第164回:Ogg Vorbis正式版で今一度考える音楽の持ち歩き方



 この連載のおかげでオーディオに凝り始めたことがばれてしまい、以来、圧縮された音楽ファイルを聴いていると「音が悪いのはイヤなんじゃないの?」と言われること数回。念のため断っておくと、僕はそれほど頭が固いわけじゃない。

 圧縮された音楽データは、情報量が格段に落ちて細かなニュアンスが失われるとは思う。圧縮方式やビットレートにもよるが、似た音ではあっても元の音が持つ表情がなくなってしまうのだ。しかし、そうした細かいニュアンスが聞き取れない環境、あるいは音の表情がわかりにくい比較的単純な音で作られた音楽を聴く場合などにまで、そこまでの表現力は必要ないとも思う。

 たとえば電車の中では、音の善し悪しなどそもそもが聞き取りにくい。全く違いを判別できない環境で、データ量が1/5〜1/10になるならそっちの方がずっといい場合もある。用途次第ということだ。それに「情報量が落ちる」と言っても、言われなければたいていの人は区別ができない。PCから流れるMP3の音を聴いて「音が悪い」と言う場合、ほとんどの人はPCに直接接続したヘッドフォンで判断している。音が悪いのはある意味当然だ。

 一度、192Kbps以上のMP3ファイルをオーディオ用DAコンバータで聴いてみるといい。確かに音は悪くなっているが、注意しなければわからない程度の差でしかない。音楽を外に持ち出すとき、音楽データの圧縮による音質低下よりも、むしろポータビリティの高いオーディオ機器の回路の方をは気にするべきだ。

 と、また話があらぬ方向に向かい始めた。そうそう、ついに先日Ogg Vorbisの正式版がリリースされたのだった。音質の議論もあるだろうが論点はそこではない。

●「MP3がフリーではない」事実のバカバカしさ

Ogg Vorbis用エンコーダ「Oggdrop」

 ご存じの方も多いと思うが、Ogg Vorbisは著作権フリーの音声圧縮技術で、約2年ほど前に立ち上がった「Xiph. Org Foundation」という組織が開発を行なっている。Ogg Vorbisに関してはAV Watchにこれまでも何回か記事が掲載されているので、ご存じの方も多いことだろ。

 Ogg Vorbisは同じビットレートならばMP3よりも高音質と言われるが、これまでに公開されていたβ版は高域が若干歪みっぽくなる悪癖があり、ビットレートを少々上げても改善されないという問題を(個人的には)感じていた。しかし、正式版をダウンロードして聴いてみると、歪みっぽさがなくなったばかりか高域も良く伸びて、たとえばトランペットなどの音もグッと現実感が増している。

 「いくら高音質と言ってもMP3で十分と考えている人が多いのだから、簡単に普及することはないだろう」と発想するのは簡単。Ogg Vorbisの開発が始まった時点から、このプロジェクトの成功には疑問符が付いてきた。しかし、それでも「完全にフリーな」音声圧縮技術を開発する意味があったから、これまで開発が続けられてきたのだ。こちらもご存じの方が多いだろうが、MP3には特許使用料の問題があるからだ。

 MP3はフリーじゃないの? という人も多いだろう。MP3は、元々が国際標準化組織のISOが設置した委員会のMPEGで仕様が決められた標準規格だからだ。こうした標準化のプロセスにおいては、各社が持ち寄る特許に関して権利主張を行なわないなどのルールが細かく決められる。また、標準化団体で決めた内容を後から特許申請しても、通常は認められない。たとえ認められても、標準化作業と特許申請の関連性が認められたり、申請時点で公知と認められれば取り消されるケースが多い。

 しかし関係者によると、MP3の場合はFraunhofer IISとTHOMSON MULTIMEDIAの2社が、MP3が決まる以前から特許を保有しており、MPEGにおける権利放棄を求める基準が甘かったため、特許を主張する権利を残したまま標準化が行なわれてしまったそうだ。

 いずれにせよ、MP3エンコーダに2.5ドル、デコーダに0.5ドルのロイヤリティが発生し、MP3を用いた音楽配信サービスを行なった場合は料金の1%(もしくは1曲あたり最低0.01ドル)が徴収される。

 MP3が普及する以前は、ISOにおいてMP3のアルゴリズムを実装したプログラムコードがフリーで配布され、フォーマットのリファレンスとして使われていた。MP3が普及した理由の1つは間違いなくここにある。インターネットコミュニティでISOのコードが様々な形で改変されて性能アップしていき、ソースを読んだ別の開発者がより高性能な別のプログラムコードを書いた。GUIなども実装され……と、これ以上書く必要はないだろう。

 Fraunhofer IISとTHOMSON MULTIMEDIAの2社は、こうした普及期を経て十分に技術が広まった段階で特許権を主張した。実際には彼らなりの言い分もあるし、それが認められたものならいくらでも主張すればいい。優れた技術を開発し、そしてそれを“普及”させた企業は、その対価を得るべきだ。しかし、もっとも難しい“世界中に普及させる”プロセスを省略して、いきなりロイヤリティを取ろうという姿勢が個人的に“嫌い”だし、バカバカしいと思う。

 しかし、残念なことに、こうした技術が普及した後に権利主張するケースは非常に多い。といよりも、むしろそれを狙って待ちかまえている会社はたくさんある。それによって、利潤を追求する企業にとってみれば、その後の技術発展など関係ない。ロイヤリティが入るか、入らないかにしか興味がない。

●長期的な不利益はユーザーにも

 言うまでもなく、ネットワークを通じたアクセスにしろ、ハードディスクなどの記憶装置を媒体にするにしろ、情報の圧縮技術は可逆/非可逆を問わず非常に重要だ。音声圧縮技術の発展と、音楽の可搬性(すなわちモビリティ)は密接な関係にある。これは音声以外の分野でも同じだ。

 ところが情報圧縮技術には、昔からMP3と同じように普及が進んでから特許の権利主張を行なう事例が後を絶たない。つい先日も、画像圧縮技術のJPEGが特許侵害にあたるとして権利を主張するForgent Networksという会社が現れた。この事例ではJPEG策定前に特許申請が行なわれており、主張を覆すのは難しいようだ。話の行く末は不明確だが、デジタルカメラやJPEGをサポートするすべてのアプリケーションが、この特許の影響を受ける可能性がある。

 またかつては画像フォーマットのGIFに関してUnisysが特許を主張したこともある。これも、Webの普及でGIFが広く使われはじめてから突然主張し始めたため、様々な混乱を生んだ。この問題をきっかけに、著作権が完全にフリーなロスレスの画像フォーマットとしてPNGが注目され、広く使われるようになった。

 米国で活動する知り合いの著作権専門弁護士によると、何らかの有望な特許を持っている企業で、自分たちで申請した特許をなるべく目立たぬようにして、その技術がどこかで使われないかと期待しながら、ひっそりと身を潜めながら営業しているところは、決して少なくないという。

 というのも、特許侵害が認められると、過去にさかのぼって“売上金額に対して”ロイヤリティを課すことができるからだ。たとえその特許を使用していることで差別化を図って利益を得ようとしていなかったとしても、あるいは技術がフリーであることを前提に利益が無い、実費程度の価格で配布されていたとしても、売り上げ金額からロイヤリティは徴収される。

 だからこそ、標準化を行なう際には最低限のルールが存在するはずなのだが、このようなことが頻発するようだと、長期的に我々ユーザーの不利益につながる可能性がある。個人的には、これならばまだWindows Mediaの方が数段マシだと思う。

●Ogg Vorbis普及の目はあるのか?

 もっとも、未だにPNGよりもGIFが多く使われているといった例を出すまでもなく、一度普及したフォーマットの呪縛からは、なかなか逃れられないものだ。今さらOgg Vorbisを使おうと言ったところで、ソフトウェアかハードウェアかを問わず、圧縮音声を扱う製品がMP3をサポートしないわけにはいかない。既にユーザーは多くのMP3データを持っているからだ。

 まずは音楽データ管理ソフトにOgg Vorbisが採用されること、次に携帯型プレーヤなどハードウェアにOgg Vorbisが実装されること、そしてそれらが普及すること。ここまで進んで、初めてOgg Vorbisがメインストリームになれるかどうかの議論に行き着く。

 ソフトウェア側の対応に関しては、既にReal NetworksがReal Player、Real One Playerでの採用を表明しており、また多くのMP3ソフトと呼ばれる製品群もOgg Vorbisへの対応を行なうだろう。元々、MP3の特許主張に関して批判的だったApple Computerも、iTunesのアップデートという形でOgg Vorbisに対応するかもしれない(あるいはiPodのファームウェアアップデートなども可能性はある)。

 本来、企業は圧縮フォーマットではなく、暗号化技術やデジタル著作権管理システムの優劣で競うべきだ。圧縮フォーマットと著作権管理技術、暗号化技術は全く別のものであり、すべての関連製品にとって前提条件となるフォーマットは固定されるのが望ましいのではないか。フリーなOgg Vorbisをコアに、その周辺技術で競争を行ない、音楽流通の新しい形を模索すべきだろう。

 今からOgg VorbisがMP3を追い上げることは難しいかもしれないが、何度も繰り返されるうんざりとするニュースを減らすためにも、業界全体がMP3に対する態度を明確にすべきだろう。


□Ogg Vorbisのホームページ(英文)
http://www.xiph.org/ogg/vorbis/
□関連記事
【7月29日】藤本健の週刊 Digital Audio Laboratory
ライセンスフリーの圧縮音楽フォーマットが正式版に(AV)
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0520/toshiba.htm

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(2002年7月31日)

[Text by 本田雅一]


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