笠原一輝のユビキタス情報局

主従を入れ替えたIntelとNVIDIAの歴史的提携発表、その背景にAIデータセンターあり

IntelとNVIDIAが共同で行なった会見で両社の提携を説明する、NVIDIA CEO ジェンスン・フアン氏(左)とIntel CEO リップ・ブー・タン氏

 IntelとNVIDIAは、9月18日(現地時間)に報道発表を行ない、両社が技術的な観点と資本的な観点の両面で歴史的な提携関係に入ったことを明らかにした。

 発表によれば、IntelはNVIDIAのチップ間接続技術「NVLink」を利用してNVIDIAのGPUとIntelのCPUを接続し、データセンター向けAI製品、そしてクライアントPC向けSoCを両社が協力して開発する。また、NVIDIAはIntelに対して総額50億ドル(1ドル=148円換算で、7,400億円)相当の投資を行ない、その見返りにIntel株を取得する。

 これまで、Intelはチップ間接続技術のライセンスをNVIDIAに公開することを拒んできた。2000年代にNVIDIAがIntel用のチップセットを作り、NVIDIAのGPU内蔵チップセットをIntel CPUに接続することを求めた時には、法的手段に訴えてもそれを阻止してきた。今回IntelがNVLinkの採用を明らかにしたことは、その時とは逆にIntelがNVIDIAのNVLinkを受け入れたということになり、主従が完全に入れ替わった形だ。

 こうした歴史的提携が発表された背景を、両社が共同して行なった記者会見などから読み解いていきたい。

かつてはIntelがNVIDIAを拒んだが、今回はNVIDIAがIntelを許容したという形

COMPUTEX 2025の基調講演でNVLink Fusionの構想を発表する、NVIDIA CEO ジェンスン・フアン氏

 今回の両社の提携で発表された内容は、大きくいうと4つある。

  1. 両社のアーキテクチャ(IntelのCPUとNVIDIAのGPU)が、NVLinkにより相互に接続される
  2. データセンターAI向けに、IntelがNVLinkを利用してNVIDIA向けのカスタムx86 CPUを製造し、NVIDIAはそれを自社のAI製品に組み込んで出荷する
  3. クライアントPC向けには、NVIDIAがGeForce RTXシリーズの技術をチップレット(ダイのこと、半導体のパッケージ基板上でほかのチップと統合されて1つの製品になる)として提供し、Intelはそれを自社製品に組み込んでクライアントPC向けのSoC(仮にx86 RTX SOCと呼ばれる)を提供する。2つのチップは電気的にNVLinkで接続される。
  4. NVIDIAは総額50億ドル相当のIntel株を、1株あたり23.28ドルで入手し、Intelに対して投資を行なう。この投資は規制当局の承認を前提とする

 IntelとNVIDIAは、過去にこうしたIntel製品とNVIDIA製品を直接に接続するバスライセンスで、法的闘争を繰り返してきた。たとえば、2009年には、Intelが米国デラウェア裁判所に「IntelとNVIDIAが締結した4年間のチップセットライセンスの契約が、メモリコントローラを内蔵するIntelの新世代CPU(Nehalemなど)には及ばない」という訴訟を提起して、最終的にNVIDIAはIntel製品向けのチップセット事業を断念する結果になった。

 詳しい事情は過去の記事をお読みいただきたいが、要するにIntelの知的財産(IP)であるチップ間接続(英語で言うとインターコネクト)に、他社がアクセスすることをIntelは拒んできたというのが歴史的な経緯になる。

 もちろんIntelがそれをする理由は、同社のIPを守るためだし、チップセットビジネスという利益率が高いビジネスを守るというビジネス的な背景もあったことは否めないだろう。いずれにせよ、「許可しない」というIntelと「許可せよ」というNVIDIA……の主従の構図になっていた。

 しかし、今回両社が発表したリリースをよく読むと、今回の提携ではその主従が入れ替わっていることに直ちに気がつかされる。今回はIntelがNVIDIAにライセンス提供をお願いする側、NVIDIAはそれを許す側という意味で、だ。

 どういうことかと言うと、両社のリリースでは触れられていないが、今回のIntelがNVLinkを利用するという発表は、NVIDIAが5月のCOMPUTEXのタイミングで発表した「NVLink Fusion」に基づくものであると考えられるからだ。今回発表した、Intelが作るデータセンター向けのNVLinkに対応したカスタムx86プロセッサ、そしてNVIDIAがIntelのSoC製品向けに提供するNVLinkに対応したNVIDIA GPUのチップレット、いずれもNVLink FusionでNVIDIAがライセンス提供先に課している「NVIDIAのCPUないしはNVIDIAのGPUに接続する場合に許諾する」という条件を満たしている。

 事実、NVIDIA CEO ジェンスン・フアン氏は同氏が今年(2025年)5月のCOMPUTEXで行なった、記者向けの質疑応答の中で「もし彼ら(AMDやIntel)が我々のエコシステムに接続したいのなら可能だ」と発言しており、AMDやIntelがNVIDIAのGPUやCPUに接続したいのなら歓迎だという姿勢を明らかにしていた。

 この時点でこの提携が決まっていたのか、決まっていなかったのか、それは知りようがない。しかし、もし決まっていなかったのだとしたら、NVIDIAが秋風を送ったことが、両社の提携につながったのだし、もしCOMPUTEXの時点で決まっていたのだとしたらNVIDIAの側はそれを匂わせることができる立場にあったと考えられる。いずれにせよ、NVIDIA側が強い立場にある、その意味で主従を入れ替えた形だ。

NVIDIAにとってはx86プロセッサがNVLinkに対応することがAIデータセンター推進にメリットに

COMPUTEX 2025の質疑応答で質問に答えるNVIDIA CEO ジェンスン・フアン氏

 だとすると、なぜ攻守は入れ替わったのか?その理由は、NVIDIAがAI時代に覇権を握ったからだ。今やNVIDIAのデータセンター向けGPUが、AIのインフラを支えているのは説明の必要もないだろう。従来はデータセンターの機器を選定する際には、IntelのCPUにするか、AMDのCPUにするかで頭を悩ませたものだが、今はGPUがまず選択され、その次にそれに付随するCPUを選ぶという順番になっている。「GPUありき」というのが今の常識だ。

 ではCPUはどうなのかと言えば、実はNVIDIAはCPUに関して2面作戦をとってきた。簡単に言えば、AMDないしはIntelから提供されるx86プロセッサと、NVIDIAが自社設計をしているArm CPU(現行製品はGrace、来年以降にVeraという次世代製品を投入する)の2つのCPUを同社のAIデータセンター向け製品でサポートしてきた。

 もちろん前者と後者の違いはISA(命令セットアーキテクチャ)だが、実はもっとも大きな違いがNVLinkに対応しているかどうかだった。

 NVLinkに対応していると、スケールアップで接続するときのCPUやGPUの数を、高い性能を維持したまま増やすことが可能になるのだ。

スケールアップとスケールアウトの違い、GB200 NVL72とDGX-B200の違い(筆者作成)

 NVIDIA自社設計のArm CPUは、NVLinkに対応しており、Grace-Blackwellで知られる「GB200」あるいは「GB300」という、Arm CPUを1つ、Blackwell GPUを2つ、1枚の基板に搭載することを可能にしている。

 NVIDIAのラックデザイン「GB200 NVL72」では、NVLinkを利用してスケールアップすることで、最大でGraceを32基、Blackwellを72基から構成される1つのラックを、ソフトウェア的に巨大な1つのコンピュータとして利用できる。さらにCPUやGPUの数を増やしたい時には、ネットワーク(InfiniBandやEthernetなど)を利用してスケールアウトする。

フアン氏が手に持っているのがGrace-BlackwellことGB200のボード。2つのGPUと1つのArm CPU

 なお、スケールアウトすると、スケールアップの場合に比べて帯域幅が少なくなり、遅延が増えるため、AIデータセンター全体の性能を高めるのであれば、NVLinkのようなインターコネクトで可能な限りスケールアップし、それが限界を迎えた後ネットワークでスケールアウトするというのが基本的な考え方になる。

 一方、x86プロセッサの場合は、これまでNVLinkをサポートしていないので、2つのx86プロセッサをPCI Expressという帯域幅も小さく、遅延も大きな業界標準バスで接続されてきた。

 NVIDIAの「DGX-B200」であれば、1つのx86 CPUが4つのGPUに接続され、そのシステム同士がNVLinkで接続される形になっており、機器全体で2つのx86 CPUと、8つのGPUまでスケールアップできるようになっている。x86 CPUの場合には、CPUがNVLinkに対応していないため8つまでしかスケールアップできず、それ以上GPUを増やしたい場合には、InfiniBandやEthernetでスケールアウトする必要があるため、GPUの性能を十分に発揮するのが難しかったのだ。

 しかし、今回発表されたNVLinkに対応したカスタムx86 CPUが登場すると、Arm CPUの代わりにx86 CPUを利用してNVL72の構成を作ることが可能になる。GB200と同じような構成にすると、x86 CPUが32基、GPUが72基という構成をラックあたりで実現することが可能になるわけだ。

 これまで、x86ベースのDGX-B200の顧客が、ArmベースのGB200-NVL72に乗り換えようとすると、AIプログラムのコードをx86からArmへと書き換える必要が生じるため、そこが高いハードルになっていた。しかし、NVLinkに対応したカスタムx86 CPUが登場すると、それをする必要がなくなるのだから、「現在のところx86のカスタマーが大多数を占めている」というNVIDIA ジェンスン・フアンCEOの発言を考えれば、多くの顧客にとって歓迎していい話だ。

 そうなると、Arm CPUはNVIDIAにとって必要がなくなりそうだが、NVIDIA フアンCEOは今後も自社設計のArm CPUの事業を続けると明言した。NVIDIAとしては、IntelのCPUが選ばれようが、自社のArm CPUが選ばれようがそれはどちらでもいいということだろう。NVIDIAにとって大事なことはNVIDIAのGPUが選ばれるということなのだ。

x86 RTX SOC(仮)は、Intelの先進パッケージでIntel CPUとNVIDIA GPUが1つのチップに

Intel CEO リップ・ブー・タン氏(4月のIntel Foundryのイベントで撮影)

 PCのユーザーにとって気になるのは、NVIDIAのチップレットを統合したIntelのSoCがどんな製品になるのかだろう。NVIDIAのフアンCEOは「CPUとGPUが1つの製品になって提供することが可能になる。この製品は今両社がアクセスできていない市場にアクセスすることを可能にする」と述べ、両社が仮に「x86 RTX SOC」と呼んでいる製品は、両社がアクセスできていない市場を切り開く性格の製品だと説明した。

 このことが意味することは、AppleのMシリーズのうちPro/MaxがついているCPU/GPUの多コア製品、および今年の1月にAMDがリリースしたRyzen AI Max/Max+シリーズ(開発コードネーム: Strix Halo)に対抗した製品ということになるだろう。両製品とも特徴は、単体GPU並みの統合型GPUを搭載しながら、比較的低消費電力で薄型のゲーミングノートPCやワークステーションノートPCを製造可能にするという特徴を持っている。

 AMDの幹部はCESで「現状Strix Haloに対抗する製品を競合他社(Intel)は持っていない」と説明しており、そうした市場にNVIDIAもIntelもアクセスできていないのが現状だ。

 しかし、IntelのCPUと、NVIDIAのGPUのチップレットを、パッケージ上で1つに統合すると、そうしたAppleやAMDに対抗できる製品ができる可能性がある。Intel CEO リップ・ブー・タン氏は「IntelのFoverosとEMIBは顧客に高く評価されており、両社の提携でもそうした先進パッケージ技術が適用される」と述べ、NVIDIAのフアン氏も「Intelの先進パッケージ技術は本当に素晴らしい」と応じるなど、Intelが2D、2.5D、3Dそれぞれで高度な先進パッケージ技術を持っていることが、この提携の鍵だったと説明した。そうして作られた製品で、Apple MシリーズのPro/Max、そしてAMDのStrix Haloの後継製品に対抗していくというのが両社のストーリーだろう。

 このため、Intelの統合型GPUや単体GPUであるArcには何も影響がない可能性が高い。特にArcは電力効率に優れており、低消費電力のノートPCなどでは採用され続けると筆者は考えている(ただし、今回Intelからそれに対しては何も言及がなかった)。

 データセンター向け、PC向けいずれの製品も、現在両社の技術チームがミーティングなどを行なって製品の開発を進めており、製品が登場するまでには「約1年程度がかかる」(フアンCEO)とのことで、普通に考えれば再来年のCES 2027やGTC 2027などに登場する製品に採用される可能性が高いのではないだろうか。

50億ドルの投資が発表されたが、アナリストが期待していたNVIDIAがIntel Foundryで製造することは発表されなかった

Intelの命運を握ると考えられている次々世代プロセスノード「Intel 14A」(4月のIntel Foundryのイベントで撮影)

 IntelとNVIDIAが行なったオンライン会見では、両社に対して投資アナリストなどから「NVIDIAの50億ドルの投資は、NVIDIAがIntel Foundryを使うことを意味するのか?」という質問が飛び交った。

 確かに両社のNVLinkに関する技術的提携に関しては、両社それぞれにとってメリットがあり、それはこれまで説明してきた通りだ。しかし、だからと言って、その提携はNVIDIAが50億ドルもの投資をIntelに行なうということには直接結びつかない。このため、投資アナリストなどが、将来NVIDIAがIntel Foundryを使う可能性と結びつけて考えるのは無理がない反応だ。

 これに対してNVIDIAのフアンCEOは「今回は純粋に投資というだけだ。もちろん、Intel Foundryの評価は常に行なっているが、本日時点で発表できることは何もない」と述べた。

 というのも、現状Intelが苦境に陥っているのは、Intel Foundryへの4年間で900億ドルに達する投資を回収する見込みがなかなか立たないからだ。既に製造が始まっている最新プロセスノード(製造技術)「Intel 18A」に関しては、現状Intel製品だけが大きなボリュームで、それ以外に十分なニーズがないと言われている。

 実際、Intel Foundryが4月に開催したイベントでも、Intel製品(具体的にはPanther Lake)の試験製造開始がアナウンスされたぐらいで、ほかの顧客に関してはほぼ言及がなかったし、タンCEOは第2四半期決算の中で、Intel 18AがIntel製品中心のノードになっていることを認めている。このため、次の世代のプロセスノード「Intel 14A」で大きな顧客がつかめない限り、Intel Foundryを継続するのが難しく、Intel 14Aへの投資をやめるのではと噂されてしまう状況だ。

 そうした文脈の中で、起きたのが米トランプ政権との行き違いで、リップ・ブー・タンCEO自ら出向いて、現状や見通しなどに関して説明することになった。その後、アメリカ政府が89億ドルの投資を行なうことを発表し、その前には日本のソフトバンクグループも20億ドルを投資することを発表している。そして今回の50億ドルNVIDIAが投資するということになるので、(日本のソフトバンクグループはともかくとして)アメリカ全体でIntelを救うという雰囲気が出てきている状況だ。

 その意味で、今回NVIDIAが同時にIntel 14Aで製造すると発表していれば状況はかなり変わってくる。そのためアナリストたちはそうした質問をした、ということだ。ただ、今回はそうしたことは発表されなかったが、両社の間でそうしたことも話し合われていても不思議はない。少なくともNVIDIAが評価は続けていることは明らかにされたので、今後新しい発表が出てくることに、(特にIntelに投資している投資家は)期待していることだろう。


Intel、NVIDIAの歴史的提携をライブ配信でも解説します【9月19日(金)20:30配信】

業界を揺るがすIntelとNVIDIAの提携発表について、ライブ配信で緊急解説します。半導体業界の巨人達の提携によって、AI、PC、半導体製造の各領域でなにが起きるのか。Intel復活の決定打となりうるのか。本稿の執筆者笠原一輝さんが解説します。配信は9月19日(金)20:30開始(ライブ終了後は即アーカイブを視聴可能になります)