●不景気で事業転換の進む米国PCショップ事情
米国の不景気の特徴は、なんといってもわかりやすいことだ。ホテルのショッピングアーケードがテナントで埋まらない、街の商店が次々に店を閉めるという目に見える形で不景気がやってくる。米国人のメンタリティとして、借金を重ねてまで商店経営を続ける、ギリギリまで粘る、というのは重要視されないようだ。傷が深くなる前に店を閉めるというのが、一般的なようである。こうした不景気がPCショップ、特にリテールのショップにどのような影響を及ぼすのか、今回も何件かの大型量販店を覘いてみた。
San FranciscoのダウンタウンにあるComp USA(写真は以前に撮ったもの)。店の主要部分は地下で、地上に露出しているのは入り口部分だけ |
今回気づいたのは、ついにリテールパッケージのマザーボードを売り始めたことだ。CompUSAも、マザーボードそのものは以前から扱っていた。ただ、昔は自社ブランドのPCを構成するための材料、あるいはアップグレードにきた顧客に対して提供するための材料という位置づけであり、基本的にマザーボードはCompUSAブランドであった。それが今では、ASUSTekやMSIといった秋葉原でもおなじみの台湾ベンダのマザーボードが、化粧箱入りで並んでいる。秋葉原などでも当初はマザーボードなどを扱わなかった大型量販店が、マザーボードを含むPCパーツ販売に乗り出さざるを得なくなったように、CompUSAも同じ道を歩んでいるようだ。これに伴い、PCケースも扱い量が増えている(後述のFry'sは以前から化粧箱入りのマザーボードやケースを豊富に扱っていた)。
もう1つCompUSAで気づいたのは、コンピュータ以外の商品の取り扱いだ。しばらく前からPDAや携帯電話、デジタルビデオカメラ(DVカムコーダー)、DVD-Video(タイトルMovie)など、純粋なPC機器ではないものを扱い始めていたが、ついに民生用のDVDプレーヤーまでラインナップに加わった。BestBuyやFry'sといったPC専門ではない家電総合量販店に押されがちだったことを考えれば、こうした分野への進出は不思議でも何でもないが、中途半端にAV機器を扱ったところで、競争に勝てるとも思えない。このSan Franciscoダウンタウンの店は、場所が一等地ということもあって、お客さんの入りも悪くないが、郊外店は閑散としたところも少なくない。近い将来、大幅な業態の転換があるかもしれない。
上で名前が出てきたFry'sは、昔は米国へ行くたびに楽しみにしたものだが、今や扱うPC関連商品の量、新製品の入荷の早さなど、どれをとっても秋葉原が上。洗濯機や冷蔵庫など、白物家電はアメリカの生活がうかがえて楽しいのだが、買って持ち帰れるようなものでもない(持ち帰ったところで、持て余すに決まっているが)。昨年夏はノートPCを購入した筆者(日本市場の志向と筆者の嗜好がズレていることが理由である)ではあるものの、いつもはジュースやチョコレートといった雑貨や雑誌を買ってお茶を濁すのがこのところのお定まりだ。
それでもFry'sに行くのは、手軽なヒマつぶしという側面も否定できないが、米国で売られるPCのトレンドがどうなっているのか見たい、ということがある。
●A4フルサイズノートPCの復権に見る米国市場の事情
今回Fry'sで気づいたことの1つは液晶ディスプレイの躍進である。もちろん、液晶ディスプレイは数年前からFry'sでも販売されていたし、それ自体は驚くことではないのだが、300ドル台半ばの15型XGA解像度のローエンドモデルから、2,000ドル近い18型SXGAモデルまで、ラインナップが著しく充実していた。こうした傾向は昨年も感じたことではあるのだが、ローエンドが充実してくる傾向に、いよいよ米国でも液晶ディスプレイが主流になり始めたか、という思いを強くした。
もちろん、米国の中でもシリコンバレー地区は特別な場所であり、現時点で米国のディスプレイの主流が液晶になったとは思わない。おそらくPCとセットになって販売されるディスプレイ(ディスプレイ販売総量の多数を占める)の中心は今でもCRTで、それも15型クラスのものだろう。だが、少なくとも先進地帯であるシリコンバレーにおいて、セット販売ではなく単体買いされるディスプレイの主流が液晶ディスプレイになりつつあることは間違いないようだ。
Fry'sで液晶ディスプレイの隣で売られているのはノートPCだ。上述したように昨年の夏、ノートPCを購入した筆者だけに、この1年で何が変わったのかには、敏感にならざるを得ない。今回、ラインナップを見て感じたことは、A4フルサイズノートの復権だ。というか、筆者が購入した(Intelもこれからの中心と訴えている)A4 Thin & Lightと呼ばれるカテゴリのノートPCがほとんど消えてしまった。Thin & Lightの重量が5~6ポンド(2.25kg~2.7kg)であるのに対し、フルサイズは優に7ポンド(3kg)を超え、9ポンド(4kg)近いものも珍しくない。
現在、Intelのモバイル向けプロセッサは、急速にモバイルPentium 4-Mへと主流が移りつつある。ThinkPad T30シリーズを見ればわかるように、モバイルPentium 4-MをThin & Lightの筐体に収めることは不可能ではないものの、それは価格プレミアが伴ってこそ。米国で量販店の店頭に並ぶバリュー価格帯のノートPCを、モバイルPentium 4-Mプロセッサで作るとフルサイズになってしまう、というのが現状なのだろう。
車社会の米国では、ノートPCが多少大型になっても気にする人はあまりいない。価格プレミアムを払ってまで重量を2ポンド削りたい、というのは少数派なのである(その代わり、車を降りてから使う携帯情報機器としてのPDAが日本以上に普及しており、B5サイズあるいはそれ以下のサイズのPCの市場はほとんどない)。
●BaniasはノートPC市場の主流となるか?
こうした状況を変える可能性が持つのがBaniasであることは言うまでもない。Baniasの登場により、ノートPCの主流がまた薄く軽い方向へと向かう可能性はある。だが、日本と違って米国では薄く軽いことに、余分なお金を払う人はいない(価格が同じなら、薄く軽い方を選ぶ人は少なくないと思うが)。Thin & LightのノートPCが、Baniasにより価格プレミアなしで実現されなければ、主流になることはないだろう。
Baniasを採用することで、ノートPCのバッテリ駆動時間が現在の3時間程度から、8時間程度まで伸びる(8時間を目標にしている)とされている。これは、現在のノートPCの駆動時間が短すぎると考えているユーザーには福音だろう。しかし、そう考えているユーザーは決して多くない。モバイル派が多い日本においても、ノートPC市場の6割は3スピンドル機が占めている。Baniasによりバッテリ駆動時間が3時間から8時間になったとしても、現在ノートPCを持っていない人、あるいは3スピンドルのノートPCを使用しているユーザーをひきつけることは、おそらく不可能だ。
Baniasという新しいチップで、こういうユーザー層をひきつけるには、今のモバイルプロセッサの単純な置き換えではなく、全く新しい魅力を持ったPCを提案しなければならないわけだが、果たしてそれは可能なのか。Intelは、Baniasの登場によりノートPCが大きく変わる、といったことも言っているのだが、大きく変わったノートPCが市場で受け入れられる保証はない。Transmetaに対抗する意味もあってIntelはモバイルPC向けプロセッサの戦略を大幅に変更したものの、肝心の市場、それも世界最大の市場である米国市場は、あまり変わっていないような印象を持った。
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【9月18日】【元麻布】新製品の投入を続けるIntelの通信機器向け半導体部門
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0918/hot220.htm
【2001年9月13日】【元麻布】理想のノートPCを求めて~米国ノートPC選び顛末記
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20010913/hot164.htm
【2001年9月19日】【元麻布】理想のノートPCを求めて~米国ノートPC選び顛末記2
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20010919/hot165.htm
(2002年9月19日)
[Text by 元麻布春男]