第136回:ちょっとしたブレークスルーがもたらす、ノートPCの可能性



【お詫びと訂正】
 以下の記事でとりあげられている1.8インチHDDの内容については、事実誤認がございました。お詫びいたします。詳細につきましては、こちらの記事をご参照ください。

 かつて'97~'98年ごろ、B5サイズのサブノートPCは数々の人気モデルに支えられ、市場規模こそ小さいものの順調に右肩上がりに出荷数を増やしていた。ソニーのバイオノート505、日本IBMのThinkPad 535、松下電器のLet'sNOTE、東芝のDynaBook SS、シャープのMebius PJなどが代表格だが、これ以外にも三菱電機など今ではコンシューマ市場で見られないPCベンダーも、サブノートPCを発売していた。

 時代は変わり、PC業界が置かれている環境は非常に厳しいが、当時と同じようにモノとしての魅力にあふれた製品が、再び数多く登場してくれるかもしれない。東芝が発表した1.8インチHDDは、サブノートPCにとって大きなブレークスルーとなるだろう。


●フォームファクターの変化には何らかのきっかけがある

 10.4インチの液晶に800×600ピクセルの解像度は、サイズを考えるとちょうどいい見やすさで、重さも1.1~1.6kg程度、バッテリ駆動時間は2~3時間だった。松下電器がLet's NOTE ace/A44で2スピンドルサブノートの分野を開拓したのもこの時代だ。

 このとき優れたB5サブノートPC登場の立役者となったのは、間違いなくIntelのTillamook、0.25μmプロセスで製造された低消費電力・低発熱のMMX Pentiumである。また、9.5mm厚の2.5インチHDDが実用的なサイズにまで容量アップしていたことも見逃せない。

 その後、Pentium II世代への切り替えが進むにつれ、魅力的なスペックを持ったサブノートPCは徐々にサイズを拡大し、またバッテリ持続時間を減らしていった。当時求められていたハイパワープロセッサ路線へ追従するためには、ある程度、小型・軽量というメリットを失ってでもクロック周波数を向上させなければならなかった。

 しかし2000年に登場したCrusoe、2001年に登場した超低電圧版モバイルPentium IIIによって、サブノートPCは昔以上の姿を取り戻してくれた。が、まだまだこれからである。様々なコンポーネントの技術的な進化で、現在のサブノートPCは'98年当時よりもずっと良い製品になっているが、さらに先へ進んだという印象は薄い。さらに前に進むためには、プロセッサ以外の分野でのブレークスルーが必要だ。

 先週発表された東芝の1.8インチ8mm厚という小型のHDDは、サブノートPCが変化するきっかけになるだろう。小型であることも重要だが、十分な性能を持ち、かつ低消費電力で低騒音、低発熱という特徴を持っているためだ。

 1.8インチHDDは、昨日発表された東芝のDynaBook SS Sシリーズに登載されているが、東芝専用というわけではない。DynaBook SSでは1.8インチHDDを薄型化のために活用しているが、まだ製品を発表していない別のベンダーは小型・軽量を実現するために利用している。

 今後、このハードディスクを前提に設計を行なった製品が増えてくれば、小型ノートPCの選択肢は大きく広がることだろう。

DynaBook SS S4/275PNHWと1.8インチ20GB HDD


●小型化とバッテリ駆動時間の伸びを実現

 1.8インチHDDは、文字通りサイズが小さいことに加え、低消費電力化への貢献度もなかなか大きいようだ。あるPCベンダーの開発者は丸形のリチウムイオンセル1本あたり1.3時間程度のバッテリ駆動時間を目指して、10.4インチ液晶パネル採用のノートPCを開発したというが、そのときにもっとも貢献度が大きかったのが1.8インチHDDだったという。

 1.8インチHDDは昨年の3月22日に1プラッタ5GB、2プラッタ10GBのモデルを製品化し、Type2 PCカードの中に収めた5GBのモバイルディスクや、MP3プレーヤのiPodなどに採用されたが、ノートPC向けとしては20GBを達成したことで採用製品が登場することとなった。

 動作電圧が2.5インチHDDの5Vに対して3.3V、動作時消費電力が2.3Wに対して1.4W、アイドル時消費電力も0.7Wから0.4Wと大幅な低消費電力を実現。重さは32gしか軽くならないが、アイドル時24dbと動作音が静かな点も魅力だろう(2.5インチHDDは東芝製MK2018GASとの比較)。

 10.4インチクラスのPCは、液晶バックライトをある程度落とせば、6W程度の消費電力に収まる。プロセッサの平均消費電力は1W以下だ。その中でのこの差は決して小さなものではない。

 ただし、2.5インチHDDと比較すると性能面で劣る可能性はある。Web上で見ることが可能なスペックシートにはメディア転送速度が記載されていないが、1.8インチHDDの評価を行なっているPCベンダーによると、一世代前の2.5インチHDDと大差ない性能を発揮しており、顕著なパフォーマンス低下はないという。

 現在のところ、1.8インチ8mm厚のHDDは東芝しか製造しておらず、今後デファクトスタンダードとなる保証はどこにもない。しかし、PC以外のデバイスにもHDDの大容量・高速という特徴が求められているため、標準フォームファクタとして定着する可能性は十分にある。

 HDDの交換を自分でやってしまう人にとってみれば、(現在のところ)特殊な形状を持つ1.8インチHDDは、あまり歓迎できるものではないかもしれない。しかし、採用製品が増えてくれば開発は進む。決してその将来は悲観的だとは思わない。


●今後は液晶パネルとバッテリに期待を

 プロセッサの世代変革時期というのは、前世代のプロセッサが最新プロセスで製造されることで電力消費と発熱が抑えられ、サブノートPCを作りやすい環境になる。そうした意味では、まさに今は'98年当時と同じ状況であり、今後、モバイルPentium 4へと世代が変わることで、また小型ノートPC冬の時代がやってくるという見方もある。

 しかし、幸いなことにIntelは低消費電力をテーマに開発中のCPU「Banias」を2003年前半に投入する予定だ。Baniasの細かなスペックに関しては、まだまだ情報が少ないものの、現在ある小型ノートPCが再びファットなものになることはない、と関係者は話している。

 また、数年のレンジで言えば、まだまだノートPCのカタチに変化を与えてくれそうなコンポーネントの候補はたくさんある。たとえばDynaBook SS Sシリーズの液晶パネルは、薄型の新パネルを採用しているが、こうしたパネルが一般化すればノートPCの薄型化が進むだろう。そしてまた、ディスプレイには、今後さらに薄型、低消費電力で、かつ軽量なものになっていく可能性が残されている。液晶パネルの軽量化や低消費電力化も、少しずつ進んでいるが、Organic ELディスプレイがノートPC向けにも実装されるようになれば、小型ノートPCの世界を一変させてくれるはずだ。

 バッテリに関して言えば、リチウムイオン系のバッテリが端子素材の改良などで容量アップを果たす可能性などがあるが、やはりノートPCの姿を一変させる技術と言えば、燃料電池のPCへの応用が何年か後に控えているはずだ。関係者はあと5年は実用化されないと話しているが、振り返ってみれば冒頭で話したTillamookの時代からすでに5年が経過しようとしている。燃料電池は供給可能な電力とサイズが比例するため、PC本体の省電力化も同時に進まなければ小型化は難しいが、いずれは小型のノートPCを支える技術になるだろう。

 PCは姿形やスペックだけで語られるものではないが、とりあえず小さく、軽く、バッテリが長持ちするようになれば、今とは違った使い方が見えてくるものだ。小さく、軽く、バッテリが長持ちすることで、多くの人がPCを持ち歩くようになれば、今度はユーザーの間で新しい使い方をするようになってくる。するとPCベンダーは、そうしたユーザーコミュニティの中で生まれた新しい使い方を、もっと簡単に使えるようにしようと製品開発を進める。

 ソニー・バイオノートブックカンパニー・プレジデントの島田啓一郎氏に話を伺ったとき、繰り返し「まだまだいろいろな使い方がある。だから、もっと使いやすく、魅力的なハードウェアを作らなきゃいけない」と話すので、「いろいろとは何?」と訊いたことがある。

 するとポケベルを例に挙げ「'80年代にメッセージを送れるポケベルが登場した時、'90年代の女子高生のような使い方を想像した人はたぶんいなかったはず。“オハヨー”や“コレカラデルトコー”なんてメッセージが、頻繁にポケベルで飛び交うなんて信じられないですよ。ユーザーは、きっかけを作ってあげれば自分自身で楽しみを見つけることができる。新しい楽しみが見つかったら、それを手助けする製品を作ればいい」と話してくれた。ちょっとしたきっかけでPCを持ち歩くユーザー層が広がれば、それだけで新しい楽しみが生まれ、それがさらに製品としての進化を促すものだ。

 秘められたノートPCの可能性は、まだまだ底が見えない。


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(2002年1月23日)

[Text by 本田雅一]


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