デルが発表したアルミ削りだしボディを持つノートPC「Adamo」。アップル、ソニー、ヒューレット・パッカードなどに続き、デルがこうした品質感を重視した製品を出し始めたことで、PC業界は1つのターニングポイントを迎えたと言えるかもしれない。 今は新たな選択肢として「スタイリッシュな品質感重視のコンシューマPC」というカテゴリが、ぼんやりと浮かび上がってきたに過ぎない状況だ。消費者がどこまで品質感を求めているのか。どこまでコストをかけることが許容されるのかなど、今は市場トライアルという側面もあるだろう。しかし、市場でのトライアルが一巡すれば、大手PCベンダーの製品にはMacBook、MacBook Pro、一連のモバイル系VAIO、HP Elitebook、それにAdamoなどに代表されるスタイリッシュなノートPCが増えてくると予想する。 ●“顧客満足度”を高めるアプローチの変化 コンシューマに製品を売るメーカーがもっとも重視しなければならないのは、自社の製品を購入してくれた顧客に満足感を得てもらうことだ。製品の実力以上に過大評価されてヒット商品になることももちろんあるが、実際に購入した製品の満足度が低ければ、買い換えるときに同じメーカーの製品を選ばなくなる可能性がある。 “顧客満足度”という言葉は、この業界にいれば幾度となくPCベンダー自身の口から聞いてきた言葉だが、その具体的な中身というのは時代や市場環境によって変化するものだ。 たとえばネットブックがこれだけ流行したのは、間違いなく顧客満足度が高かったからだ。小型軽量のノートPCは高価なものだと誰もが思っている中で、驚くような低価格を実現しているにもかかわらず、実際に使ってみると“結構”使える。製品のパフォーマンスや仕上がりが一流でなくとも、価格が低ければ満足度は高くなる。 もっとも、ネットブックの価格を低く抑えることができたのは、皆さんご存じのように新興市場向けにWindowsやPCの基幹部品を安価にする業界全体のムーブメントがあったためで、すべてのPCがネットブックと同じようにコスト構造をドラスティックに変えられるわけではない。 PC業界でもっとも一般的な顧客満足度を向上させる手法は、性能を高めることだ。同じ価格帯を維持しつつ、少しでも高速なプロセッサ、多くのメモリ、高速なHDDを搭載すれば、顧客は満足してくれる。高性能であれば操作感は軽快になるし、何より最新のソフトウェアを快適な速度で動かすことができる。“高性能=出来ることの増加”という公式が成り立つうちは、これで十分だった。 もちろん、今でも高性能化は顧客満足度を高めるための主な手段であることに変わりはない。高品位なメディア処理をメインプロセッサで行なうにはまだパフォーマンス不足の面もあるし、HD動画のトランスコードなど絶対的に時間のかかる処理もある。 ただ、すでにPCのパフォーマンスや機能に満足しているユーザーが増えているというのも、また別の切り口では事実だろう。インターネットへのアクセスや文書の編集、静止画や音楽の管理といった使い方であれば、そこそこのサイズにまとめられたノートPCの方がいいと思う人は少なくないと思う。 こうした顧客層に対して価格の低さ以外で満足度を高めるには、製品を買って使い始めてから“残念な気持ち”を持たせないことが重要だ。このあたりは「第441回 Appleに見る高付加価値製品の作り方」や「第435回 Dellに打ち勝ち、躍進を続けるHPのPC製品戦略」でも述べたが、単に高性能なだけでなく、単にデザインが秀逸なだけでなく、単に質感が高いだけでなく、“製品を使うことで得られる体感のすべてをどう演出するか”を考えて物づくりをすることに意味があるのだと思う。 新型PCの企画から開発、発売までには1年から1年半ぐらいの時間がかかる。HPがワールドワイドでの売り上げを伸ばし、アップルが存在感を増してきた一昨年ぐらいから、デルは今回の製品を企画・開発を進めてきたのだろう。HPに続いてデルが新たなアプローチを見せ始めたことで、ノートPCの発展の方向性が定まってきたように感じる。今後はフォロワーも増えてくるだろう。 ●“体験レベルのさらなる向上”はマイクロソフトの動き次第 ただ、顧客が感じるトータルの体験を演出するという切り口で考えるとき、PCベンダーが手を出せない領域がある。それはOSだ。いくらハードウェアとして良い製品を作ったとしても、ユーザーが感じるのはOSやその上で動作するアプリケーションも含めた体験を“製品の力”として感じ取るものだ。 アップルの場合、デザインや操作性などをOSの機能と容易に一体化して企画・設計を煮詰めることができるが、PCベンダーにはそれができない。1つにはLinuxベースにシステムを構築するという方法があるが、いくらネットワークサービスにアプリケーションの一部が移管されてきているとはいえ、Windowsと完全に決別するのは難しい(もちろん、ネットブックのように用途をある程度限定する企画商品ならば別だろうが)。 年内にはリリースされるだろうWindows 7は、確かにユーザーに対して快適な操作環境をもたらしてくれる。機能面でもMac OS XとMacBook、MacBook Proの組み合わせが提供してくれる付加価値の中でカバーできないものはない。 だがさらに一歩進んで“製品を使うことで得られる体感のすべてをどう演出するか”という、PCハードウェアのベンダーが挑戦しようとしているテーマまで踏み込むには、もっとタイトにOSとハードウェアの統合を進める必要があると思う。 近年のマイクロソフト、特にWindows 7の開発に関してマイクロソフトは、以前より遙かに顧客(OEM先のPCベンダー)の意見を真摯に受け止めて製品に反映させる姿勢を見せていると多くの開発者から聞いているが、マイクロソフト1社で多数のPCベンダーに対して個別の要望に対応できるわけではない。 そこでPCベンダーは、それぞれに各種ミドルウェアやユーティリティをインストールして出荷している。新しいOSが出ると、そのうちのいくつかをOSに取り込んでいくのだが、どうしても後追いになりがちだ。Windowsのメジャーなアップデートごとにしか統合度を上げていけないのでは、あまりに対応として遅すぎる。 本機でコンシューマ製品としてのPCのレベルを一段上に……と考えるなら、マイクロソフトとPCベンダーの協業関係が、Windows 7以降で変化しなければならないと思う。たとえば新たな機能実装のアプローチに対して、サービスパックなどで細かく対応するか、あるいはWindows Updateで対応可能な範囲では常に変えていく、といったことも必要になるだろう。OSの基幹部分に関わる変更はやりにくいだろうが、共通ユーザーインターフェイスの実装やアドオンの機能追加などなら対応できるはずだ。 ●iPhone Software 3.0に感じるiPhoneとケータイの違い 今回の本題とは異なるが、今週はiPhoneの新ソフトウェアに関して発表があった。単独の記事にするほどではないが、いくつか感じる部分もあったので、雑感を記しておきたい。 iPhoneを入手した当初、不具合が多いが、それでもPCとの親和性を考えれば、自分向けにはとても良い選択肢だと書いた。しかしその後、予想されたとおり順調に不具合は解消されていった。(各携帯電話会社が独自に実装している特殊な機能を除くと)現在でも機能面やユーザーインターフェイスなどで、最新の携帯電話と比べて特に機種変更を望みたくなる要素も出てきていない。 iPhone関連の情報をインターネットで検索すると、今でも過去の不具合に対する報告が多数出てくるが、その多くは解決されている。たとえば文字入力のパフォーマンスは十分なものになったし、Webアクセス時にSafariが落ちることも今ではほとんどなくなった。今ではiPhoneは“普通に使っていて不具合を感じない”ものになってきたと思う。 普通のケータイならば、不具合もなくなって、このまま次の機種まで問題なく使い続けて、あるタイミングで機種変更となる。ケータイや一般的な家電製品は、発売後に機能が追加されることはない。本誌の読者はPCやPS3などに慣れている人も多いだろうから、ファームウェアやOSのアップデートで機能はどうにでもなる、と考えているだろうが、本来、ファームウェアやOSはハードウェアの一部であり、そのアップデートによって機能強化する思想はない。 一方、iPhoneは初代から3Gへの移行の際にも、ファームウェアの入れ替えによって新しい機能に対応してきた。もちろん、ハードウェアの変更が必要な部分は対応できないが、iPhoneはソフトウェアに依存する機能が多いため、2~3世代ならばファームウェア入れ替えでもある程度は対処できる。 実際、iPhone Software 3.0も、日本では発売されなかった初代iPhoneをサポートしており、機種変更しなくとも新しい機能を享受できる。PCユーザーには全く新鮮味はないだろうが、ケータイ世界から比べるとドラスティックなまでの変化だ。実際にメーカーや携帯電話キャリアがどう運用するかは別として、Googleのアンドロイド端末にも同じような対応が技術的には可能だ。 もしファームウェア入れ替えで簡単にユーザーレベルでの機能アップが可能な製品が当たり前になってくると、伝統的なケータイ業界のエコシステム全体が変化せざるをえなくなるだろう。 iPhone Software 2.0の時と今回では、iPhoneそのものの普及台数が異なるので、その影響は比べものにならない。実際に今年夏にリリースされた時、どのような評価となるのか今から楽しみだ。 □関連記事 (2009年3月19日) [Text by 本田雅一]
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