●TCOを巡るNCとMicrosoftの熾烈な戦い
NC構想が登場して以来、MicrosoftはWindowsパソコンの「TCO (Total Cost of
Ownership)」という側面で攻撃にさらされてきた。TCOというのは、ある機器を所有するためにかかる全費用のことで、そのなかには管理や技術サポート、さらにエンドユーザーの労働コストなども含まれる。そして、NC陣営が口を揃えてパソコンの弱点と指摘するのは、こうしたハードウェアやソフトウェア以外のコストの高さだ。
スタンドアローンから発達してきたパソコンは個々のクライアントパソコンごとに個別の管理が必要となる。また、OSのアップグレードやソフトのインストールなども、クライアント側で行わなければならない。そのため、パソコンを大量導入する企業では、見えない部分のコストが膨大に膨れ上がるというわけだ。パソコンのTCOの推定額は、調査機関によってまちまちだが、およそ年間8,000から1万2,000ドルと言われる。つまり、1万台のパソコンがあれば、年間8,000万ドルから1億2,000万ドルがパソコンのために消えてしまうことになる。
それに対して、NCはローカルのディスクを持たず、データもプログラムもユーザーステイタスもすべてサーバー側で集中管理する。この点ではダム端末的な考え方で、それによってTCOのうちの管理コストをほとんどゼロにできるとNCメーカーは主張している。その結果、NCとパソコンのトータルなコスト差はハードウェア自体のコスト差よりもさらに大きくなり、大企業なら年間数1000万ドルを節約できるというわけだ。
そして、こうしたNC陣営の攻撃に対するMicrosoftの回答が、10月28日のイベント
「Site Builder Conference」で発表した、Windowsパソコンの管理コスト削減構想「Zero Administration initiative for Windows」と低価格パソコン構想「NetPC」だ。
●Zero Administration Windows
Zero Administration
Windowsは、クライアントパソコンのステイタスやプログラム、データをサーバーで集中管理することで、パソコンのTCOを劇的に減らそうという構想だ。たとえば、パソコンが起動した際にWindowsがアップグレードされていれば、サーバーから新バージョンをダウンロード、自動的にアップグレードを行うという。また、アプリケーションが必要な場合は、それもネットワーク経由で自動的にインストールされる。ユーザーが作成したデータの保存やユーザー環境の情報の保存もサーバー上に移る。さらに、システム管理者がクライアントの環境を完全に管理できるようにもする。
つまり、NC構想のなかでNCサーバーがやろうとしていることを、MicrosoftもWindowsベースで提供すると言っているわけだ。
そして、このZero Administration Windows構想に対応する次世代企業向けパソコンがNetPCだ。つまり、Microsoft版のNC構想ということになる。
現在、NetPCのスペックのドラフトは「Design Guide and System Requirements for theNetPC」で公開されている。その内容を簡単に説明すると、NetPCは100MHz以上のPentiumを搭載するWintelベースのシステムで、Plug and Playのサポートなど、基本は現在のローエンドWindowsパソコンと変わらない。しかし、大きく異なる点もいくつかある。そのなかでも目立つのは、(1)ネットワークのサポートが必須になっていること、(2)FDDやCD-ROMドライブなどがオプション扱いとなったこと、(3)拡張スロットがなくなったこと、(4)ハードディスクがキャッシング用と位置づけられたことだ。これはなにを意味するのだろう。
ネットワークで管理するのだからネットワークのサポートは当たり前だが、重要なのは(2)のリムーバブル系ドライブがオプションになったことと、(3)の拡張スロットがなくなったことだ。それはパソコンの複雑さと管理の難しさをもたらしていたのは、この2つだったからだ。
どういうことかというと、FDDやCD-ROMで、エンドユーザーが自由にソフトなどを自分のパソコンにインストールできれば、それだけ個々のマシンの環境は複雑になる。場合によってはヴィールスがFDD経由で持ち込まれる可能性もある。システム管理者にとっては、FDDは悪夢以外の何者でもないわけだ。ハードウェアも同じことだ。エンドユーザーが拡張スロットに自由にカードを挿せると、ハードウェアもどんどん複雑になる。管理者がネットワーク上から管理できなくなる可能性があるわけだ。つまり、FDDや拡張スロットをなくすことは、それによってハードウェアのコスト自体を削減するというより、管理を容易にするのがねらいだと思われる。
さて、NetPCのスペックのなかでもいちばん微妙なのが(4)のハードディスクの位置づけだ。これは原文では「Support for an internal hard disk for caching」となっている。つまり、NetPCではハードディスクはプログラムやデータを納めるデバイスではなく、ネットワークからのプログラムやデータをキャッシングするデバイスだよという位置づけになったということだ。
では、NetPCは多くのNCのように、クライアント側にOSを格納しておかないで、ネットワーク経由でブートするのだろうか。じつは、この点に関してはまだ記述が見あたらない。しかし、いくつかのニュースサイトでは、ハードディスクとネットワークのどちらからでもブートできるというポール・マリッツ上級副社長のコメントを拾っている。となると、ハードディスクレスのNetPC、あるいはNetPCの発展型も考えられることになる。もっとも、今のWindows 95/NTのサイズを考える限り、ハードディスクからブートするのでないと現実的ではないだろう。
ビル・ゲイツ氏のSite Builder Conferenceでのスピーチも、これを裏づける。ゲイツ氏は、NetPCについて、NCと違う点は「PCとの互換性と、たいていの場合、そこにまだハードディスクがあるだろうと思われる点だ」と語っている。奥歯にモノが挟まったような言い方だが、これは裏を返せば、ハードディスクなしの構成も考えてはいるが、Microsoftとしてはディスク搭載システムをNetPCのメインに考えているということだと思われる。その最大の理由は、ブートデバイスとしてハードディスクを当面は残しておきたいということではないだろうか。
●NetPCはNCを抑止することができるか
NetPCとZero Administration Windowsは、NCに対して、それなりに有効なカウンターパンチだ。TCOの削減を大きな問題ととらえている企業ユーザーは、NCにこのところ魅力を感じ始めていた。しかし、NCには運用実績が全くなく、将来このプラットフォームが拡大してサポートが続けられるかどうかも見えない。そこへ、Microsoftが今のWindows環境から段階的にTCO削減の方向へ向かう戦略を示したことで、そうした潜在NCユーザーが、とりあえずMicrosoftの構想が具体化するまでは、NCに対して様子見を決め込む可能性が出てきたわけだ。
また、NCになびきかけていたパソコンメーカーがあったとしても、Microsoftからのこの提案で、自分たちが実績を持つパソコンベースのNetPCの方が有利として、NC進出を踏みとどまる可能性がある。
だが、NetPCとZero Administration Windowsが、Microsoftの主張するように、そんなにすんなり進むかどうかはわからない。そもそも、この2つの構想は、かなり間際になって決められたような形跡がある。提携企業からの支持表明リリースもあまりなかったし、ハードウェアのデモも当然ない。じつは、セミナーの項目にもなく、キーノートスピーチの中にちょっと出てくるだけなのだ。
また、Microsoft自体に、こうした技術の蓄積がそれほど多くはないことも問題だ。ただし、これに関しては、デスクトップ管理技術をここ数年開発してきたIntelと、OpenViewという業界屈指の強力な管理環境を持つHPがメインのパートナーとして加わっていることに注目したい。おそらく、Zero Administration Windowsを実現するサーバー技術開発には、HPが手を貸すのではないだろうか。
NetPCは来年前半に登場する。価格はIntelがローエンドのPentiumをいくらで出すかにかかっているが、おそらく価格は1,000ドル程度にまで抑えられるだろう。だが、重要なのは、NetPC自体ではなく、Zero Administration Windowsと組み合わせた時のTCOの削減だ。これがどこまで実現できるか、そしていつ実現できるかが対NCでは重要な意味を持つ。いずれにせよ、NetPCとZero Administration Windowsが、97年のMicrosoftの最大のウォッチポイントになったことは間違いがないだろう。
■参考記事
MicrosoftのTCO削減戦略全体のページ
http://microsoft.saltmine.com/windows/strategy/tco2.htm
Design Guide and System Requirements for the NetPC
http://microsoft.saltmine.com/windows/strategy/netpcdg.htm
NetPCに関するインテルジャパンのリリース
http://www.intel.co.jp/jp/intel/pr/press/NetPC.htm
*このリリースだけなぜかエンドユーザー用拡張スロットがありになっている
('96/11/11)
[Reported by 後藤 弘茂]