「Western CableShow」と言えば、毎年この時期に開催されるCATV業界のイベントだが、今年のこのショウは、CATV業界だけでなく、全米のコンピュータや通信業界の注目を集めていた。それは、懸案となっているケーブルモデムの標準化問題で、何らかの進展が見られるのでは、と期待されたためだ。
そして、実際、先週開催されたショウでは業界団体Multimedia Cable Network System (MCNS)がバックアップする「Data Over Cable System Interface Specification」と呼ばれる標準化案のドラフト策定が発表された。このスペックは、ケーブルモデムの"キモ"の部分であるデータ伝送の標準化を図るものだ。リリースによれば、これでケーブルモデムシステム間のインタオペラビリティが実現されるという。
これまで、ケーブルモデムはこの標準化で苦しんできた。各メーカーが独自の技術でケーブルモデムを開発。それぞれの技術がほとんど互換性のないまま乱立するという状況だったのだ。特に、非対称型と呼ばれる上りと下りで伝送速度が異なるタイプのモデムは、参入メーカーも多く、カオスと呼んでいいような状態だった。そこで、ちょうど1年前のWestern Cable Showで、モデムメーカーと大手CATV事業者が大同団結、モデムの標準化を行うことを発表、業界サイドでの標準化へのアプローチが始まった。
ケーブルモデムの標準化は、とくにCATV事業者の期待が高い。それは、モデムの標準化がCATV網経由でのデータ通信サービスの起爆剤となると考えられているからだ。
これまでのようにメーカー間の互換性がない状態だと、CATV事業者はケーブルモデムと局側の設備をセットで導入、ユーザーに自社システムに合致するケーブルモデムを販売あるいはレンタルしなければならなかった。こうした状況では、競争やスケールメリットによるモデムの低価格化が起こりにくく、モデムは高価格のままになってしまう可能性がある。また、ケーブルモデムに関するサポートなどもCATV事業者がある程度担わなければならなくなってしまう。
ところが、ケーブルモデムが標準化され、どこのシステムでも全メーカーのケーブルモデムが使えるようになれば、状況は大きく変わる。競争でモデムは低価格化し、デバイスも共通化できるために、製造コストも下がる。今回のスペックのリリースでも、第1世代のモデムが400ドル以下、第2世代で250ドル以下を目指すことになっている。また、当然、技術進歩も促進される。そして、これがいちばん大きいのだが、ケーブルモデムがCATV事業者による提供だけでなく、普通の電器店でも販売できるようになる。つまり、ユーザーはケーブルモデムを買ってきて、自分の住んでいるエリアのCATV局にサービスを申し込むといったことが可能になるわけだ。電話機が切り売りとなって、どう変わったかを考えれば、この効果の大きさは想像がつくだろう。モデムの機能向上、低価格化、個性化など、すべてが一気に促進されることになる。
ところが、こうした期待と裏腹に、ケーブルモデムの標準化はなかなか進まなかった。標準化作業を進めているのは、じつはMCNSだけでなく、IEEE 802.14やDigital Audio Visual Council(DAVIC)もあり、CATV事業者はそれらの標準化動向を見ながら、今年夏にはサービス実験を開始できると踏んでいたのだが、見事にそれは外されてしまった。そのため、CATV事業者のサービスや実験開始は、遅れ遅れになってしまったのだ。
だから、標準スペックを策定するという動きは、業界に取っては待ちに待ったものだった。ところが、これで一件落着かというとそうでもない。まだスペックはドラフトで、この先どう落ち着くのか判然としない。リリースを読んだだけではなにも判断できないという状況だ。それに、さっき述べたとおり、標準化を進めるのはMCNSだけではない。そのすりあわせがどうなるのかも気になる。それになによりも、標準化となれば、多くのメーカーが今のモデムを作り直さなければならなくなると思われるが、業界融和団体が主導するスペックで、そんなことが可能なのだろうか。ようは、これで円満解決なのかというと、そうでないような気がするというわけだ。
ところが、CATV業界はそうも言っていられない。ケーブルモデムへの期待は盛り上がる一方で、早期の事業化を迫られている。さらに、今年2月以降は、ADSLの台頭がそれに追い打ちをかけた。電話会社が電話線を使ったADSLで、そこそこ高速なデータ通信サービスを提供し始めたら、ケーブルモデムの出番はなくなってしまうとささやかれ始めたのだ。そこへ、米Dataquest社などの市場調査会社も、ケーブルモデムの伸びが、ADSLに阻まれる可能性があるといった予測を発表、CATV事業者を追い込んだ。また、全米のCATV施設のうち、双方向になっていて、しかも比較的高速なデータ通信がいますぐ実現できるものが、じつは数%から10数%(調査により異なる)しかないという事実が知られるにつれて、ケーブルモデムへの熱はさめ始めてしまった。そこで、大手CATVはケーブルモデム標準化を待たずに商用サービスの見切りスタートを始めた。とりあえず走り出して、それからあとのことを考えるという体勢に入ってしまったわけだ。
というわけで、ケーブルモデムを巡る状況は、まだまだ混沌としているようだ。
('96/12/16)
[Reported by 後藤 弘茂]