●CGMS-Aでデジタル放送に対応した「MTVX2004HF」
8月上旬に発売されたカノープスのハードウェアMPEG-2エンコーダ付TVチューナカード「MTVX2004HF」は、かなり微妙な部分を含む製品だ。 もちろん、地上波アナログTVチューナを内蔵したPC用キャプチャカードとしては、定評あるカノープスの製品だし、ソニーと共同開発したスプリットキャリア方式のTVチューナユニットによる高画質化も期待できる。が、何と言っても話題を呼んでいるのは、「デジタル放送の録画に対応した」という部分だろう。 まず断っておきたいのは、MTVX2004HF単体ではデジタル放送の録画はできない、ということだ。内蔵するTVチューナは、スプリットキャリア方式という違いはあるものの、これまで通り地上波のアナログ放送にのみ対応したもの。 MTVX2004HFで言う「対応」とは、コンポーネント信号に対応した外部入力端子に、CGMS-A(Copy Generation Management System Analog)によるコピーワンス情報が付与されたアナログビデオ信号が入力された際に、それを暗号化してハードディスクに記録することで、さらなるコピーを防止することができる、という意味である。 この暗号化の際に、MTVX2004HFが持つ固有のIDを利用するため、録画に用いた(同じIDを持つ)MTVX2004HFと暗号を解読する機能を持った付属TV視聴・録画ソフト(FEATHER 2004D)がなければ再生ができない、ということになる。 つまり、録画された番組データは、データファイルとしてコピーは可能(したがってバックアップもできる)なものの、録画した環境以外では再生ができない。これで、コピーワンスが事実上守られる(他者にコピーを与えても再生できない無意味なデータの集合)、というわけだ。 では、MTVX2004HF以前はどうだったのかというと、対応は2つに分かれていた。1つは、CGMS-A信号を検知できないため録画できてしまうカード(ここでは無知カードと呼ぶ)、もう1つはCGMS-A信号を検知して、暗号化等の適切なコピー世代管理機能を持っていないことを理由に、録画を拒否するカード(ここでは拒否カードと呼ぶ)だ。繰り返しになるが、MTVX2004HFはCGMS-A信号を検知してコピーワンスとして録画するカードであり、PC用のアドオンカード製品として初めてこの機能を実現したことになる。 ●無知カード、無知レコーダが抱える問題
さて、過去に販売されてきたPC用のキャプチャカード(TVチューナ付であるかどうかを問わない)の多くは、当然ながら無知カードであり、拒否カードは極めて少数派に属する。 CGMS-A信号が利用されるようになったのは比較的最近のことであり、最初からNTSCの規格にあったものではない。PC用のキャプチャカードだけでなく、市販されている民生用のVHSレコーダーもほとんどが無知カードならぬ無知レコーダーであり、CGMS-A信号の付与されたコピーワンス番組を録画できてしまう。 ただし、無知カード、無知レコーダーは、CGMS-A信号を知らないため、録画されたデータにはCGMS-A信号がそのまま残る。 一方、現在デジタルレコーダーの中心となっているDVDレコーダーの場合、現行製品はすべてCGMS-Aに対応しており、コピーワンス番組の録画にはCPRM対応メディア(DVD-RW/DVD-RAM)が必要になる。CPRMは、メディアに固有なIDを使って暗号化することで、他のメディア(IDの異なるメディア)へのダビングを無効化する。と同時に、再生する際の出力はコピーワンスではなくコピー不可の属性とすることで、ビデオ出力経由のダビングも防止する。 もちろん、この場合も無知レコーダーでは録画できることになるが、これを防止するためマクロビジョン等ほかの手段によるコピーガードを行なうレコーダーもあるようだ。 無知カードや無知レコーダーの本質的な問題は、コピーワンスの番組を少なくともあと1世代コピー可能な形(コピーワンスのCGMS-A信号を含んだ形)で録画することにあるのだが、無知レコーダー(VHSレコーダー)は、ダビングの際の画質劣化により大目に見てもらえている、と考えるべきなのだろう。 これに対して、ハードディスクに劣化なく録画できてしまうPC用の無知カードは、より深刻な問題(少なくともコンテンツホルダーにとって)ということになる。今や店頭販売されるデスクトップPCのほとんど、ノートPCでさえ4台に1台ほどがTVチューナモデルであるというのに、ごく一部の例外的製品を除いてデジタル放送に未対応であったり、単体のTVチューナカード製品でいまだにデジタル放送に対応したものがないのは、無知カードをいつまでも放置しておくPC業界に対して信用がないからだとも考えられる。 ●B-CASカード投入の是非
では「無知」ではなく、「無視」するカードを作ったらどうだろう。ご存知のようにPCは世界的規模で同一の商品が製造・流通する世界だ。国外でCGMS-Aを無視して録画できるTVチューナカードを製造するメーカーが現れた場合、それを取り締まることは、DVDの特許料未払いの問題を考えるまでもなく難しいに違いない。 そのような事態を防止する役割を果たしているのがB-CASカードだ。今年の4月、コピーワンス信号の付与と同時にB-CASカードの利用が義務付けられたが、偽造の困難なB-CASカードを不可欠にすることで、違法なチューナや無視カードのリスクを劇的に減らすことができる。 カノープスが今回発売したMTVX2004HXは、無知カードを止め、コピーワンスというデジタル放送時代のルールを、PCベンダも守る用意があることを示したものだ。当然、その先にあるのはB-CASカードに対応した、デジタル放送対応TVチューナ/キャプチャーカードの製品化ではないかと思う。そんな製品が出てくることに筆者としては期待したい。 その一方で、すべての番組に対し原則的にコピーワンス属性を付与することと、B-CASカードのセットには危惧を感じないではいられない。上で述べたように、コピーワンスを含めたコピー世代管理の必要性と、それを守るためのB-CASカードの必要性を否定するわけではないが、これを悪用すれば、極めて閉鎖的な保護主義的な環境が出来上がる。 一律にコピーワンス属性にする、といった硬直した体制は、懸念するに十分ではないのか。これではDVDレコーダーで録画したものをケータイで見るために、MPEG-4で再エンコードする、といった使い方はできない。現在、モバイル機器向けに地上デジタル放送を行なう、といったことも話題になっているが、miniSDカードやメモリースティックDuoの形状のB-CASカードなど欲しくない。 現在予定されている2011年7月の地上波アナログ放送終了後、日本で売られるTVはすべてB-CASカード付、ということになるわけだが、この時B-CASカードは容易に非関税障壁になり得る。少なくとも関係者は、このことを十分意識して、B-CASカード関連技術のライセンス等をオープンなものにしなければ、海外はもとより国内の消費者からも反発を買うことになるだろう。 仮に(そんなことはないと思いたいが)放送業界と家電業界がコピーワンスとB-CASカードのセットで、自らの市場を守れると考えているのなら大間違いだ。保護された業界に未来がないことは、かつて護送船団と呼ばれた他の業界がすでに実証している。 □関連記事 (2004年8月19日) [Text by 元麻布春男]
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