第274回
dtsが見据えるデジタルネットワーク時代のフォーマット



 今週のお題とは直接関係ないのだが、無料かつハイパフォーマンスで使いやすい画像管理ソフトを探しているなら、http://www.picasa.com/を訪ねてみよう。Picasaは昨年、Googleが買収した画像管理ソフトのベンダーで、GoogleはPicasaの作るソフトウェアを無償でユーザーに開放している。その最新版、Picasa 2が1月18日(現地時間)から公開が開始されたのだ。

 残念ながら、英語版である事に加えてフォルダ表示で文字化けが発生する(フォント切り替えが行なえないため対処不能)問題はあるが、大量の画像を様々な切り口でわかりやすくビジュアライズしてくれ、流麗なユーザーインターフェイスも備えるPicasa 2は、日本語表示問題ぐらいはなんとか運用で対処しようと思わせる魅力がある。

 ここでは詳しく解説はしないが、日本語環境でも文字化け以外はきちんと動作するため、とりあえずダウンロードしてみるといい。Googleに問い合わせたところ、“いつとは言えないが、日本語化の意思はある”とのことなので、ローカライズリクエストが多ければ、あるいは早期の日本語化も叶うかもしれない。

 さて、今週のテーマはお題の通り。「dts」について取り上げる。dtsはDigital Theater Systemの頭文字を取ったもので、映画向けの高音質音声技術を提供する事で成長してきた企業だ。

 そのdtsは、次世代光ディスクのひとつHD DVDでロスレス圧縮方式の「dts HD」が採用される事が決定している(おそらくBlu-ray Discでも採用されるだろう)。しかし、今回取りあえげるのはdts HDではなく「dts LBR」。どうやら、彼らはデジタルネットワークの中で、スケーラビリティのある音声フォーマット技術を提供することで、自らの新しい立ち位置を探そうとしているようだ。

●下方互換の維持がdtsの基本

ロサンゼルス北西郊外にあるdts本社
 AV方面の事情に詳しくない読者は、dtsといってもDolby Digitalの親戚ぐらいにしか考えていないかもしれないが、その出自や進化の方向性は異なる。技術的な切り口で見ると、ドルビーデジタルは音声圧縮技術の進化とともにあり、高品質/高圧縮を求めてきた。

 次世代光ディスク向け音声フォーマットとして採用される事が決まっている「Dolby Digital Plus」も、高ビットレートによる高音質化と低ビットレート時の高音質化の両方向にスケーラビリティの幅を広げるコーデックと言える。ドルビーは別途、「MLP」というロスレス圧縮技術も提供しているが、各フォーマットの互換性はない(なおDolby Digital Plusをサポートするプレーヤーには、Dolby Digital PlusからAC-3へのトランスコードを行なう機能が実装されD-Theaterソフトと同じ640kbpsの高音質Dolby DigitalストリームがS/PDIF端子に出力されるため、見かけ上は下方互換性が実現される)。

 これに対してdtsの技術は少々古くさく、同一ビットレートであればおそらく一般的なDolby Digital(AC-3)の方が好ましい音質になるだろう(圧縮方式が全く異なる他、AC-3では聴感補正フィルタも用いられるため直接の比較は難しいが)。しかしdtsはビットレートが圧倒的に高く、劇場やDVD向け音声フォーマットとして“高音質”のイメージを保ってきた。

 高ビットレートを実現している背景には、劇場向けに音声トラックを提供する手法が異なる(Dolby Digitalはフィルム上へのプリント、dtsはCD-ROM2枚)という事情も絡むため、音質が高いからdtsが技術的に優秀というわけではないといった複雑な事情もあるが、ここでは割愛する。

 ちなみにDVDでは、AC-3が最高448kbpsなのに対して、dtsは1.5Mbpsが基本。音質を落としたハーフレート768kbpsストリームもある。聴感補正を行なわないためか、セリフなどはイマイチ感があるものの、高ビットレートもあってパワー感やダイレクトな臨場感には優れる。音楽ソフトに関しても、dtsの方がAC-3よりも良好だ。

 そのdtsには24bit/96kHz音声に対応する「dts 24/96」や、独立した6.1ch音声に対応する「dts ES 6.1 discrete」などの拡張フォーマットがある。

 音質以外のdtsが持つ特徴のうちもっとも重要なのは、これらの拡張フォーマットストリームを“そのまま”、dtsデコーダに流し込むと、たとえ拡張フォーマットをサポートしていないデコーダであっても、基本となるdtsレベルの音質で再生できるという点だ。

 dtsでは基本となる1.5Mbps以下のdtsストリームを“コア”と呼び、拡張フォーマット向けストリームを“エクステンション”(最大1.5Mbpsでコアと合計3Mbpsとなる)と呼ぶ。この2つのストリームをミックスして出力することにより、下方互換性を維持したまま高音質化や多チャンネル化を進められるわけだ。

 ちなみにdts HDは24Mbpsで24bit/96kHz、独立7.1chというスペックを持つが、このストリームにもコアやエクステンションが含まれており、下方互換性は保たれるとか。dts HD対応プレーヤはdts HDストリームをHDMI経由で出力し、S/PDIFにはコアストリームとdts 24/96などのエクステンションストリームを出力する。その元となるストリームデータは1本だけでいい。ドルビーの技術で同様の事をやろうと思えば、MLPとAC-3の両方のストリームを冗長的に収めておかなければならない。

●“ロスレス以上”の互換性はない、ならば……

 しかし1.5Mbpsのコアストリーム以降、利用可能なビットレートの増加と共にエクステンションを追加し、新フォーマット規格を積み上げてきたdtsだが、高音質化に関してはdts HDで打ち止めとなる。ロスレス圧縮まで到達してしまうと、それ以上の高音質コーデックは存在しないからだ。

 そこで彼らが考えているのが、コアストリームから情報を切り出して低ビットレート化を行なうdts LBRだ。dts LBRは5.1chで384kbpsのビットストリームで構成されており、コアストリームに付加する形で収められたり、インターネットを通じて独立した音声ストリームとして配信される事を想定している。

 dts LBRの特徴は、決まったサイズの“スライス”に分割して圧縮コードを収めている事で、スライスを減らしても(つまりビットレートを下げても)音質は低下するが正常な音として再生できることだ。つまり従来のdtsとは逆方向に、384kbpsストリームを基礎に低ビットレート方向へのスケーラビリティを提供する。当初の使い方は以下のようになるだろう。

 光ディスクに収められているdts音声とは別に、インターネットからユーザーの持つインターネット回線の帯域に合わせたビットレートで送信されたdts LBR音声を受信し、それをミキシングして出力するといった使い方である。最近のDVDには監督や主演俳優のコメントが別音声トラックとして用意されている事があるが、それをインターネット経由で提供しようというわけだ。dts LBRならばサーバ上に1個のマスターデータを置いておけば、受信者の環境に合わせてその場で必要帯域を調整して音声を配信できる。

 dtsの担当者は「Fit to stream」と話していたが、dts LBRの使い方にはもうひとつある。それが「Fit to Media」な使い方だ。

●デジタル機器のネットワークにも

 つまりフラッシュメモリ型オーディオプレーヤなど、限られた容量しか持たないメディアに対して、シングルエンコードで柔軟に対応するという事だ。ハードディスク上にストレージしておく音楽データは、最大ビットレートで保存しておき、それを家庭内ネットワークの帯域や相手の能力、あるいはポータブルオーディオプレーヤ側の容量などに応じて、必要な情報量だけを取り出したり、2chへのミックスダウンを施して利用する。

 5.1chで384kbpsというビットレートは、音楽向けとしてはやや低すぎる気もするが、コアやエクステンション、ロスレスなども組み合わせてより広いスケーラビリティを提供する構想もある。

 たとえばAVサーバにロスレス、コア、エクステンション、LBRの各dtsストリームをシングルエンコードで収めておき、受信機材ごとに適した帯域のストリームを配信するといった技術も考えられる。そうしたことが可能になれば、デジタル機器のネットワーク化において興味深い技術となるかもしれない。

 dtsはdts Entertainmentと称して、dts技術でマルチチャンネル音声を収めた音楽DVDを提供している(DVD Audioとは異なりMLP音声ストリームは含まれない)が、この中にdts LBRやその進化板を収めて販売し、家庭内のAVサーバやポータブルオーディオプレーヤに対してセキュアにチェックアウトするとったことも考えられる。

 ただしdts LBRはまだ若い技術という事もあり、アプリケーションの可能性は持ってるものの、具体的な事業としての展開を公表するにはまだ時間がかかるとか。よって、我々の身の回りの機材に、どのような形で実装されていくのか、もしくは話だけで立ち消えてしまうのかなどはわからない。

 とはいえ、“互換性”をキーワードにした低ビットレート方向へのdtsの展開は、純粋に音声圧縮技術の方向性として興味深いとは言えるだろう。

□dtsのホームページ
http://www.dtstech.co.jp/
【1月14日】【CES】Blu-ray/HD DVD時代のドルビー/DTSの新フォーマット
http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20050114/ces12.htm

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(2005年1月19日)

[Text by 本田雅一]


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