MPU業界の最新動向をチェックしたければ、2月の「ISSCC」、8月の「HotChips」、そして10月頃の「MicroprocessorForum」に注目していれば、あらかたカバーできる。とくに、今年は、今週21日から開催されるMicroprocessorForumが豊作になりそうだ。それも、パソコンと関連が深い技術の新発表が目白押しだ。
まず、米Intel社は、PentiumコアにMMX技術を加えた「P55C」のマイクロアーキテクチャの詳細を発表する予定だ。Intelは、これまでMMXの命令セットアーキテクチャは発表していたが、具体的なP55Cへのインプリメンテーションについては、完全には明らかにしていなかった。今回は、いよいよP55Cの全貌が明らかになると見られている。パイプラインの詳細やキャッシュサイズ、それにパフォーマンスや動作周波数なども見えてくるかも知れない。それから、次世代PentiumPro「Klamath」と「Deschutes」、それにIntelが米HP社と共同開発している次世代MPU「Merced」を含むロードマップの発表も、セミナの題目に入っている。
対するx86互換メーカーも発表ラッシュだ。深まる赤字と幹部の退社で揺れている米Cyrix社は、MMX互換のマルチメディア命令セットを加え32ビットに最適化した「M2」の詳細の発表で浮上を狙う。同社は、これまでもM2については、さわり程度の発表は行っていたが、今回はもう少しつっこんだ詳細が発表されると見られている。
だが、x86系MPUでいちばんの注目は、IntelでもCyrixでもなく米AMD社かも知れない。というのは、AMDはここでいよいよPentiumProクラスの次世代MPU「K6」を発表するからだ。
AMDの次世代MPUというと、Pentium対抗のK5の出荷と高性能化がもたついたというのに、ほんとに現実味があるの、と疑いたくもなる。しかし、K6の出自を考えると、これは意外と面白い展開になるかも知れないという気がしてくる。というのは、K6はもともとAMDのプロジェクトではなく、同じx86互換MPUメーカの米NexGen社が「Nx686」というコード名で開発していたチップだからだ。そのNexGenをAMDが1月に買収、「Nx686」は「K6」としてAMDのラインナップに加えられたというわけだ。
オリジナルのNx686は、PentiumProに匹敵する性能でマルチメディア処理ユニットを備えると発表され、しかも、昨年末の時点ですでにサンプルが動いていた。AMDは開発の進んでいたこのMPUを戦列に加えることで、一気にIntelとの周回遅れを取り戻し、P55CやKlamathに対抗できるかも知れない。
とはいえ、x86系MPU市場では、互換メーカーはもはや性能面でかなりの優位性か特色を打ち出さないと成功はおぼつかないだろう。というのは、Intelが強気の設備投資を続けてきたので、市場はIntelからの供給でとりあえずまかなわれているからだ。かつてのようにx86系MPUの供給がタイトだったり、Intelのラインナップに穴が多ければ、非Intel系x86を採用しようとなるが、現在の状況では、少しくらいの性能差では、Intelとの関係に不都合が生じる危険を犯してまで他メーカーのMPUを採用しようという動きになかなかならない。x86互換メーカーにとっては、ハードルは高い。
さて、RISC系ではPowerPCに動きがある。複数のニュースサイトの報道によると、新興MPUメーカ米ExponentialTechnology社が,ForumでPowerPC互換MPUを発表すると言われている。ExponentialTechnologyのWebサイトでも、10月21日に発表すると予告しているので、これは確実だろう。
ExponentialTechnologyという社名は、初めて聞いた人も多いかも知れない。これは、元AppleComputer社のPowerPC開発チームの責任者などが設立した会社で、出資者には,米AppleComputer社も加わっている。米IBM社、米Motorola社からもPowerPCのライセンスを取得しており、公認の第3のPowerPCメーカーだ。
さて、ウワサでは同社は、500MHzのPowerPCを発表するという。どうして一気に今の2倍にまでPowerPCを高速化できるのかというと、その秘密は製造プロセスにある。
ExponentialTechnologyでは、CMOSではなく高速なバイポーラプロセスをまぜたBiCMOSを使うから、高速化できるというわけだ。もっとも、PentiumだってBiCMOSで作っているのだが、ExponentialTechnologyの資料によると、同社の場合はIntelの場合と異なりMPUのコア部分をまるまるバイポーラ化しているので、ここまで高速化できるのだという。これまでのBiCMOS技術では、こんなことをするとMPUのダイ面積がとてつもなく大きくなってしまったわけだが、同社の場合、新技術でMPU全体のダイ面積を抑えながらコア全体のバイポーラ化を実現するそうだ。
着眼点はすこぶる面白いチップだが、問題はコストと消費電力だろう。これは想像でしかないが、おそらく比較的高コストチップで、プロ向けハイエンドデスクトップ
用という形になる可能性もある。ちなみに、出荷時期は97年早期の予定だ。
このほか、Powerアーキテクチャでは、IBMがPowerPCの上位に当たるPOWER2アーキテクチャでシングルチップの「POWER2 Super Chip(P2SC)」について発表。それから、DECが21264、HPがPA-8200と、それぞれ最先MPUについて発表するほか、ラジカルなASICメーカーの米LSILogic社が、MIPSベースの組み込みRISCコア「TinyRISC」について発表する。
昨年は、発表ラッシュだったマルチメディア専用次世代DSP「メディアプロセッサ」は、今年もいくつか新発表がある。目玉は新規参入の東芝と米Chromatic社は、第2世代のMpactを、米MicroUnity社は低コスト低消費電力版のMediaProcessorと、それぞれ新技術を発表する。
ただし、昨年はあれだけ騒がれたメディアプロセッサも、MMX技術の登場でかなり先行きが怪しくなってきている。メディアプロセッサは、MPEG2デコードから2D/3Dグラフィックス、サウンドジェネレーション、さらにモデムまですべてワンチップで実現することで、MPUの周辺マルチメディアチップを統合化してしまおうというコンセプトだったわけだが、今やMPU自体がそれをやろうとしている。もちろん、性能ではメディアプロセッサを使った方が高くなるわけだが、MMXはかなりのローコストソリューションとなるので、もしMMXで十分な性能が実現できれば、メディアプロセッサの活躍の場はかなり限られることになってしまうだろう。
というわけで、今週はMPUとメディアプロセッサなどロジック系LSIの話題で盛り上がる週となりそうだ。
('96/10/21)
[Reported by 後藤 弘茂]