12月5日は久々に驚いた。1つは仏Thomsonによるカノープスの買収発表。カノープスの山田氏とは展示会などでよくお会いしていたのだが、シリコンバレーに移住してからは、あまり話をする機会も無かった。しかしよく考えてみると、カノープスのノンリニアビデオ編集機材は北米はもとより日本よりも欧州で高く評価されていたから、欧州企業による買収というのは、実は自然なものだったのかもしれない。 資金的な余裕が出て製品開発の自由度が上がるのであれば、それは山田氏が以前から望んでいた環境であり、今後の製品にも期待が持てる。素直に評価して、おめでとうと伝えたい。カノープスは日本のPC関連ベンチャーとしてはユニークな技術や文化を持った会社だったが、その背景には山田社長の日本人離れしたアグレッシブな性格がある。物静かだけれども、その活動はエネルギッシュ。今後に期待をしよう。
もう1つはNECの「VersaPro UltraLite」。製品の噂は知っていたため、スペックそのものには驚かなかったが、バッテリ容量あたりの駆動時間が長い背景として、チップセットにi855GMEを採用しているとは思わなかった。チップセットの世代としてはステップバックすることになるが、消費電力の低減のために敢えて選択したわけだから、これは前向きに評価したいところだ。もちろん、ステップバックするだけでなく前進も必要ではある。来年登場するNapaプラットフォームのモバイル機は、各社ともそれぞれに期待の持てる内容になりそうだ。 と、前置きが長くなったが、今回はデジタルコンテンツの著作権保護とコンテンツ利用の自由度について考えてみたい。最近は個人的に、デジタルコンテンツに対してIT業界側とAV業界側、両方で物事を見る機会があるが、立ち位置によって見え方が大きく異なる。しかし本質的な部分を突き詰めて行くと、両者はそれぞれ同じ問題を抱えている事がわかる。互いに勢力争いするばかりでなく、協調して解決策を模索する必要がある。 ●AACSアナログ出力制限問題に対する反応の違い 2005年前半から断続的に、AACSによるHD映像の出力解像度制限問題を取材してきた。AACSとは光ディスクにおいてHD映像の著作権を保護する枠組みを決める団体で、ワーナーブラザース、ウォルトディズニースタジオズ、ソニー、東芝、松下電器、Microsoft、Intel、IBMといった企業が参加し、その仕様を話し合っている。 問題となったのはHD映像の出力を、著作権保護機能が働かないコンポーネント映像(D端子も同じ)への出力を制限するフラグを導入するか否かだ。アナログ映像の著作権保護技術としてマクロビジョンの技術が広く知られているが、これはD3以上の帯域では利用できないため、自由にアナログキャプチャが可能になる(実際には民生用でキャプチャが可能な製品はないが)。HD映像で著作権保護を行なうにはデジタルでHDCPという技術を利用する必要がある。 ワーナーとディズニーは当初、自由にコピーが可能になってしまう、いわばセキュリティホールを塞ぐことができないならば、その解像度での出力をコンテンツ提供側がタイトルごとに制限するためのフラグを用意するよう主張した。 この話が解決策を見いだせないまま外部に漏れ伝わりはじめ、エンドユーザーの間で「とんでもない話」として拡がったのである。 なお、この話についてはいまだに誤解をしている人が多いようだが、AACSによって決められる著作権保護の規定は、パッケージ売りされる光ディスクのコンテンツに限られる。同じ光ディスクでも放送コンテンツの録画やその後の運用は、AACSのシステムとは全く関係がない。たとえば放送側でアナログ出力制限が加えられないならば、それを録画したディスクを再生する際にも制限は加わらない。 実際にはデジタル放送のフォーマットとして、アナログ出力制限のフラグは存在する。それが使われていないだけなのである。ちなみに日本ではARIBの規定で、このフラグを利用して放送を行なわない事が決められているため実質的な影響はない。 AACSの仕様に関しては、今週末ぐらいに正式決定が行なわれるはずだが、少なくとも日本市場ではアナログ出力がかかる事は当面ない。またフラグが導入されたとしても、パッケージコンテンツの中で利用する事もないだろう。ディズニーは話し合いの中で、フラグなしでの出荷を認めるようになった。ワーナーも最後までフラグ導入を主張したが、実際の販売において制限をかければ、そのタイトルが売れない事は目に見えている。映画会社にとって、アナログ出力制限フラグは一種の保険のようなものなのだ。 結論はその折衷案のようなものだが、日本での制限は特例的とも言えるほどに緩くなるので、ユーザーは安心していいだろう(もっとも、制限が緩くなったからといって、HDMI端子を装備する製品の普及ペースが落ちないでほしいものだが)。 さて存外に長引いたAACSのアナログ出力制限問題だが、その間にさまざまなメールを頂いた。その際の反応はPC寄りのユーザーかAV寄りのユーザーかで大きく異なった。 AV寄りのマインドを持つユーザーは、たいていの場合、コンテンツ提供者に対しての不平を書き連ねていた。正規でコンテンツを購入するユーザーが不利益を被るような事ばかり主張すると、コンテンツを楽しもうとするモチベーションも萎えるという。もっともな話だ。 一方、PC寄りのユーザーはハードウェアベンダーを責めるメッセージが多かった。そんな出力制限を加えた製品を出すなんてひどいというわけだ。実際にはまだ商品にはなっていないわけだが、そもそもハードウェアベンダーはアナログ出力制限など望んでいないのだから、この指摘はその矛先が間違っている。 PCにとってディスプレイはPCの周辺機器であり、製品の基盤はPC本体にある。しかしAVの世界ではディスプレイがインフラで、それ以外の製品はディスプレイに映像を送り出すための周辺機器だ。アナログ入力しか持たないディスプレイが主流の中、デジタルでしか出力できない製品を出すのは自殺行為とも言える。だからこそ議論が長引いた(強くアナログ出力制限の導入に反対した)のだ。 中にはAACSそのものを責める内容もあったが、AACSそのものは著作権保護に関して仕様を議論する場なので、参加企業の総意が仕様として反映されるわけではない。コンテンツを出す側が何が何でもダメと主張すれば、それに抵抗するのは難しい。AACSを1つの企業のように見ても答えは出てこない。 ●家電だけの問題ではない さて、この問題は前述したように解決へと向かっているが、個人的には今回の話を少し違った切り口で見ている。 AACSの話は光ディスクにおけるフルHDのプレミアムコンテンツの扱いについて話し合ったが、ここで消費者にとって不利な結論が出ていれば、その影響は光ディスク事業だけでなく、インターネットでの映像配信などにも出ていたはずだ。一度、業界のルールとして確定し、定着し始めると、それを覆すことはとても難しい。 AV業界とIT業界は、コンテンツ流通のプラットフォームとして光ディスクを用いるのか、それとも光ディスクなど消え去ってしまいインターネット配信が主流になるかで言い争う場面もある。これについては消費者が選択すべき問題だと思うが、コンテンツ運用のルールについて消費者にとって厳しい選択肢を突きつけるのは常に著作権を持っている側である。業界同士でコンテンツ流通プラットフォームの座を奪い合うのも、互いの技術やコスト効率を研鑽し合う意味では悪くないが、AACSのような場では本来ならば共同歩調を取るべきだった。 実際にはIT関連企業もアナログ出力制限には基本的に反対の姿勢だったようだが、あまり積極性は無かったという。強くアナログ出力制限回避をロビー活動したのはソニーと松下電器、特に松下電器の主張は強かった。だが、映像は本来、リラックスした環境で楽しむものだ。アナログ出力に制限があったままでは、将来、家庭内LANを用いた再生端末などでも制限を受けてしまうだろう。問題はAV家電だけのものではない。 利用に制限を加えるルールを作るところとして、エンドユーザーにはネガティブなイメージの強いAACSだが、コンテンツ運用のルールと著作権保護の技術開発においては、もう少し協力的な関係を築いた方が、両者にとってのメリットになる。成果の1つとして、マネージドコピーという素晴らしい仕組みが生まれたではないか。 著作権保護がボロボロでろくなコンテンツ提供者が出てこないようなら、光ディスクでもインターネットでも、事業として成り立たない。一方、あまりに不便で消費者が無視するような取り決めなら、最初から市場の立ち上げなど望めない。その両者が納得する条件を技術をもって引き出すのが、AVベンダーとITベンダーの両方に共通した役割だろう。この構図はAACSのアナログ出力制限問題が去った後でも変わることがない。
□関連記事 (2005年12月9日) [Text by 本田雅一]
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