空模様ばかりは、どうにもならないものだから、あきらめるしかないとしても、今回の旅に関しては、OSI基本参照モデルをおろそかにしたプランニングが悔やまれる。ツアー料金の安さに目がくらんだのだ。 どういうことかというと、この旅では、基本7層のうち、物理層がほぼ欠如していたのだ。要するに、宿泊したホテルの部屋に電話がなかった……。しかも、携帯電話は通じないわ、PHSも使えないわで、当然、インターネットも使えない。次回登場予定の辻バード氏から譲り受けたミノムシクリップつきモジュラーコンセントも今回は出番がなかった。これは、壁に電話線が直付けされた作りの部屋でパソコン通信をするには必携のツールだ。ぼくらの失敗を、モバイルの達人の同氏が聞いたらきっと叱られるのだろうな。
しかしインターネットが一般的になったおかげで、以前に比べて通信費用も格安ですむようになった。陸の孤島のような山の中のスキー宿でも、隣接区域くらいまでを探せば、必ずアクセスポイントが見つかる。海外出張の場合も同様だ。以前は、高額なコンピュサーブのアクセスポイントを使って、いったんニフティサーブにログオンし、そこからtelnetで国内のパソコン通信サービスを利用していたが、今なら、最寄りのインターネットサービスのアクセスポイントに接続することで、ストレートに各サービスが利用できる。ぼくが利用しているサービスのインターネットメールのPOP3サーバーが、セキュリティのために他のプロバイダーからアクセスできないように設定されていた時期があり、サンフランシスコで途方にくれたことがあるが、今は、それも問題ない。いつでもどこでもいつものようにメールを読み書きできるようになった。
今から10年ほど前、とにかくつながれば、それでワクワクできていたパソコン通信の日本における黎明期から考えれば夢のような話だ。
持ち歩くパソコンも大きく変わった。最初に持ち歩くようになったのは、セイコーエプソンのPC-286Lという、膝の上に載せて使うと拷問に近い気分が味わえるラップトップパソコンだったが、それでもデスクトップと同じ環境を持ち歩けるのはうれしかった。ハードディスクもないパソコンだったが、10万円もするSRAMカードを装着し、それをRAMディスクにしてしのいでいた。もちろんレジューム機能などあるはずもなく、起動はフロッピーディスクだった。京都の飲み屋に起動用のフロッピーディスク入りの手帳を忘れ、ただの鉄のカタマリと化したラップトップマシンを持ち帰った
ことがある。あのときほど、パソコンを重いと思ったことはなかった。
あれから10年が過ぎ、今、ぼくが愛用しているのは、パナソニックのLet's noteというマシンだ。133MHzのPentiumマシンだが、それにメモリを追加して、合計48MBで使っている。純正では32MBまでしか増設できないことになっているが、メルコが32MBのメモリモジュールを、ハイバーネートができなくなるという制限付きで出荷しているので、それを購入した。そして、つい先日、ニフティサーブのfpanapcで、新BIOSの公開が始まり、48MB時にも、正常にハイバーネートが使えるようになり、めでたしめでたしといったところだ。
このマシンを選んだ最終的なポイントは、やはり、重量だ。リチウムイオン電池を2本収納した状態で、1.6kgチョイ。その前に使っていた初代のパナソニックPronote Jet miniは、本体重量こそ1.29kgだったが電池は1本だったため、常に予備の電池を持ち歩いていた。それに比べれば、負担がすごく大きくなったわけではなく、処理能力の向上した分や、解像度の向上、液晶のTFT化、そして、途中での電池交換がなくなったことを考えると、こんなものかなとも思う。
もちろん、軽いにこしたことはないわけで、チャンドラやLibrettoなどにも食指は動く。が、普通にキーボードが使えなくては意味がない。タッチメソッドでカタカタと叩けなければなならないというのが最低条件なのだ。でないと出先で原稿を書けないし、記者会見やインタビュー、取材でメモもとれない。電子メールの返事を書くのだって不自由する。
モバイルギアなんかは、かなり実用になるキーボードを持っているが、普段、デスクトップで使っているのと同じアプリケーションが使えないというのが気にかかる。こうやって消去法でマシンを選んでいくと、Let's Noteが残ってしまうのだ。
ぼくは、このマシンをとにかく毎日持ち歩いている。カバンはカメラバッグメーカーのDOMKEが出しているラップトップパソコン用のショルダーバッグだ。このカバンに、パソコン本体と電源アダプタ、PCカードモデム、携帯電話接続用のセルラーケーブル、予備のモジュラーケーブル、テーブルタップが入っている。これに、ちょっとした書類や、駅の売店で購入した雑誌類が加わると、けっこうな重さになる。電車で移動することがほとんどのぼくにとって、やっぱり、重量的にはLet's noteあたりが限界じゃないかと思う。
出先での通信はけっこうやるほうだと思う。秋葉原を徘徊していても、ちょっと休憩に入ったドトールコーヒーで、PHSを使ってインターネットに接続し、メールを読んだりする。さすがにじゃんがらラーメンでインターネットに接続したことはないが、歩道の脇でやるのはしょっちゅうだ。
海外、国内を問わず、出張などでホテルに泊まる場合は、部屋に入って最初の作業が、電話線にパソコンをつないでの接続テストだ。海外のホテルでは、部屋に設置されている電話機にモジュラーコンセントが用意されていることが多いが、日本ではそうなっていないことの方が多い。そこで、必須となるのが、モジュラーの二股アダプタだ。壁からの線をこのアダプタにつなぎ、元々つながっていた電話機とパソコンが並列でつながるようにしておく。こうしておけば、電話は電話でちゃんと着信のベルが鳴り、モデムはモデムで再結線なしで利用できる。もちろん、通信中は話し中になるのは仕方がない。
今、期待しているのは、PIAFSのサービス開始だ。PHSで32kbps通信ができるというから、通常のモデムを一般電話回線で使うのとほぼ同等の環境が得られるはずだ。すでに、各社から端末やPCカードの出荷がアナウンスされている。また、京セラのデータスコープのような端末も興味深い。
ぼくの使っているPHSは、NTTパーソナルによるもので、今の電話番号をそのまま使おうと思うと、新しい端末を購入して、番号を移行してもらうことになるのだろう。ちょっと悩ましいのは、NTTパーソナルの場合、PIAFSを使っての通信では、相手側もPIAFSに対応していなければならないという点だ。4月のサービス開始とほぼ同時に、ASAHI NETやニフティサーブ、ジャストネット、AIXなど、主なサービスが対応するということだが、アクセスポイントの数や地域などの点で、不安は実際にサービスが始まってみないと解消しない。変換サービスを利用すれば、従来のアナログモデムによるアクセスポイントも利用できるが、その利用料金がPHS電話料金とは別に1分10円かかるそうなので、コスト的に理不尽だ。
ちなみに、ぼくは、出先での接続用に、MSNとIBMのインターネットコネクションを併用している。だが、双方ともにPIAFSへの対応は、まだ、アナウンスされていない。
ところで、IBMのサービスは、昨年秋に、家族サービスでイタリアに行ったときに入会したのだが、さすがに世界各地に豊富なアクセスポイントがあって、イタリア国内でも、前述の辻氏にいただいたミノムシミノムシクリップつきモジュラーコンセントと共に、実に、重宝した。が、昨秋、COMDEXでラスベガスに行ったときは、BUSY状態が続き、会期中、まったくつながらず困りに困った。IBMにしては、ちょっとお粗末じゃないかと思う。ギャンブルの街であると同時に、コンベンションの街でもあるのだから、回線数にはもう少し余裕を持たせてほしいものだ。そのときは、MSNが使えたので事なきを得たが、やはり、保険の意味でも複数のサービスに入会しておくべきだと学習した。特に、インターネットが、自分にとって、生命線のように機能しているのであれば、なおさらだ。
話が脱線したが、NTTパーソナルとちがい、DDIのαDATA32なら、相手がINSの64kbpsアクセスポイントでもOKだという。総合的に考えれば、使い勝手はこっちの方がよさそうだ。が、端末としては、今のところ、先日、日本ビクターから発売された1機種のみで、重量は93gもある。NTTパーソナルが発表したPIAFS端末3機種は、すべて80g以下だし、標準価格もビクター製品より安く設定されている。ただ、PHS端末の標準価格なんて、あってないようなものかもしれないようなので、実売価格がどうなるかが気になるところだ。
いずれにしても、各社の端末が勢揃いして、実際にサービスが開始され、様子がわかるまで、もうちょっと待ってみようかなとも思っている。けど、NTTパーソナルは、4月1日から1カ月間、お試し期間を設定し、その期間のPIAFSサービス利用料金が無料ということなので、どうせなら、ちゃっかりとそのサービスも使ってみたいしと、悩みはつきない。
愛用のLet's noteは、すでに150MHz版が発売され、旧モデルになってしまったが、今のところ不満はない。多少ハードディスクが遅いようだが、換装という最後の手も残されている。けど、同じ使い勝手で100g軽いパソコンが出たら、きっと買い換えてしまうのだろうな……。いや、新しいマイクロソフトマウスのホイールがついたノートパソコンが出たらあっさりノックアウトかもしれない。今、期待しているのは、モバイルギアのキーボードモデルが、あのまんま、Windows CEを搭載して登場することだけど、実現しないのだろうか。
そんなわけで、ぼくは今、外部とのコミュニケーションの多くを電子メールに依存している。だからこそモバイルコンピューティングにとても興味を持っている。
電話にコミュニケーションを依存している人たちは、携帯電話やPHSという利器を手に入れることで、電話のネットワークを身にまとうようになった。
インターネット接続に電話網を頼っているぼくらとしては、ずっとヒモ付き状態が続いていたわけだが、今、ようやく、インターネットを身にまとうために、PHS端末とコンピュータを持ち歩けるようになった。たった300bpsのスピードで電子メールやBBSを使っていた時代から考えれば、現行の9,600bps程度のスピードでも夢のような話なのに、アッという間に「ふつー32kbps」の時代がやってきたのは実に感慨深い。
かつて、ウォークマンが登場したとき、音楽を身にまとう時代がやってきた、といわれたものだが、本当の意味でインターネットを身にまとうには、常時PPP接続されたコンピュータを持ち歩けるようにならなければならない。が、無線で32Kbps、持ち歩ける150MHzペンティアムマシンが、すでに現実のものとして存在している以上、そんな時代の到来までに、それほど時間がかかるとは思えない。
今年収穫されたブドウが極上のワインになるよりも、ずっと短い時間で、夢が実現するのだろう。次回に登場する辻バード氏はそんな時代の流れをどんなふうに感じているのだろうか。
[Text by 山田祥平]
第3回ゲスト予告:辻バード(辻 真須彦)氏