ここ数年、いやずっと以前からだが、PCハードウェアは性能と機能の両面で長足の進歩を遂げてきた。10時間バッテリで駆動できる軽量ノートPCなど、誰もが“そうあればいい”と考えながら、どこかで“まだまだ無理”と思っていたが、今では安価に誰もがそうしたノートPCを購入できる。プロセッサのパフォーマンス向上、HDD容量の増加など、ハードウェアの進化を示す要素は数え切れないほどある。 ではソフトウェアはどうだろうか? もちろんソフトウェアも進化しているが、ハードウェアほどのドラスティックな変化は感じられない。10年前に使っていた電子メールソフトと現在の電子メールソフト。もちろん、使い勝手を向上させるさまざまな工夫は積み重ねてきているが、劇的な変化があったかと言えばほとんど変わっていない。 これは電子メールソフトに限った話ではない。同じ用途のソフトウェアなのだから、同じような製品になって当然ではある。まして同じ技術基盤のOSの上に作られたソフトウェアならばなおさらだろう。 そんな若干の閉塞感を打破するOSこそが、Windows Vistaであって欲しいものだ。しかし理想と現実は同じではない。Windows Vistaは視点を変えることで、ハリボテにも革新的OSにも見えるだろう。 ●理想高きWindows Vistaの技術基盤 最初に断っておけば、Windows Vistaには多数の優れた特徴がある。
2005年、ソフトウェア開発者向けカンファレンスのProfessional Developers Conference(PDC)では、WinFXが思った以上にソフトウェア、Webサービスの世界を大きく変えてくれる感触を得た。Windows Presentation Foundation(WPF、コードネームAvalon)、XPS、XAML、Open Document Formatといった、同一のアーキテクチャに則った一連のドキュメントの流れ、アプリケーション構築の枠組みは、実に美しく理想的な設計が施されている。 Windows Communication Foundation(WCF、コードネームIndigo)も、セキュアでハイパフォーマンスなネットワークアプリケーションを、実に簡単に実装できてしまう。10年前、WinSockでチマチマとプログラムを書いていた時代から比べると、こちらも隔世の感がある。 しかしWinFXはWindows XPにも移植される。加えてWinFXを活用したアプリケーションが浸透し、ユーザー環境全体に変化をもたらすのは何年も先のことだろう。また最初のWinFXには、データベース的なファイルや情報の管理を可能にするWinFS(Windows Feauture Storage)が含まれていない。 WinFSが追加され、データ管理が容易になると同時に、基本的なデータクラスを異なるアプリケーション間で共有/再利用が容易になれば、さらに画期的なアプリケーションを生み出す土台となるかもしれない。 MicrosoftがWinFXで目指したのは、従来のPCクライアント上で動作する独立したプログラムの集合体ではなく、コンピュータ内部あるいはネットワーク上にある別のコンピュータも含め、複数のソフトウェアがサービスとして連結され、目の前の画面を通してユーザーに価値を提供するアプリケーションを作る。その土台を構築することだろう。 個人的には、ここまでOS側のモジュールに何でもお任せで、本当に良いのだろうかという根拠のない不安はあるが、WinFXに任せておけばロジックを記述していくだけで、見栄えよく安全でスマートなアプリケーションができてしまう。 巨大なランタイムの上で簡易言語のアプリケーションが動いているようなイメージ、というと言い過ぎだろうか。 ●すばらしいと思える機能は多数 ただ、一般のPCを道具として利用しているユーザーにとってみれば、こうした中身の進化はあまりピンと来るものではなかろう。加えて従来の.NET Frameworkをベースにしたアプリケーションは、いずれも操作レスポンスなどの面で、Win32アプリケーションよりも劣ることが多かった。 WinFXのWPFではリッチなユーザーインターフェイスを持つアプリケーションがハイパフォーマンスに動作するとの触れ込みだが、果たしてどこまでパフォーマンスが出るものなのか、これからWindows Vistaネイティブのアプリケーションが揃ってくるまではわからない。 とはいうものの、いずれにしても今後、Windows上のアプリケーションはWinFXベースへと徐々に移行して行かざるを得ない。Windows Vista上でWinFXを用いて書かれたアプリケーションは、従来のWindowsが抱えていたさまざまな制限、問題点を解決できるからだ。 たとえばWindows Color Systemは、カラーマッチングや色空間変換の問題をスマートに解決してくれるだろう。新しい表示システムはGPUによる高速な描画と、高解像ディスプレイでの表示サイズの問題を解決する。 過去のしがらみから解放されるには、WinFXへの移行は不可欠だ。ただ、それらOSの基礎部分の建て増し工事(本来は基礎部分を根本的に直すはずだったが、そこまでは現時点では求められない)がユーザーに恩恵をもたらすには、しばらくの時間がかかる。 このためWindows Vistaには、MSNサーチで実現した要素を取り込んで情報の発見を助けたり、ファイルの中身をよりリッチな形でプレビューできたりと、データの参照と発見を容易にするユーザーインターフェイス技術を多数盛り込んだ。
オフライン作業に関する機能も大幅に改善され、ファイル単位の同期ではなく4KB単位のバイナリレベルの同期機能を備える「Delta Sync」が導入されている。Delta Syncはボリューム内のファイルを4KB単位で管理し、変更が加わった部分だけを同期させることができる。このため1ファイルですべての情報を管理しているアプリケーションがあったとすると、それをサーバに置いておきDelta Syncで同期させることで、ミドルウェアなしで複数PCの情報同期を行なえるなど柔軟性の高いオフライン時の運用を行なえる。 日本語に限って言えば、スクリーン上での美しさを考えて設計された優れたフォント、メイリオも大きな魅力だ。欧文フォントとのバランスも意識し、なによりもスクリーン上で滑らかで見やすいデザインを実現している。明朝体がないのが残念だが、従来の“日本語版Windowsは画面デザインが格好悪く、バランス感にも欠ける”というイメージを払拭するにふさわしいフォントに仕上がった。 ●ハリボテか、革新か このほかWindows VistaはXPに比べ、かなり多くの違いがある。進歩は間違いなくしているのだが、その評価は“Windowsに期待するもの”によって大きく異なるものになるだろう。 たとえばネットワークを中心にした企業アプリケーションを構築するプラットフォームとして考えると、Windows Vistaは実にスマートな解決策を提供してくれる(ただしWindows XPにもWinFXは移植される)。共通のXMLスキーマを基礎にした一連の機能やフォーマットもよく練られている。こうした切り口においてWindows Vistaは実に革新的だ。 一方、ユーザーインターフェイスの改善や見た目の美しさなどは、たとえその背景の仕組みが変化していたとしても、それは表面的な部分の変更にしか見えない。実は奥底の部分では細かな改善が行なわれているのだが、数多くの仕様改善もアナウンスから数年が経過してしまい、話題としての新鮮味を失っている。このため後から表面部分に付け足した機能が、取り繕ったような“ハリボテ”としても見える一因だろう。 もっとも、Windows Vistaが期待通りに革新的なOSになってくれるのか、それともWindows XP+αの価値しか感じられない張り子の虎になるのか。すべてはVistaネイティブの機能を活用したアプリケーションが、どのようなものになるかにかかっている。Vistaがソフトウェアとしてどこまで革新的か、といった話題はもう意味をなさない。賽は振られたのだ。 あとはMicrosoftとWindowsを取り巻くソフトウェア、ハードウェアの企業が、このプラットフォームをどこまで魅力的に見えるものに育てていくかにかかっている。 □関連記事 (2006年5月29日) [Text by 本田雅一]
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