後藤弘茂のWeekly海外ニュース

AMDがモデルナンバーを導入した真の理由


●シビアな質問が連続したAthlon XP発表会

 これだけシビアな発表会はこれまでになかった。日本AMDのAthlon XP発表会のことだ。AMDが「Athlon XP(Palomino:パロミノ)」で導入した“モデルナンバー”、つまり、AMD独自のパフォーマンス指標に、報道陣からは厳しい質問が次々に投げられた。ブーイングの嵐、と言い換えてもいい。

 いや、ブーイングの嵐は、AMDユーザーコミュニティの方がむしろ激しいだろう。Athlonアーキテクチャをこれまで高く評価してきたユーザーにとっては、モデルナンバーは、“姑息な”マーケティングのワザにしか見えない。立場は異なるものの「一流の製品を二流のマーケティングで貶めた」という、元麻布春男氏の言葉は、まさにその気持ちを代弁していると思う。

 Athlonの方が、アーキテクチャ的にみてPentium 4よりクロック当たりのパフォーマンスが高いのは当たり前。それを堂々と主張すればいいだけで、変にPentium 4を意識したモデルナンバーをつける必要はないんじゃないか、と思う人は少なくないだろう。ハードコアユーザーに愛され、彼らの口コミが強力な販売原動力となっていた日本で、モデルナンバーは、Athlon XPをマーケティング的な自殺に追い込むのに近い。

 しかし、AMDにしても、日本でこうなるのはわかっていたはず。なのになぜ、AMDはこんなモデルナンバーを持ち込まなければならなかったのだろう。それは、このままではAMDという会社自体がなくなってしまうからだ。追い込まれたAMDの、窮余の策がモデルナンバーだったようだ。

 そして、USサイドのマーケティングとしては、きれい事を言っていられない。訳が分かっていないエンドユーザーに、Athlon XPの性能がクロックより高いことを手っ取り早く納得させるには、この方法がベターと判断したというわけだ。

●モデルナンバーの目的はCPU価格の維持

 では、モデルナンバーとは何かと、その背景となったAMDの状況を分析してみよう。

 モデルナンバーの目的は、Athlon系CPUの価格を維持することだ。Athlon XPのモデルナンバーと実クロックは以下のような関係となっている。

モデルナンバークロック
1800+1.53GHz
1700+1.47GHz
1600+1.40GHz
1500+1.33GHz

 モデルナンバーをクロックに置き換えると、実クロックに対して12~17%ほど高い数値になる。そして、これをIntelのPentium 4と対比すると面白いことがわかる。下の図は左がPentium 4の各クロックグレードの価格、右側がモデルナンバーを使ったAthlon XPの実際の価格だ。そう、価格で比べると一目瞭然で、モデルナンバーはぴたりとPentium 4のGHzに照準を合わせているのだ。

 ここで重要なのは、デスクトップPCを買う場合、まだ多くの人がクロックで比較をする(あるいはそうPCメーカーが思っている)ことだ。つまり、一般的なユーザーは、同程度のクロックの機種を比較して、機能がいいものを求める(と想定されている)。そのため、PCメーカーにとって、クロックはPCのグレードを決める基準になっている。これは、AMDのプロセッサが同クロックのPentium 4より高い価格だと、PCメーカーが買ってくれないことを意味する。

 そのため、AMDはAthlonファミリの価格を、同クロックのIntelのパフォーマンスCPUに合わせなければならない。この状況で、モデルナンバーを使わずにAthlon XPを出すと、その価格はどうなるか。Pentium 4 1.5GHzはローエンドの130ドル台なので、Athlon XPは下のように最高クロックの1.53GHzですら130ドル程度でしか売れなくなってしまう。

 これまでは、このことは問題にならなかった。というのは、Athlonが対抗するのはPentium IIIであり、Athlonの方がクロックで勝っていたからだ。AMDは、クロック/価格比で優位に立つことができた。

 ところが、IntelはAthlonに追いまくられた結果、Pentium 4の普及を激しく前倒しした。そして、Pentium 4価格を2回に渡って半額に切り下げた。例えば、Pentium 4 1.5GHzは昨年までの計画だったら今頃は下げても300ドル台だっただろうし、この春の計画でも250ドル台のはずだった。ところが、7月にIntelがOEMベンダーにアナウンスした価格改定で、8月末以降、Pentium 4 1.5GHzは133ドル(1,000個ロット時)になってしまった。そのため、AMDは窮地に陥った。Athlon XPを“生クロック”のまま発表すると、130ドルでしか売れなくなってしまうのだ。

●個数は伸びても売り上げ金額は落ちたAMD

 「しかし、だからと言ってモデルナンバーをつけるなんて、AMDは強欲だ」と思うかもしれない。だが、そうではない。AMDは、こうしてなりふり構わずAthlon XPの価格を引き上げないと、会社自体が危なくなってしまうのだ。

 AMDは、昨年後半からの猛烈なAthlon攻勢で、CPUの売り上げ数を伸ばした。今年第1四半期には730万個、第2四半期には約770万個になり、10月5日に発表した第3四半期予測「AMD Says Third-Quarter Processor Average-Selling Price Decline Was Larger Than Expected」でも第2四半期並みの個数を売り上げる見込みだと言っている。相変わらず、個数は落ちていない、順調なのだ。

 ところが、同じ10月5日の予測で、AMDはCPU 1個当たりのASP(平均販売金額)が急激に下がる(declined sharply)と警告している。つまり、個数で見ると売れているのに、売り上げは伸びていないのだ。この理由は明白で、IntelがPentium 4/Pentium III価格をスライドしてきたために相対的にAthlon価格もスライドしてしまったのだ。

 AMDのASPは、好調だった今年の第1四半期あたりで90ドルくらいという話だった。第3四半期は、AMDの警告を見ると、かなり低そうだ。Athlon/Duronは比較的高コストのCPUだ。そのため、ASPが極端に下がると、チップがいくら売れても売れるだけ赤字が増えるという、今のDRAMと同じ状態に陥ってしまう。

 しかも、これは短期的な話ではない。IntelはPentium 4を一気にパフォーマンスデスクトップに普及させ、さらに来年にはモバイルとバリューセグメントにもPentium 4アーキテクチャを持ってくる。そのため、長期的にAMDがクロックで風下に立たされる可能性が高い。この状況だと、AMDはIntelのクロックに合わせた価格設定を強いられている限り、構造的にプロセッサ事業で儲からなくなってしまうのだ。

 この状態を回避する手段は、高性能CPUをクロックの呪縛から逃れ、AMDが妥当と考える価格で売れる構造を作ることだ。そのためには、生クロックより高いグレードで売る理由付けをしなくてはならない。そして、それがモデルナンバーだったというわけだ。

●モデルナンバーなしがAMDの真のゴール

 AMDは、こうした状況に陥ってしまったため、Palominoをなかなか発表できなかったと見られる。こうした背景を見ると、AMDがモデルナンバーに走ったのも納得はできる。しかし、クロックとマッチするモデルナンバーにしたのは、やはりイメージが悪い。

 もっとも、AMDはもともとはクロックに相対できるような数字は使わずにCPUのグレードを表すアプローチも検討していたらしい。実際に、夏にはメーカーに対して、アルファベットだけでグレードを表現するようなプランも提示して、フィードバックを求めていたという。

 だが、結局はそのプランは、今回は見送られた。詳細はわからないが、OEMからも一部は反発があったようだし、米国本社はモデルナンバープランの方が適切と判断をしたようだ。ビッグボリュームが出る市場を中心に考えると、ノンテクニカルなユーザーを誘導しやすいモデルナンバーという判断になるのもわかる。その結果、AMDは現在のモデルナンバーのプランを8月のある時点で固めたと見られる。OEMメーカーに対しても遅くとも9月までには、モデルナンバーの説明が行なわれている。

 ただし、AMDは、クロックに相対できる数字以外でCPUグレードを示す、というプランを完全に諦めたわけではない。あるAMD関係者は「今回のモデルナンバーはあくまでも道程、ゴールはクロックから完全に離れること」と言う。それが、新しい性能指標を策定するイニシアチブ「TPI(True Performance Initiative)」であるようだ。

 しかし、そこへの道のりははるかに遠い。また、IntelはAthlon XPのモデルナンバーを、手ぐすね引いて迎え撃つ準備をしている。OEMベンダーには、モデルナンバーを妥当でないと突く資料が配られたという。AMDにとっては厳しい情勢だ。

●短期的には厳しいAMDだが、長期的にはIntelも同じ状況に

 特に厳しいのは、AMDにとってはAthlon XPがこのモデルナンバーの価格設定で売れないと意味がないことだ。まあ、リストプライスよりは落ちるのは当然としても、大きく値切られたら元も子もない。つまり、PCメーカーから「Athlon XP 1800+は実際には1.53GHzなんだから、1.5GHzのPentium 4と同じ値段じゃないなら買わないよ」とこぞって言われたらそれまでなのだ。

 そうした買い叩かれ状況に陥らないようにするためには、AMDはエンドユーザーがちゃんとモデルナンバーをクロックと同等に認めてくれるようにしなければならない。つまり、店頭で「これはAthlon XP 1800+マシンだからPentium 4 1.8GHzマシンとスペックを比べてみよう。おっ、Athlon XPマシンの方がお買い得だぞ」と思わせるようにしないとならない。そのためには、エンドユーザーへの最大の情報ルートであるメディアに納得させないとならない。

 そう、だから、今回、日本は特に厳しい状況にある。日本のPCプレス関係者の多くは、心情的にはモデルナンバー反対派だと思われる。日本AMDは、まずここで大きな壁にぶつかってしまったのだ。

 だが、長期的には安心していい材料もある。というのは、Intelも明日は我が身だからだ。Intelも、命令実行の効率を高めた次世代モバイルCPU「Banias(バニアス)」や「Hyper-Threading版デスクトップCPU」を導入する時には、同じマーケティングの問題に直面する。Hyper-Threading版CPUは、価格プレミアをつけないで導入するという手もあるので大丈夫だが、Baniasはそれなりに難しい。それは、同世代のPentium 4に対して、Baniasはクロックでおそらく引き離されるからだ。さらに、Intelも長期的には熱の問題を解決するために、クロック重視から効率重視へとCPUアーキテクチャを変えなくてはならない。CPUアーキテクチャサイドから見ると、トレンドはもうクロックではなく効率へと移り始めているのだ。


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(2001年10月11日)

[Reported by 後藤 弘茂]


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