後藤貴子の 米国ハイテク事情

Googleの“ダイナミックオークション”は電波革命を起こすか?




 Googleが狙っているのは、“電波革命”だろうか。同社が米政府に提案している“ダイナミックオークション”が、電波は政府が管理して割り当てるものという常識を崩し、ワイヤレス市場に新しい体制をもたらす可能性がある。

 ダイナミックオークションは、一定の帯域内で、電波が空いている時間や場所をデバイスが動的(ダイナミック)に検知できるようにし、さまざまな通信業者がリアルタイムにオークションで帯域を購入できるようにするプランだ。Googleは、DTVチャンネル間に空けることになっている帯域や、ある時ある場所でライセンシー(免許業者)が使っていない帯域で、免許を持たない業者が、ライセンシーからオンデマンドで帯域を競り買いできるようにしようと提案している。

 ダイナミックオークションが実現すると、大手キャリア以外の業者が使える広い帯域が出現し、小規模でも、優れた技術と優れたビジネスモデルを持っている者が成功できるようになる。すると、参入者が増え、ユーザーが増え、技術革新が促される。こうして二次利用の場が人気になれば、ついには、そもそもライセンス制は必要かという気運が高まり、電波の有り様がガラリと変わる可能性がある。

■「使える帯域をサードパーティに解放せよ」

 去る3月21日、Googleは、放送・通信の行政当局であるFCCに書簡を出し、今後のモバイルブロードバンド政策について提言した。書簡を出した時期は、Googleが700MHzオークションでVerizon Wirelessに負けた直後。自分たちは特定周波数帯の確保のような小さな勝負には執着していない、もっと大きなビジョンがあると宣言した格好だ。提案の要点は次のとおり。

 1.今、米国の電波帯域は全体の約95%が活用されていない。ライセンシーにあてがわれていても実際には使われていない帯域がある。例えばDTVチャンネルの間に干渉防止のために空けておくことになっている帯域“ホワイトスペース”。また、動的に見れば、時間と場所によって空く帯域がある。干渉防止技術やダイナミックオークションにより、これらの帯域を徹底的に利用すれば、電波スペースはたっぷりある。

 2.そうやって新しく空けた場は、政府がまた誰かにライセンスするのでなく、無免許制(アンライセンス)にして、市場競争で使えるようにすべきだ。また、既存ライセンシーの帯域も、ライセンシー以外の通信業者(サードパーティ)が使える機器・アプリ・サービスなどを自由化する“オープンネス”政策により、競争を促すべきだ。インターネットは、許認可不要のイノベーションにより、効率よく成長した。それと同様のモデルをとれば、ワイヤレスも成長する。

 Googleがこう提案する背景には、日本ほどではないものの、米国の携帯市場でも、政府から免許を得た少数のキャリア(ライセンシー)が、自分のネットワークにアクセスできる端末やアプリを縛っている状況がある。

 現在の体制の根本にあるのは、「放送や通信に使える周波数帯は有限」という常識だ。そしてそれは、「だから、貴重な電波資源は混乱を防ぐため、お上が管理するのが適当であり、限られた者に免許を与え固有の帯域を割り当て、独占的に使わせるのが適当だ」という理屈へ、さらに、「管理のためなのだから、免許を受けた者が自分のネットワーク上で制限を加えるのは当然だ。新規参入がしにくいのも当然だ」という理屈につながっていく。

 ところが、もし実は使える電波は無限に近くなり、お上が管理しないほうが効率的だとしたら? それなら、今のビジネスモデルに必然性はない。Googleが主張しているのは、そういうことだ。

 Googleの主張のキーワードである、ホワイトスペース、ダイナミックオークション、アンライセンシングとオープンネス(オープンアクセス)を並べて比較すると、次のようになる。

  1. オープンネス(オープンアクセス):
    ライセンスされた帯域で、ライセンシーの通信インフラの上で、ライセンシーのインフラを損なわない限りどんな機器やサービスも使えるように解放するというポリシー。
  2. ホワイトスペースの利用:
    ライセンスされた帯域で、空いている帯域(ホワイトスペース)を、ライセンシー以外の通信業者が使えるように解放する。帯域の静的解放。
  3. ダイナミックオークション:
    ライセンスされた帯域で、空いている時間や地域を、ライセンシー以外の通信業者が使えるようにオークションで解放する。帯域の動的解放。
  4. アンライセンシング:
    文字どおり、免許制をとらないポリシー。

■Googleのねらいはライセンシーが占有する帯域の解放

 ダイナミックオークションまでの前提となるポリシーやスペースについて、もう少し詳しく見てみよう。

●1.オープンネス(オープンアクセス)

 これは、ホップ・ステップ・ジャンプで言えばホップにあたる。ライセンシーのネットワーク上の規制をできる限り排して、サードパーティの競争を促そうとういうコンセプト。このコンセプトの提唱は3月が初めてではなく、Googleは手をかえ品をかえ、オープンネスの提案をし続けている。

 例えば昨年(2007年)、700MHzオークションのルールをFCCが策定中だったときにも、Googleは4つの自由化を提唱していた。(1)番号ポータビリティならぬデバイスポータビリティを実現させる“オープンデバイス”、(2)そのデバイスにインストールしたアプリも他のネットワークキャリアにポータブルにする“オープンアプリケーション”、(3)同様にサービスプロバイダ(MVNO)によるサービスもキャリアに縛られなくする“オープンサービス”、(4)キャリアがISPに帯域の“卸売り”を許さなければならない“オープンネットワーク”。このうちオープンデバイスとアプリのルールが、700MHz帯Cブロックに関して採用された。

 しかし、それはGoogleにとって小さな一歩でしかなかった。Cブロックでも他の2ルールは義務づけられなかったし、オープンネスのルールが他の帯域に広げられたわけでもない。キャリアの反対もあり、FCCはインフラ投資への意欲刺激も考慮してバランスを取る必要があるとして、オープンネスの全面的な推進には、慎重な態度を示している。

 また、オープンネスのルールがあればキャリアのネットが完全自由になるというわけでもない。言論団体Public Knowledgeによれば、キャリアは、「合理的なネットワーク管理及び保護」「該当する規則の順守」のためと言って、サードパーティのデバイスやアプリケーションをブロックすることも考えられる(『Why Block C matters』)という。借家人の権利を認めさせても、借家人である以上、大家にはまだまだ奥の手があるというところか。自社が主導するOpen Handset Allianceに協力を表明するキャリアが増えているにも関わらず、Googleがワイヤレス網解放運動の手をゆるめないのはそのためだろう。

●2.ホワイトスペースの利用

 そこでGoogleはホワイトスペースの解放も強調する。ホップ・ステップ・ジャンプのステップに当たる。

 ホワイトスペースはDTVに提供される周波数帯内で各チャンネルの間に空けられた干渉帯だが、Googleは、干渉を避ける技術を用いれば、これらを空けておく必要はないから使わせろと主張する。

 オープンネスの主張より発展している点は、単にライセンシーの通信事業に乗っけてくれというだけでなく、ライセンシー(この場合は放送業者)が閉め切りにしている空き地をオープンして通信事業させてくれと言っているところだ。

 では、この案の実現性はどうなのか。

 技術的には、GoogleはMotorolaがFCCに提出した提案書を参照している。その場で使われているDTVなどの周波数帯のデータベースを参照する“ジオロケーション”(位置情報)とその場で使われているワイヤレスマイクを検知する“ビーコン”(標識信号)を併用すれば、干渉は十分防げる。また医療機器用に一部の周波数帯は空きチャンネルのまま残して“セーフハーバー”(安全港)とする。その上に、その場で使われている周波数帯を探す“スペクトラムセンシング”(周波数検知)技術を使えば、干渉防止は十二分というのがGoogleの主張だ。

 これら技術を使ったデバイスはすでにMicrosoftがFCCに提供し、テストが行なわれている(MicrosoftとGoogleは、Dell、Hewlett-Packardなどと共にWhite Spaces CoalitionやWireless Innovation Alliance(WIA)という団体を作って、共にホワイトスペース解放をFCCに要求してきた)。ただし、結果は失敗続きだ。だがMicrosoftは、それはテストのときに使ったデバイスがたまたま悪かっただけで、技術的には大丈夫と主張している。要は今後の結果次第というところだ。

 一方、政治的には、放送業者団体のNABが、はかばかしくないテスト結果を根拠に、ホワイトスペース解放に反対している。NABの反論には70人の連邦議員が賛同しており、Googleが属するWIAに賛同する議員19人を大幅に上回っている。つまりFCCへの圧力としては、NABのほうがカードが強いわけだ。

 また、携帯キャリアも、ホワイトスペースそのものの利用には賛成しながら、免許制を主張し、GoogleなどのIT企業とは一線を画している。(業界団体CTIAがやはりFCCに対してロビー活動を繰り広げている。)

 これに対してGoogleは、ホワイトスペースを一部ライセンシーのものにせず解放すれば、商業的にWiFiやDSLが引き合わなかった田舎にもインフラが整うことになると主張している。“田舎”が多い米国ではこれは重要なポイントであり、今後、政治家にも魅力的に響く可能性はある。

■競争を促進するダイナミックオークション

●3.ダイナミックオークション

 そして提案内の大ジャンプが、ダイナミックオークションだ。

 ダイナミックオークションは、ライセンスされた帯域内の空きスペースを使わせろという点はホワイトスペースと同じ。だが、ホワイトスペースがもともと空けてあるチャンネルの帯域を使おうという静的(スタティック)な提案であるのに対し、時間や地域単位で空いた周波数帯をデバイスでダイナミックにスペクトラムセンシングして使おうとする点が大きく異なる。未使用とわかったスペースは、ライセンシー以外の業者が、リアルタイムオークションで購入して使う。同じ周波数が時間と場所で次々と、用途や使用者を変えていくわけだ。

 Googleは、ダイナミックオークションの提案を昨年、700MHzオークションのルール作りのときにも行なっている。そのときの説明も重ねると、こんな使い方になるようだ。例えば消費者は携帯端末を買うときに、5~10ドル程度の電波使用の登録料を払う。すると端末は、一定の出力での電波オークション参加権を得る。どこかで携帯電話をかけようとすると、端末がそのとき、ほかに干渉していない周波数を探す。その場で使用可能な出力には上限があるので、限られた電波の使用権が自動的にオークションされ、競り勝ちした端末がつながる。Googleの提案では既存のライセンシー排除は前提にないので、電波使用料はサードパーティからライセンシーに払うことを想定しているようだ。

 Googleによれば、市場のニーズからそのつど価格がきまるダイナミックオークションは、同社の検索語連動広告がヒットの多さなどから個々の広告の市場価格が決まるのと、同じコンセプトなのだという。Googleは、市場原理に任せるメリットをこう述べる。

――競合入札の少ない田舎では低コストのサービスが行なえる。都市でも、従来のブロックごとのオークションのようなまとまった資金がいらないので参入が増えて、競争からやはり価格が下がる。また政府から従来型のオークションで帯域を買ったライセンシーも、サードパーティが電波を購入するにつれ、コストを回収できる。

 確かに、ダイナミックオークションが行なわれれば、電波市場に初めて本格的に資本原理が持ち込まれることになる。

 オークション以外の場合を考えてみよう。例えば、ある帯域がある場で利用可能になった瞬間、最初にアクセスした端末に使用権を与える(ファーストカム・ファーストサーブド)といったルールにしたとする。でも、それでは公平ではあるけれども、新しい業者やサービスの参入を刺激しない。ところが、金を積むほど電波の優先権が得られるとなれば、そこに新しいビジネスが生まれる可能性がある。

 例えば全くの想像だが、重要・急用のモバイルメールや通話は特急料金、電波があいたときにつながればいい場合は格安料金と、ユーザーがそのつど選べるサービスを提供する業者が現れるかもしれない。あるいはいつでも最優先で接続してほしいユーザーのためのVIPプランや、逆に、いつでも電波が空いたときにデータを送受信して、安い月極め料金にしたい人のためのプランも考えられる。また、Googleが言うように、電波をめぐる競争の少ない地域では安く、競争の激しい地域ではやや割増という料金設定のサービスプロバイダも出てくるかもしれない。ユーザーにとっては、選択肢が広がる。

 むろん、競争のポイントは料金だけではない。帯域に対するライセンシーが固定されている今とはまるで違うサービスが、どんどん発達するかもしれない。そして、サービス競争によって市場拡大が加速すれば、同時に、ギリギリまで帯域を有効に使うための技術開発競争も加速する可能性がある。

 Googleはこう言う。ダイナミックオークションが実現すれば、「そう遠くない将来、Gbits/secのデータレートが可能となり」、「無限に近い帯域のインターネットサービスを支え」「毎年改良される」「ローコストでオープンなインフラ」が実現する。「それがWiFi2.0」となるだろう、と。

 今は帯域によってライセンシーが決まり、そのライセンシーが、そこで使う技術を支配している。ライセンシーは一定の帯域をいつでも使える権利が確保されているので、伝送量を増やす努力をそんなにする必要がない。それに対して、オープンなオークションになると、同じ帯域で、より多くの情報を伝送できる技術を開発した企業のほうがローコストになり、より多くのユーザーを惹きつけられる。となれば、そこに技術企業が群がるようになり、Googleの言うような、無限に近い帯域を使った高速のモバイルサービスが実現する可能性も高いだろう。

●4.アンライセンシング

 アンライセンシングに関しては、Google自身は、少数の既存のライセンシーが優先権を持つことに異議を唱えてはいない。プライマリライセンシーの妨げにならないようにするから、すきま帯域に限った二次利用のぶんだけはアンライセンシングを認めてくれと言っているに過ぎない。しかし、もしダイナミックオークションでオンデマンドの帯域利用が可能になり、自由な場が栄えれば、ライセンスの必然性への疑問が出てくるかもしれない。ライセンシーが持つある帯域を、空いた瞬間に他の人が買うことが可能ならば、ライセンシーとそれ以外の業者という形に分けなくても、全部オークションで片付ければよい、という意見がありうるからだ。

 オークションの手順を決めたりするために、政府のような機関が調整役になる必要は残るだろうが、それもいつまで必要かはわからない。Googleの今の提案はきっかけにすぎない。技術を利用した柔らかい発想の連鎖によって、電波の固定免許制というアンシャンレジーム(旧秩序)は、最終的に消えていくかもれない。

□Googleのホームページ
http://www.google.com/
□ニュースリリース
http://www.google.com/intl/en/press/pressrel/fccspectrum_20071130.html

バックナンバー

(2008年5月29日)

[Text by 後藤貴子]


【PC Watchホームページ】


PC Watch編集部 pc-watch-info@impress.co.jp ご質問に対して、個別にご回答はいたしません

Copyright (c) 2007 Impress Watch Corporation, an Impress Group company. All rights reserved.