これは7月にアメリカで開催されるIrDAの世界会議に提案され、おそらく世界統一規格になると目される、静止画IrDA通信規格だ。これは現行のIrDA規格をベースに、静止画通信時のプロコトルやフォーマットなどを規定したものといえる。この規格に則った製品であれば、メーカーが異なっても、IrDAを使ったカメラ間の画像転送(表示含む)はもちろんのこと、他社製IrDAプリンター、対応パソコン、さらには昨年からテストが開始されているIrDA付き公衆電話を使った画像転送まで、すべてが一挙に可能になるという、なかなか大規模な規格統一といえる。
今回の規格を提唱するにあたって、機器間の互換性はもちろんのこと転送後の再表示の保証にも重点がおかれている。つまり、単純に画像が送れるだけでなく、相手側の機器できちんと表示できたり、プリントできるわけだ。そのため、画像フォーマットも汎用性が高く、インターネットとの親和性が高いJPEGを採用。画像サイズもベースはVGAとなっており、そのほかに1/4VGAやSVGAもOKという(もっとも、基本的に画像サイズに上限はないが、今回の発表では暫定的にこのような画像サイズが可能という説明だった)。
会場にはIrDA公衆電話はもちろん、ソニー、カシオ、シャープの「IrTran-P」対応の試作デジタルカメラと昇華型プリンター、さらにプリクラ風の公衆駅前端末の試作機である「マルチメディア・キオスク」(街頭に設置されたネットワーク端末で、ホームページの作成からインターネットメールの送受信までできる通信端末)までを持ち込んで、かなり大がかりなデモを展開していた。
デモでは、他社カメラ間の画像転送として、ソニー、カシオ、シャープの各IrTran-P対応カメラの画像を相互にIrDA転送。さらに、その画像のノートPCにIrTran-P転送し、MAILを作成。そして、IrDA公衆電話を使って、ノートPCからMAILを転送。また、ソニーのIrTran-Pカメラからマルチメディアキオスクに画像を転送し、ホームページをその場で作成しアップするといったものが行われた。
いずれも、IrDA搭載時に最初にきちんと規格統一をしていれば、簡単にできたものばかりだっただけに、これがようやく実現できたわけだ。
もっとも、IrTran-PのベースとなるIrDA規格自体が、Ver1.0からVer1.1になり、上位互換になっているものの、1Mビット仕様と4Mビット仕様の2種類が混在しており、まだまだ本来の転送速度が生かされていない。さらに、現時点では何枚もの画像データを瞬時に転送するといった感じのものではなく、とりあえず、コードレスで赤外線転送できるという感じで、メーカー間および機器間のデータ通信の互換性がとれたというレベルに見える。また、今回は規格自体の発表ということや、5社のみでの発表ということもあって、あまり明確な将来像について語られることはなく、唯一、NTTが長野オリンピックで会場および会場周辺にIrインターフェース付きISDN公衆電話を設置したり、会場周辺にIrインターフェース付きのマルチメディアキオスクに設置すること。また、デジタルカメラ開発メーカーはIrTran-P対応モデルを今後発表することを表明したに過ぎず、今後の展望について語られることはなかった。
だが、もし、この規格が世界標準となり、多くのデジタルカメラに搭載された折りには、IrTran-P対応のデジタルカメラから、IrTran-P対応の公衆電話や家庭内電話へ直接ダイアルアップし、ネット経由でのプリントサービスがうけられる時代になる可能性もある。
もちろん、IrTran-P対応公衆電話が街中に設置されるようになれば、カメラ側は大容量メモリーを搭載せずに、数MB程度の一時記録だけで、フルになったらIrTran-Pで公衆電話経由で自分のサーバーにFTPして自宅から取り出したり、ラボなどのサーバーに貯めておいて、必要に応じてプリントしたりダウンロードすることができる時代になる可能性も高い。
そうなれば、コスト高をまねく、大容量メモリーやカードドライブを省けるうえ、IrDA転送専用機なら可動部や外部接点が省け、部品点数や製作工程への負担も軽減されるため、デジタルカメラの大幅な低価格化が期待できるわけだ。
つまり、この規格がうまくシステム化できれば、出先でも気軽に購入できる数千円台のモデルで、しかも、インターネットなどを意識せずに公衆電話から誰もが気軽にプリントできる、デジタル版のレンズ付きフィルム(デジタル 写ルンです?)の登場も夢じゃない。
さらに、この便利さが一般化し、家庭内電話に飛び火したら、電話機の新たな付加価値が加わるため、巨大な電話機市場までも巻き込む、一大旋風を巻き起こす可能性まで含んでいるし、ケーブルテレビ業界だって、このメリットを生かしたサービスを開始する可能性まである。もちろん、デスクトップPCへのIrDA搭載のきっかけになるかもしれない。
残念ながら、現時点では、そのような明確な動きは見せていないが、各社とも規格制定に当たって、当然、そのような将来像を考えていることだろう。つまり、いっけん、静止画を中心とした単なる赤外線転送の規格統一の発表だったわけだが、その将来像を考えると、デジタルカメラの普及から通信環境の充実、さらには電話機やテレビといった生活必需品すべてに影響を与える可能性のある、なかなか奥の深い発表といえるだろう。
□シャープ株式会社のニュースリリース
http://www.sharp.co.jp/sc/gaiyou/news/970610.htm
('97/6/16)
[Reporterd by 山田 久美夫]