米Microsoft社が、月曜日、つまり日本時間の火曜日にネットワークコンピュータ構想を発表するというニュースが駆けめぐっている。
震源はThe Wall Street Journalで、同社は先週金曜に、ニュースサイトにこの大型スクープを掲載した。その後、各ニュースサイトが後追い取材を行い、現在はほとんどのサイトが報じている。かなり具体的なコメントが入った記事も多く、まだ詳細は不明だが、本当にMicrosoftから何らかの発表が行われる可能性は高いだろう。
各サイトの報道内容を整理すると、だいたい次のようなストーリーになる。
Microsoftは月曜日からWeb開発者向けのカンファレンス「Site Builder conference」をサンノゼで開催するのだが、その初日に爆弾発表を行う。内容は、従来のパソコンよりずっと低価格で、なおかつ使いやすいハードウェアプラットフォームの提案と、それに合わせたWindows自体の改造計画となる。その提案の中には、サーバー上にソフトやデータを置いて、利用できるようにするためのWindowsの拡張も含まれる。そして、米Intel社、米Hewlett-Packard社、米Compaq Computer社、米Dell Computer社といったWintel世界の中核メンバーがその提案に支持を表明する、...こんなところだ。
もちろん、この構想は、米Oracle社や米Sun Microsystems社、米IBM社などが唱えるNC構想に対抗したものであるのは説明するまでもない。違う点は、Windowsベースで、既存のソフトウェア資産などを継承できること。つまり、Windowsパソコンを、その資産はそのままで、価格や管理のしやすさの面でNCに対抗できるものに仕立てようという動きということになる。
NCでは、端末側にディスク装置を持たず、OSやアプリケーションはサーバーからブートして、データもサーバーに保存するアーキテクチャを取る。ハードを簡略化することでクライアントコンピュータの価格を下げると同時に、集中管理によって個々のクライアントの維持管理コストを引き下げるというのがねらいだ。これは、これまでのパソコンの難点、つまり、ローカルなハードディスクにソフトやデータを格納するため、端末コストを下げにくく、維持管理コストが高くつくというポイントを突いた戦略だ。
しかし、報道の通りだとすると、Microsoftの新戦略では、こうしたNCの利点をある程度カバーできることになる。もしかすると、ディスクレスのWindowsパソコンも実現できるかも知れない。そうなったら、WindowsパソコンとNCの境界は、見えにくくなるだろう。
もっとも、ハードディスクを入れても1000ドル以下でPentiumクラスのパフォーマンスのパソコンは実現できる。メモリなど価格の高いパーツはどんどん低価格化しているので、あとはMPUとその周辺の価格さえなんとかなれば実現可能だ。たとえば、Acerはそうしたコンセプトのマシンをすでに開発しているし、他にも1000ドル以下パソコンの開発を噂される企業は多い。
必要な要素技術もできあがっている。たとえば、Cyrixが、第4四半期から投入する新MPUファミリ「Gx86」(開発コード)がそれだ。Gx86は、x86互換のMPUコアに,グラフィックスアクセラレータ機能,サウンド機能,メモリコントローラ,PCIコントローラなどの周辺機能を集積する。周辺チップを大幅に削減することで、フルのPentiumクラスのマルチメディアパソコンを1000ドルで実現できるというしくみだ。
実際に、8月に来日した米Cyrix社のコーポレイティングマーケティンブ担当上級副社長スティーブ・トーバック氏は,「Gx86はフル機能のパソコンを,1000ドル以下で売り出せるようにする製品」と断言する。実際、今週流れているニュースの中には、CompaqがGx86を使って、超低価格パソコンを作るという予測記事もある。
Microsoftは、これまでもPC 97のように、ハードウェアプラットフォームの提案を行ってきた。だから、もし本当にこうした提案を行なったとしても、そのこと自体は不思議ではない。驚きなのは、価格を下げたシンプルなパソコンという方向へ進むことと、クライアント/サーバーシステムに依存したネットワークコンピュータというコンセプトを推進するということだ。Microsoftは、これまで一貫して、価格のために機能を削ったNCはユーザーに受け入れられないと主張し、市場はフル機能のパソコンを求めているとしてきた。そして、端末がネットワークに依存しないこれまでのパソコンのアーキテクチャを守ろうとしてきた。もし、Microsoftのこうした動きがほんとうだとすれば、同社は戦略を大きく切り替えたことになる。
もっとも、こうした逆転戦略はMicrosoftの得意技だとも言える。というのは、これまでも、Microsoftは競争相手が同社の弱点を突いてきた時に、それに対して反撃する一方、相手の利点をすぐさま自分の戦略に取り込むといった戦法を何度か取ってきたからだ。その典型的な例がJavaのサポートだ。マルチプラットフォームのアプリケーションを実現することで、Windowsの意義をなくしてしまうと言われているJavaに対して、Microsoftはサポートを表明。あっという間に自分の戦略に組み込んでしまった。その前例を振り返ると、NCのコンセプトを、そっくり取り入れてしまっても不思議ではない。
今回、ほんとうにMicrosoftがNCライクなパソコンの構想を発表した場合、それがけん制策であったとしても、NC陣営はその勢いをそがれることになるだろう。たとえば、Sunは火曜日(日本時間水曜日)にJavaベースのNCを発表すると見られているが、これは完全に出鼻を挫かれる。また、Oracle構想のNCが多数が出展されると見られる翌週のOracle OpenWorldにも影を落とすことは間違いがない。Microsoftの構想の詳細が見えてくるまで、まだ親しみのないNCの採用の検討は見送る企業も出てくるだろう。とりあえず、NCのランチを一気に盛り上げようというOracleやSunへの対策としては、絶大な効果があるはずだ。
敵の戦略を取り込むことで、状況をひっくり返してしまうMicrosoftの作戦。今回も、この手を取るとしたら、やはりMicrosoftの身軽さと柔軟さというのは、じつに恐ろしいものがある。とりあえず、まず火曜日の早朝はMicrosoftのサイトをチェック。
◎Microsoft Is Gathering Allies To Attack Network Computers
[○Source: The Wall Street Journal Interactive Edition : October 25, 1996 ]
http://interactive3.wsj.com/edition/current/articles/SB846200990236163500.htm
または
http://interactive2.wsj.com/edition/resources/documents/search.htmでサーチ
◎Microsoft aims to answer the NC challenge
[○Source: InfoWorld Electric : Posted at 3:37 PM PT, Oct 25, 1996 | ]
http://192.216.48.63/cgi-bin/displayStory.pl?961025.wmsnc.htm
('96/10/28)
[Reported by 後藤 弘茂]