大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

Vista時代における日本HPのPavilion事業戦略




日本HP 岡隆史氏(左)と米HPのリチャード・ウォーカー氏(右)

 「日本HPが、4年ぶりに日本のコンシューマビジネスに再参入した記念日になる」--。3月6日、日本ヒューレット・パッカード(日本HP)のパーソナルシステムズ事業統括 岡隆史取締役副社長執行役員が大々的に宣言してから、約1カ月が経過した。

 2006年6月には、コンシューマ向けノートブックPCの「HP Pavilion Notebook PC」を投入。この約9カ月間に渡る期間を「試験的期間」と位置付け、販売、生産、物流、サポートなどの体制を整えてきた。

 そして、新たにデスクトップPCのHP Pavilion Desktopを3月に投入。ノートPC 4機種、デスクトップPC 2機種の合計6機種の体制を整えた。

 会見の席上、日本HPのパーソナルシステムズ事業統括モバイル&コンシューマビジネス本部 山下淳一本部長が、「格好がつくだけのラインアップがようやく揃った」としたように、日本HPのコンシューマPC事業は、まさにスタートラインについたところだ。

●ノートブックPCが4倍の売れ行きに

 では、本格再参入の宣言から1カ月の結果はどうだったのか。

日本HP パーソナルシステムズ事業統括 岡隆史取締役副社長執行役員

 岡副社長は、「計画通りでもあり、そうでない部分もあった」と、この1カ月を振り返る。

 計画通りという部分は、デスクトップPCの出荷台数が、当初見込み通りに推移した点だ。

 「具体的な数字は公表できないが、初期1カ月の出荷数量はほぼ計画通りのもの」と岡副社長は語る。だが、その一方で、計画通りではない部分があったことを明かす。

 それは、予想以上にコンパクトタワータイプのs3000シリーズが売れたことだった。

 当初予定では、6対4で、スリムタワータイプのv7000シリーズの方が売れると予測していたが、蓋を開けてみると結果は逆転。s3000シリーズが約6割を占めた。発売後10日間だけの傾向を見れば、約7割を占めたほどだったという。「日本のユーザーに、省スペース性と、デザインの良さが受けた」と、岡副社長はs3000シリーズが好調な理由を自己分析する。

 「東京・昭島での“MADE IN TOKYO”の生産により、5日間での納期をお約束していたが、s3000では予想外の売れ行きによって、部品の手当が間に合わなくなった。5日間での納品が不可能なに時期には、直販サイトに『品切れ中』の表示をせざるを得なかった」という。

 その状況は、いまでも続いている。4月に入っても、「品切れ中」の表示がついたり、消えたりの連続だ。

 「4月中旬には、需要にあわせた部品数量を調達できるようになる。その段階で、もう少し積極的な仕掛けをしてみたい」と岡副社長。安定した供給体制の確立は、まもなくといった段階だ。

 実は、s3000の品切れにあわせて、日本HPは、v7000のキャンペーンに力を注いだ。これにより、v7000へと顧客を誘導することにも成功している。同社コンシューマPC事業の再参入にあたり、流通をダイレクト販売に絞り込んだが、これもダイレクト販売ならではの柔軟性を発揮できた事例だともいえよう。

デスクトップPCの「s3000」(左)と「v7000」(右)

 もう1つの計画外の成果は、ノートPCの売れ行きが大きく伸張したことだ。

 「1月に比べると2月は2倍。本格再参入を宣言した3月には、さらにその2倍の販売台数になっている」という。1月に比べると、3月は実に4倍の販売量となっている計算だ。

 2月の伸張は、1月30日に発売したWindows Vista搭載PCが影響している。同社でもノートPCで、新たに3モデルを追加。これが成果に結びついた。しかし、3月の成長は、もちろん「市場本格参入宣言」によるものが影響していると考えられるが、ここで新たに投入したのはデスクトップPC。それだけに、2倍という伸びを見せたのは、同社にとっても予想外だったといえる。

 「デスクトップ製品の投入とともに、コンシューマPCにおける日本HPの露出度が高まり、認知度が高まったこと、さらに、それにあわせて開始したビックカメラ店頭で実機を体験できるHP Directplus Stationの設置効果も高かったのではないか」と分析する。

 それまで日本HPのコンシューマPCを直接体験できる場所はなかった。だが、3月からはHP Directplus Stationによって、それが解消されている。まだ、場所は限定されてはいるが、ノートPCの場合、直接触って見たいというユーザーが少なくないだけに、販売数量の増加に少なからずプラス効果をもたらしているというのが同社の見解だ。

 ちなみに、現時点では、ノートPCの販売台数は、デスクトップの5倍の規模に達しているという。

●マイナス要因もはねのける

 さらに、もう1つ、日本HPにとっては、想定外の出来事が起こっていた。

 それは、大日本印刷による情報漏洩問題である。大日本印刷が漏洩した情報のなかに、日本HPの顧客情報も含まれていたのである。日本HPにとっては、痛い誤算だったといってもいい。事態を重視した日本HPでは、広告活動などを一時的に自粛した。これが本格再参入の発表からちょうど1週間後にあたる3月12日~19日まで。スタートダッシュをかけたい時期での自粛は、コンシューマPC事業にとっては、大きな打撃だったといえよう。

 だが、岡副社長は、この1カ月を振り返りこう語る。

 「まだ満足しているわけではない。だが、s3000シリーズやノートPCが予想を上回る販売となったことを考えると出足はまずまずといえるのではないか」

 マイナス要素の影響は最小限に抑えられたようだ。同社のコンシューマPC事業は、まずは順調にスタートを切ったといって良さそうである。

●デザイン性にも評価が集まる

 Pavilionの3月からの売れ行きを見る上で、見逃すことができない要素のひとつに、デザイン性があったようだ。

 購入者の中からも、Pavilionのデザイン性の高さを評価する声があがっているという。

日本HP パーソナルシステムズ事業統括モバイル&コンシューマビジネス本部 山下淳一本部長

 「HPは、アップルにはならないし、なれない。また、ソニーにもならないし、なれない。だが、HPとしてのアイデンティティが感じられるデザインを採用し始めているのは事実だ」(山下本部長)

 米Hewlett-Packardのパーソナル・システムズ・グループ、エグゼクティブ・バイス・プレジデントのトッド・ブラッドリー氏が、PalmOneのCEOからの転身ということも手伝って、以前よりもデザインを重視する風潮が社内にはあるという。2年前にキックオフした米本社のデザイン専門チームは、日本HPには連絡もなく、何度も京都などを訪れては、日本のデザイン美を学んでいるという。それは、Pavilion Notebook PCの筐体デザインに採用された、禅寺の石庭をイメージした波形模様にも反映されている。

 「日本のユーザーにも納得していただけるデザインが、採用されはじめている。これからもデザインには注目してほしい」と山下本部長は語る。

●コストパフォーマンスを訴えない理由

 では、Windows Vista時代において、日本HPのコンシューマPCは、どんな点に威力を発揮しようとしているのだろうか。

 再参入初期の現時点では、やはりコストパフォーマンスの高さが、特徴になるだろう。

 Home Premiumを購入するユーザーの比率は約7割に達しているという傾向からも、コストパフォーマンスの高さを理解したユーザーが購入していることがわかる。

 だが、岡副社長は、コストパフォーマンスの高さについては、自分からは、あまり口にしようとはしない。

 「コストパフォーマンスといった途端に、どうしても価格ばかりに目がいってしまう。当社からコストパフォーマンスに関するアピールを前面に打ち出さないのは、低価格だけが日本HPの強みではないことを訴えたいからだ」と語る。

 それを補足するように山下本部長はこう語る。「例えば、20万円という価格設定において、ユーザーが最も必要としている最高の機能を提供するという点で強みを発揮できるのがPavilion。しかも、そこには、CTOによって、ユーザーごとに必要なものを選択できるという強みもある。単に価格訴求だけのコストパフォーマンスの追求ではなく、真の意味でのコストパフォーマンスを追求したい」。

 ビジネス向けPCでは、低価格が武器になっているのは事実だ。もちろん、コンシューマPCでも同様に、低価格が武器になる。だが、コンシューマPC事業では、低価格だけを武器にするのではなく、トータルコストパフォーマンスの高さを提案していくことで差別化を図りたいというのが同社の考え方なのだ。

●戦える体制はまだ整ってきっていない

 岡副社長は、3月の会見で、当面の目標として、コンシューマPC事業で2桁のシェア獲得を目指すことを明らかにした。2006年の単独インタビューの際にも、やはり10%というシェア目標を掲げている。

 だが、現時点では、まだ10%のシェアを獲得できるだけの製品ラインアップや体制などが整ってはいない。あくまでも本格参入として準備が整っただけだ。

 それは、岡副社長も認める。

 「コンシューマPC事業で戦うための準備が整っているのかというとそれはまだ。日本の競合PCメーカーに比べても、製品ラインアップの質や量という観点ではよく見ても60~65%。認知度という点でも、他社に比べても遙かに低い。これらの数字をかけ算すれば、その差は、さらに開くことになる」と、自己分析する。

 とくに、地デジ対応をどうするかは、大きな課題だといえる。

 「コンシューマPCに必要とされる機能の充足度として、約3割足りないとすれば、そのうち約2割を地デジ対応が占めることになるだろう。関係団体との調整を図りながら、早期に搭載できるように準備を進めている段階だ」(岡副社長)と、前向きな姿勢で地デジ対応に取り組んでいることを明かす。早期の対応が期待されるところだ。

 また、発表会見では、1月のCESで公開した「TouchSmart PC」を披露したが、国内投入の具体的な時期は決定していない。こうした日本HPを象徴するような製品が、現時点では国内でラインアップされていないことも、品揃えの量や質で充足度が低い要因といえる。

 2006年9月に買収したVoodooPCによるハイエンドゲーマー向け製品投入も、HPのコンシューマ事業の象徴的な役割を担うことになるのは明らかだが、これも、日本への投入時期などは未定となっている。

 「シェア3%、5%、10%と拡大させるためには、それにあわせた製品ラインアップの強化が必要。現時点では、まず日本でビジネスを確立するための製品を投入した。米国では、さまざまな製品があり、このなかから日本の市場にあった製品を事業の拡大にあわせて投入していくことになる」と、山下本部長は語る。

 場合によって、日本の市場に最適化したような、新たな製品企画も期待されるところだが、「日本の意見はかなり反映されている。日本や台湾、韓国など、アジア地域の需要は似ている部分も少なくない。アジア市場向けの製品開発といった可能性も将来的には考えられる」と、将来的には、日本およびアジア市場を意識した製品投入も考えられそうだ。

 欧米ではPresario(プレサリオ)によるコンシューマPC事業を行なっている地域もあるが、日本では、Pavilionとの製品ラインの差別化がしにくいこと、そこまでラインアップを広げる必要がないと判断しているため、Pavilionに一本化するなかで、製品ラインを強化していくことになる。そのなかで、日本HPならではの製品がいかに投入されるかが注目される。

 また、販売ルートに関しても、現在のWeb、電話による直販に限定した姿勢はそのまま維持する考えには当面変化はないようだが、シェア10%を越えるタイミングでは、間接販売ルートの積極的な活用も検討する必要が出てくるかもしれない。

世界ナンバーワンのシェア

 コンシューマPC市場では全世界でナンバーワンシェアを持つ同社だけに、これからの手の打ち方はさまざまだといえよう。

 現時点では、まさに再参入のための基盤ともいえる部分が表面化しただけだ。これからコンシューマPC事業の拡大に向けて、果たして、どんな球を繰り出すのか。世界ナンバーワンシェアの事業規模を持つ米HPを後ろ盾にした日本HPが持っている球種は、かなり多いといえよう。


□関連記事
【3月6日】日本HP、4年ぶりに個人向け市場にデスクトップを投入
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2007/0306/hp3.htm
【2006年9月29日】HP、ゲーミングPCメーカー「VoodooPC」を買収
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0929/hp.htm

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(2007年4月9日)

[Text by 大河原克行]


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