PentiumⅢ 1.0BGHzへの軌跡

 元祖x86プロセッサ「8086」から数えて15年目の93年3月、第五世代となる新しいCPUが出荷された。それまでのファミリーには、80286、80386(i386)、i486と、世代を表わすマジックナンバーが付けられていたが、この5代目からは、商標として有効なネーミングを採用。「5」を意味する「penta」を取って、「Pentium」と命名された。15年の歳月と四つの世代を経て、8MHzのクロックは66MHzにアップしたが、わずかその半分の時間で1GHzの大台に乗る日が来るなどとは、まだ誰も予想だにしなかった頃のことである。

●一気に300万トランジスタを集積した初代Pentium

 24bitのアドレッシングが可能なプロテクトモードを追加した286。32bitアーキテクチャに生まれ変わった386。浮動小数点演算ユニット(FPU:Floating point Processing Unit)や1次キャッシュをインテグレートした486。世代が変わるたびに、x86ファミリーにはより速くより賢くなるための新しい機能が組み込まれてきた。Pentiumでのもっとも大きな仕様上の変更は、システムバスをそれまでの32bitから2倍の64bitに拡張、25/33/50MHzというバスクロックを60/66MHzへとアップして高速化を図った点である。内部的にも、2本のパイプラインを使って2命令を並列処理するスーパースカラなどの新しい技術が盛り込まれ、それまでの100万トランジスタの486から、一気に300万トランジスタの世界へと突入した。製造プロセスは、初代こそ486DX2などと同じ0.8μmだったが、94年には0.6μmプロセスの「P54C」が、95年には0.35μmの「P54CS」が登場。バスクロックをベースに、0.5きざみの倍率でさまざまなクロックバリエーションが生まれ、97年には、新しい拡張機能を搭載したP5ファミリーの末っ子「P55C」を迎える。
 新しい拡張機能はMMXと名付けられたが、これはFPU用に用意されていた64bitのレジスタを流用し、8bitなら8個、16bitなら4個、32bitなら2個の整数値を一度に演算する機能である。画像や音声の処理では、8bitや16bit単位の大量のデータに対し、同じ処理を繰り返し実行するケースが多々ある。MMXは、このような処理を想定したもので、MMX命令を使うことによって、マルチメディアデータの処理は飛躍的に高速化。MPEG1の再生などに、大きく貢献することとなった。もっとも、MMX Pentiumが主役でいられた期間はそれほど長くはなく、世代交代の時期はすぐそこまで迫っていた。 

●Proの進化形であるPenitumⅢ

 Pentiumが登場した翌年には、すでに第六世代のCPUが「Pentium Pro」という名でリリースされていた。36bitに拡張されたアドレスバス。CPUコアに統合された2次キャッシュと、キャッシュ専用に設けられたバックサイドバス(BSB)。RISC風命令への変換と、それを高速に実行するより深いパイプライン(スーパーパイプライン)。命令をスケジューリングし、記述順序に関係なく実行していくアウトオブオーダーやレジスタの競合を回避するレジスタリネームによる並列処理の円滑化など……。技術の粋が詰め込まれたCPUだったのだが、2次キャッシュを統合したおかげで、組み込むトランジスタの数は1桁跳ね上がり、前代未聞の巨大なセラミックパッケージになってしまった。位置付けは、今で言うXeonと同じサーバーなどのハイエンド向け。当然、価格的な折り合いは付くはずがなく、一般市場ではほとんど普及することのない、第六世代のフラグシップモデルだった。
 MMX Pentiumに遅れること4カ月。97年5月に、Proの血筋を引くPentiumⅡがリリースされた。「Klamath」と呼ばれていた初代は、Pentium Proと同じ0.35μmで設計されていたが、2次キャッシュを同一ダイに組み込むことはせず、CPUコアと2次キャッシュ用のSRAMを1枚の基板上に実装。カートリッジスタイルのパッケージを採用した。機能的には、Pentium Proをそのまま継承したものだが、キャッシュは2倍になり(BSBはプロセッサの1/2クロックに制限)、Pentium Pro時代にはなかったMMXや16bitコードの実行を効率化するセグメントレジスタキャッシュなどの一般市場向けの機能も追加された。翌98年には、PentiumⅡの0.25μmプロセスバージョン「Deschutes」が登場し、4月にはバリュー市場向けのCeleronがラインナップに加わる。「Covington」と呼ばれた初代Celeronは、PentiumⅡから2次キャッシュを外した廉価版という仕様だが、次の「Mendocino」でキャッシュは復活(ただし128KB)。PentiumⅡのほうは、フロントサイドバス(FSB)を100MHzにアップした350/400MHz版を追加して差別化を図ったが、結局次の450MHz版で打ち止め。クロックアップの続きは、「Katmai」ことPentiumⅢへと持ち越された。
 99年2月に発売されたPentiumⅢは、無印Pentiumに対するMMX Pentiumと同様の機能拡張版。PentiumⅢでは、新たに128bitのレジスタが追加され、複数の浮動小数点演算もまとめて処理できるSSE(Streaming SIMD Extensions)をサポート。FSBは100MHzのみで、コアクロックは450MHzからのスタートとなった。そして6月、AMDがFSB 200MHz(100MHzのダブルレート)、コアクロック500/550/600MHzでAthlonをリリースし、クロック競争の火ぶたが切られた。秋には、両社ともにさらなる高速化に向けて0.18μmプロセスに移行する。「Coppermine」こと0.18μmプロセスのPentiumⅢには、新たに133MHzのFSBが追加され、その後の半年で、1GHzの壁を一気に駆け上ったのである。(鈴木直美)