パソコンを始めようというのなら、思いっきりいいのを買いなさい。初めてパソコンを買おうとしている人から相談されたときには、必ずそう答えることにしている。

 ちょっと興味があるから、どんなものか知っておかないことには時代におくれるから。会社で使わなければならない立場になってしまったので、家にも一台置いて練習したい。始める動機は様々だが、ひとつだけ言えることは、初めてだからこそ、使う側に負担をかけない機械を買うべきだと思うのだ。

 パソコンを使うのにパソコンのプロである必要はまったくない時代がやってきた。ぼくらは、仕事のプロであり、遊びのプロである。画家の絵に持たれたエンピツと、作家の手に持たれたエンピツが、同じHBの三菱ハイユニでも、それによって書かれるものがまったく違うように、パソコンだって使う人の数だけ使い方があっていいはずだ。どうやって使うかよりも、何に使うかを考えることに時間をかけるべきじゃないだろうか。

 そもそもパソコンなんて、少しでもラクをするために、そして、少しでも横着をするために使うもんだ。たかが機械ひとつ使うのに、大の大人が"お勉強”なんて、どう考えても失礼な話だろう。勉強せずにパソコンを使いこなすには、少しでも機械まかせ、人まかせにできるマシンを買わなくちゃいけない。

 初めてパソコンに触れる人にとっては、確かにあのキーボードが怖いにちがいない。どこをどうさわっていいものかまったく分からない上、むやみにいじくると壊れてしまうような気がするなど、不安はつきない。でも、パソコンは優秀なソフトウェアさえあれば、急に人にやさしい機械になってしまう。しかも、このソフトウェア次第で、パソコンはゲーム機になったり、ワープロになったり、楽器になったりと、ありとあらゆる用途に使えるようになるのだ。特に最近は「私、使う人」と「私、作る人」といった分化が顕著だ。一般人にとって、"ソフトウェアは買うもの"という傾向がますます強まってきている。

 ソフトウェアの開発は専門家にまかせておいて、使う側はめいっぱいその恩恵を享受しよう、なんて虫のいい話が常識になりつつあるのだ。だが、それはとっても望ましいことだとぼくは思っている。

 この本は、パソコンを初めてさわってみようという人のために書いた。ただし、そのプログラミングの初歩や、コンピュータの原理を解説したものではない。世の中パソコン、パソコンと騒いでいるけれど、いったいパソコンを使うと、ぼくらの生活はどんなふうに変わるのだろうか。そんな素朴な疑問を解くための、キーとなる事実を紹介しようとしているだけである。

 それは、決してSFや、夢の世界の物語ではない。だから、読者にとっては「何だこの程度のことしかできないのか」って思うこともあるかもしれない。それはそれで仕方のないことだろう。だが、少なくともぼくにとっては、ここに書こうとしているパソコンの使い道だけで、生活が大きく変わったことは確かだ。いわゆる典型的な文化系人間のぼくにとって、今まで紙と鉛筆を使ってやってきた仕事が、パソコンでできるというのは、それだけで驚異に近いことだったのだ。

 パソコンを使い始めて何が変わったか。

 それは、机の上から消しゴムのカスが激減したことだ。あいかわらず灰皿は吸い殻の山だし、資料類が山積みにされている汚い仕事場だが、この部屋で仕事をするかぎり、とにかく紙に何かを書きつけることは、ほとんどなくなってしまった。新聞のスクラップもあほらしくなってやめた。もともとおかしな収集癖があるぼくは、いつかは役にたつはずと思い、ここ十年の間に買った雑誌は捨てないですべて残しておく、なんてバカなことをやっていた。当然膨大な量である。でも、それは、先日の引っ越しを機会に全部チリ紙交換に出してしまった。いつかは役に立つのなら、そのいつかになったときに改めて手に入れればいいことに気がついたからだ。どうしてそんなことができるのか。それは、この本を読んでいただければ、分かってもらえると思う。

 運転免許をとったばかりの人間が、高性能のスポーツカーを手に入れて、いきなり一般道を時速二百キロで突っ走る。現在のパソコンを初心者が使うことは、そのくらいの意味を持っている。でも、それほど高性能なパソコンを使っていてもそれで人を殺してしまうわけはない。事実、同じ二百キロでも新幹線の中なら、平気で居眠りしたり、週刊誌を読んだりしていられるではないか。より短時間で目的地に到着するために、自分で運転するスリルを求めるか、それとも結果だけを求めるか。

 どちらかをとれと言われれば、ぼくはラクな方をとりたい。この本をそんなぼくと同類の、きわめて横着で怠慢な素晴らしき文化系人間の方たちに捧げよう。この本を読んでいただくことで、楽しく、かつ充実したコンピューティング・ライフを送れるようになる方が一人でも増えれば、ぼくにとってこれ以上うれしいことはない。