IntelがリリースしたCentrinoモバイル・テクノロジに無線LANが含まれていて、それに重きが置かれていることからもわかるように、なんらかの無線機能はモバイル市場におけるキーとなる技術となっている。 その中でのホットトピックといえば、イベントレポートなどでもお伝えしてきたとおり、現在主流となっている、転送速度11MbpsのIEEE 802.11bの後継となる無線LAN技術が11gになるのか、それともIEEE 802.11aになるのかという点だ。 そうした中で、無線LAN機器ベンダで日本最大手のメルコは、11gこそ次世代の無線LAN技術と推進するなど、日本ではどうやら11gがメインストリームになりそうな気配だ。昨年の今の段階では多くの関係者が11aが次世代のメインストリームになるといっていたのだが、どうして流れは11gに変わったのだろうか。その背景に迫っていきたい。 ●メルコですら11aが次世代だと考えていた昨年の状況
以前、Platform Conferenceのレポートで、「11gか、11aか、それが問題だ」というレポートで、11gが急速に立ち上がりつつある現状をお伝えした。 この中で、「昨年の段階では11a/11bのデュアルバンドを選択することに疑問を感じていたPCベンダは少なかった」と述べた。だが、こう考えていたのは、PCベンダだけではなかった。実は、今でこそ11gを推進している無線LAN機器ベンダもそう考えていたのだ。日本において無線LAN機器のトップシェアを誇るメルコも、昨年の半ばまでは11bの次は11aがトレンドになると考えており、11a/bデュアルバンド製品の計画を行ない、かつ製品発表まで行なっている。
「昨年の3、4月の段階では11gが製品化できるのは2003年の後半だと考えていた」(メルコ ブロードバンドソリューションズ事業部 マーケティングリーダー 石丸正弥氏)と、昨年の今頃の段階ではメルコのような機器ベンダも11gのトレンドが今年の後半になると考えていたのだ。 このため、「11gが2003年の後半であるならば、それまで何らかの高速無線製品を提供する必要性があると感じていた。そこで、高速な11aと従来との互換性を維持するために11bの両方の帯域をサポートする製品を発表した」(メルコ 石丸氏)と、メルコも一度は11a/bデュアルバンドの製品を計画し、製品発表まで行なった。 メルコのような機器ベンダだけでなく、無線LANのコントローラを提供する半導体ベンダも同じようなロードマップを描いていた。たとえば、Intelは、昨年の現段階でOEMベンダに対して、11gがくるのは2003年後半以降となるので、その前に11a/bデュアルバンドの製品が多数登場すると説明していたし、多くのベンダは11gのみのコントローラよりも、まず11a/bデュアルバンドのコントローラを投入し、その後11gコントローラや11a/b/gコントローラを投入すると説明していたのだ。 ●Broadcomが11g対応チップをいち早くリリースしたことが引き金に
ところが、その後大きく状況が変化した。その要素は2つある。それは、「昨年の夏頃に、11gのハードウェア仕様がほぼ固まり、チップもでてくるという情報をつかんだ。そこで、製品計画を変更し、11gに力を入れていこうということになった。顧客に対して高速無線LANを提供する上で従来製品である11bとの互換性、そして価格という両方のバランスがとれる11gが優れていると判断したからだ」(メルコ 石丸氏)という通り、1つはIEEE 802.11委員会のTGg(タスクグループg、11gの規格策定を話し合うグループ)で、思ったよりも早くハードウェアの仕様が固まったことだ。 すでに昨年末の段階では、ハードウェアの仕様はほぼ固まり、あとは細かな微調整だけとなっていたという。実際、メルコの11g製品であるWLR-G54やWBR-G54は、TGgのドラフト(最終規格候補)規格であるドラフト6やドラフト6.1などに基づいて作られている。なお、3月に行なわれたIEEE 802.11委員会の会合ではドラフト7も策定されているので、まもなくそれにも対応することになるだろう。 そして、もう1つの理由、それが思ったよりも早く11g対応チップが登場したことだ。 多くの無線LANチップベンダは、11gの立ち上がりは、今年の後半だと考えていたため、昨年の末にリリースするというベンダは、実はなかった。だが、Broadcomはその常識を打ち破り、いち早く11gをサポートした無線LANチップを投入したのだ。 ある業界関係者はその事情を「Broadcomは無線LANチップでは後発で、Intersilなどの先行メーカーに比べてシェアが小さい。それを打開する手段として、11gチップの先行投入を選んだのだ」と指摘する。つまり、他のベンダーがまだあとだと考えていた11gで先行することで、アドバンテージを得ようというのがBroadcomの思惑だったようだ。 そうしたBroadcomの思惑と、日本でシェアトップのメルコや、米国でシェアトップのLINKSYSの、いち早く高速無線LAN製品を投入したいという思惑が合致して、早期に製品化されることになったというわけだ。これが、PC業界や他の無線チップベンダが考えていたよりも、かなり早い時期に11g製品が登場した背景なのだ。 ●互換性問題が懸念されるが、問題は小さいと機器ベンダ
だが、すでに何度も語られてきたように、11gの規格化が完了するのは、今年の6月に予定されているIEEE 802.11委員会TGgの会合においてで、規格として発表されるのは7月が予定されている。従って、それまでは、11g製品は、あくまでドラフトに基づいた製品であり、正式には11gという規格は存在していないのだ。 「11g? そんなのどこに存在するんだい?」と、IEEE 802.11関連製品の互換性検証やプロモーションを行うWi-Fi Allianceのマーケティングディレクタ、ブライアン・グリム氏は、筆者の11g関連の質問に対してそういう冗談で答えた。なぜならば、Wi-Fiにとっては、11gというのは現時点では存在しておらず、あくまで規格策定後に互換性検証やプロモーションを行なっていくというのが彼らの立場であるからだ。 実際、11gの互換性がどの程度であるのかは、現時点ではわからない。というのも、無線LANにおいて互換性問題を検証し、問題がないというお墨付きを与えるのがWi-Fiの役割で、実際Wi-Fiの認定を通った製品にはWi-Fiロゴをつける権利が与えられる。 Wi-Fiのロゴがあれば、エンドユーザーは問題なく相互に接続できるということが簡単に認識できるわけだが、前述のようにWi-Fi Allianceの立場は、公式な規格が策定されるまでは互換性検証やプロモーションはしないというものであり、今のところ11gに関しては互換性がどのレベルであるのかは、販売しているベンダにしかわからない(なお、11g製品であっても、11bの製品としてWi-Fiロゴを取得することは可能。実際メルコ製品には11bのWi-Fiロゴが貼られている)。 従って、各社の11g製品が問題なく接続できるかは、これから検証が行なわれていくことになる。だが、11gドラフト製品が登場した最初の段階では、互換性の問題が起きようがなかった。というのも、11gに対応した無線LANチップはBroadcomのものだけだったからだ。 しかし、今後は他社の11gのチップを利用した製品も登場する可能性が高い。実際、コレガの11g製品にはIntersilの11gチップが利用されているし、LINKSYSはAtherosの11a/b/gデュアルバンドチップを利用したPCカード製品を出荷する予定があるという。そのように、半導体レベルで複数のベンダの製品が登場することになると、互換性問題が浮上してくる可能性は捨てきれない。 ただし、LINKSYS日本法人社長である中林千晴氏によれば「当社では、複数のチップベンダの11gチップを内部でテストしているが、特に大きな問題は発生していない」とのことで、機器ベンダでのテストでは、今のところ大きな問題は発生していない模様だ。 また、Wi-Fi Allianceのグリム氏によれば「11gの規格が策定された後、数週間の間にWi-Fiロゴが張られた11g製品が多数出荷されることになるだろう」と述べていることからもわかるように、Wi-Fiの内部ではかなり11gの検証に関しては進んでいる模様だ。 ●日本では11gを経て11a/g/bへの移行が正常進化?
互換性の問題がどうなるかは若干不透明な部分は残るが、それでも全体の大きな流れは11gの普及に向けて動き始めている。 特に、日本ではメルコ、コレガ、プラネックス、LINKSYSなどの大手無線LAN機器ベンダが、11g関連製品をリリースしたことで、少なくともコンシューマ向け市場においては、11a/b/gにいきつく前に11gへ行くという流れができあがったといってよい。これに対して、米国では11a/bデュアルバンドの製品が多数リリースされており、米国のトップシェアを誇るLINKSYSは、すでに11a/b/gデュアルバンド製品の投入を表明しているなど、日本とは明らかに事情が異なっている。
メルコ ブロードバンドソリューション事業部 無線開発チームリーダー 松浦長洋氏は、そうした日米の違いを「日本では2.4GHzを利用する機器は意外と少ない。コードレス電話は2.4GHzではないし、オーブンレンジの干渉も米国に比べると少ないなど、2.4GHz帯は米国よりクリアーで、2.4GHzの11gでも十分性能を発揮できる。また、米国では11aは非オーバーラップチャネルで8チャネルも利用することができるが、日本では4チャネルしか利用できない。そうした意味では11aに移行するメリットは米国に比べて小さい」と述べ、米国と日本の事情の違いを指摘する。 つまり、11aのメリットが米国に比べて大きくない日本のコンシューマ市場では、11gが正解であるというわけだ。 また、11aには別の問題もある。それが、5GHzの帯域では各国で法令が異なるため、同じ11aの規格でも米国の11aと日本の11aでは互換性がないという事実だ。たとえば、日本IBMのThinkPad X31の上位モデルには11a/bデュアルの無線LANモジュールが内蔵されているが、その底面には次のような注意書きがされている。 「このThinkPadに装備されるIEEE 802.11a準拠の無線機器は電波法の規制により、屋外および日本国外では使用できません(2003年1月現在)」 つまり、日本国外では日本向けに製造された11a内蔵機器の11a機能は使えないし、使ってはいけないということだ。 日本で製造された11aの機器が海外で使えないということがどうして発生するのかについては、次回以降のレポートで詳しく解説していきたい。
(2003年5月2日) [Reported by 笠原一輝]
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