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PS3、“59,800円”の意味




●強気の価格戦略は何を意味するのか

 PLAYSTATION 3(PS3)はHDDを標準搭載し、20GB HDD版が日本では59,800円(税別、税込では62,790円)、米国では499ドルで登場する。E3(Electronic Entertainment Expo)でソニー・コンピュータ・エンタテインメント(SCEI)は、PS3の価格やHDD搭載などを明らかにした。据え置きゲーム機(ゲームコンソール)としては、挑戦的な価格とHDD標準搭載は、何を意味するのか。

発表されたPLAYSTATION 3の発売日と価格。日本では11月11日、20GB HDD搭載モデルで62,790円。北米/欧州に先行して発売される

 答えは非常にシンプルだ。PS3はゲームコンソールではなく、エンターテイメントコンピュータとなり、オンライン経由のコンテンツなどの受け皿となり、“ある程度”オープンなプログラミング環境となる。そのためのHDD標準搭載とコストアップ、そしてコンピュータとしての価格設定を取ったということだ。

 ゲームコンソールとしては明らかに高い価格は、それだけのバリューを提供できるという、SCEIの自信の表れと見ることもできる。また、ゲームコンソールと見られる限り、HDDを標準で載せたり、性能に見合ったコンピュータとしての価格がつけられないという束縛から脱却しようという意図の現れでもある。

 この価格とHDDの戦略は、最悪の場合、PS3の失敗を引き起こす可能性がある。SCEIにとっては、リスキーな賭けである。しかし、“PLAYSTATION”というプラットフォームが、真にエンターテイメントコンピュータへと飛躍しようとするなら、欠かせない戦略かもしれない。

●ネットワークデジタルエンターテイメントの時代

久夛良木健氏

 この構図を理解するには、まずSCEIが目指すコンピュータエンターテイメントの構想を知る必要がある。SCEIの構想は、7年前から明確になっている。'99年10月に米サンノゼで開催されたプロセッサ関連カンファレンス「Microprocessor Forum」で、久夛良木氏がPSファミリの将来構想を明らかにしたからだ。

 この時、久夛良木氏は、ゲームや音楽、映画が融合したデジタルインタラクティブなホームエンターテイメントの時代が到来すると説明。コンピュータエンターテイメント市場の規模も、ゲーム市場だった時より拡大、1,000億ドル規模になるというビジョンを示した。

 さらに、2005年頃には各家庭の10%が広帯域ネットワークで結ばれ、ネットワークを通じてコンテンツを配信する「e-Distribution」の時代が来ると久夛良木氏は語った。そして、エンターテイメントビットコンテンツとして、ゲームコンテンツやデジタルミュージック、デジタルムービー(e-CINEMA)が、直接ユーザーのもとに届けられるようになる、ネットワークデジタルエンターテイメント時代を予言した。

 つまり、この時点から、SCEIのターゲットは、ネットワークを経由してのエンターテイメントの提供であり、また、ゲームの枠を超えた総合デジタルエンターテイメントの提供だった。実際にはPS2の世代では、この構想は成就しなかったが、PS3世代では、ついにこの構想の実現に着手したと考えられる。

 また、久夛良木氏は、2005年のE3でのインタビューで、PS3をスーパーコンピュータと位置付け、ソフトウェアのエコシステム(生態系)が回るようにすると語っている。つまり、PS3を(ある程度)オープンな環境にして、プログラムを自由に書くことができるようにする。また、オープンなインターフェイスにデバイスを接続できるようにする。

 PCやMacintoshが成功したのは、そのプラットフォーム上で、さまざまなソフトウェアや周辺機器が花開いたからだ。PS3も、ある程度は同じモデルを取ろうとしていると見られる。ゲーム以外のソフトウェアがPS3で揃うようにするには、ゲーム向けのクローズドなソフトウェアモデル以外の手法が必要になる。

●コンピュータとして立ち上げるにはHDDが重要

 しかし、こうした構想には、高速かつ大容量のライタブルなストレージの標準搭載が必須となる。ネットワークからのダウンロードを格納する、あるいは、内部ストレージからLinuxなど標準的なOSを立ち上げ、その上でプログラムが走れるようにする必要があるからだ。選択肢としてはHDDしかない。

 そして、HDDを標準搭載するかどうかは、明らかに、ゲームコンソールか、コンピュータかという分かれ目となる。しかし、SCEIはHDDの標準搭載で揺れていた。これまでのPS3のアナウンスを振り返ると、その様子が見て取れる。

 1年前にPS3のスペックをアナウンスした時には、HDDについて「Detachable(取り外し可能) 2.5inch HDD Slot」というあいまいな言い方だが、HDDが標準ではないことを示していた。SCEIもデフォルトではないと位置付けていた。

 しかし、3月15日に日本で開催した「PS Business Briefing 2006 March」では、SCEIの久夛良木健氏(代表取締役社長兼グループCEO)が「我々は、HDDがあることを前提としてPS3を考えている。ある場所とない場所があるというのではなく、全部あるとお考えになってソフトの開発をしていただきたい」と語った。標準搭載という言葉を避けながらも、HDD前提を打ち出した。

 ところが、米サンノゼで開催されたGDC(Game Developers Conference)では、HDDの搭載については触れずじまい。ある米国のゲーム業界関係者は、SCEAに問い合わせたところ「HDDを標準で搭載するかどうかは、まだ確定していない」と言われたと語っていた。この時点では、SCEI内部でも、まだHDDに対する足並みが揃っていないことがうかがわれた。

 そして、最終的にSCEIは、HDDが標準であることを明確にした。これは、社内の論争に決着がつき、HDD標準搭載=コンピュータ化へと決定が下されたことを意味する。だが、その代償は高価格だったわけだ。

●ゲームコンソールの価格モデル

 従来のゲームコンソールの価格モデルは、PCや通常のAV機器と比べると非常に特殊だ。現在主流のモデルでは、1コンソールを1社がほぼ独占的に提供する。そして、コンソールベンダーは、そのゲームコンソールのライフサイクルを通じて利益を出せばいいと考えることができる。

 そのため、コンソールのコストは、純粋な部品原価の積み重ねというより、ライフサイクル全般で見ることになる。例えば、全サイクルを通じて平均の販売価格が2万円で、平均のコストが17,000円なら、1台当たり3,000円ずつ利益が出ることになる。ゲームコンソールの場合、機能と性能は5年間据え置きなので、チップをうまく設計すれば、半導体の微細化と統合化によってコストを大幅に下げていくことができる。SCEIはPSファミリでは、チップの微細化と統合化によって、見事にコスト削減を実現してきた。

 コストには製造コスト以外に、投資に対する償却も含まれる。例えば、SCEIのように、自社Fab(工場)または合弁Fabでのチップ製造を前提としている場合は、Fabに対する投資の減価償却も入れないとならない。また、SCEIのようにフルカスタムのCPUを使う場合には、CPUの開発費分も回収する必要がある。投資に対する回収の最大のポイントとなる要素は、ゲームコンソールのボリュームだ。

 もし、そのゲームコンソールがPlayStation 2(PS2)のように1億台売れれば、諸々のコストは1億で割れる。しかし、ゲームコンソールが500万台しか売れないと、コストは500万でしか割れない。1台当たり20倍のコストがかかってしまい、ハードウェアでの利益が圧縮されてしまう。

 ゲームコンソールの場合、普及の決め手となるのは、ソフトウェアタイトルのラインナップだ。ソフトウェアタイトルを揃えるためには、ゲームパブリッシャがタイトルを開発するように促す必要となる。その場合の重要な要素は、ハードウェアの普及カーブだ。一気にハードウェアが普及すると、ゲームパブリッシャはより多くのタイトルを出そうとする。すると、ハードが普及する→タイトルが揃う→ハードの普及が加速する、というポジティブスパイラルとなる。

 そのため、ゲームコンソールでは、初期価格は、ある程度戦略的に設定する。ハードウェア台数を普及させる必要があるため、割高になりがちな部品の初期コストの積み重ねよりも低く価格を設定することが多い。ゲームコンソールには、価格のマジックナンバーがあり、それを超えると普及が減速すると信じられて来た。そのため、各社は、399ドルや299ドルといったマジックナンバー(消費者が広く動くとされる価格)にコンソールの価格を押し込もうとしてきた。

 こうした事情から、ゲームコンソールは、一般的な家電やコンピュータと比べると、驚くほど低い価格で登場して来た。

●HDDの標準搭載はゲームコンソールにとって重荷

 しかし、HDDはゲームコンソールのコストにとっては鬼門だ。HDDを標準搭載にしてしまうと、ハードのライフサイクルを通してのコストをアップしてしまうからだ。半導体チップは、微細化と統合化で劇的にコストを下げることができる。ところが、機械部品であるHDDはどこまで行っても一定以下にコストが下がらない。

 そのため、ゲームコンソールのモデルで、ライフサイクルの中盤から価格を199ドルあるいはそれ以下に押し込もうと考えると、HDDはとてつもない重荷になってしまう。現状のゲームコンソールは光学ドライブを持つため、2ドライブのコストを背負わなければならない。初期価格だけでなく、ライフサイクル全体でコストに大きなインパクトがあるため、HDD標準搭載となった途端、価格戦略は慎重にしなければならなくなる。HDDを載せていない他社ゲームコンソールより、必ずコストがアップしてしまうからだ。Microsoftは、Xbox 1でこの問題に苦しんで、Xbox 360では標準からHDDを外すという選択をした。

 もっとも、ゲームコンソールの場合、初期価格は戦略的に低く設定することもできる。ライフサイクルを通じてのコストを考えれば、下げることも可能だ。しかし、問題はここで低く設定すると、ゲームコンソールの価格モデルに引っ張られてしまうことだ。

 HDD標準搭載はハードのライフサイクルを通じてのコストを押し上げる。そのため、ゲームコンソールとして価格競争をした場合に、必ず不利に働く。MicrosoftのXbox 1での失敗の1つは、HDDを標準で載せながらゲームコンソールとして戦ったため、HDD分のコストを十分に価格に上乗せすることができなかったことだ。

 逆を言えば、HDDを載せて戦うためには、このマシンはゲームコンソールよりも一段高い位置付けで高い価格になるというイメージを確立する必要がある。簡単に言えば、Xbox 360が199ドルになった時に、PS3が259ドルで売れなければならない。それだけのバリューがPS3にあると、ユーザーを納得させなければ、HDDコストを上乗せし続けることができない。つまり、ゲームコンソールの価格モデルから脱却することが必要となる。

●ゲームコンソールの価格レンジからの脱却

 つまり、話は簡単で、SCEIのデジタルエンターテイメント構想を実現し、PS3を本当のエンターテイメントコンピュータにしたいとなると、HDDは必須となる。HDDを標準で載せると、コストがアップする。すると、ゲームコンソールの価格モデルと価格枠から脱却しなければならない。

 しかし、いったんゲームコンソールの価格モデルと価格枠から脱却すれば、SCEIはより自由にデバイスを作れるようになる。また、PS3は、BDドライブなど、HDDのほかにも初期コストを押し上げる要因がある(ただしBDドライブは長期的にはコストが下がる)ため、高価格にすれば、その分もカバーできる。

 この戦略がうまくいくのか。その分岐点は明瞭だ。PS3がゲームコンソールのモデルから抜け出すことができれば成功する。つまり、PS3がエンターテイメントコンピュータとしての価値を打ち出すことに成功し、また、ユーザーがそれを理解して納得すればこの価格でも普及できるだろう。しかし、PS3がゲームコンソールとしてしか見なされないと、価格戦略はうまく行かない。

 PC的な“常識”から言えば、PS3の価格はこのレベルでも十分に低い。しかし、ゲームコンソールの"常識"から言えば、限界ギリギリのレベルだ。つまり、SCEIは“常識”の部分を変えなければならない。実は、これこそが今までゲームコンソールの壁だった部分で、最大のハードルでもある。PS3の場合は、BDプレーヤーという付加価値があるが、それがワールドワイドで日本以外の市場でうまく働くかどうかはわからない。

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【5月9日】SCEI、「プレイステーション 3」11月11日発売(GAME)
http://www.watch.impress.co.jp/game/docs/20060509/scej.htm
【3月20日】【海外】PS3はHDDを前提としたLinuxマシーンに
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0320/kaigai254.htm
【2005年6月24日】【海外】SCEI 久夛良木社長インタビュー(5)
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0624/kaigai194.htm

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(2006年5月10日)

[Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]


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