●前回とは異なるゲームコンソールの立ち上げのチャレンジ
Microsoftが、第2世代のゲームコンソール(据え置き型ゲーム機)「Xbox 360」を日本でも発売した。前世代のXboxは日本では惨敗したが、米国では一定のポジションを確保、特にデベロッパの支持を集めた。4年後の今回は、その経験をベースに、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)のPLAYSTATION 3(PS3)に挑む。 とはいえ、Xbox 360の日本でのスタートダッシュは、うまく行ったとは言い難い。かなりの盛り上がりとなった米国とは、ますますギャップが開いた格好だ。その背景には、Xbox 360固有のチャレンジだけでなく、新世代ゲームコンソール全体が直面する課題、そして世界のゲーム市場の違なる状況が複雑に入り組んでいる。おそらく、Xbox 360だけのチャレンジではないし、1本のタイトルが遅れたという些細な原因でもない。新世代機を囲う状況は、前世代のゲームコンソール、初代XboxやPlayStation 2(PS2)が直面していた状況とは質的に異なっている。 Xbox 360のシステムと戦略を見ていくと、新世代ゲームコンソールの可能性と困難の両方が透けてくる。明確なのは、ゲームコンソールはより進化し、求められるものも異なってきていることだ。5年前は、ゲームコンソールはゲームだけのマシンであるべきかどうかが議論になった。しかし、今は、すでにその段階が終わり、ゲームコンソールには、否応なしにプラスアルファが求められている。 そのため、ゲームコンソールには新しいモデルが必要になり始めている。Xbox 360は、より高機能なOSやオンラインサービスのシームレスな統合化による“プラットフォーム化”で、それに応えようとしている。しかし、Xbox 360の試みがうまく行くかどうかわかるには、まだ時間がかかる。 また、ゲームコンソールの複雑化や高機能化に伴って、ハード自体の開発や初期のソフト開発の困難は増している。期待を下回った日本でのXbox 360のローンチは、それを象徴している。 ●PCゲーム機として登場した初代Xbox
Xbox 360と初代Xboxは、強い類似性を保ちながらも、相違点もかなり多い。ベースのソフトウェアスタックや開発環境は継承性が強い反面、ハードウェアの作り方や全体のコンセプト、特にGUIやサービスの統合は大きく異なる。ハード自体やそのコスト削減モデルも大きく異なる。ハードについて言えば、Xbox 360は初代Xboxよりもゲーム機寄りになった部分が多い。その一方で、GUIやネットワークサービスは、伝統的なゲーム機よりもずっとPCライクになっている。より、エンターテイメント端末と呼ぶにふさわしいマシンだ。 Xboxでは、MicrosoftはPCの世界の利点をゲーム機の世界にもたらすことにフォーカスした。一言で言えば、「Windows PCの世界で汎用的なハードウェアやソフトウェアの開発手法を持ち込めば、独自アーキテクチャのゲーム機に太刀打ちできる」というのがXboxのコンセプトだった。伝統的なゲームコンソールは独自アーキテクチャを取っており、ソフトウェア層や開発環境にはあまり力が注がれていない。そのため、プログラミングモデルは非常に原始的で、開発者の多大な労力を必要とし、ハードのパフォーマンスを引き出すのに時間と手間がかかる。そこに隙があるとMicrosoftは見たわけだ。 そのため、Xboxではハードの作り方も、PCアーキテクチャ系ベンダーとその技術を中心に据えた。グラフィックス統合ノースブリッジ「XGPU(NV2A)」は、NVIDIAがXbox向けに新規開発したものだったが、そのグラフィックスコアはGeForce3(NV20)の拡張版。CPUはIntelとAMDの既存CPUを天秤にかけ、ぎりぎりでIntelに決め、Pentium IIIをほぼそのまま使った。NVIDIAのサウスブリッジ「XMCP(MCPX)」は、nForceのMCPへと引き継がれた。メモリはDDR400、FSBは133MbpsのP6(Pentium III)バス、チップ間バスはHyperTransport。Intel CPU+NVIDIA GPU+DDRメモリ+HDDという、馴染みのあるハードの上に、Windowsベースのソフトウェア層を組み立てた。ラフに言えば、Xboxは、その時点のPCアーキテクチャをゲームコンソールへと集約した“PCゲーム機”だった。 ハードのアーキテクチャがそうなら、製造モデルも同様だった。主要なデバイスについては、各ベンダーが製造を担当。Microsoftがデバイスを購入してアセンブルするPC型のモデルを取っていた。 ●PCアーキテクチャを取った利点と難点 Xboxの成功と失敗はここにあった。まず、ポジティブな面では、Xbox上でのソフトウェアの開発しやすさは、ゲームデベロッパにとって大きな衝撃を与えた。実際、ついこの間も、ある日本のデベロッパから「これまででいちばん衝撃だったゲーム機はXbox」と聞いた。まともなデバッグ環境すら提供されていなかった世界に、いきなりPCの世界で構築した開発環境の手法を持ち込んだのだから、そのショックは大きい。PCグラフィックスと共通性の高いGPUも、ゲームコンソールに専用化された独特のグラフィックスに慣れた世界では衝撃だった。 特に、米国のようにPCゲーム主流の国では、PCからの移行が容易であることも、デベロッパから厚く支持された。欧米では、ゲームパブリッシャとゲームデベロッパは分離しているケースが多い。ゲームデベロッパは中小のスタジオが多く、自前では高価なゲームコンソールの開発キットを揃えられないケースも多い。 そうしたスタジオでは、PC上でプロトタイプを作り、パブリッシャにプレゼンテーションを行ない、契約をとりつけてから、パブリッシャの資金で開発キットを導入するといったプロセスを辿ることも少なくない。PCゲーム機Xboxは、そうした環境には、ぴったりフィットする。PC上でのプロトタイピングから、シームレスに開発フェイズに移行できるからだ。 しかし、ネガティブな面も大きかった。特に、PCライクな製造モデルは、Xboxからスケーラブルなコストダウンの道を奪ってしまった。ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)は、自社のゲーム機のチップをできる限り自社製造する。自社で製造することで、プロセス技術の微細化によるチップの縮小と、チップの統合によるチップ数の削減を容易にする。また、半導体と比べるとコスト削減が難しいディスクドライブは、基本は光学ドライブだけに止める。SCEは、この手法で、年々プロセスを微細化して、ゲーム機のコストをスケーラブルに削減し、ゲーム機を普及価格帯へ持って行っても採算割れが起こらないようにしている。 ところが、PC型の製造モデルを取るXboxでは、同様の手法でのコスト削減が難しい。Xboxでは、NVIDIAなどデバイスベンダーがファウンドリを使ってチップを製造、Microsoftがそれを買い取っていた。このモデルでは、デバイスベンダーは微細化してチップを縮小、コストを削減しても、Microsoft側の買い取り価格が下がるため売上高が減ってしまうだけで利点が薄い。 PCの場合は、同程度のダイサイズ(半導体本体の面積)に集積するトランジスタを増やして性能や機能を上げるアプローチを取る。それによって、デバイスベンダーは価格を維持するわけだ。ところが、同じ機能と性能を維持して、コストを下げてゆくゲームコンソールのビジネスモデルの場合は、PCのアプローチは取れない。そのため、Xboxでは、メインのチップセットのコストダウンは行き詰まったと推定される。事実、Microsoft関係者は、Xboxではコストで苦しんだことを明かしている。SCEの製造モデルとの違いの認識が甘かったわけだ。 ●PCアーキテクチャから離れたXbox 360 こうした経験を経たXbox 360では、ハードウェアはPCからは一歩離れた。ほぼPCそのものだったXboxに対して、Xbox 360では大半がカスタムアーキテクチャとなった。Xbox 360は、もはやPCゲーム機ではなく、PCのプログラミングモデルを取り入れたゲームコンソールとなった。 面白いのは、SCEもまた、逆の方向から基本的には同じ方向へと向かっていることだ。PLAYSTATION 3は、NVIDIAグラフィックスを採用し、部分的にオープンなプログラム性を許容し、よりPCモデルに近づく。つまり、新世代ゲームコンソールでは、アプローチはある程度収束しつつある。もっとも、両者の間には、まだかなりの違いは残るが。 カスタムアーキテクチャへの道を選んだXbox 360のハードは、ゲームコンソールの例に漏れず非常にユニークだ。CPUは、IBMがカスタマイズしたPowerPC系CPUで、ワンチップに3個のCPUコアを載せたトリプルコア構成。グラフィックス統合ノースブリッジはATI Technologies設計で、ワーク用のeDRAMチップをパッケージに取り込む。CPUは3.2GHz、GPUは500MHzと高周波数で動作し、両チップ間は5.4Gbpsと超高速のFSBが結ぶ。 こうしたカスタマイズ化の理由は、(1)ゲームコンソール向けにカスタマイズ化したアーキテクチャで生パフォーマンスを上げることと、(2)コンソールの製造コストを削減すること、(3)コスト低減を前提に、より高性能なチップを搭載することにある。 汎用コンピューティング向けに作られたx86 CPUは、ゲーム向けに使おうとするとロスが多い。Xbox 360 CPUのような3コア化をしようとするとダイ(半導体本体)と消費電力がより大きくなってしまう。浮動小数点演算性能が低いCPUが多く、キャッシュ階層はストリーム型の処理に向いていない。また、x86ベンダーは、カスタムCPUのオーダーには慣れていない。そのため、カスタムのコストパフォーマンスの高いCPUを求めると、半ば必然的に非x86になってしまう。 Xbox 360 CPUでは、Microsoftはゲームプログラムに特化した拡張をいくつか加えた。また、シンプルなコアアーキテクチャを選んだことで、3個のCPUコアを、比較的経済的なダイサイズに納めることを可能にした。 GPUも、Xboxと比べるとゲームコンソール向けのカスタム色が濃い。最大のポイントはオンパッケージのeDRAMだ。GPUの性能が上がると、それに見合ったメモリ帯域が必要となる。しかし、メモリインターフェイス幅を広げると、メモリチップ数が必要となり、マザーボード上の配線も難しくなる。そのため、Microsoftは今回、GPUと超広帯域バスで結んだeDRAMを同パッケージに封止することで、帯域を稼いだ。解像度を決め打ちできないPCでは採用できないアプローチだ。 ●製造のモデルはXboxから完全に転換
しかし、Xbox 360のシリコンの最大の特徴は、製造面にある。製造面では、今回、Microsoftは製造委託のシステムを変えた。MicrosoftのJ Allard(J・アラード)氏(Corporate Vice President, Chief XNA Architect)は、2005年5月のE3時に、Xbox 360の製造モデルを次のように説明していた。 「今回のポイントは、製造と設計をよりコントロールすることで、もっとシリコンにコストをかけられるようにすることにある。シリコンコストは、(ゲームコンソールの)他のどの要素よりコストを削減しやすい。だから最初はコストが高くてもOKだ。(チップを微細化することで)後で下げられるからだ。 将来的には、DRAM(チップ)の容量も上げるし、プロセス技術も90nmから65nmや45nmに微細化(してチップを小さく)できる。さらに、我々はまた、マザーボード上の複数のチップを統合することもできる。また、(微細化や統合化の結果)消費電力も下がり、電力供給のコストも下がる。だから、我々は今世代(Xbox 360)では、価格とコストの(下降)カーブが、非常に望ましいものになると確信している」 例えば、Xbox 360のGPUについては、MicrosoftはATIから設計を買い取り、Microsoft自身がファウンドリに製造を委託している、とある業界関係者は語る。ATI側では、一部の関係者を除いて、製造の正確な状況はわからない状況にあるらしい。このように、Xbox 360では、主要デバイスの製造をMicrosoftがダイレクトにコントロールしている。そのために、Allard氏の発言にあるような、SCEライクなコスト削減策が取れるわけだ。微細化する場合には、ATIに設計を依頼し、そのデータベースでファウンドリに製造してもらう。 微細化や統合化を前提とすると、チップ設計について冒険ができるようになる。SCEのモデルはまさにこれで、PS2では、立ち上げ時には巨大なCPUとGPUを載せている。しかし、シリコンの微細化を経るうちに、どちらも登場時の数分の1に小型化し、今ではワンチップにまとめられている。 Microsoftも、Xbox 360では同じ展開を考えている。そのため、Xbox 360では、CPUとGPUは冒険をして、大型チップを載せた。Xboxのそれと比べるとずっと大きく、eDRAMやメインメモリDRAMなど周辺のチップ数も多い。これは、微細化と統合化によるコストダウンを期待しているからだ。Xbox 360がアーキテクチャ的に冒険ができたのは、製造モデルを切り替えたからだ。 こうして見ると、Xbox 360がXboxからかなり抜本的な転換を図り、その結果、異なるアーキテクチャのマシンになったことがわかる。Xboxより、潜在的なパフォーマンスの余裕は高く、また、コスト面でも長期戦を戦える仕様のマシンだ。 しかし、おそらくはそのために、Microsoftはつけを払うことになる。それが、今回話題になっている、ハードの成熟度や、ローンチにタイトルが揃わないといった課題だ。次回以降は、Xbox 360のハードとソフトの戦略と、そのチャレンジをまとめてみたい。 □関連記事 (2005年12月15日) [Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]
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