マイクロソフトがマガジンハウスと協業、人気雑誌のバックナンバーを無料で閲覧できるサービスとして「MSN マガジンサーチ」を開始した。雑誌のレイアウトそのままで閲覧できるほか、豆粒大の文字で書かれた写真キャプションにいたるまでの全文検索ができる点がセールスポイントだ。 ●雑誌を丸ごと全部読める サービス開始に伴って公開される雑誌は「Tarzan」と「Hanako」で、6月上旬には「クロワッサン」が加わることになっている。マガジンハウスでは、2007年10月以降発売の雑誌について、記事の二次使用に関する契約を著作者等と締結するようにし、こうしたサービスの実現を目指してきた。したがって、現時点では、2007年10月以降に発売されたバックナンバーが公開され、この原稿の執筆時には2008年4月発売分までの計24号分がコンテンツとして公開されている。 新たに発売される号に関しては、書店等に並べられて販売されている期間の終了後、掲載記事の権利関係がクリアになった時点でバックナンバーに加えられる。おおよそ、発売後、2カ月程度が目安ということらしい。一部、肖像権、著作権の都合から閲覧できないページもあるほか、タイアップ記事や広告もコンテンツには含まれないが、その点をのぞけば、雑誌が丸ごと見れる状態になっている。 個人的には、購入した雑誌は、目を通し終わった時点で捨ててしまうが、価値ありと判断した場合は、一冊丸ごと保管しておいたり、あるいは、特定のページだけをスキャンしてとっておくといったことをしてきた。でも、バックナンバーが、未来にわたってサービスコンテンツとして読めることが保証されるのであれば、迷わず、すべて処分してしまうだろう。こうしたサービスによって、時間とともに消えていく運命にあった雑誌のバックナンバーが、有効活用されるのは悪いことではない。 ただ、雑誌の性格によっては、記事が生きた情報としては役に立たなくなってしまうこともある。たとえば、Hanakoに掲載された店の情報は、時間とともに古いものになっていく。メニューの内容や価格が改定されたり、それどころか、店そのものがなくなってしまう可能性もある。リアルな古雑誌を見ていて目にとまる情報は、読者自身が古雑誌を読んでいるという意識を持っているため、記事の鮮度について了解済みという前提でとらえてもらえるが、PC上で全文検索して出てきた記事は、つい、最新のものであるという錯覚をしてしまいがちだ。今後は、様子をみながら、古い情報の扱いについて決めていくということのようだ。 個人的には、せっかくのバックナンバーである。また、これらは雑誌の発行当時の社会や文化を見る窓としても機能するのだから、アーカイブボックスなどの別エリアを作ってでも、ずっと残しておいてほしいとも思う。具体的な実用情報として役にたたなくても、それはそれで有意義なコンテンツになるにちがいない。 ●すべてを台無しにするビューア 雑誌そのものはFlashコンテンツとして作られているようだ。マイクロソフトのことだから、SilverlightやWPFなどのテクノロジーを使っているのかと思っていたので、ちょっと意外だった。 雑誌を開くと、IEが別ウィンドウを開き、マガジンビューアとして機能するようになる。検索はもちろん、記事に付箋をつけて保存しておいたりできるなど、機能的にも盛りだくさんなのだが、完成度はあきれるほど低い。その使い勝手は最悪だ。 まず、新たに開くビューアウィンドウは、XGA(1,024×768ドット)より上下左右数ドット小さいサイズに固定され、ウィンドウサイズを大きくもできなければ小さくもできない。世の中に出回っているディスプレイの多くが、すでにワイド液晶になっているし、フルHDでさえ珍しくない状況なのに、今どきXGA決め打ちなのである。 表示しているディスプレイサイズにもよるが、通常表示のままではコンテンツ内の文字を読み取るのは難しい。そこで、拡大ボタンをクリックして、拡大したい位置をページ内でクリックする。すると、その部分が拡大され、見開きページ全体で、今、どこを拡大しているのかを示すロケータが小ウィンドウとして開く。 小ウィンドウ内には、見開きページの縮小イメージが表示され、現在、拡大中のエリアをドラッグすることで、ページ内を移動することができる。まあ、よくある拡大鏡のGUIそのものだ。 この小ウィンドウは、親ウィンドウの外に出すことはできない。だから、記事を隠してしまう。また、特定の記事に付箋がつけられることがウリなのだが、ロケータの子ウィンドウがモーダルなので、拡大中は付箋ボタンをクリックすることができない。しかも、すでに貼り付けた付箋は、拡大モード時にページと同じ比率で拡大されるので、これもまた記事を隠してしまう。邪魔だからと付箋を移動しようと思っても、ロケータがモーダルなので、それもできない。しょうがないから、非表示にしようと、付箋右上の×をクリックすると、付箋そのものが削除されてしまう。これでは使いものにならない。 また、拡大は1段階のみで、見開きページのほぼ1/6の範囲を拡大表示する。 DRM保護も考慮され、ページの印刷はできないし、ウィンドウ丸ごとはもちろん、デスクトップ全体のイメージのクリップボードコピーもできない。ビューアウィンドウはIEで、アドレスバーも表示され、表示中のコンテンツのURLが確認できるが、そのURLのコピーもできず、Screen Capture Protectionの文字がコピーされるようになっている。URLをコピーしたい場合は、専用のボタンをクリックして、「メールで知らせる」か「ブックマークする」を選ぶようになっている。マイクロソフト主導の製品で「ブックマークする」という項目を見るとは思わなかった。普通、ここは「お気に入りに登録する」じゃないだろうか。 ●XGAの外にはみ出せないMicrosoft そんなわけで、3分も使ってみれば、使いにくい点が続出するビューアである。これでは、コンテンツを提供するマガジンハウスが気の毒だという印象を持った。ただ、発表会には、マガジンハウスの営業局局長兼ウェブ戦略室室長、執行役員の久我英二氏が出席されていたので、このビューアの出来について聴いてみたところ、紙の雑誌を繰る感覚がうまく再現されていて悪くないと考えているそうだ。本当にそうなのだろうか。 もし、ビューアがXGAサイズ固定でなければ、ロケータがモーダルでなければ、親ウィンドウの外に出せれば、それだけで使い勝手はグンとあがるだろう。 将来的にファッション雑誌もコンテンツに加わるようなことがあれば、リビングルームの大型フルハイビジョンTVにノートPCを接続し、この夏のおしゃれアイテムを友達といっしょに、ああでもない、こうでもないとディスカッションするような光景が見られたかもしれない。そうなれば、雑誌という媒体が、もう1つの付加価値を持ち始めるかもしれない。それこそ、マイクロソフトの思い描いている未来図ではなかっただろうか。 でも、このビューアが、そのすべてを台無しにしている。 PCが優れているのは、比較的大きな画面と、高い解像度、そして、そのディスプレイとプロセッサの処理能力を生かしたリッチな表現やユーザー体験の実現だ。その一方で、XGAに満たないような低い解像度のUMPCなどもある。このビューアは、どちらのニーズにも応えることはできない。汎用性が皆無である。 どうしてこんな仕様のまま、サービスインしてしまったのか、理解に苦しむ。こうしたことに、関係者全員、誰も疑問を感じないままで、プロジェクトが進んでしまったのであれば、マイクロソフトは本気で危ない。何か、ビジネス的にわれわれの知らない深い大人事情があるのだと信じたい。それはそれでユーザー不在のサービスとして、消えていくだけのことだが、それでは、あまりにももったいない試みに思えるのだ。 □関連記事
(2008年5月30日)
[Reported by 山田祥平]
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