元麻布春男の週刊PCホットライン

Hammer登場まで疾りつづけるAMDの不安


●Fab 30のみに依拠せざるをえない状況

 6月18日、AMDは同社の第2四半期(2002年6月30日終了)の決算を大幅に下方修正すると発表した。当初、今四半期の売上げを8億2,000万ドルから9億ドルと予想していたものを、6億2,000万ドルから7億ドルの間に修正したことに伴うもので、この修正により「かなりの額の赤字」(a substantial operating loss)が出る見込みだ。この下方修正の理由を同社は、PC市場全体の低迷によるものとし、特にヨーロッパと北米地域での売上げ不振が響いているとしている。

 確かに、同社のライバルであるIntelも業績見通しを下方修正した(「64億ドルから70億ドル」を「62億ドルから65億ドル」に)ばかり。同じ6月18日にはAppleも業績見通しを下方修正、Oracleは減収、減益決算を発表している。売上げの低迷やそれにともなう業績不振は何もAMDだけに限る話ではない。だが、AMDの苦境はこうした経済環境だけが理由なのだろうか。どうもそればかりではない気がしてならない。

 そう思う理由の1つは、不透明な同社の量産体制にある。これまでAMDのプロセッサは、テキサス州オースチンにあるFab 25と、独ドレスデンにあるFab 30の2ヵ所で量産されてきた。しかし、今年に入ってFab 25はフラッシュメモリの量産工場に転換される方針が明らかにされ、すでに転換が始まっている。現時点で、プロセッサの量産が可能なAMDの工場は1ヵ所きりなのである。

 Fab 30で作られているプロセッサは何か。まず間違いないのは、Thoroughbredコアのプロセッサだ。0.13μmプロセスによるThoroghbredコアからは、先日発表されたデスクトップPC向けのAthlon XPに加え、4月に発表されたMobile Athlon XPが作られる。さらに、Fab 30の生産ラインで流されていると考えて間違いないのは、Hammerシリーズのプロセッサだ。Hammerシリーズは、製品リリースまでしばらく時間があるが、すでに各所でデモを行なっていること、年末にも発表されることを考えれば、Crawhammer、Sledgehammerの試作ラインがすでにFab 30に設けられていることだろう。そして、発表が近づくにつれ、試作ラインは先行量産へと切り替わり、そして量産へと切り替わるハズだ。ひょっとすると今年の後半は、1つの工場(Fab 30)で異なるウェファーを用いた(HammerがSOIであるのに対しThoroughbredは非SOI)3種類のプロセッサを作り分けることを余儀なくされるかもしれない(市場での供給量は圧倒的に0.18μmプロセスのThunderbird/Palominoが主流だが、工場レベルでは0.13μmプロセスに切り替わっているハズ)。どう多く見積もっても、AMDのAthlon/Duron生産量は、2ヵ所の工場が稼動していた昨年の同時期に比べて落ち込むのは間違いないところだ。

 もちろん、生産量が減少したからといって、それが直ちに供給量の低下につながるわけではない。当面の間は、作り貯めておいた分で、生産量の減少を補うことができる。しかし、いつまでもそれが持つわけでないことも事実だ。


●生産量の確保はUMC頼り

【図1】Thoroughbredの生産量確保にはUMCが必要

 AMDは、Fab 25が転換されたことと、Fab 30でHammerシリーズの量産が始まることによる生産量の減少をUMCへの生産委託で補う計画である。図1は、6月4日に開かれたSanford C. Bernstein Strategic Decisions Conference(Sanford C. Bernsteinは、ニューヨークの個人向け投資/投資調査会社)におけるAMD サンダース会長のスピーチで用いられたプレゼンテーションから抜き出したものだが、ここで2003年のThoroughbredのキャパシティを確保するためにUMCへの生産委託が必要であることが述べられている。だが、果たしてこれは本当に実現可能なのだろうか。

 UMCは半導体ファウンダリ業界で第2位の大手企業で、第1位のTSMCを上回ることはないにしても、それに近い能力を持っていると推定される。しかし、TSMCをファウンダリとするVIAやTransmetaでさえ、ようやく1GHzで動作するプロセッサを発表できたところ。はるかにトランジスタ数の多いThoroughbredで、それよりはるかに高い動作クロックが何時頃実現するのか不安に思う(現時点でThoroughbredの最大動作周波数は1.8GHzだが、2003年時点ではもっと高い動作周波数が求められるだろう)。

 Matroxは、間もなく登場するParheliaの生産をUMCに委託しているが、0.13μmプロセスを利用することさえできないのが現状である(TSMCを利用するNVIDIAやATIも似たような状況にある)。グラフィックスチップは、トランジスタ数こそCPUに匹敵するが、動作クロックは250MHz~400MHz程度で、CPUよりケタ違いに低い。グラフィックスチップとCPUで利用する製造プロセスが完全に同じではないかもしれないが、1つの参考にはなるハズだ。

 それでなくともThoroughbredのデータシートを見ていると、AMDの0.13μmプロセスの厳しさがうかがえる。AMDはThoroughbredを1.8GHzで動作させるのに、1.65Vの電圧を必要としている。それに比べIntelは2GHz動作のNorthwoodを1.37V前後で駆動している。この差が消費電力の差としてそのまま跳ね返ってくるのはもちろん、何らかの改善がなければThorogubredのクロックをこれ以上引き上げるのは難しい状況さえうかがえる。

 自社の最適化されたプロセスでさえこの状態なのに、UMCのプロセス(図1でも分かる通り、AMDとUMCがプロセスを共同開発するのは65nmプロセスからである)で2GHzのThoroughbredが作れるのだろうか。また、L2キャッシュを512KBに増量したBartonは、製造可能なのだろうか(以前のロードマップではBartonは0.13μmSOIとなっていたが、現在のロードマップhttp://www.amd.com/us-en/Corporate/VirtualPressRoom/0,,51_104_608,00.htmlからはSOIの文字が消えている)。 UMCでの生産委託が予定通りスタートできないとしたら、AMDは自らシェアを落とすことになるのではないかと懸念される。

●Hammerに集中するAMD

【図2】デスクトップ向けロードマップ 【図3】モバイル向けのロードマップ

 こうした生産委託によるリスクを踏まえてもAMDが注力しているのが、Hammerシリーズのプロセッサだ。図2は、図1と同じプレゼンテーション資料から抜き出したデスクトップPC向けプロセッサのロードマップだが、Hammerへの切り替えを急ぐ心情が、「AS MARKET REQUIRES」の文字ににじみ出ていると思うのは筆者だけだろうか。

 しかし、この図はあくまでもAMDから見たものであって、Hammerシリーズの市場への浸透がこの図の通り進むとは限らない。自社でマザーボードを手がけない(言い換えれば、各種のバリデーション作業を自社で行なわない)AMDの場合、新しいプラットフォームへの移行に時間がかかる。これは、Athlonを搭載した大手PCベンダのマシンがPC133メモリからDDRメモリへ切り替わるだけで、約半年の時間を要したことでも明らかだ。Hammerシリーズのように、プロセッサもチップセットも、何もかもが新しい場合、はたしてすんなりと大手PCベンダが採用してくれるだろうか。Crawhammerのリリースは年末とも言われているが、当初は極めて限られたベンダの限られたモデルのみに採用が留まることが予想される(大手PCベンダの採用は2003年夏商戦くらいではなかろうか)。

 とはいえ、AMDの未来がHammerシリーズにあることは間違いのない事実で、何が何でもHammerシリーズを手がけなければならない事情は理解できる。しかし、だからといってThoroghbred(に代表される第7世代コア)の量産をすぐに止めるわけにもいかない。上にも書いたように、2003年の前半は、Hammerシリーズの如何にかかわらず、市場の中心はいまだに第7世代コアだと考えられる。加えて、モバイルPC向けのプロセッサでは、当面第7世代コアを使わなければならないからだ。図3も同じプレゼンテーションから抜き出したモバイルPC向けのロードマップだが、ここには0.13μmSOIプロセスによるHammerの姿はない。HammerシリーズがモバイルPC向けに降りてくるのは、90nmの世代を待たねばならないのである。

 また、図3では90nmプロセスによるHammerが来年後半にも登場することになっているが、0.13μmプロセスへの切り替えの遅れ、あるいはその現況(下がらない動作電圧等)を考えた時、本当にこのスケジュールは可能なのだろうかという疑問も生じる。そうでなくてもHammerシリーズには不透明な64bit OSの動向(確かにMicrosoftはHammer対応のWindowsの開発に同意したが、誰がどのような形でそれを販売するのか、ということについて、必ずしも明らかではないし、Hammer専用の64bit版Windows XPをMicrosoftがパッケージ販売するとは考えにくい)など、不確定要素が残る。AMDのいうスケジュール通り、財務面へ寄与できるのか不安だ。それでもAMDは、Hammerシリーズにフォーカスするしかないのだが。

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(2002年6月21日)

[Text by 元麻布春男]


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