元麻布春男の週刊PCホットライン

180度変わった、IntelのTVに対する姿勢




●IDFでTV関連のSoCを発表

CE 3100チップのダイ部分

 IDF2日目の8月20日、この日2番目のキーノートスピーカーとして登壇したのはDigital Home GroupのEric Kim副社長であった。「We Love TV」と題された氏のキーノートスピーチには、Intelのお家芸であるPCの話題が、リビングルームPCを含め、ほとんどといっていいほど登場しなかった。

 もちろんそれには理由がある。このIDFでIntelは、家電(AV製品)向けのSoCであるIntel Media Processor「CE 3100」を発表した。これまでCanmoreというコード名で知られてきたCE 3100は、x86ベースのSoCとしては初の製品である。Kim副社長のメッセージは、愛するTVにCE 3100を採用して欲しい、というものにほかならない。

 CE 3100は、Dothanコアのプロセッサに、AV機器を構成するのに必要なデコーダ、ディスプレイプロセッサ、グラフィックスプロセッサ、オーディオDSP、コンテンツ保護のためのセキュリティプロセッサ、3チャンネルのDDR2メモリインターフェイス、ネットワーク機能その他をワンチップ化したものだ。トータルで10W以下の消費電力と言われており、ULVのDothanに相当するコアだと思われる。デジタルTV、ケーブルTVのセットトップボックス、Blu-rayプレーヤー用のリファレンスデザインが用意され、会場にはその一部が展示されていた。すでにAtomプロセッサをコアとした次世代製品(その1つが開発コード名Sodavilleと呼ばれるもの)が開発中であることが明らかにされており、CE 3100の90nmプロセスに対し、45nmプロセスで量産される。

 今回のCE 3100のもう1つの特徴は、ハードウェアだけでなく、ソフトウェアを含めたプラットフォームとして提供する準備が行なわれていることだ。ハードウェアに加え、組み込み用のLinuxとドライバ、そしてそれぞれの用途、Blu-rayプレーヤーやデジタルTVなどに対応したソフトウェアスタックが提供される。各装置の機能は、ソフトウェアを追加することで拡張することも容易だから、TVに録画機能を加える、DLNAのクライアント機能を加える、といったことも簡単だ。

 CE 3100プラットフォームのもう1つの大きな特徴は、こうしたソフトウェアスタックの充実に加え、それをさらに拡張したりカスタマイズする仕組みが用意されていることだ。Yahoo!が提供するWidget Engineをベースにしたアプリケーション・フレームワークであるWidget Channelは、インターネット上のWidget Galleryからユーザーが好きなウィジェットをダウンロードし、TVに表示する。

 インターネットコンテンツを表示するウィジェットは、TV画面に重ね合わせたり(オーバーレイ)、TVと並べて表示することが可能だ。表示位置も画面の下や横など、選択することができる。たとえば、北京オリンピックを見ている時に、現地の1週間の天気予報をTVの下に表示する、あるいは現地通貨である元の為替レートを左に表示するなど、コンテンツに合わせたデータの表示もできる。

ウィジェットは画面上のさまざまな位置に表示することができる。デモでは、あえて主画面に連動したウィジェットの表示を行なわなかったが、十分可能ではないかと思われる

 ウィジェットによりインターネットコンテンツを表示するというCE 3100プラットフォームのアプローチが画期的なのは、Webブラウザを使用しないことだ。過去にあったTVとインターネットの融合を唱える製品の多くは、TVとインターネットが融合するのではなく、単にWebブラウザが動作するTV、あるいはTVディスプレイを前提としたPCであった。

CE 3100のブロック図。90nmプロセスのDothan(Pentium M)ベースとなる 台湾のTATUNGによる多機能セットトップボックス。CE 3100ベースで、デジタルTVやその録画、DLNAクライアントとしての再生機能などを持つ CE 3100チップを使ったBlu-rayプレーヤーのリファレンスデザイン

●Viivの失敗から学んだ方向転換

ウィジェットはTV画面に重ね合わせる(オーバーレイ)だけでなく、独立したウィンドウで表示することも可能で、基本的にはユーザーが選択できる

 しかし、多くの視聴者で共有することを前提に作られたTVのコンテンツと、1人のユーザーがじっくりと利用することを前提にした大半のWebコンテンツを、家族で共有するディスプレイ上で共存させるのは難しい。ほとんどのWebコンテンツは、複数の視聴者を前提に制作されてはいない。動画は共同視聴しやすいコンテンツだが、その多くはTVから転載されたものだ。

 さらにTVとPC(あるいはWebブラウザ)の間には、ある程度離れて見ることを前提にしたTVに対し、ディスプレイとの距離が近いPCという違いもある。両者を1つにしたとしても、独身者が設置スペースを節約する目的には適しているかもしれないが、家族みんなで楽しむリビングルームの主役とするには中途半端な印象が否めなかった。

 今回公開されたWidget Channelは、あくまでもTVコンテンツを主役に、ウィジェットとしてインターネット上のコンテンツを利用しようというスタンスだ。インターネットは脇役的な扱いだが、製品がTVであるだけにTVコンテンツが主役になるのは、ある意味当然であろう。もちろんウィジェットの作り方によっては、TV画面にフルスクリーン表示することも可能だが、それに適したコンテンツはそれほど多くない。

 従来、デジタルホーム事業部が推進していたViivあるいはリビングルームPCは、PCアーキテクチャにTVを取り込むことで、PCのリビングルーム進出を図ろうというものだった。そして、その試みは成功したとは言い難い。今回のCE 3100は、TVの中にIntelアーキテクチャを埋め込もうというものであり、アプローチが180度異なる。TV用のデバイスとしてIntelのSoCが優れていれば、採用される可能性は高くなる。究極的にはIntelは半導体メーカーであり、PCメーカーではない。重要なのは自社のチップが売れること、新しい市場を見つけることにある。

●IntelのTV参入に伴う懸念

 その一方で、TVにIntelのチップが入り広く使われることについて、懸念する声もある。Intelのチップ、Intelが提供するソフトウェアスタックを採用したら、TVがみんな同じになってしまうのではないか、という声だ。デジタル化したことでTVの市場は大きく変わりつつある。アナログ時代に求められたさまざまなノウハウは、チップの中のIPとしてとりこまれ、TVを構成するビルディングブロックを組み合わせるだけで、とりあえずTVは完成する。自社で研究開発を行なわなくても、あるいは量産設備を持たなくても、「TVメーカー」になれる時代がやってきた。北米で急速にシェアを獲得したVisioなどは、デジタルTV時代の申し子と言えるかもしれない。Intelがハードウェアとソフトウェアを提供することで、この流れが一層加速するのではないか、という懸念だ。

 この懸念に対しIntelは、CE 3100ベースのプラットフォームが高度にカスタマイズ可能であることをもって、製品の差別化は可能であるという。CE 3100はいわゆる画像エンジンに相当する機能を持つが、自社の画像エンジンにこだわりがあるのであれば、組み込みの画像エンジンを使わず、自社開発のエンジンを使うことも可能だ。

 ウィジェットにしても、どんなウィジェットをユーザーにダウンロードさせるかは、TVセットメーカーがコントロールできる(自社のデジタルサインが入ったウィジェットのみダウンロード可にする、など)。もちろん、ウィジェットの見た目も、TVセットメーカーが自由にデザインできる。セットメーカーの独自性を維持することは可能、というわけだ。それでも研究開発を行なわない新興メーカーの製品が底上げされることに変わりはないし、プラットフォームを通じてIntelに支配されるのではないかという恐怖が完全になくなるというわけでもないだろう。

 そして、ここにはもう1つの危うさも潜む。もしセットメーカーがウィジェットをコントロールし、独自にコンテンツに合わせて広告等の表示を行なえば、広告モデルで成り立っている民放の経営に影響を与えないでは済まない。また公共放送にCMを連動させる、ということさえ理屈の上では可能だ。そのためには、番組内容に即したメタデータを入手するなり、自ら用意するなりしなければならないが、それは決して不可能なことではない。このような機能を持つTVセットを、おいそれと放送局が認めるだろうか。

 Intel支配に対する恐怖、放送局との潜在的な軋轢など、諸手を挙げてIntelのプラットフォームを採用するわけにはいかない理由はある。が、それでもTVセットメーカーにとってIntelの提案が魅力的な部分もある。それは、新興メーカーが開発負担を大幅に軽減できるのと同様、先発企業もIntelのプラットフォームを採用することで、ユーザーの目に触れにくい、インフラ部の開発負担を大幅に減らせるからだ。

 デジタル家電は機能が豊富な一方で、ソフトウェアの負担が重い。ダビング10の実施に伴うファームウェアの更新とそれにまつわるトラブル、携帯電話のバグ、DVDやBlu-rayコンテンツとプレーヤーの互換性など、ソフトウェアにまつわる問題はもはや珍しく無くなっている。Intelのプラットフォームを採用することで、セットメーカーはこれらインフラ部の開発負担から逃れ、画像エンジンやウィジェットの開発など、ユーザーの目に触れる部分、差別化しやすい部分の開発に資源を集中的に投入することが可能になる。これは大きなメリットだ。

●AMDと対照的な方針

 プレスリリースによると、CE 3100チップおよびWidget Channelに対する賛同企業に、東芝の名前が挙がっている。Cellという持ち駒がある東芝が名前を連ねていることの正確な意味は分からないが、CE 3100をベースに上位モデルにはCellを加えて差別化を図る、という意図があるのかもしれない。少なくともTVの開発に歴史を持つ東芝が、採用を検討する価値はある、ということになる。

 奇しくも、IntelのライバルであるAMDは、旧ATIの一部であった民生機器用半導体部門をBroadcomへ売却した。Intelはその逆に民生機器用半導体に本格的に参入する。AMDの場合、民生機器用半導体は外部に生産委託していたのに対し、Intelは内製するという大きな違いがあるものの、両者の動きは対照的だ。どちらがより大きな成功を収めることになるのか、この2年ほどで見えてくるのではないかと思う。

□TV関係ソリューションのニュースリリース(英文)
http://www.intel.com/pressroom/archive/releases/20080820comp_a.htm
□SC 3100製品情報(英文、PDF)
http://www.intelconsumerelectronics.com/Download/320307-003US.pdf
□関連記事
IDF 2008 レポートリンク集
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/link/idf.htm

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(2008年8月27日)

[Reported by 元麻布春男]


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