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任天堂 岩田聡社長インタビュー(2)
DSとは異なるアプローチでゲーム人口拡大を目指すWii




岩田聡氏

 いよいよ新ゲーム機「Wii」を投入した任天堂。Wiiの狙いは、ニンテンドーDSと同様にゲーム人口の拡大。そのために、WiiではTVチャンネルのメタファを借りたチャンネルシステムでのコンテンツも提供する。任天堂の岩田聡氏(代表取締役社長)に、Wiiの戦略とその背景について伺った。


●ゲームの定義を拡大するDSとWiiの戦略

【Q】 2005年のゲーム開発者向けカンファレンスGDC(Game Developers Conference)で、今のゲーム産業では、ゲームの定義自体がどんどん狭くなっているとスピーチしましたね。ニンテンドーDSで行ない、Wiiで行なおうとしていることは、まさにその逆、ゲームの定義を広げることだと解釈しています。

【岩田氏】 その通りです。ゲームの定義が狭まったのは、ゲームの制作が、時とともに、ハイリスクなビジネスになってしまったからです。

 かつて、黎明期のビデオゲームは、極端な話ローリスクハイリターンと言っていいくらい恵まれていたんですね。ファミコン時代は、みんながポッとゲームを作ると、ポッとヒットする。そんな、とてつもなくありがたい時代があったんです。

 もっとも、当然、そんな時代はいつまでも続かないので、段々と開発投資はでかくなり、どんどんリスキーになる。すると経営者は何を考えるかというと、実績があったゲームの続編にしよう、2、3、4、5……と、どんどん続編が増えてゆく。

 任天堂もそういう側面がなかったとは言えないし、ゲーム産業全体がそうでした。すると、お客さんからすれば、続編ばかりで、何か最近変わりばえのしないゲームが多いとなってしまう。あるいは、1つのジャンルでヒット商品が出ると、似たような商品が山ほど出て来る。結果として、同じタイプの商品が各社から並ぶことになります。

【Q】 この問題は、現在のゲーム産業の顕著な問題で、特に日本のゲームには、閉塞感があります。そのため、周囲を見ても、どんどん人がコンソールでゲームをしなくなった。

日本のゲーム市場におけるソフト販売本数シェア推移

【岩田氏】 ええ、ゲームに限らず何でもそうですが、同じものをただ作って行くだけだと、短い期間なら付き合ってくれるかも知れませんが、段々と飽きて来る。僕らは、お客さんに今までにない驚きや楽しさを感じてもらえるから価値がある仕事をしていたはずなのに、いつの間にか、そうではなくなっている。去年の1.5倍のデータを入れて、コースを何倍にして、仕掛けを増やして、プレイ時間を延ばして……、数字のスペック競争みたいになっちゃった。去年の1.5倍のマップがある同じゲームにあなたは驚きますかというと、驚かないですよね(笑)。

 これは、実用品と我々がやっている娯楽品の大きな違いなんですが、世の中のあらゆる商品開発って、お客様の言うことを聞くことで出来ているんですね。お客様が答えを知っているから、徹底してお客様のご不満、隠れたニーズを探し出して商品を作るんだ、これが商品開発の王道だと思います。私も、耳を傾けることを否定はしないし、むしろ大事だと思います。しかし、一方で、ゲームって、お客さんに驚いてもらう商売なのに、聞いてどうすると言うのもあります。

 「あなたは、何に驚きますか」と聞いてお客様は答えられないし(笑)、もし答えられたとしたら、答えた内容にはもう驚かない。だから、お客さんが答えを知らないところ。こんなものはゲームじゃないと思っているところから攻めないと、驚いてもらえないんじゃないかと考えています。

●予想を上回る勢いだったDSの浸透

【Q】 DSのアプローチはそれですね。人がゲームだと思ってもいなかった要素をゲームに仕立てて行く。その結果、ゲーム人口を増やした。

【岩田氏】 そこはある種の逆転の発想があって、今までの枠からちょっとはみ出た方がいい。ゲームの定義を広げようと言ってたのが2004年の終わり頃からだったと思うんです。

 それでDSでは、犬をかわいがるソフトが出て、脳を鍛えるソフトが出て、頭を柔らかくするソフトが出て、英語が出て料理が出て(笑)、いったいDSってなんの機械なんですかと言われるようになった。すると、世の中で、今までゲーム機に自分は無縁だと言っていた人たちに、DSが欲しいと言っていただけるようになった。

 その結果、1年を通じて、私たちは毎週15万台といった、クリスマス商戦以外の普通の時では考えられないような台数を、とうとう1年間出荷し続けた。それなのに、いまだにお客様の需要に応えられない。また、これまで日本(のゲーム市場)は据え置き型でずっと回ってきたのに、去年(2005年)の末から(携帯機が主流に)ガラッと変わって、ソフトウェア市場で何が売れるかというトレンドも変わってしまう。

 恐らく、ゲーム業界始まって以来であろう出来事を経験して、ユーザー人口が拡大するとこれ程までにいろんなことが変わるのかと驚きました。ある日突然、ここまで一気に変わるものなのかと。

【Q】 DS効果で、日本ではゲーム機とゲームタイトルの売れ筋が、コンソールから携帯機へと確かに一転しました。ここまでドラスティックに変わることは、予想していなかったのですか。

【岩田氏】 実は、私はもっとじわじわ変わると思っていたんですね。もちろん、こちらに市場はあるはずだし、いつかご理解いただきお客様が増えるはずだという意識はあったんです。ですが、ここまでとは思いませんでした。気がついてみれば、ガラガラッと変わって、想像を超える需要が出来た。

【Q】 しかし、DSの方向もある程度一定して来ています。このままでは、再び、同じ脳トレの続編が続くといった循環に陥りませんか。

【岩田氏】 ですから、脳を鍛えるつもりでDSを買った、たくさんのお客様がまだ飽きないで触っているウチに、次はこれですと違うものを出せるんだろうかと。せっかく触っていただいていても、「もう飽きたからいらないわ」となってしまったら、次のチャンスはなかなか来ないと思うので。

●非ゲーマーに触ってもらうためのWiiチャンネル

【Q】 ゲームコンソール型のWiiの場合、携帯型のDSとは、異なるアプローチが必要ですね。コントローラの「Wiiリモコン」はそのための要素ですが、「Wiiチャンネル」も重要な要素だと9月のWii Previewでは説明されました。Wiiチャンネルでは、テレビのチャンネルを増やすように、Wii内蔵ソフトだけでなく、ネットワーク経由のコンテンツ/情報配信もチャンネルのメタファでアクセスできます。Wiiチャンネルでは、天気やニュースを配信する予定ですね(現時点ではまだ配信は始まっていない)。

【岩田氏】 家の中には、ゲームをこよなく愛して情熱を傾けて下さるお客さんと、ゲームにまったく興味がない、場合によっては敵視している人さえいるわけです。間にとてつもなく厚い壁があるわけですね。ですから、この壁を壊せたら、家の中でゲーム人口がすごく増える。

 そこで、ゲーム人口を増やすために、いろんな人の観察談を聞くと、どうも家庭のお母さんは天気予報を見たいらしいと。子どもが明日何を着ていけばいいのか、明日洗濯できるのか、ダンナにコートを着せた方がいいのか……、そうすると、天気予報が見たい。でも、天気予報は好みの時間にやっているとは限らない。たしかに、PCがあればいつでもインターネットで天気予報を見られるが、それはまだ多数派とは言えない。それなら、Wiiで天気予報を提供すれば、使ってもらえるのではないかと。ニュースも同じで、こういうのはWiiに電源を入れて触ってもらう動機になるなと考えました。

Wiiのコンセプト

【Q】 Wiiチャンネルの目的は、あくまでも、毎日Wiiに電源を入れてもらい、非ゲームユーザーの人に、Wiiに親しんでもらうための仕掛けですね。そのために、天気やニュースといった、実用コンテンツを提供して行く。

【岩田氏】 そうです。あと、何とかWiiリモコンを、片付けられずにリビングルームに置いといて欲しかったんですね。そうすれば、ポッとスイッチを入れて触ってもらう機会が増える。触り慣れれば抵抗がなくなりますから、いずれゲームで遊んでもらえるチャンスが出てくる。そのために、チャンネルシステムのような仕組みは面白いんじゃないかと。

ニュースや天気など、実用的なコンテンツを提供するWiiチャンネル

●お客さんの無関心が最大の敵

【Q】 非ゲームコンテンツは、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)やMicrosoftの路線とも重なります。SCEやMicrosoftは、ゲーム機に慣れてもらうというより、リビングの総合的なエンターテイメントセンターを目指しています。その点の意図の違いについて、9月の合同記者会見で、私が質問をした時は、次のような答えでした。

9月、Wii Previewでの岩田氏

【岩田氏(9月)】 DSはゲーム人口を拡大したかもしれない。でも、「時代が据え置き型から携帯型になったんでしょ」あるいは「DS路線は携帯型だったから通用したんでしょ」というお考えの方がたくさんいらっしゃいます。その方々に、私たちがTVゲーム機が、新しいお客さんに届くことがいかに難しいかを、ものすごく考えてきた、(Wii Previewでは)その内容をお伝えしたいと思いました。

 (Wiiチャンネルを見て)「任天堂はゲームだけやるって言ってたじゃない。どうしてゲーム以外のことやりだしたの?」と思われるかもしれませんが、そうじゃないんです。我々はゲームに興味を持ったお客さんにゲーム機を普及させて、それ(ゲーム機で)でそれ(ゲーム)以外のことをさせたいんじゃない。

 今のままだとゲーム機が家に入っても、ゲームに興味のない人は永遠に触りません。その壁が壊れないと、家庭用の据置型ゲーム機のゲーム人口は、DSでやったように増えることはありません。それ(触ってもらえない問題)を解決しないと、「任天堂のゲーム人口拡大路線は、DSでは上手く行ったけどWiiでは失敗しました」で終わってしまいます。その問題を、散々考えてきて、自分達の中で手ごたえのある結論が出ました。それが、チャンネルシステムに代表される、(Wiiの)ゲームではない部分を中心にお話した理由です。

 他社さんと任天堂の違い、あるいは他社さんとどう競争していくかは必ずメディアの方々に質問を受ける内容ですが、じつは私はライバルと競争しているという意識が本当にあまりないんです。というのは、ライバルメーカーと競争しても、ゲーム人口が増えないと思っているからです。私たちが戦っているのはライバルメーカーでなく、「お客さんの無関心」なんです。

 無関心(なお客様)が興味を持って触ってくれて、最終的に「いやぁ、Wiiって触ったら面白かったよ」と人に言ってくれる。そこまでの循環ができないと、たぶん、Wiiによるゲーム人口拡大は実現できない。ですから、我々が戦っているのはお客様の無関心で、ライバルメーカーではなくなっている。私たちが意識していないので、ライバルメーカーに対してどう思うかと言われても、お答えしようがない。強いて言えば、僕らと(彼ら)はすごく違う路線を目指しているということですね。

●ゲームと実用の中間をチャネルで提供

【Q】 同じ非ゲームコンテンツでも、意図しているところは全く異なるわけですね。あくまでも、ゲームが中心。ゲーム機をマルチパーパスマシンにしたいわけではないと。

【岩田氏】 よく、「任天堂は実は“リビングルームの覇権”を狙っていたんですね」と言われるんです。でも、リビングルームの覇権は、結果として起こりうるかもしれないけど、狙ってやるもんじゃないでしょう。お客さんは、誰かが覇権を取って欲しいなんて思っていませんから(笑)。お客さんは、単に面白い遊びが欲しいだけです。

【Q】 しかし、任天堂はどんどんゲームの定義自体を広げています。そうすると、チャンネルで提供するコンテンツとゲームの境もどんどんあいまいになるはずです。拡張したゲームの定義に含まれるコンテンツには、チャンネルとして提供できるものが出てくるのではないですか。つまり、チャンネルシステムはゲームの定義を広げる、新しい仕掛けとなるのでは。

【岩田氏】 はい、チャンネルの仕組みで提供できるものには、ほとんど娯楽度のない実用的なところから、ゲームのような100%娯楽のところまでの、中間があると考えています。例えば、『脳トレ(脳を鍛える大人のDSトレーニング)』は半分実用だが半分娯楽なんですね。娯楽と実用の中間にある何とも言えない領域に、ゲームが境界線を広げることで、「ここまでゲームだよ」としちゃった。

 脳トレは、それでも“ご褒美(ゲームを達成したユーザーへの報酬)”がゲームの中にあります。しかし、『料理(しゃべる!DSお料理ナビ)』では、ゲームと言っても、料理を実際に作って、家族に食べてもらって喜んでもらうことがご褒美。ゲームの中にはご褒美のかけらもないという、今までにはあり得ない構造なわけです。それでも、ゲームプロダクトとして売ってしまうと、「これもゲームかよ」と広がるわけです。

 そうやって考えますと、ニュースや天気という実用ものと、ゲームの間に、無数にいろんなものが考えられる。企画会議をやると、(チャンネルなら)面白いものが作れると、盛り上がるんです。今度は「これも、広い意味ではゲームでしょうかねえ」というものを、もっと任天堂が提案できるようになって行きたいですね。

●Wiiチャンネルが新しいゲームのメディアとなる

【Q】 そういう意味で、チャンネルは、新しい定義のゲームを提供するための、ディスクメディアとは違う経路のメディアとも考えられますね。もちろん、バーチャルコンソール(旧世代ゲーム機のタイトルをエミュレータごとネット配信で販売するWii向けサービス)もゲーム配信ですが。チャンネルは、特に、ゲームと実用の間のコンテンツのメディアとして適しているように見えます。

【岩田氏】 おっしゃるとおりです。私は、数年のうちに、ゲームパッケージの売り方が主流でなくなるとは思わないんです。ビジネスとしてうまく回っているモデルですから。

 ただ一方でチャンネルのアプローチでは、ネットにつながっているからこそできることがある。ネット経由でディストリビューションして、どんどん早いサイクルで更新する。そういう形で、お客様と作り手がつながっているからできるサービス、できる面白さがあるはずです。そういう新しい面白さを、見いだすことができればと思いますね。

 ですから、単純にパッケージが(ネット配信に)置き換わるといった話ではない。いろんなことが平行して進んでいって、時間とともにその比重がだんだん変わって行くのかなというイメージを持っていますね。

【Q】 任天堂は、健康管理をゲームにする『Wii ヘルスパック』を開発していますね。こうした、料理やヘルスといった日常コンテンツは、パッケージで提供してもいいけれど、チャンネルでは別な面白さが出そうです。

【岩田氏】 ええ、お料理チャンネルを作って、今日のメニューが配信されて、例えば、「今週のTV番組でやっていたお料理はこうやって作るとおいしいですよ」と教えたりするようになるかもしれない。でも、今やっているように、料理をパッケージでという手もある。パッケージとチャンネルのどっちもありで、どちらがお客さんにとって魅力的かを、その都度選べばいいわけです。

 今回のWiiは、HDDにどんどん貯め込んでという構造ではないんですが、そういう意味では、ネットの向こうにいくらでも大容量のディスクがある。技術的にいえばシンクライアントですね。クライアント側はうんと軽くして、UI(ユーザーインターフェイス)をしっかりパワフルに処理できるだけの能力があれば、そこから先はサーバー側でいくらでもできるんで。そういう考え方で、相当面白いサービスができるんじゃないかと思います。

●シンクライアントの強みを行かすWiiの戦略

【Q】 Wiiのチャンネルのコンセプトは、まさにシンクライアントですね。そのために、クライアント側に持つストレージも、512MBのフラッシュと小容量に留めたわけですか。

【岩田氏】 ローカルに大容量(ストレージ)を持つと何が怖いかというと、客の手元でデータが壊れることです。これ(HDD搭載)にはものすごく議論があって、同じ容量なら安いという意味でHDDは優れているんですけど、HDDは必ず壊れる。じゃあ、「俺たちのお客さんに(データを)バックアップして下さいと言うのか。HDDをこうやって換装しますって言うのか。それはないよな」って話になったわけです。私も、自分のPCのHDDは自分で換装しますが、そういうお客さんばかりではないですからね。

【Q】 シンクライアントは、ネット側の帯域が広がったり、サーバー側のコンピューティングパワーが増えれば、自動的に可能性が広がるという利点がありますね。9月のWii Previewイベントでは、WiiのOperaブラウザで、AJAX(Asynchronous JavaScript + XML)を使うデモも行ないました。AJAXによって、非同期にサーバ側に処理を行なわせることで、よりシンクライアントの使い勝手は高くなりますね。

【岩田氏】 おっしゃるとおりです。帯域が広がる、サーバサイドに持てるコンピューティングパワーが広がると、より大それたことがシンクライアントで出来るわけです。

 実際、AJAXを使ったページがブラウザの上で動いていますからね。ああいうものをTVで見ることができて、しかも数秒で立ち上がるというのはなかなか面白くて、商売抜きで自分の家のTVに絶対付けたいものになりましたね。

【Q】 シンクライアント化を進めれば、その先にはディスクレスという展開もありうると思います。光学ディスクドライブを持たないゲーム機の可能性はどう見ていますか。

【岩田氏】 今はパッケージビジネスが基本ですから、私はディスクが短いサイクルでなくなるとは思えないです。もちろん、遠い将来となればいろんな可能性があるでしょうね。その時、どんな選択肢があるかは、まだわかりません。

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(2006年12月7日)

[Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]


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