて考えると、どちらも優劣付けがたしというところ。何を優先するかで、善し悪しの判断が変化するはずだ。

 キーボードも似たような状況で、T90Dはクリック感の強いしっかりとしたタッチで、取り付け剛性も高い。TRの方はクリック感も弱く軽めのタッチで、取り付けも悪くはないが、思い切り押し下げると弱さを感じるかもしれない。打ちやすさに関しては好みの問題だが、T90Dの方がマニア受けはするだろう。

 両者とも小型ながらステレオスピーカー搭載を特徴としているが、音質的にはT90Dの方が聞きやすい。いずれも低音が全く出ないのは同じだが、中音域の厚みはT90Dの方がほんの少しあるため、小型スピーカーにありがちな耳障りな印象が緩和される。なお、いずれも取り付け位置が良いためだろう。十分なステレオ感を楽しめる。

 ここまで比較しておいて、こう書くのも気が引けるが、似たようなコンセプト(サブではないコンパクトなオールインワン)でありながら、両者は全く異なる質を追求した製品だ。よって直接的な比較はあまり意味がない。どちらのコンセプトを支持するか、という点を最初に考えるべきだろう。

 T90Dは、このサイズの中でいかに機能的な制限を受けない製品にするか、をコンセプトに作られているようだ。9.5mm厚光学ドライブが増えつつある中、DVD-Multiを搭載するために12.5mm厚とし、ハードディスクも2.5インチとした。光学ドライブは自由に取り外したり、セカンドバッテリを搭載可能なほか、ハードディスク交換も非常に簡単に行なえるように作られている。メモリースティックとSDメモリーカード両対応、PCカードに加えType2 CFも別途用意されているカードスロット、80gもあるスーパーファインパネルを採用したことなど、より大きなサイズの2スピンドル機になるべく近い性格を与えようとしている。しかしその分、重量は重い。

 一方のTRは、よりバランス指向だ。携帯性とパフォーマンス、拡張性などを勘案した時、パーソナル向けのモバイルPCとして、何を捨れ、何を死守するのか。そのバランスをT90Dよりも携帯性の方に振っているのがTRと言えるかもしれない。TRの場合、機能的には12.5mmより、どうしても劣ってしまう9.5mm厚光学ドライブを採用。ハードディスクも30GBの1.8インチドライブとした。その代わりに、(松下電器のLet'snote W2ほどではないものの)本体の重量を軽くすることに成功している。全体の作りはバイオノートSRXの2スピンドル版といった趣だが、カメラの装備やデザイン的な特徴などを考えるとC1やQRの要素も含んでいると言える。開発にあたって求められた様々な要素を上手にバランスさせた製品がTR。その根本の思想はSRXに通ずる部分がある。ちなみにTRの商品企画およびプロジェクトリーダはSRXと全く同じコンビだ。

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【5月21日】【本田】この夏流行「小型2スピンドル機」の考え方
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【5月13日】富士通、Pentium MベースになったLOOX Tシリーズ
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【5月14日】ソニー、1,280×768ワイド液晶のモバイルノート「バイオノートTR」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0514/sony1.htm

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(2003年5月28日)

[Text by 本田雅一]


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