元麻布春男の週刊PCホットライン

プラットフォーム革新のためのMicrosoft自主分割論


●Windowsプラットフォームに漂う停滞感

 先週、筆者はWinHECに行かなかった理由について、競争の欠如によりプラットフォームの革新に停滞感が強くなっていることを挙げた。Microsoftのビジネスと開発、両面におけるフォーカスは、プラットフォームの革新から、.NETに代表されるミドルウェアに移ってしまった、というのが筆者が感じるところである。プラットフォームプロバイダとして、ほぼ独占的な供給者の立場を得たことで、かえってプラットフォームから利益を得ることが難しくなり、それが停滞を招いている、というわけだ。

 プラットフォームの革新が停滞しつつあることは、その利用者であるユーザー、あるいはハードウェアベンダにとって、好ましくないことは言うまでもない。だが、プラットフォームの停滞感は、Microsoft自身をも傷つけているのではないか。筆者は正確な数字を知る立場にないが、Windows XPの売上本数は、MicrosoftやPC業界が期待したほどではなかったのではないかと思う。そしてWindows XPの売上が期待を裏切ったことが、さらにプラットフォーム軽視の傾向を助長するのではないかと心配する。新しいOSによるプラットフォームの革新がないことが、新しいOSそのものの売上を低迷させ、それがMicrosoft社内における予算の削減を招き、さらにプラットフォームの革新を遅滞させる。これが筆者が最も懸念することであり、前回述べたことだ。


●競争相手のいないMicrosoft

 では、この悪循環をどうしたら断ち切ることができるのか。それには再び競争の原理を導入するしかない。

 現在Microsoftは、プラットフォームのライバル、特にサーバーOSでの競争相手としてLinuxの名前を挙げることが多いが、将来的にはともかく、実際には現時点でLinuxを大きな脅威とは考えていないハズだ。だからこそ、Windows 2002 Serverのリリースは遅れつづけているのである。よりよいものを出したいという熱意を否定するものではないが、かといって延ばしたからといって完璧なものができるわけでもない(これはService Packのリリースが不可避であることからも明らか)。強力なライバルの不在がある種の甘えを生み、リリーススケジュールがズルズルと引き伸ばされているのだと言わざるを得ない。

 古くはDigital Research(CP-M/86、あるいはDR-DOS)、もう少し新しいところではIBM(OS/2)など、MicrosoftはOSに関する競争相手をことごとく駆逐してきた。Appleとの間には、長期にわたる知的所有権の紛争があったが、それにも事実上勝利し、もはやMacintoshはMicrosoftを脅かすものではない。Linuxも脅威にはなりえず、BeはPalmに買収されBe OSがPCのOSとしてカムバックすることは考えにくい状況だとすれば、どうやってプラットフォームに競争原理を導くか、ということは極めて困難な問題だ。

 筆者はこの問題を解決する方法は1つしかないと思っている。それは、Microsoft自身によるMicrosoftの分割である。Microsoftの分割というと、米国での独禁法違反問題により、司法当局が分割命令を出すのではないか、と一時言われてきたことを思い出す人も多いと思うが、筆者が言いたいのは、分割されるのではなく、自ら分割することだ。そして米司法省が示唆したようなOSとアプリケーションのような水平分割を行なうのではなく、ユーザー別の垂直分割を行なうべきだ、ということである。水平分割では、司法当局による懲罰という象徴的な意味はあるかもしれないが、分割後もそれぞれのセグメントに独占的な地位を占める会社が相変わらず存続しつづけるわけで、Microsoftにとっても、ユーザーにとっても利益がないと筆者は考える。


●Microsoftは垂直分割するべき

 筆者が考える垂直分割では、Microsoftは3つに分社することになる。1つは持ち株会社であり、研究・開発ならびに製品仕様の策定や、そのバリデーションを受け持つ会社だ。仮にここではMS Corpと呼ぶことにしよう。2番目は主に企業向けの製品を受け持つ会社。ここでは仮にEnterprise Corpと呼ぼう。Enterprise Corpは、サーバーOS、企業向けクライアントOS(Windows XP Professional後継)を担当するほか、サーバーOS上で稼動するBack Office製品群、各種のミドルウェア、クライアント上で稼動するOfficeスイートも受け持つ。残る1社は個人向け、家庭向けの製品を受け持つ会社で、ここではConsumer Corpと呼ぶ。Consumer Corpの役割は、個人向けのクライアントOS(Windows XP Home後継)を担当するほか、ゲームやジョイスティック、キーボード、マウスといった事業、さらにはXBoxも受け持つ。

 MS Corpの役割は、両社にNTカーネルテクノロジをライセンスすると同時に、API仕様の策定、完成したOSが仕様を満たしているかどうかのバリデーションを行なうことだ。両社からの配当収入に加え、ライセンス料とバリデーション料が主な収入となり、これで研究・開発部門を維持する。もちろん、MS Corpが研究・開発に責任を持つとはいえ、すべてをMS Corpが決定するわけではない。製品仕様の策定に際しては、Enterprise CorpとConsumer Corpの両方と協力するべきだし、細部についてはそれぞれの会社で独自に開発する余地を残すべきだ。Enterprise CorpとConsumer Corpから完全に開発機能を奪ってしまうと、結局競争は生じなくなる。また、MS Corpが定める仕様に基づく製品のロードマップも、両社の裁量に委ねる必要があるだろう。

 このプランで重要なのは、Enterprise CorpとConsumer Corpの両方にOS開発部隊を置くことだ。場合によっては、Officeスイートを両社で別々に開発しても良いだろう(もちろん、仕様はMS Corpが定める)。こうすることで、それぞれの分野に競争が生まれる。

 これまで新たなOSがいくつか登場したものの、結局競争相手になり得なかったのは、アプリケーションの互換性を保証できなかったからだ。すでに市場には、Windows対応のアプリケーションをほかのOS上(Macintosh、あるいはLinuxなど)で動かすためのエミュレータが存在する。が、こうしたエミュレータでは、ユーザーは安心してアプリケーションに投資できず、結局は競争にならない。MS Corpが仕様策定とライセンスを行なうこと(さらにはロゴプログラムなどをMS Corpが実施するとなおよい)で、この問題が解決する。

 Microsoftにとってこのプランがもたらすのは、現状の停滞の打破だ。Enterprise CorpとConsumer Corpが競い合うことで、より魅力的な製品の登場が期待できる。また、事業部制と異なり、別会社にすることで、それぞれの会社の社員には、ストックオプションや株式公開によるインセンティブが与えられる。現状のあまりにも大きくなりすぎたMicrosoftでは、社員個人がかかわる事業の成否が必ずしも株価に反映されない可能性があるが、会社の目標を絞り込むことで、これも軽減されると期待される。社員のやる気を高めることができのではないだろうか。

 このプランのもう1つ優れた部分は、その気になればMS Corpのライセンス供与対象をサードパーティにも広げられる、ということだ。Linux上で動作する、MS Corpお墨付きのWindows互換環境、といったものを生み出すポテンシャルがある。


●分割により「ゲイツ氏の個人商店」から脱却?

 筆者がこのようなプランに思いを巡らせる1つのきっかけとなったのは、リック・ベルーゾー社長退任のニュースだ。これまでMicrosoftは、他社から様々なエグゼクティブをスカウトしてきたが、ベルーゾー前社長に限らず、どうも長続きしない。これではMicrosoftは、スティーブ・バルマーという創業時からの偉大な番頭に支えられた、ビル・ゲイツの個人商店だと揶揄されても仕方ないのではないか。

 確かにゲイツ会長は、まだ若く健康であり、急にどうこうということはないだろう。しかし、昨年9月11日のテロが示すように、一寸先は闇である。ゲイツ会長に万が一のことが生じた時、現在の巨大化したMicrosoftは、その姿を維持していけるのだろうか。データセンターサーバーOSと、ジョイスティック事業が1つの会社に共存可能なのは、結局Microsoftの株主が個別の事業の収益性を評価し投資しているのではなく、ゲイツ会長のカリスマ性に投資している結果に過ぎないのではないか。ならばMicrosoftには潜在的な危険性が潜んでいるといわざるを得ない。分社することで、こうしたリスクも軽減できるハズだ。

□関連記事
【4月25日】【元麻布】WinHECの存在意義が薄くなっている理由
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0425/hot198.htm
【4月25日】【元麻布】Age of EmpireのMSとBiztalk ServerのMS
--Microsoftの分割について
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20010131/hot127.htm
【2001年9月7日】米司法省、Microsoftの分割を断念
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20010907/msdoj.htm
【2001年6月29日】米連邦高裁、Microsoftの独占禁止法裁判を差し戻し
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20010629/ms.htm
【2000年6月8日】米連邦地裁、Microsoftの分割を命令
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20000608/msdoj.htm

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(2002年5月1日)

[Text by 元麻布春男]


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