デジタルは、ときどき、かつての常識ではとらえきれないカテゴリを生み出す。複製技術時代の芸術は、アナログからデジタルに遷移し、新たな展開を迎えたが、そこには、新たなオリジナルとしての複製がある。 ●「明日の神話」を大きくする 美術は先生が生徒に教えるのではなく、先生が生徒に習うもの。故・岡本太郎(1911-1996)はそう言ったそうだ。「芸術は爆発だ」という名言を遺した太郎だが、芸術に対する価値観として、うまくあってはならない、きれいであってはならない、ここちよくあってはならないと主張した芸術家だ。 作品では、やはり、大阪万博のシンボル「太陽の塔」が有名だが、それと同時期に制作された原爆爆発の瞬間を描いたと言われる壁画「明日の神話」が、2008年春まで東京都現代美術館で展示されている。5.5×30mというこの巨大壁画は、もともと、メキシコの実業家からホテルのロビーを飾るために描いてほしいと依頼されたものだが、依頼主の経営状況が悪化し、未完成のまま放置され、長い間行方不明になっていた。それがほぼ30年ぶりにメキシコシティ郊外の資材置き場で発見されたのが2003年。損傷を受けた壁画に修復が施され、現在は、その嫁入り先を探しているという。 10月1日の都民の日、この壁画を素材とした「はみだせ太郎!『明日の神話』をもっと大きくしよう!」というワークショップが開催された。事前に募集した子どもたちに「明日の神話」の外側の世界を描いてもらい、壁画をもっと大きくしてみようという試みだ。 といっても、オリジナルの壁画に落書きするわけではない。あらかじめ用意された複製をキャンバスとして、思いのままに落書きしてもらおうという段取りだ。 複製は、5×16mのキャンバス地にプリントされた。子どもたちが描くスペースとして余白を多めに確保したため、プリントサイズは1.8×10mと、本物よりは多少小さいものの、これほど大きなメディアにプリントできることが驚きだ。 出力に使われたプリンタは、Hewlet-PackardのScitexシリーズのXL1500で、日本では約10台程度が使われているという。日本HPのラージフォーマットプリンタパートナーである東京リスマチック社が出力を担当、データは財団法人岡本太郎記念現代芸術振興財団が用意した。5m超幅の長尺メディアを扱える実力を持つプリンタで、やろうと思えば実寸に近い出力も可能だが、前述のように、余白確保のために、オリジナル作品より小さな出力とされた。それでも、最初は小さく出力したものを継ぎ合わせて完成させるつもりだったものが、一気にこのサイズを出力できることとなり、財団や美術館側も驚いたそうだ。ちなみに、出力には約2時間を要したという。 最終的に使われたメディアはキャンバス地だが、その理由は、
・クレヨンで絵が描けること といった条件をクリアできたからだそうだ。 懸念はやはりインクの溶剤臭だったらしい、部分出力を現代美術館側に渡して、約1週間広げた状態で放置したところ、ほぼ溶剤臭が飛んだために、GOサインが出た。子ども相手のイベントだけに、この点に関しては細心の注意がはらわれた。実際の最終出力は、念には念をいれて2週間広げて置かれたとのことだ。 ●上手ではない芸術 クレヨンやフエルトペンなどの筆記用具をあてがわれた100名弱の子どもたちとその保護者だが、好きなものを描いてかまわないと言われても、なかなかそう大胆になれるものではない。観察していると、最初のうちは、余白にちまちまと小さな絵を描いていたが、時間がたつにつれてだんだん大胆になってきた。キャンバス地の上に寝転がり、自分の体の輪郭を描きつけるなど、描写の方法もいろいろだ。こうして約1時間かけて新たな「明日の神話」が完成した。 現代美術館とイベントを共催した財団法人岡本太郎記念現代芸術振興財団、岡本太郎記念館長の平野暁臣氏は、「絵としての出来はともかく、子どもたちは十分に楽しんでくれたように見えます。それだけでいいんです。現在の学校の芸術教育は、上手な技術を教えているにすぎず、そうじゃない芸術があることを忘れているように思います」と語る。きれい、うまい、ここちよいを排除することが現代の芸術であるとした岡本太郎のポリシーを子どもたちに実体験してもらったことに満足した様子だ。 「HP製プリンタでの出力には満足しています。こういうことができるなら、もうプリンタなどとは言う無粋な呼び方ではなく、別の名前が必要でしょう。俺の筆はHPのプリンタだというアーティストが出てきてもよさそうです」(平野氏)。 ●デジタルテクノロジーが創世する芸術の新カテゴリ かつてぼくは、写真や版画は何枚でも同じものが作れると思いこんでいた。ところが、実際には違う。撮影したり彫刻した原盤を使い、もう一度新たな作品を制作するのに近い行程が必要であり、できあがるものは、同じように見えても微妙な違いがたくさんある。写真家も版画家も、そうたくさんの作品を生み出すことはできない。写真家によっては、数枚のプリントを作ったら、原盤としてのネガは破棄してしまう作家もいるらしい。 今回のイベントでは、その余白や壁画そのものに、さらに絵を描き足すという行程が企まれている。だから、完成品と同じものは、この世にこれだけだ。つまり、ここで起こっているのは、想像によって岡本太郎の世界を増幅する新たなオリジナルコラボレーションの創世だ。 平野氏は、こうした技術によって、美術におけるインスタレーションにも新しい方法論が生まれていくのではないかと考えているそうだ。 「明日の神話」は、修復が完成した2006年7月から約50日間、東京の汐留で一般公開されたが、そのときに、この技術を知っていれば、もっと違った展示の演出ができたかもしれないと平野氏。たとえば、「太陽の塔」の顔部分の直径は11m、底の直径は20m、高さは70mあるそうだが、このプリンタを使えば、数枚の継ぎ足しで等身大のプリントを作成できそうだ。そこまでしなくても、実寸の顔をビルの壁面にたれ下げ、それをライトアップするような演出ができたかもしれないと平野氏は言う。 インスタレーションは、一時的で場所固有であるという潔さが魅力でもある。そういう意味では、今回のイベントは、デジタルテクノロジーの力を借りたインスタレーションでもあったが、同時に新たなオリジナルも創出されている。もはや故人となった岡本太郎が、あの世でどう思っているかは知らないが、グラスの底に顔があってもいいというくらいの人なのだから、実は、今回完成した壁画に、さぞや満足しているにちがいない。 □Hewlet-Packardのホームページ
(2007年10月5日)
[Reported by 山田祥平]
【PC Watchホームページ】
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