第43回 : 高品質のインフラ作りで携帯電話に負けているとは思わない |
しかし今年に入って組織されたDDIポケット データ通信グループの山田一夫氏と大湊修一氏は「他のPHSキャリアと比べて欲しくない。携帯電話と比較しても通信インフラとしても劣っているところはない。音声およびデータ通信のパイプを作っていく会社として、我々のインフラは何も負けていない」と口を揃える。
そんなお二人にDDIポケットの今と、これからの見通しについて話していただいた。
■ H"で増えたデータ通信トラフィック
DDIポケットによると、昨年夏のH"対応機投入以前、データ通信の売り上げは全体のわずか2%に過ぎなかったという。PHSの顧客傾向として、企業ユーザーもしくは仕事として利用する個人ユーザーよりも、あくまで個人ツールとして導入しているユーザーが多く、DDIポケットもデータ通信そのものの需要が現在ほど高まるとは予想していなかった。
しかし、64Kbps PIAFS 2.1対応のH"が登場してから急激に立ち上がり始め、現在は売り上げ全体の5%にまで達し、1年に満たない期間の間に2.5倍に増えたことになる。さらにPメールやPメールDXなどをデータ通信としてカウントすると、発呼数ベースでは半分程度がデータ通信に該当する。
さらに興味深いのが、データ通信トラフィックの多い時間帯だ。多くの人が自宅に帰り、固定電話回線を使えるはずの夜中に、もっともデータ通信トラフィックが多くなるのだ。つまり、外出先ではなく自宅のインターネット接続手段としてPHSが利用されていることを示している。
ISDNを引けない環境にあるユーザー、引くことはできるが工事までして引こうとは思わないユーザー、固定電話を持たないユーザー、自分の部屋からワイヤレス通信を行ないたいユーザー。これらのユーザーに対し、DDIポケットは家の中でH"を使って通信することを提案しており、その実績も出始めているとのことだ。
64Kbpsという数字が、ひとつのブレークスルーとなって通信インフラとして認められつつあるというのがDDIポケットの主張だが、確かに現状だけを見ればエントリーユーザーにとって悪くない選択肢ではある。たとえば1分以内の通信時間で済む電子メールだけであれば、ISDNもH"も10円と違いはない。逆にそうしたライトユーザー、もしくはインターネットを少し使ってみようか? といったエントリーユーザーにはPHSの手軽さが受けているのかもしれない。
しかし元来が携帯電話機であるPHSが、固定電話の代わりのインターネット接続手段として、メジャーなものになるとはとうてい思えない。が、これから先の展開次第ではアプリケーションが大きく広がる可能性もある。そのキーワードが128Kbps通信とパケット通信だ。
■ 年内128Kbpsサービスの開始は決定事項。384Kbpsまでもサービス提供を予定
DDIポケットは128Kbpsの通信サービスを年内に開始することを発表しているが、時期は未定であるものの社内的には384Kbpsまではサービス提供を考えているという。これは64Kbpsの通信サービスと同様、1チャンネル32KbpsのPHS回線を複数束ねる方法で提供される現行PIAFS 2.1の延長線上にあるサービスだ。
小エリア型のPHS基地局で、多くの回線を束ねられるのか? という疑問もあるが、DDIポケットによるとエッジ搭載機を発売するにあたり、カバーエリアが何重にもオーバーラップするように基地局数の強化を重点的に行った結果、人の集まる場所であれば非常に多くの基地局と同時通信できるようになったという(虎ノ門にあるDDIポケットの本社近くで、9個程度の基地局はカバー範囲内にあるとか)。
今後もカバーエリアのオーバーラップを重ねていくことで、将来の複数チャンネルを使った通信環境に対応していく。口にこそ出さないが、足回りの網のコストを別にすれば、原理的にはいくらでも束ねられるという雰囲気だ。
PHSの場合、高速通信サービスでも通信量に応じて課金するパケット方式ではなく、時間課金となる回線交換(Point to Point)でサービスできるため、大容量データの送受信を行なう際にはローコストな通信が期待できるだろう。パケット通信ベースの高速通信では、パケット単価を相当安く設定しなければユーザーの負担は大きなものになる。
このあたりの問題を解決しようというのが、DDIポケットが提供しようとしているパケット通信サービスだ。
■ 回線交換とパケット通信をオンデマンドで切り替える
パケット通信サービスをベースにしたアプリケーションは、NTTドコモのiモードの例を挙げるまでもなく便利で、小回りの利く使い勝手を実現してくれる。しかし、前述のように大量のデータを送受信する際には、逆に割高になってしまうという問題が生じる。
そこでDDIポケットでは、電子メールや文字ベースのコンテンツ閲覧などにはパケット通信を用い、大量のデータ通信(PCでのWebアクセスや携帯端末への音楽配信など)では回線交換を用い、それを自動的、もしくはオンデマンドで切り替える手法を検討中だ。同様のサービスは携帯電話でも提供できそうなものだが、実は現在運用されているワイヤレス通信インフラで実現できるのはDDIポケットのPHS網だけなのだという。
NTTのiモードは、PCD-Pと呼ばれる方式を採用しているが、これは音声通信用のPDC網とは別に通信網を作り、そちらに接続するようになっている。つまりiモードでの通信と音声通信は、見かけ上同じ電話機で同じ回線を使っているように見えるが、全く別の通信サービスと考えられる。iモード接続中に電話がかかってきたり、音声サービスのカバー範囲内でもiモードが使えない場合があるのはこのためだ。
しかしDDIポケットは、サービス開始当初からパケット通信サービスを行なうための機能を基地局に入れており、回線交換と同じ基地局、網でパケット通信サービスを提供できるのだという。このため、通信中に回線交換と音声通話は動的に切り替えることが可能となるわけだ。
また前述のようにサービス開始当初から基地局にパケット通信サービスを提供するための機能が入っているため、サービスの準備が整い、端末を開発/発売しさえすれば、現行のサービスエリアすべてで自動的にパケット通信サービスを提供できる。
■ 簡易型携帯電話のイメージを払拭する端末が必要
PHSの音声品質が高いことは良く知られた事実だ。なにしろ32Kbpsと1チャンネルの通信速度が圧倒的なのだから、通常の固定電話と変わらない感覚で利用できるのは当然だろう。さらに2つの基地局と同時に接続することでハンドオーバーや通信品質の変化に対して柔軟に対応可能なH"は、それまでのPHSにはない回線クオリティを実現した。
このことを反映してか、2月の段階でDDIポケットの契約数330万のうち、100万契約がH"になっている。またH"端末は、それまでチープなイメージのあったPHS端末機のイメージも変えた。H"端末を手にした雰囲気は、若干プラスティッキーなイメージはあるものの携帯電話そのものである。
100万契約という数字は、iモード契約数の400万に及ばないが、PHS各社が苦戦する中、NTT DoCoMoと比較して非常に限られたプロモーション予算で、かつ1年に満たない期間で達成していることを考慮すれば、驚くほど順調という感想を持っている。
また全角で2,500文字まで受信でき、インターネットとの電子メール交換も可能なPメールDXも魅力的だ。しかし、PHSの日本語名称でもある“簡易型”携帯電話というイメージの払拭には、端末ハードウェアの品質感や機能を改善することも必要だ。具体的にはNTT DoCoMoのN502iやP502iといった人気のiモード端末に匹敵するキラー端末の存在である。しかし、同じコストをかければ出力の小さなPHSは携帯電話よりも小さく電池が長持ちし、軽量な端末を作れるハズなのにもかかわらず、そうした端末は現れていないというのが僕自身の正直な感想だ。
DDIポケットによると、これはPHS市場と携帯電話市場のサイズが異なることで、開発にかけられる予算が全く違うことに起因しているという。つまり、H"で端末が改善された背景には、新しいサービスに切り替わることによる買い換え需要や新規加入者増加の期待感からのものとも言えるだろう。
さらに今回、H"対応端末が良好な業績を残したことで、端末メーカー各社は次世代のH"対応端末にこれまで以上の力を注いでいる、とDDIポケットは説明する。次の端末は期待して欲しいというのが、彼らのメッセージだ。
■ 長時間電池駆動の情報通信端末はPHSでなければ実現できない
とはいえ、来年からNTT DoCoMoは次世代携帯電話サービスを開始する。384Kbpsから始まるW-CDMAのサービスは、最終的に2Mbpsにまで拡大される予定だ。W-CDMAでは広帯域のワイヤレス通信をバックボーンに、動画や音楽配信といったマルチメディアアプリケーションへと携帯電話の用途を広げていく。
しかしDDIポケットは、現行iモードの使いやすさやW-CDMAの技術的な内容について評価をしながらも、実際の運用性において負ける気はしないと話す。
PHSは小電力型コードレスホンと同じ100mWの出力しか持たないため、将来の高機能、高速通信の端末でも、小型でバッテリー寿命の長い端末を開発できる。しかしW-CDMAでは、それは難しいだろうというのがDDIポケットの主張だ。
端末の種類も増やしていく。携帯型情報通信端末の将来形としては、携帯電話の機能強化版と、現行携帯端末(Palmなど)の進化版がワイヤレス通信機能を持つ方向の2つがあるとした上で、いずれの場合も高出力の携帯電話を内蔵させ、さらに高速通信に耐えるだけの性能を持たせるのは難しいのではないか? ということだ。
もちろん、技術の進歩は早い。次世代携帯電話サービスで、それが大きなビジネスになるならば、様々な企業がその市場を狙って投資を行ない、猛烈に進化することが考えられる(ここ数年の携帯電話の進化がまさにそうだ)。
DDIポケットの端末には、すでに画像通信を行なえるVisualPhone、メール専用端末のPOCKET・Eなどがあるが、今後もPHSの機能を活かしたサービス、端末を企画していきたいという。PalmシリーズにPHS内蔵させた製品(NTT DoCoMoも同様の製品を企画しているが、DDIポケット版もある)や、パケット通信サービスを応用した端末、カラー液晶搭載など、今年後半のDDIポケットに期待したい製品は少なくない。
具体的なサービスや製品については、まだ発表前とのことで取材を許されなかったが、携帯電話に食らいつくDDIポケットの今後に注目していきたい。
[Text by 本田雅一]