●FB-DIMMがつまづくとIntelのシリアルFSBが揺らぐ IntelがJEDEC(米国の電子工業会EIAの下部組織で、半導体の標準化団体)での標準化を引っ張ってきた、サーバー向けメモリモジュール規格「Fully Buffered DIMM(FB-DIMM)」が、特許問題に直面している。 業界関係者によると、Rambusが米国で取得している関連特許の開示を拒んでいるため、製品化した場合、問題になる可能性があるという。特に、IP企業であるRambusは、自社のIPの権利を強く主張し、しばしば提訴に出るため、問題は深刻だと受け止められている。 この件は、IntelのサーバーCPUとチップセットのロードマップにまで影響を及ぼしつつある。 Intelにとって、これが大事なのは、上位のサーバーCPUにFB-DIMMのインターフェイスを統合する方向へと向かっているからだ。FB-DIMMがつまづくと、サーバーCPUにメモリインターフェイスを統合して、FSB(Front Side Bus)もシリアル接続の「CSI」に切り替えるというプランが瓦解する可能性まで出てくる。CSIとFB-DIMMインターフェイスの導入を、セットで考えているからだ。 そのため、この問題は単純に、Intelが導入を望んでいたDIMM規格がトラブルに陥るというだけにとどまらない。IntelのCPU戦略に根本から影響を与えかねない。というか、FB-DIMMの問題こそがIntelのサーバーCPU戦略が変更になった理由だった可能性も高い。 実際、1年延期になったマルチプロセッサ(MP)用IA-64 CPU「Tukwila(タックウイラ)」と、キャンセルになったマルチプロセッサ(MP)用IA-32 CPU「Whitefield(ホワイトフィールド)」は、どちらもFB-DIMMインターフェイスをCPUに統合する計画だったからだ。インターフェイスを共通化することで、IntelはTukwilaとWhitefieldで同じチップセット、同じソケットを使えるようにしようとしていた。
CPUの設計には、チップセットより時間が必要であるため、簡単に変更がきかない。チップセット側にインターフェイスがあるなら、比較的短期間にメモリサポートを変更できるが、CPU側にあると変更に年単位の時間が必要になる。CPUの方が回路設計、バリデーションともに、より時間がかかるためだ。そのため、FB-DIMMに多少なりとも不安材料があるとなれば、IntelがCPUの開発計画自体を変更するのは不思議ではない。 ●問題はマルチコア時代にマッチするデータ帯域 現在、Whitefieldは、よりラディカルではないFSBのクアッドコアCPU「Tigerton(タイガートン)」に切り替わっている。Intelが、2007年にクアッドコアのサーバーCPUをマーケティング上必要としているからだ。しかし、計画変更による、技術上の余波は大きい。 Intelは、FB-DIMMインターフェイス+CSIの組み合わせで、マルチコアに必要な広帯域バスを実現する計画だった。FB-DIMMになると、ピン当たりの転送レートが上がるためピン数が激減、また、バッファチップを介してDRAMにアクセスするようになるため、メモリインターフェイスの統合が容易になるからだ。メモリインターフェイスをCPU側に統合すれば、FSBをパラレルに保つ必然性は薄れ、CSIも導入しやすい。 また、IntelはFB-DIMM+CSIで、CPU同士を高速バスで接続する、AMDライクなトポロジに切り替えることも計画していたようだ。つまり、FB-DIMM+CSIによって、AMDのように接続するプロセッサ数が増えるにつれて、スケーラブルにメモリ帯域も広がるシステムにしようとしていた。FB-DIMM+CSIになれば、おそらくFB-DIMM化で遅れるだろうAMDよりも技術的に優位に立てるという読みだったと思われる。 だが、現在、この計画は遠のいており、クアッドコア時代に必要なデータ帯域を確保できるかどうかが危ぶまれている。Intelが、既存FSB技術の延長でクアッドコアCPUを投入した場合には、確実にバス帯域がネックになる。現在のデュアルコアでも、メモリインテンシブなワークロードでは、バスがネックになっているのが、ますます悪化するわけだ。 ●RambusもバッファドタイプのDIMMを研究 今回の件の根源は、FB-DIMMに関連するポイントツーポイント接続のバッファドメモリモジュールの基本特許をRambusが抑えていることだ。これは、米国特許「United States Patent: 6502161」で、FB-DIMMを直撃している。 Rambusの現在のソリューションには、こうしたバッファドメモリモジュールシステムは見られない。そのため、同社が特許を持っていることは、奇異に見えるかもしれない。RambusのRich Warmke氏(Director, Product Marketing)は、今年7月の「Rambus Developer Forum(RDF) Japan」の際に、次のように語っている。 「Rambusには、設立された'90年初期から、バッファドメモリシステムのコンセプトのパイオニアがいる。我々は、この種のメモリについての研究も継続して行なって来ており、利点も深く理解している。バッファドメモリシステム技法についての特許も多数取得している」 特に、今回のRambusの特許のルーツは、Intelチップセットのために考案した「S-RIMM」にあると推定される。S-RIMMは、RDRAMインターフェイスのチップセットに、SDRAMチップを接続するためのメモリモジュールだ。Intelは、Pentium III用チップセット「Intel 820」にRDRAMを採用した。しかし、RDRAMの立ち上げに失敗したため、820でSDRAMをサポートする必要が出てきた。 そこで、同社は「MTH(Memory Translator Hub)」と呼ばれるハブチップを開発、RDRAMインターフェイスをSDRAMインターフェイスに変換して、SDRAMを接続できるようにした。MTHはデスクトップではオンマザーボードで提供されたが、MTHをDIMM上に載せるS-RIMMも計画されていた。S-RIMMでは、MTHがインターフェイスを変換するため、RIMM(Direct RDRAMのモジュール規格)スロットでSDRAMを使えるようになる。Rambusはインターフェイスをブラックボックス化することで総合運用性を保つため、MTHも当然Rambusのブラックボックスを載せたものとなる。 RDRAMインターフェイスはポイントツーポイントではないため、特許とは異なるが、S-RIMMの延長線上でアイデアが産まれたと推定される。実際、特許の中でもS-RIMMが、先行する技術として触れられている。MTHのプランが顕在化したのは'99年春で、Rambusがこの特許を申請したのは2000年頭。時期的にもほぼ一致する。 もっとも、特許の内容を見ると、基本特許の多くがそうであるように、誰でも思いつきそうな技術のように見える。基本的なアイデアは、DIMM上にバッファチップを置いて、ポイントツーポイント接続することだからだ。5年前にRambusが特許申請するまで、誰も思いつかなかったのは、不思議に感じられる。このあたり、DRAM業界では、まだIPに対する認識が甘いことを示しているのかもしれない。 ●IntelにとってRambusは鬼門 JEDECに特許を開示しないRambusが悪者にされそうだが、水面下の交渉の経緯などが分かっていないため、なんとも言えない。明確なのは、IPで儲けるビジネスモデルを取るRambusと、それに反発するDRAM業界の一部という構図は、まだ根強いことだ。そして、もう1つ確実なことは、IntelにとってRambusが“鬼門”であることだ。 よく知られているように、RambusがIntelのつまづきの原因になったのは、今回が初めてではない。Intelは、Pentium 4をRDRAMとの組み合わせで立ち上げようとしたが、RDRAMの立ち上げがIntel 820チップセットの失敗でつまづいてしまったこともあり、うまく行かなかった。そのため、Intelは急遽SDRAM/DDR路線へとメモリサポートを転換する羽目になった。 Intelが、前回、メインメモリインターフェイス統合CPUを、キャンセルしたのもRambus絡みだった。RDRAMインターフェイスを統合したP6系バリューCPU「Timna(ティムナ)」で、この時は、CPU自体は完成していて一部のOEMにはサンプルまで配布していたのに消えてしまった。これは、技術的な理由ではなく、RDRAMの価格がバリューラインまで下がる見通しがなかったため、RDRAMからSDRAMへと、メモリサポートの戦略を転換せざるをえなくなったからだ(Timnaの開発チームは、その後、Pentium Mを開発している)。 IntelとRambusは、つくづく相性が悪いように見えるが、これは決して偶然ではない。それは、Intelが目指している全てのインターフェイスのシリアル化で、先行しているのがRambusであるためだ。Rambusが高速インターフェイス技術を得意とする特殊なIP企業である以上、両社は何らかの関わりが必ず出てくる。IntelはRambusとうまくつきあうことが必要なのかもしれない。
●揺れるIntelのメモリ戦略に振り回されるDRAM業界 こうした流れで、いちばん迷惑を被っているのはDRAM業界かもしれない。これまでも、DRAM業界は、最大顧客(コンピュータチップセット市場で最大シェアを持つ)であるIntelの意向で、右往左往させられてきた。 特にやっかいなのは、Intelが、CPU性能向上を維持するために、DRAMの高速化とインターフェイスの改革を急いでいることだ。RDRAM→ADT(Advanced DRAM Technology)→FB-DIMMという流れがそれだ。さらにやっかいなのは、Intelが、時にそのメモリ戦略をドラスティックに転換することだ。RDRAM→SDRAM/DDR、ADT→DDR2/3の転換がそれだ。そのため、DRAMベンダーは、Intelに引っ張られて走ったかと思うと、次は、ハシゴを外され、逆走させられるといったことを繰り返させられている。 こうしたドタバタの結果、両者の間に軋轢もある。Intelが、DRAMトップベンダー5社と開発していた次世代DRAM規格ADTをキャンセルした時には、あるADTメンバー企業が憤って「Intelがやらないなら自分たち(ADT参加DRAMベンダー)はAMDと組んでやって行く」とADTのミーティングで発言したそうだ。Intelから見れば、DRAM業界は動きが鈍く、技術デマンドを解さない集合に見えるのだろうが、DRAM業界側も、Intelの意向に素直に従うというスタンスではない。 FB-DIMMについても紆余曲折で、ここに至るまでに、かなり話は違ってきている。元々、FB-DIMMの前身である「Hub on DIMM(HoDまたはH-DIMM)」の話が持ち上がってきた頃、DRAM業界関係者からは、Registered DIMMはDDR2-400までで、その上はHoDになるという話を聞かされた。Registered DIMMがFB-DIMMへと切り替わるというイメージだったわけだ。DDR3になると、さらに分岐(Stub)が難しくなるためFB-DIMMだと言われていた。 ところが、現在は、DDR2のRegistered DIMMもじりじりと転送レートが上がっている。DDR3にもRegistered DIMMのスペックが登場している。明らかに、最初の頃の話とは違ってきており、FB-DIMM一本という雰囲気ではない。 Intelのロードマップも変わってきている。当初、Intelはデュアルプロセッサ(DP)向けのデュアルコアXeon(Dempsey:デンプシ)は、FB-DIMMのチップセット「Greencreek(グリーンクリーク)」、「Blackford(ブラックフォード)」と組み合わせる計画だった。Blackford/Greencreekは、DP向けだがFSBを2つ備えており、CPUとチップセット間をポイントツーポイントで接続し、2つのFSBでデュアルプロセッサを実現する。既存チップセットIntel E7520(Lindenhurst:リンデンハースト)では、チップパッケージ内でFSBが分岐するDempseyは接続できないため、デュアルコア化イコールFB-DIMM化となっていた。 ところが、Intelは90nmプロセスのマルチプロセッサ(MP)サーバー向けデュアルコアCPU「Paxville(パックスビル)」を、DP用にも投入することにした。Paxville DPは、E7520チップセットでサポートできるため、デュアルコア+既存DIMMの組み合わせが可能になった。デュアルコアとFB-DIMMを結びつける計画は、若干後退したわけだ。 ●今後のDRAM標準化にも影響が 今回の件が重要なのは、今後のDRAM自体の標準化にも影響が出るからだ。1.6Gbpsの転送レートを視野に入れるDDR3の次、2010年前後の次々世代DRAMは、マルチGbpsのインターフェイスが必要となる。また、そのインターフェイスに合わせた、DRAM内部アーキテクチャも必要だ。Intelの理想はシリアルインターフェイスDRAMにあると言われており、そこに到達するには、技術ギャップが必要となる。そうすると、すでに特許化あるいは出願されている技術と重なる可能性がある。 米国特許は、以前のような長期のサブマリン特許がなくなり(米国内だけで出願するならサブマリンにすることは今も可能)、さらに先願主義へと移行しつつあると見られる(公聴会では先発明主義を養護する声もまだ強いが)ため、以前よりは特許問題への対処はしやすい。しかし、すでに取得されている特許を回避できないケースは増えるだろう。 そうなると、2003年の、Rambus対Infineon裁判のCAFC(Court of Appeals Federal Circuit)判決で顕在化した、標準化団体の特許ポリシーのあり方が、ますます重要になってくる。簡単に言うと、標準化団体に参加した企業に、業界標準のために自社のIPを無償または割引で提供することを義務づけると、そのIPのために投資をした企業が見合った対価を得られない可能性が出てくる。そのための調整が必要なのだが、ポリシーが明確でないと、該当分野でのIPビジネスに重点を置く企業は団体に参加しにくくなる。そうすると、標準の策定では会員外の持つ特許に触れるリスクが大きくなる。 そうしたジレンマが発生するため、現在は標準化自体が難しい作業になりつつある。DRAMに関しては、技術標準を策定し続けることができるかどうか、という話にもなりかねないわけだ。 □関連記事 (2005年11月14日) [Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]
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