山田祥平のRe:config.sys

ちぐはぐなデジタル




 情報のデジタル化は暮らしを豊かにする。これは間違いなく事実だ。だが、その豊かさを最大限に享受するには、今のところ、人々がデジタルの特性をきちんと理解する必要がある。ある日突然、アナログがデジタル化されても、それに気がつかないくらいに自然な移行は理想だが、なかなかそうはいかない。だからこそ、デジタル指向の新しい発想法が求められる。

●普通の使い方に対応できないもどかしさ

 松下電器が都内のホールで開催した『Panasonic collection '05 SUMMER』というイベントを覗いてきた。この夏のボーナス商戦に向けた最新デジタル機器の商品内覧会だ。すでに、前日発表されているDVDレコーダー『ハイビジョンDIGA』などが、その目玉となっていた。

 さて、この『ハイビジョンDIGA』、多くの特長を持つが、録画予約が簡単であることを強くアピールしている。たとえば、デジタル放送対応の野球延長機能もそのひとつだ。この機能を利用すると、野球放送が延長された場合などに、放送時間の変更に合わせて予約録画の時間が自動的に変更されるという。これで、夜、帰宅して、録画結果を見たら、野球が延びていてお気に入りのドラマが半分しか録画されていない、といったこともなくなるはずだ。

 だが、配布された資料の記載を見てちょっと驚いた。まず、アナログ放送は対応していないという。まあ、ある意味で、これは仕方がなかろう。この仕組みはデジタル放送の特長のひとつだからだ。番組の放送時間がどのようになるのかわからない番組編成を流動編成というそうだが、その番組情報を利用して、延長に対応する仕組みになっているのがこの機能だ。

 だが、それに加えて「タイマー予約/毎週予約時は働きません」とある。連続ドラマを録画しようという場合、「毎週×曜日の×時から54分間」といったスタイルで録画予約するというのが普通だろう。誰でもそうするような方法で、特別な発想でもなんでもない。本当にごく普通の使い方だと思う。

 ところが、1クールに13回の放映があるとして、その初回と最終回は特別編成で通常よりも長時間の放送かもしれないし、数回に1回は、直前の野球放送が延長されて放送時間がずれこむ可能性がある。こうしたイレギュラーな状況にもうまく対応できる機能だと思っていたし、さすがはデジタル放送と感心していたのだが、どうも実状はそうではないらしい。

 係の方に説明してもらったところ、DIGAの場合、特定の番組をEPGで見つけて、それを毎週録画予約設定した時点で、特定番組録画のデータを捨て、タイマー予約にコンバートしてしまうのだそうで、実装しようとすると、アプリケーションの大幅な変更になってしまうため、今回は、対応を見送ったとのことだった。

 番組情報データが3カ月先まで揃っていないため、現時点ではどうしようもないらしい。やろうとすると、番組情報データが揃った時点でタイマー予約されている番組に合致するデータを検索し、単番組録画として再登録するような処理をする必要がある。ただ、同じデジタルチューナつきレコーダーでも、ソニーの「スゴ録」シリーズの「RDZ-D5」などは、こうした処理ルーチンを実装しているようなので、無茶な話ではないはずだ。

 もっとも、機器側でこうした複雑な処理をしなくても、放送局が番組情報としてドラマごとにシリーズIDや総話数、話数、有効期限などのデータをきちんと提供してくれていれば、それを使って失敗のない録画予約ができるはずなのだが、係の人の話では、そこのところの情報提供がどうもうまくいっていないようだ。

 それにしても、この配布資料を作った担当者は、いったいどういう気持ちで、この但し書きを書き込んだのだろう。悔しくて仕方がなかったのではなかろうか。

●不思議な制限

 デジタル放送というと、その双方向性や画質の向上などが話題になることが多いが、実際には、目には見えない部分に埋め込まれた情報、すなわち、この連載で繰り返し取り上げている“メタデータ”の存在がとても重要なのではないだろうか。そして、そのためには、どのようなメタデータを埋め込んでおけば便利なのかを、きちんと送り手側の人間が理解しなければならない。

 松下電器は、近日発売するコンパクトデジカメ「LUMIX DMC-FX8」のシーンモードに「赤ちゃん」というモードを付加した。このモードで撮影した画像には、あらかじめカメラに設定した特定の日付がEXIFのメーカーノーツ項目として埋め込まれる。添付のアプリケーションで撮影済み画像をブラウズすると、その日付と撮影日付の差が算出され、そこからどのくらい経過したかがわかり、それを画像の右下などに合成することができるというものだ。

 つまり、赤ちゃんの誕生日を登録しておき、このモードで我が子の写真を撮り続けると、自動的に、生後どのくらいたった時期の写真なのかがわかるわけだ。「赤ちゃん」をアピールしているだけあって、対応している特定日付は2000年1月1日以降ということで、ぼくのようなロートルには役にたたない。でも、自宅ができあがるまでの様子の記録や、植物の観察など、いろいろな用途に使えそうだ。

 でも、よく考えてみると、この機能は、カメラ側に実装する必要はなく、アプリケーションが担当してもいいわけだ。特に、メーカーノーツ項目を利用するアプリケーションが限定されているのだったらなおさらだ。

 そもそも、なぜ、2000年以降といった制限をするのか、その発想がちょっと理解できない。もちろん「赤ちゃん」は、とても訴求力の高いキーワードだろうし、6歳になろうとしている子どもは「赤ちゃん」ではない。だから2000年以降なのだといわれれば、納得するしかないのだが、その背景には、特定日付からの経過日数を知りたいのは被写体が赤ちゃんの場合だけという、それこそ制限された発想はなかっただろうか。それとも、これを1900年以降に対応させると、とたんに処理が複雑になって、コンパクトデジカメ搭載のプロセッサでは荷が重くなってしまうとでもいうのだろうか。

●まだ見ぬデジタルの特性

 技術者の自由な発想は、デジタルという追い風を得て、ますます拡大する。メカニカルな工夫は、コストの増加などに反映されてしまうことが多いため、ここをこうすれば、もっといいものになることがわかっていても、あきらめざるを得ないことがあるかもしれない。

 けれども、デジタル的な工夫は、ファームウェアに数Byteのコードを追加することで実装できる可能性がある。たとえそのアイディアが、酔っぱらって帰宅する終電の中で、突然ひらめいたものであってもかまわないわけだ。もちろん、その実装のためのコーディングには、それなりの時間と評価期間が必要になる。そのために人間が動くのだから、コストはゼロではない。

 過信は禁物だが、新しい時代の技術者は、もっとデジタルを生かす柔軟な発想を持ってほしいと思う。何をどうすれば暮らしが豊かになるのか。その答えを見つけるのは難しいが、デジタルは想像もつかないほどの可能性を秘めている。その可能性を自ら制限してしまうのはやめようではないか。

□関連記事
【6月1日】松下、デジタルチューナ搭載「ハイビジョンDIGA」(AV)
http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20050601/pana.htm
【5月9日】松下、手ブレ補正搭載薄型デジカメの後継機「DMC-FX8」(DC)
http://dc.watch.impress.co.jp/cda/compact/2005/05/09/1489.html

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(2005年6月3日)

[Reported by 山田祥平]


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