第268回
エプソン“PhotoFine”に見る高品質液晶パネルの可能性


 「もうすぐ見えなくなってしまうノートPCのピクセル」というコラムを書いたのは、2001年5月の事だ。2004年も終わりを迎えようとしている現在、まだノートPCのピクセルは適切な鑑賞距離を取った上でも、まだまだピクセルとして認識できる常識的な密度にとどまっている。

 当時は技術的な可能性や元IBM会長のルイス・ガースナー氏の話したペーパーライクディスプレイなどを元に、ディスプレイ技術が進歩している反面でWindowsの内部構造がピクセルの高密度化を行なう上で大きな障害になっている事を伝えたかった。そのころ、すでに初代VAIO Uが200ppiという高密度を突破していたが、すべての人にとって実用的な表示とは言い難かった。

 Windowsの解像度問題が解決するのはLonghornに搭載されるAvalonから。Avalon向けアプリケーションはピクセルの密度がいくつでも、好みのスケールで表示を行なえる上、旧来からのアプリケーションは96dpi(現在のWindowsの標準解像度)をシミュレートしてくれる。

 もちろん、Windowsのような汎用OSの話から離れれば、用途に合わせた使い方も可能である。セイコーエプソンは同社の戦略の中で、デジタルイメージング技術にフォーカスしたいくつかのキーデバイスに経営資源を集中させると話しているが、その1つが高解像度の小型液晶ディスプレイだ。

●ピクセル密度向上の効果

 液晶パネルのピクセル密度で200ppiという数字は、業界の中で1つの基準として語られることが多いという。その理由は映像や文字を鑑賞する一般的な距離を置くと、200ppi程度からジャギーなどが見えにくくなるためだそうだ。

 では鑑賞距離とはどれぐらいなのか。もちろん、ディスプレイのサイズによっても異なるが、4インチ程度の小型ディスプレイの場合は35~40cmぐらいとのこと。これ以上近いと、表示する像全体が確認できず、離れ過ぎると細かな部分を視認しにくい。この距離で見たときに、印刷物のような滑らかなエッジを実現できるかどうかがポイントとなる。

 200ppiという数字そのものは、数年前から実現されているが、展示会向けにパネル単体を展示したり、あるいは高額な一部製品に搭載されるばかりであまり一般的とは言い難かった。そうした意味で、今年から本格展開しているエプソンの「PhotoFine」ブランド戦略に注目している。

 エプソンはPhotoFineブランドを昨年立ち上げ、フォトビューアの「P-1000」を製品化していたが、本体価格の高さや用途の狭さなどもあり、ブランドとしての認知は今ひとつ広がっていなかった。しかし今年はP-1000の後継にあたる「P-2000」、PhotoFine搭載カメラの「L-500V」、それにインクジェット複合機の「PM-A900」と、幅広い製品に採用され、価格面でも購入しやすいレンジで提供されている。

P-2000 L-500V PM-A900

 いずれも多くの家電店、カメラ店などで実機を確認できる上、PM-A900はベストセラー製品になっているため、友人や知人が購入したというケースもあるだろう。まだ見たことがないならば、ピクセル密度向上の効果を見てみるといい。35~40cm程度の距離で見ると、文字のジャギーもあまり感じないはずだ。自然画ならば、もっと近寄って見ても十分に滑らかな表現に見えることが確認でき、さらには高い精細感を感じるはずだ。

 次にできればP-2000を見つけ、動画サンプルを見てみる。P-2000で再生可能なMPEG-4ファイルは最高1.5Mbps、解像度は640×480ピクセル。(圧縮方法にもよるが)ハイブリッドレコーダへの録画よりもおおむね画質は低いと言えるが、目を見張るような美しさに驚くだろう。

 実際にP-2000で見た動画を大きなディスプレイで再生してみると、さほど美しくないことがわかる。表示サイズが大きくなり、画像のアラが目立ちやすくなるからなのだろうか。そうした疑問も確かめるため、同じ動画を320×240ピクセルに変換し、他の動画プレーヤーで再生してみると、(予想通り)さほど美しくは感じない。

 逆にPhotoFineよりもずっと高い解像度ではどうなるのかも気になるところだが、残念ながらそれは叶わない。だが、ディスプレイの解像度が一気に2倍近くになり、ピクセルが見えにくくなることで美しさを感じさせる、ということには成功しているとは言えるのではないだろうか。

 なお、単純に解像度が高いだけでなく、高濃度/高彩度の色域もきちんと再現されるようだ。“ようだ”というのは、きちんとカラーメーターで計測したわけではないからだが、少なくとも見た目にはかなり派手な絵も、きちんとした濃度、彩度で描かれる。

●色の違いで見るPhotoFineシリーズ

 もっとも、PhotoFineは映像を表現するための単なる“道具”にしか過ぎない。その道具をどのように使いこなし、商品力を高める事ができなければ、単純に“きれいだね”で終わってしまう。そこで、試用のため借用したPhotoFine搭載の3製品を使って検証/実験をしてみた。

・各製品の表示色

 L-500Vで撮影・再生してみると、想像するよりもはるかに色乗りが良くきれいに画像が表示されて驚く。では撮影画像はというと、実は誇張が少なく、コンパクトデジタルカメラなりに素直に階調を活かした絵作りになっている。

 つまり実際に撮影された画像よりも、表示像の方がずっとキレイなのだ。まるで、エプソン製プリンタでオートフォトファインがバシっと決まった時のような印象になる。特に肌色の演出が顕著で、ややピンクを帯びて明るく色乗りの良い健康的な肌に表示される。コントラストもやや強調気味だ。ただし高彩度領域でも階調が潰れる傾向はさほど見られず、液晶パネル自身の演色能力は高いと考えられる。

L-500V 同じ液晶パネルでもL-500Vは色をきちんと再現するよう調整されている。写真は拡大されているためエッジが甘く見えるが、実際の表示はキレイ。ただピンクが強くコントラストも高めの印象
注:ホワイトバランスは昼光に設定していますが、撮影データは実際の見た目とはやや色が異なります。各機種間の相対評価用としてご覧ください(以下同)

 L-500Vで撮影した画像を今度はPM-A900で表示してみる。すると、PM-A900の液晶ディスプレイ上(L-500Vとスペックは同じである)では、PC上のディスプレイで見る絵に近い(心持ち地味に見える)印象となった。忠実性という意味ではこちらの方が上だろう。しかしトーンカーブはリニアではなく、カラーマネージメントも行なっていない。おそらく2.5インチのPhotoFineがトーンカーブ以外はsRGBに近い特性を持っており、その素の特性が活きているだけだろう。

PM-A900 A900はL-500Vと同じPhotoFine液晶のハズだが、色はきちんと制御しておらず、バックライトとパネルの特性がモロに出るようだ。実際に見ると十分キレイで、色の違いもさして大きくはないものの、かなり冷たく僅かに緑が被る印象

 次にP-2000に転送して表示すると、今度は一般的なPC用ディスプレイよりも僅かに鮮やかに描写された。PM-A900上で表示した場合との大きな違いは、トーンカーブがより整い、sRGBモニタに近い雰囲気となった。高濃度の部分も、P-2000がもっともうまく描くようだ。ただし、こちらもカラーマネージメントは行なわれていない。

P-2000 写真を見るための製品であるP-2000の場合、L-500Vのような演出もなく画像を比較的そのままに表示する。斜め線でジャギーが強く見えているのは縮小処理で速度を優先しているためだろう

・印刷結果と比較

 今後はPM-A900のダイレクトプリント機能を用い、L-500Vで撮影した画像を印刷してみる。すると、L-500Vのディスプレイの方がピンクが強く見えるが、全体的な印象は印刷結果にかなり近い印象となる。素材をそのままに近い状態で表示するPM-A900のディスプレイやP-2000とは全く異なる。

 次にPCからデフォルトの色設定でPM-A900に印刷してみる。デフォルトはオートフォトファインが効いている状態だが、ダイレクトプリントで出力した絵と近い。あくまで推測だが、L-500Vは画像再生時にオートフォトファインと同じような演色を行なっているのかもしれない。一方、PM-A900は液晶パネルの素の特性そのまま、P-2000はsRGBへの忠実度を重視している。

●フォトビューアとしてのPhotoFine

 L-500Vの画像表示は、おそらく意図的に撮影画像と大きく変えている。この点は議論のあるところだろうが、ライトユーザーには印刷を行なわずに画面表示だけで満足するユーザーも多いことを考えると妥当な仕様だとも言える。

 ただ、ここまで高精細で演色能力の高い液晶パネルを使っているのだから、sRGB画像をなるべくsRGBに近い色で見せるモードがあっても良さそうだ。撮影画像を見て楽しむためにPhotoFine液晶パネルを使いたいユーザーもいれば、どのような写真が撮影できたかを確認するために利用したいユーザーもいる。

 PM-A900は単純に高精細で見た目の良い液晶パネルとしてだけPhotoFineの技術を用いており、それ以上でもそれ以下でもないという印象だ。

 パネルサイズが大きく精細度も高いP-2000は、フォトビューアという製品の性格を反映して、もっとも忠実度の高い表示を行なってくれる。sRGB画像だけならば、これでも十分だろう。ただ、個人的には“PhotoFineを活かす”ことに重点を置くならば、カラーマネジメントに対応して欲しいと思う。

 最近のカメラはAdobe RGBモードを搭載するものも多くなった。単にきれいな液晶で見ることが可能なデジタルフォトビューアというだけでなく、色味もある程度確認できるデバイスへと昇華してくれれば大絶賛したいところなのだが。

 また、エプソン製プリンタが対応するPIMやExifPrintへの対応も望まれるところだ。加えてL-500Vのような、キレイに見せるための演色を行なう色モードがあってもいい。さらにはP-2000が持つインクジェットプリンタへのダイレクトプリント機能を用いた時、PIMやExifPrintで表示した時と近似した色で印刷されるようになればベストだろう。

 PhotoFineが液晶パネル上でデジタルイメージを鑑賞するための基盤としては素晴らしい事は間違いない。エプソンが言うところの“Image on Glass”分野において、現時点では費用対効果で大きなアドバンテージがある。しかし、今はその良さを高精細さのみでしか活かしていない。おそらく単に精細な液晶というだけでは、そのうち他社が追いついてくることだろう。

 ここにデジタルイメージ処理のエキスパートとしてのエプソンのノウハウが入り、色の面でも優れた応用がなされるようになれば、PhotoFineブランドもより強いものになっていくはずだ。今後の発展に期待したい。

●現時点でベストのフォトストレージャ

 PhotoFine採用製品の中で、その良さをもっとも活かしているのは、液晶で写真をきれいに見せるL-500V、PCレスで画像を管理/閲覧できるP-2000だろう。いずれも“高精細液晶パネル”という特徴をうまく製品の力に変換している。L-500Vなどは、もう少しデザインがシャープならばもっと売れると思うのだが。

 P-2000は動きも軽快で、フォトストレージャというカテゴリで見るとベストな製品であることは間違いない。ニッチマーケット向けの製品にも関わらず、液晶パネルの生産が追いつかないほど好評だと聞いている。前作のP-1000は高価すぎるとの批判があったが、本機は2.5インチHDDを採用したことで低価格化され、実売価格6万円前後とユーザーの手に届きやすくなったからというのもあるだろう。

 機能面を見ると、RAWファイルの表示で拡大が行えないのが、やや不満だ。おそらくRAWファイル内のサムネイル情報を用いているためだろう。このため埋め込みサムネイルの品質が低いニコンのNEFを表示すると画質が悪い。D70などJPEG同時記録可能なカメラのユーザーは、JPEGで撮影結果を確認することをお勧めする。

 音楽プレーヤーとして使いにくいとの意見もあるようだが、本機の場合、これらはあくまで“おまけ”だろう。確かに動画表示はとても美しいが、動画再生が主たる目的ならば他の選択肢を当たった方がいい。(現時点では)P-2000は写真を見るための道具の域を出ておらず、マルチメディアプレーヤーと堂々と言えるようになるにはもう少しノウハウの蓄積と開発の時間が必要だと思う。

 とはいえ、P-2000を旅行先に持ち出し、旅先で写真を仲間や現地で知り合った人たちと見るのは楽しい。PCのユーザーとしては少々寂しくもあるが、完全に仕事から解放された休日にはノートPCを持ち出さずP-2000だけを持ち込めばいい、とも思えてしまう。

 この年末、レンズのために作っていた予算を思わずP-2000に使ってしまいそうだ。

□エプソンのホームページ
http://www.epson.co.jp/
□P-2000製品情報
http://www.i-love-epson.co.jp/products/photofine/p2000/p20001.htm
□L-500V製品情報
http://www.i-love-epson.co.jp/products/photofine/l500v/l500v1.htm
□PM-A900製品情報
http://www.i-love-epson.co.jp/products/spc/pma900/pma9001.htm
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【2001年5月22日】【本田】もうすぐ見えなくなってしまうノートPCのピクセル
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20010522/mobile101.htm

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(2004年12月1日)

[Text by 本田雅一]


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