【コラム】

後藤弘茂のWeekly海外ニュース

WebTVがデジタルTVに進化する
-家電に重点を移したMicrosoftのTV戦略(後編)-


(前編から続く)

●コンバージェンスで過熱する業界

 米国の技術系ニュースで、今年もっともよく目にするキーワードは間違いなく「コンバージェンス(Convergence、収れん)」だ。今はもっぱら家電とコンピュータの融合の意味に使われるこの単語を、今年は一体どれだけ目にしたろうか。それだけ、米国ではこの2つの技術/業界の融合が大きな注目を集めているのだ。そして、そのコンバージェンスのニュースのなかでもとりわけ衝撃だったのは、先週のソニーとMicrosoftの提携だった。

 家電とコンピュータ、この2つの世界のビッグネーム同士が提携したのは、ホームネットワークとデジタルTVだ。提携内容が今注目を浴びている2分野だというのが、いかにもこの2社らしいところだ。もっとも、じつはデジタルTVとホームネットワークは密接に結びついており、ワンセットの提携発表となったのも不思議はない。

 そして、この提携はMicrosoftにとって利点をもたらす。Microsoftはコンバージェンスの世界でのリーダーシップを取るため、TVメーカーの支持が欲しい。米国では神格的な影響力があるソニーの名前というのは、うってつけなわけだ。

 さて、両社共同の発表だが、これを見るとスタンスの異なるふたつの業界がいかに歩み寄ったかがうかがえて面白い。注目すべきなのは、両社が「HDTVの制作および保存に適したフォーマットとして1080インターレース方式をサポートします」と明言していることだ。あれだけ1080iをいやがっていたMicrosoftのはずなのに、どうしてひっくり返ってしまったのか? おそらく、これはソニー側がどうしてもと入れさせた一文だ。というのは、ソニーは1080iの放送局側の制作機器を発表、放送局に売り込んでいる当事者だからだ。MicrosoftがソニーのデジタルTV事業に協力するのなら、それは当然1080iをサポートしての話になる。Microsoftとしては呑まざるをえないだろう。


●微妙な2社の歩み寄り

 しかし、一方で、ソニーは480Pの制作機器を開発し、ATSCのあらゆる規格をサポートするとも明言している。Microsoftのサポートする480Pをソニーも認めた格好だが、これはMicrosoftに従ったというより、480Pの大きな需要が見えてきたからだろう。それよりも、「また長期的な最終目標として1080プログレッシブ方式の機器を開発する予定です」という部分の方が重要だ。Microsoftとしては、あくまで1080Pへの橋渡しとして、1080iを認めたと言うニュアンスにできる。また、実際に、日本などでのデジタルTVの立ち上げでは、1080Pを持ってくることができるかも知れない。

 もっとも、高解像度とプログレッシブを両立できる1080Pは、理想的ではあるが問題もある。例えば、米国では現在のFCCの割り当てた地上波の帯域幅では、現状の技術では放送ができないという。同じ帯域幅で実現するなら、現在のMPEG2よりより高度で圧縮率の高いアルゴリズムが必要になることは、Microsoftのクレイグ・マンディ上級副社長(Consumer Platforms Division)も、NAB 98のキーノートスピーチ(トランスクリプトによる)のなかで示唆している。そうでなければ、光ファイバーなどより広い帯域を確保する以外に方法がない。

 また、Microsoftの英文のリリースでは「ソニーは、どのようなフォーマットで制作・伝送されるかに関わらず、すべてのデジタルTV番組を表示できるデジタルTVレシーバーを市場に投入する」と明言している。これは、当然の話で、480Pと720Pと1080iのすべてがデコードできないと、見れない番組や時間帯があるデジタルTVレシーバー(STBやTV)になってしまうからだ。ここで、ちょっと面白いのは、この部分の日本語リリースは「すべての(all)」の部分を「多様な」と訳して、意味合いをぼかしていることだ。別に深読みするつもりはないが、もっとも微妙な部分だけに、何か配慮があったとしてもおかしくはない。


●ソニーはデジタルTV版WebTVを作るのか?

 さて、ソニーはデジタルTVでMicrosoftと提携すると発表したが、では具体的にどのような製品をレシーバーでは出してくるのだろう。ソニーは、Microsoft子会社の米WebTV Networks社のSTBの有力な製造メーカーであり、しかもMicrosoftはWebTVでデジタルTVをやると言っている。となれば、このラインでと考えるのが常識的だ。

 しかし、WebTV Networksのスティーブ・パールマン社長は、先週来日した際の記者会見では「ソニーとMicrosoftは、今後もWebTVを継続して拡張してゆく」と言いながらも、ソニーからデジタルTV版WebTVが登場すると明言することは避けた。どうやら、このあたりは微妙な状況にあるようだ。

 では、どうしてソニーはWebTVをベースにデジタルTVレシーバーを開発すると言わないのか。デジタルTVレシーバーではWebTVのソリューションを使わない可能性もあるということなのか。

 おそらくその可能性もある。例えば、ソニーは3月末にPersonalJavaのライセンスを取得しているし、STB用のOSを開発していると言うウワサも何度も出ている。WebTV用Windows CEをデジタルTV用の導入するとしても、そのアーキテクチャすべてを取り入れるつもりがないかもしれない。今回の提携では、このあたりが不鮮明で、それだけに憶測を呼びそうだ。


●MicrosoftはデジタルTVをPC同様に支配するつもりか?

 そもそも、家電メーカーには家電のOSまでMicrosoftに握られてはたまらないという警戒感がある。以前、インターネットTVを取材していた時に、よく聞かされたのは、PCと同じようにMicrosoftの供給するOSをベースに同じものを各メーカーが作り、価格しか競争のポイントがなくなってしまう、そんな状況に家電をしたくないという発言だった。

 では、MicrosoftはデジタルTVのレシーバーに、PCと同じビジネスモデルをもたらすつもりなのだろうか。MicrosoftはWindows CEに関しては2つの展開を行なっている。ひとつはハンドヘルドPCのようにMicrosoftが専用のWindows CEのバージョンとサービス群を用意し、ハードウェアのガイドラインまで決めて、各メーカーにそれに合わせた機器を作ってもらう方法だ。これはPCのビジネスモデルそのままだと言っていい。

 それに対して、もうひとつは、個々のメーカーごとに異なるニーズに合わせたデザインインをする方法で、バーチカルビジネスではこの展開をしている。では、まだアナウンスされていないWindows CEホームプロダクツでは、Microsoftはどういう展開をするつもりだろう。

 じつは、これに関しては3月末に開催された「WinHEC 98」で配布された資料CD-ROMの中にヒントがあった。このCD-ROMには、Windows CEに関して実際にはプレゼンテーションで説明されなかったスライドが含まれており、その中にSTBを含むWindows CE関連製品のスケジュールのスライドがあったのだ。

 それを見ると、製品としては'99年の第1四半期にCATV大手のTCI向けのデジタルSTBが、続いてWindows CE版のWebTV Plusが第2四半期中に予定されている。また、MicrosoftではWindows CEベースのホーム製品向けに「Home Product Adaptation Kit(HPAK)」というキットをOEMメーカーに出す予定でいるという。そして、'99年第2四半期にリリースされる「HPAK 2.0」で、デジタルSTB用の機能が含まれることになっているのだ。ちなみに、「HPAK 1.0」は年内に登場しInternet TVがサポートされ、「HPAK 3.0」は'99年第3四半期の終わりでWeb電話、「HPAK 3.0」は2000年の第1四半期の終わりで“コンバージェンス”のサポートとなっている。

 また、この資料にはデジタルSTB用HPAKのアーキテクチャのブロック図もあった。それを見ると、DirectXやInternet Explorer for Windows CEが搭載され、そして、IEのなかにEPGとチューナーのコントロールが組み込まれる形になっている。これは、おそらくそのままデジタルTV用WebTVのベースにもなるのではないだろうか。ちなみに、コア技術としては、'98年中にはIE 4とDirectDrawやDirectSoundなどがWindows CEに組み込まれ、'99年にはIE 5とDirectX 6が、2000年にはIE 6(!)とDirectX 7が組み込まれる予定になっている。

 もちろん、このシートは、Microsoftから正式に配布された資料であっても説明が行なわれなかったものであり、内容が正確かどうかはわからない。しかし、MicrosoftのWindows CEチームのうち、これまで動向が見えなかったHome Product Unitが、このようにPCコンパニオンの部隊とかなり似通ったアプローチで展開しようとしている可能性は高い。となると、MicrosoftがデジタルTVレシーバーに関しても、ある程度ガイドラインなどを設けて、メーカーを誘導しようとする可能性はある。何と言っても、これはMicrosoftにとって成功しているビジネスモデルであり、それをコンバージェンスの世界に、完全とは行かなくてもある程度は持ち込みたいと思っても不思議ではないだろう。

 そして、おそらくその展開の中で、MicrosoftがWindows CE版デジタルTVを他技術と差別化するポイントとして持ってくるのが、PCと同じデータ放送の受信機能ではないだろうか。Microsoftが、Windows 98上でのTV機能を「WebTV for Windows」と名前を変えたのは、そのための布石と見ることもできる。すでに普及しているPCの上でのデータ放送受信機能と同じものが、WebTV/Windows CEベースのデジタルTVソリューションでは利用できるとアピールするつもりではないだろうか。

 MicrosoftがデジタルTVのポイントとしてアピールするデータ放送だが、この実現には放送局側との連携が必要だ。そして、これに関してまだ放送局側は公式に態度を明確にしてきていない。データのフォーマットやビジネスモデルなど、どこをとっても未知数だ。おそらく、この部分が、デジタルTVの次の大きな焦点になるのではないだろうか。

□参考記事
【4/8】ソニーとMicrosoftが、Windows CEとホームバスで技術提携
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/980408/sonyms.htm


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('98/4/15)

[Reported by 後藤 弘茂]


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