森山和道の「ヒトと機械の境界面」

ユビキタスってこんな感じ?



 「ユビキタス」という言葉が新聞雑誌に頻繁に見られるようになってきた。一部の媒体読者だけではなく、広く市民権を得た言葉になりつつある。今回は、ちらほらと見え始めたユビキタス社会のごくごく一部を覗いてみることにしよう。



■その1 六本木ヒルズITショウケース「でもでもサービス」から「だけだけサービス」へ

 先頃オープンした六本木ヒルズが人気だ。区域面積約11.6ha。総床面積約759,000平方メートル。想定就業者2万人、居住者数2,000人の、新たに造られた街である。入場者数、3日でなんと100万人超。人々もいい加減不況に飽きてるとは言え、予想以上の入りだろう。

 その六本木ヒルズがオープンする前、「Roppongi Hills Information Center/THINK ZONE」にて、「六本木ヒルズITショウケース( http://roppongi.it-showcase.jp/ )」が開かれていたことはご存じだろうか。「タウンクリック」と「タウンカード」と呼ばれる、実際に秋頃から六本木ヒルズで行なわれるサービスを一足先に体験できるように公開したものだ。

 各方面から注目されている六本木ヒルズは、マンションに標準で光ファイバーが用意されるなど、先進IT地域でもあり、同時に経済産業省や総務省の実験場の1つともなっている。ITショウケースは、経済産業省による「e! プロジェクト」の一環だ( http://it-showcase.jp/roppongi/roppongi_p.html )。非接触/接触のハイブリッドICカードやRFID(無線タグ)を用いた個人認証ならびに個人向けにカスタマイズされた情報サービス提供を目標としている。

 まず、各人には携帯電話(FOMA端末)とICカード「タウンカード」、それと電源入りのRFIDタグ「タウンクリック」が1セットとして配られた。タウンカードは端末を扱うときに認証用キーとして常に必要となる。タウンクリックは能動的に情報を求めるときの発信用だ。

 それぞれ体験者には事前に役回り(ユーザー・プロファイル、利用者属性)が振られている。筆者は22才の男性のキャラクター。このキャラクターはデモンストレーション用で、あまり意味はない。

タウンカードとタウンクリック。タウンカードは接触/非接触のハイブリッドICカード。タウンクリックのほうは如何にも暫定的なつくりのスイッチがついた、電池内蔵型アクティブRFID

 それぞれのサービスは単純だ。まずは「POPクリッピングサービス」。ディスプレイに広告が流れており、それに近づいてタウンクリックのボタンを押す。すると個別IDが発信され、ユーザープロファイルに基き、広告に関するより詳細な情報が、携帯にメールとして送り返されてくる。これと似たサービスが「iスポットクリッピングサービス」。ショッピングゾーンでタウンクリックボタンを押すと、あらかじめ登録しておいた趣味や年齢などに応じて、特定のショップの割引情報が流れてくるというものだ。たとえば飲食ゾーンだとレストランのランチ情報などが流れてくるように、位置や日時、特定個人に依存したサービスを提供できるのが特徴である。

 いちいちボタンを押すのは面倒な気もするが、自動的にメールされてくるようになっていないのは、SPAMメールと同じになってしまうことを防ぐためだという。だがその部分(広告の受け取り/拒否等)もユーザープロファイルの中に入れてしまえばいいんじゃないかという気もする。なお実際のサービスインのときには、ボタン(=RFID)は携帯と一体化するといった方法も考えているそうだ。まだ模索中ということだろう。

 また、このディスプレイには同時に音声認識を備えた「ヴァーチャル・コンシュルジュ」という女性キャラクターによる情報案内機能もある。が、筆者らが見学したデモ当日でも何度か認識ミスをするなど、実際にはなかなか動きそうにないものだった。街角で、音声認識を入力方式としているサービスにお目にかかれるのは、当分、先になりそうだ。

ポップクリッピングサービス バーチャルコンシュルジュが案内する クリックを押すと、あらかじめ登録した属性に応じた広告メールが届く

 面白いのは、六本木ヒルズにある「アカデミーヒルズ」に作られている図書館にも導入されているシステム「未来型ライブラリ」。本の背表紙部分に13.56MHz/37mm×8mmのRFIDタグが張り付けられており、各棚につけられたアンテナとリーダーでリアルタイムに位置情報を読みとることで、どの本がどの棚にあるのか、探している本の位置をパソコン上で把握することができる。

 RFIDタグをつけた図書館システムは汐留にある電通の広告図書館などにも導入されているが、あれは読み取り機を使うもので、読み取りリーダー付きの、いわば「スマートシェルフ」と連動したものではない。なお、六本木アカデミーヒルズの書籍の数はまだ数千冊程度と少ないが、将来は2万冊程度にする予定だという。2万冊になっても、図書館としてはかなり少ない数だ。なお、アカデミーヒルズは有料会員制である。だからこそできるサービスなのかもしれない。

書籍位置管理・検索システム
端末で検索すると、瞬時に本の場所を教えてくれる
書籍に添付されているRFIDタグ。下から覗くと棚に張られたアンテナが見える

 アカデミーヒルズの会員認証を使ったサービスとして、共用パソコンへの認証や、「ユビキタス対応型プリントアウトサービス」もデモされた。パソコンにタウンカードを差し込み、なおかつPINコードを打つことで個人認証し、ネット上のサーバーのデータを編集したりプリントアウトするというものだ。

 ドキュメント印刷を選んだあと、プリンタのところに移動し、プリンタに再びカードを差し込んで初めて印刷が開始されるようになっているため、プリントアウトした紙を誰かに知らない間に読まれるということはない、という。なお、データは当然、消去される。そこまでセキュリティを要するようなドキュメントを外で印刷するなよという気もするのだが、そこは会員制のサロンのような場所だから、ということなのかもしれない。

 なお、タウンカードは、ポイントカードなどとしても使われる予定だという。本格的な実験は秋から、およそ5,000人を対象にして実施する予定という。

ICカードによって認証を行なう共用プリンタ タウンポイントサービスのイメージ。読み取り機はデンソーウェーブ製。タイプB、タイプCに対応

 この六本木ヒルズにおける実験の陰の技術的主役が、NTTドコモが開発した「マルチデバイスプラットフォーム」である。NTTドコモのリリースを見ると「『いつでも、どこでも、だれでも』利用できる携帯電話サービスに『いまだけ、ここだけ、あなただけ』という時間、場所、個人を限定したソリューションの実現を目指しました」とある( http://www.nttdocomo.co.jp/new/contents/03/whatnew0304.html )。

 ユビキタスというと、「いつでもどこでも」という言葉がいつも付いてまわる。だが、大事なのは「いつでもどこでも誰にでも」という、いわゆる「でもでもサービス」ではない。それは大前提である。むしろ本当に意味を持ってくるのは「ここだけ、いまだけ、あなただけ」といった「だけだけサービス」の方だ。

 個人個人は趣味や街を訪問している動機、欲しいものもバラバラだから、当然、サービスの内容も多種多様なものが必要だ。なおかつそれを、特定個人に提供する必要がある。そのためには、サービスを必要としている人の存在や属性を、サービス提供者側がある程度把握して、適切に提供しなければならない。

 六本木ヒルズではそのためにICカードや意志表示器としてのタウンクリック、携帯端末など複数種類の機器を認証に使うわけだが、各端末には個別のIDしか入っていない。だが、どのデバイスを使っても、各ショップなどが個人向けにカスタマイズした情報を受け取ることができる。そのための共通基盤がマルチデバイスプラットフォームだ。

 あまり意外に思われない人は、映画『マイノリティ・リポート』を思い出して欲しい。あの映画ではトム・クルーズ演じる主人公はじめ、人々は虹彩で認識されて、個別広告が提供されていた。だが実際には、ただ1つのID(映画では虹彩)でしか認証が行われない、ということはあり得ない。人々は複数の機器を使って認証を行なう。

 また、1人の個人でも、ショッピングをするとき、会社に入るとき、マンションに帰るとき、プールで会員証を出すときなど、それぞれ別の認証キーを使う。それぞれ、どの機器で認証が行なわれても、同じ人間だと認識されていなければ、特定個人に向けたサービスの提供はできない。つまり、機器と機器の間のID情報の結びつけが必要になる。人間の場合は見れば分かるが、機械の場合はそうはいかない。その役割を果たすのがプラットフォームだ、ということだ。

 一言で言えば、各デバイスの持つIDが、認証用サーバーで1つに結びつけられているのである。一方、各利用者情報や履歴は一元管理されているわけではない。個人情報保護の観点からも、たとえば、全然業態の違うショップでのポイント付加情報などが別のショップからも分かるといったような状況は望ましくない。サービス提供者(サーバー)側でそれぞれ別個になっているほうがいいわけだ。認証用サーバーとサービス提供サーバーは別々だ。

 つまりマルチデバイスプラットフォームは、各IDを持った機器と、各サービス提供者(サービス提供サーバー)との仲立ちをする。その結果、利用者はあたかも1つの巨大なシステム、あるいは街全体から、カスタマイズされたサービスを提供されているような気分になるという仕組みになっている。実際にはそんなことは気にもしないかもしれないが。繰り返しになるが、IDの結びつけが行なわれるのはプラットフォームの上だけに制限されており、その選択はユーザーが行なうのである。

 この方式は一枚のカードに色々なIDを入れ込む形のマルチアプリケーション化とは、違う形態でのマルチアプリ化だ。将来的には決済機能なども、このマルチデバイスプラットフォームには盛り込む予定だという。もちろん、このプラットフォームにぶら下がるのはICカードや携帯端末、携帯電話などだけではなく、PC等も含まれる。

 そう遠くない将来、六本木ヒルズでノートPCを開いていると、ヴァーチャル・コンシュルジュがPC画面上に現れて、待ち人が来たことを知らせてくれると同時に、おすすめショップを案内してくれたりクーポンをくれたりするのかもしれない。大きなお世話だと思う人は、最初からオフにしておけばいい。あるいは、筆者個人のように携帯電話さえ持ってない人間は、こういうサービスからは取り残されることになるのだろうか。

六本木ヒルズITショウケース全景と六本木ヒルズ模型



■その2 創発型ネットワーキングサービスプラットフォーム「Ja-Net」

 各個人のニーズは、状況に応じて変化する。時間、場所、シチュエーション……。状況は無限であり、実世界の状況に応じて変化する。そのニーズをどのようにつかみ、多様なサービスをどのように提供していくべきか。全ての状況を事前に予測して、各サービスを個別に用意しておくことや集中管理は、まず不可能だ。

 ユビキタス社会というとき、一般的には、1) 各デバイスが相互に接続でき、その上で、2) 様々な個人向けサービスが提供されること、以上2つを前提としている。では、それはどのようにして実現されるのだろうか? NTTでは将来のより豊かな情報流通社会のことを「Informative Ambience」というコンセプトで呼び、研究を進めている( http://www.ntt.co.jp/RD/OFIS/active/2001pdf/nttrd.pdf などを参照)。バーチャルとリアルとを融合したサービスを提供することが目標だという。

 ユーザー嗜好や行動に応じて、動的にサービスを提供するための可能性として、1つの技術がNTT武蔵野研究所にあるNTTみらいネット研で研究されている。創発型ネットワーキングサービスプラットフォーム「Ja-Net(Jack-in-the-Net)」というのがそれだ。

 Ja-Netでは各サービスを「CE (Cyber Entity:サイバー・エンティティ)」と呼ぶコンポーネントとしてモデル化する。各CEは自律性を持っており、相互に自律的にインタラクションすることで、ユーザーにとってベターなサービスを創発していくという。

Ja-Netイメージ。主体を持ったサービスコンポーネント(CE)が、ユーザーの嗜好、行動履歴、センサ情報など「空間の文脈」を利用して、ユーザー嗜好にマッチするサービスを創発する

 説明だけでは何のことか分からないので、取りあえずどんなものなのか、デモンストレーションを見せてもらった。デモをしてくれたのはNTT未来ねっと研究所・ネットワークインテリジェンス研究部 適応型ネットワーキング研究グループの板生知子氏と、同・田中聡氏。

NTT未来ねっと研究所 適応型ネットワーキング研究グループの板生知子氏と、同・田中聡氏

 Ja-Netは、ユーザーが高性能のPDAを携帯していることを前提としている。Javaで実装されており、Windows/Linux上で動作するが、現状のPDAの性能では動かないので、デモは、PCによるエミュレーションで行なわれた。

 たとえばPDAを持ったユーザーがレストラン、映画館、カフェなどの場所を移動するといったシチュエーションを想定する。先にも述べたようにJa-Netでは「CE」と呼ばれる自律性を持ったサービス・コンポーネントが各所に存在して、ユーザーの嗜好、文脈に応じたサービスを、自律的に連携して提供する。PC、PDAなどをノードとしたアドホックな分散システムの上を、CEが動き回るわけだ。そのノード上に搭載されたヴァーチャルマシン上でJa-Netプラットフォームが動いていて、CEもその上で動いている。

 CEは「属性情報」「ボディ」「動作」の3つから構成されている。「属性」はCE自体の性質で、他のCEとの「リレーションシップ(関係)」といった情報を記述する。「ボディ」はCEが提供するサービスを実装したプログラムで、データ、ユーザプロファイルなどと、アプリコードが含まれる。動作は、CEの動作を定義するものだ。CEは自らの移動、複製の能力を持っている。「交配」や利用頻度、時間に応じた「死」を設定することも可能だ。

 CEは、サイバーワールドの精霊みたいなものか、あるいは、「良性のウイルス」のようなものだとイメージすると分かりやすいかもしれない。デモのシチュエーションでは、ユーザーが持つPDA内部には「ユーザーCE」が存在している。レストラン前にユーザーが移動すると、レストラン(のサーバー内)にいる「レストランCE」が、「広告CE」をユーザーのPDAに送り出す。

 広告CEは、自らの「複製」を、近くにいる別のユーザーに送り出すこともできる。食事をしたときに電子クーポンがもらえるとしよう。すると、それもまたCEとして構成されて送り出される。ある一定時間が経過すると無効になるようにしたければ、ユーザーがCEに寿命を与えておけばいい。

 重要な特徴が、CEとCEとの間の「リレーションシップ」と呼ばれる、結びつき情報だ。CEは、ユーザーの実空間での行動に応じて自律的に動き回り、複製したり死んだりするわけだが、その間に、複数のCEが同時にユーザーの近くに存在することもある。そうするとCE同士は「リレーションシップ」を深めていくことで、ユーザーの嗜好を学習する。同時に、他のCEと連携して、一連のサービスを構築することもある。

デモ1:ダイナミックサービス連携 ユーザーの移動に応じてCEが移動し、リレーションシップを更新していく

 たとえば、ある書店を訪れる客のうち、かなりの数がカフェを利用するとしよう。すると「カフェCE」と「書店CE」の繋がりが客のCEを介して強化されていき、やがて書店CEとカフェCEは共同で新サービスを創発する。たとえば書店にいる客にカフェの広告を配信して客を誘導するといったことを、自律的に始めるようになるのだという。

デモ2:サービス創発 ショップから送られてきたクーポンが、ユーザー端末に表示されている。ユーザーはクーポンを使ったり、ショップへの評価を下したりすることで、CEの結びつきを変えていく

 複数のCE同士の繋がりを使って、ある特定の嗜好を持ったユーザーのグループ分けをリアルタイムに行なうこともできる。たとえば、今、あるデパートの2階にいる人のうち、カフェに行きそうな人、といった極めて刹那的なグループに情報を提供することもできるという。また、電子チケットのその場オークションなどもデモでは紹介された。

デモ3:ダイナミックなCE検索。CEを利用してユーザー嗜好に応じた行動パターンをリアルタイムに反映した検索を行なえる 電子チケットのその場オークション。カフェで映画のチケットをオークションにかけているところ

ショップのPC(左)のそばに行くと、ユーザーPC(右)にCEがやってくる

 チケットやクーポンといった身近なものを想定してはいるが、Ja-Netはまだ実証実験を行なえるレベルに達していない。むしろ、現段階でチケットやクーポンを例にデモをされると、既に十分練られたシステムがあるだけに、むしろ貧弱な印象を受けてしまう。この程度のものならば、創発ネットワークなどに頼る必要はないという気がしてしまうのである。また、「創発」の程度がどのレベルまで達するのかも、良く分からない。

 だが、ユビキタスといわれているのは、たしかにこんな感じのアプリケーションやプログラムが、ありこちを動き回って、人間をサポートするような環境なのだろう。取りあえず次は町中、あるいは建物構内でもいいが、もう少し現場に近いところでの、実用的なアプリケーションを使った実証実験を期待したいところである。

 おそらくユビキタス化が先に進むのは、街角のようなオープン環境よりもむしろ、オフィスのような閉鎖された環境ではないかと思われる。限られたコストを投資するためには、最初は、分かりやすい実用性が必要だろう。そのためには、どんなアプリが考えられるのか、それはこれまでのアプリとどんな違いがあるのか。そこを見いだすことが、ユビキタス社会への道程上では重要だ。この連載でも折々に触れていきたいと考えている。


□六本木ヒルズのホームページ
http://www.roppongihills.com/
□NTT未来ねっと研究所のホームページ
http://www.onlab.ntt.co.jp/jp/
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(2003年5月15日)

[Reported by 森山和道]


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