元麻布春男の週刊PCホットライン

メディアのデジタル化とプロテクション


●データをデジタル化するメリット

 前々回のコラムで、ディスプレイインターフェイスもデジタル化の方向に向かうのが望ましい、と述べた。インターフェイスのデジタル化というのは、とりもなおさず扱うデータをデジタル化しようということであり、すべてのデータはデジタル化されるべきである、というのが筆者の基本的な考え(あるいは職業的な使命感の根幹)である。ではなぜデジタル化するべきなのか。それは、デジタル化されることで、データのハンドリング性が格段に向上するからだ。

 アナログのデータは複製が難しく、複製のたびに劣化していくのに対し、デジタルデータはアナログデータとデジタルデータを相互変換する際の損失を除けば基本的に劣化しない(テキストデータのように、変換時の劣化がないものさえある)。

 また、データをデジタル化することで、メディアの壁を乗り越えることが容易になる。デジタル化してしまえば、音だろうと映像だろうとテキストだろうと、みな同じ。電話線だろうとEthernetだろうと、好きな回線を利用して、最初にデジタイズしたものと同じものを送ることができる(ただし回線により所要時間は変わるが)し、磁気テープだろうと、光ディスクだろうと、ハードディスクだろうと、好きなメディアに記録しておくことができる(もちろん、それにはPCというデバイスが不可欠なわけだが)。

 アナログデータでは、劣化をともなわずにデータを遠隔地に送ることはできなかったし、どんなメディアに記録するか、ということについては常にデータを提供する側、特にパブリッシャーにイニシアチブがあった。

 例えば音楽の場合、アナログレコードで提供するか、カセットテープで提供するか、CDで提供するか、ということは供給側が決定することであって、受け取る側にはイニシアチブがない。受け取る側でのメディア変換は必ずデータの劣化を伴う。

 もう1つ、データをデジタル化することのメリットは、保存性の良さだ。アナログコピーが、経年変化や腐食、カビ等に弱いのに対し、デジタルコピーはこうしたものの影響を受けにくいメディアに保存することで、保存性を高めることができる。多少のデータの損失なら、エラー訂正技術を用いることで復元することも可能だ。

 また、アナログコピーがかさばりがちであるのに対し、デジタルコピーはフォーマットやメディアを選ぶことで、格段に優れたスペースファクタが達成できる。例えば、10年分の新聞を紙の状態で保存することは、スペースの点からも、紙魚やカビ、あるいは酸性紙の問題からも、一般の個人にはほとんど不可能なことだが、もし新聞をスキャンする手間をいとわなければ、デジタル化した10年分の新聞を個人が保管することは、それほど難しいことではない。

 つまり、データをデジタルにするということは、データという資産を共有するのに最適の方法が選べる、ということになる。データをデジタル化して、みんなで分かち合えば、みなが等しく同じデータを持つことができる。


●デジタル化に対する矛盾した動き

 PCがマイコンと呼ばれていた頃から付き合ってきた世代には、こうしたデジタル革命を信じるある種の無邪気さ、ユートピア幻想があるようにも思う。筆者とてその例外ではなかったりするのだが、最近はあんまり無邪気な気分ではいられなくなってきている。

 その大きな理由は、デジタル化されたデータにコピープロテクションを施す動きが顕在化していることだ。音楽CDにおけるコピープロテクションCD、デジタルBS/CS放送におけるコピープロテクションなど、デジタル化したコンテンツに対するコピープロテクションが普通になりつつある。データのデジタル化を、最高のデータ共有手段と考える筆者にとって、デジタルデータに対するコピープロテクションは、本質的に矛盾したものにしか思えない。

 もちろん、コピープロテクションを施す側の論理も分かっているつもりだ。劣化のないデジタルデータがユーザー間でコピーされるようになると、オリジナルからのコピーを販売するパブリッシャーは収入を失ってしまう(つまり、このデジタルコピーの問題は、画や彫刻といった、オリジナルに対し複製の価値が著しく劣るものには基本的に存在しない)。

 そして、現在のシステムにおいては、パブリッシャーが収入を失うことで、オリジナルを生み出したクリエイターも収入を失うことになる(ただし、現在CD等の売り上げが減っている理由を一方的にCD-RやMP3といったデジタルフォーマットへのコピーのせいにするのは、納得がいかない。不景気の影響もあるだろうし、ここしばらく音楽に新しいパラダイムが生まれていない、一種のネタ切れ状態になっていることも少なからず影響しているハズだ)。

 しかし、だからといってコピープロテクトをガチガチにかけたものが受け取る側に支持されるだろうか。様々なコンテンツがアナログからデジタルに変わりつつあるのは、受け取る側がハンドリング性の良さを評価したからであって、それが損なわれれば受け取る側は興味を失うかもしれない。

 例えば、複製や移動を認めないデジタル放送が普及すれば、消費者は今までのように録画機を購入するだろうか。今、現行DVDの後継として、Blu-ray Discと東芝/NEC方式の対立が、かつてのVHS対ベータマックスの再来のように言われているが、すべてのデジタル放送に厳しいコピープロテクトがかけられるようになったら、こうした録画機も売れなくなるだろう。ある程度の自由度が認められているからこそ、録画機が売れるのではないか。

 逆に、デジタルコピーを恐れるあまり、アナログに固執するのはどうだろう。パブリッシャーにとってアナログのメリットは、複製により劣化すること、経年変化等の影響でさらなる劣化が生じること、そしてかさばること(古いものを捨てないと新しいものが入らない)にある。

 こうした問題により、ユーザーに渡したコピーの寿命がおのずと限られてしまうのが、パブリッシャーにとっては好都合だったわけだ。だが、いまさらアナログに固執してみても、おそらく明るい未来は開けないだろう。

 例えば書籍は、コピーするのが困難であるがゆえに、コピーの問題はそれほど顕著ではない(楽譜など、ページ数が少なくて単価が高いものは、深刻な影響を受けていると聞くが)。しかし、それでもいわゆる新古書店の問題、ターミナル駅等で販売される、網棚やゴミ箱から回収された雑誌類の再販など、問題はいくらでもある。そして何より、出版不況が叫ばれて久しい。


●ユーザーによるコピーとクリエイターの利益の問題

 結局、人間の人生は限られた時間でしかない。かつてのように、娯楽が少なかった時代ならともかく、今のように様々な娯楽がひしめく時代では、アナログメディアやガチガチにコピープロテクションのかかったデジタルコンテンツでは、人は他の娯楽へと流れてしまうだけだろう。音楽、ゲーム、ケータイなどのコミュニケーション機器、PC、テレビなど、多くのモノとその裏にいる企業が人から時間を奪い取ろうと、てぐすねををひいているのである。

 ユーザーによるコピーとクリエイターの利益の問題は、まだ答えの出ていない非常に難しいものだ。筆者も、明快な答えはもっていない。だが、基本的にデジタル化されたコンテンツにコピープロテクションをかけることには反対のスタンスをとる。現在、パブリッシャーがデジタルコンテンツにコピープロテクションをかけているのは、自らの首を絞める行為であると同時に、時代遅れになりつつある古いビジネスシステムを無理やり守ろうとする行為だと考えている。

 アナログの時代は、複製を作ること、すなわちパブリッシュすること自体が特権的な行為であった。だからこそ、複製を作り配布する行為でお金をとれた。しかし、デジタルの時代では、その気になればクリエイター自身がデジタルコンテンツを配布することができる。そうである以上、パブリッシャーがまず変わらねばならない。

 では、デジタル時代にパブリッシャーが不要になるのかというと、それも違うような気がする。クリエイター個人がWebサイトを運営し、そこでコンテンツを売るより、多くのコンテンツが集まったパブリッシャーで売るほうが効率が良い。買う側だって便利だ。そういう意味でデジタル時代のパブリッシャーは、今まで以上にマーケティングが重要になるのではないか。

 一番難しいのは、ユーザーにコピーの自由を認めながら、どうやってクリエイターやパブリッシャーの利益を確保するか、ということだが、それにはこれまでと違う方法、違う枠組みで確保するしかないと考えている。その新しい方法、枠組みを生み出すのが、一番困難なことなのだが。

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(2002年8月29日)

[Text by 元麻布春男]


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