NVIDIAは、同社のPCI Express世代GPU「GeForce 6 Go」シリーズ向けGPUモジュールの仕様として“MXM(Mobile pci-eXpress Module)”と呼ばれるインターフェイス仕様を作成したことを明らかにした。 以前IntelがモバイルPC用のCPU用として提供していた「モバイルモジュール」のようなモジュールにGPUを搭載していこうという仕様のMXMだが、NVIDIAがこの仕様を策定した背景には、モバイル市場におけるATIのリードを少しでも削り取りたいというNVIDIAの意向が見て取れる。 ●DTR市場ではBTOメーカーを中心にモジュールによるGPU実装が普及
MXMのニュースを見て、やや奇異な感じを持った読者も少なくないのではないだろうか。というのも、このMXMはPCI Expressの技術を利用したインターフェイスでありながら、仕様を策定したのはPCIの仕様を策定するPCI SIGではない。 というのも、MXMを策定したのはNVIDIAと、台湾のノートPCのODMメーカーだからだ。つまり、このMXMの仕様自体は業界標準のインターフェイスというわけではなく、あくまでNVIDIAのノートPC向けGPUを実装する際の仕様ということになる。 実際、NVIDIAのモバイル製品グループ ジェネラルマネージャであるロブ・コスンガー氏は、「この仕様を策定する際に、IntelやPCI SIGと話をしたが、PCI SIGの仕様ではない」と明言する。 コスンガー氏はNVIDIAがMXMを策定した理由について「BTOメーカーを中心に、GPUをモジュールで搭載するノートPCベンダが増えている。デスクトップPCのようにユーザーがGPUを決定できるようにすることが重要になってきているからだ」と説明する。 その一例としてコスンガー氏は、デルのようなノートPCベンダがハイエンド製品の一部でそうしたデザインを採用していることをあげた。具体的には、デルのInspiron 8600ではGPUをNVIDIAのGeForce FX Go5200とATIのMOBILITY RADEON 9600から選択できる。これは、GPUがモジュール化されており、出荷時にどちらのモジュールを乗せるか選択できるからだ。 こうした例は大手PCメーカーだけではない。ホワイトブックと呼ばれるチャネル向けのノートPCを設計する台湾のノートPCベンダも、同じようにGPUをモジュール化し、流通業者のオーダーによって、NVIDIAのGPUを実装したり、ATIのGPU搭載を実装したりして出荷している。
ノートPCベンダがノートPCのマザーボードにGPUを実装する場合、2つの方法が考えられる。1つはマザーボードに直接実装する方法で、もう1つが前項で紹介したようなモジュールで実装する方法だ。 ノートPCベンダは、基本的には同じマザーボード基板を最低でも1年程度使い回すことがほとんどだ。というのも、IntelやVIAなどのチップセットベンダがチップセットを更新する頻度は1年に1度だからだ。 しかし、同じマザーボード基板で複数の価格帯に対応するため、CPUやGPUだけは複数の選択肢を用意し、それを製品に応じて搭載する。CPUに関してはパッケージやピンは同じであり、クロックで差別化されているので、クロックの違うCPUを載せ替えるだけでよい。問題なのはGPUで、クロックで価格帯の差別化が行なわれていないため、この戦略をとることができない。 そこで、GPUベンダはフットプリント互換という戦略を打ち出している。これは、複数世代でGPUチップのピン配置を同じにすることで、新しい世代のGPUを搭載したマザーボード基板を簡単に製造できるようにしたものだ。 NVIDIAではGeForce 4 Go、GeForce FX GOのフットプリントを共通にしており、GeForce 4 Goを搭載していた基板を持っているノートPCベンダは、簡単にGeForce FX Goへ移行できる。 ただし、NVIDIAとATIではピン配置が異なっており、2つのメーカーで共通の基板は作れない。つまり、基板を作る段階でATIかNVIDIAかを選択しないといけないわけだ。 これに対してモジュール方式では、GPUのモジュールだけ交換すればよいので、マザーボードは1つですむというメリットがある。また、どちらもバスはAGPなので、ATI用、NVIDIA用というモジュールさえ作っておけば、ピン配置の違いはモジュール側で吸収できるメリットがある。 ●モジュールを共通仕様にするMXM
しかし、従来のGPUモジュールは、あくまでPCメーカーが独自で作成したもので、各メーカーで仕様が異なり、コネクタなどにも互換性が無かった。このため、FICのモジュールと、AOpenのモジュールでは形状も仕様も異なり、流用は利かない。かつコネクタ類も自社で開発する必要があった。
NVIDIAのコスンガー氏は「これまで新しいモバイル向けGPUを投入したとき、弊社が出荷してから製品に搭載されるまで大きなタイムラグがあった。例えば、全く新しいGPUを採用する場合には1年程度、前の製品とフットプリント互換がある製品で約半年、そしてメーカー独自のモジュールで3カ月かかっていた」と指摘する。 だから、NVIDIAはMXMという仕様をGPUベンダ自らが策定することで、PCベンダが自社でモジュールを開発する期間(コスンガー氏のいう3カ月)を無くし、新しいGPUが登場したらすぐに製品として投入することを目指すというのだ。 NVIDIAはMXMに3つの仕様を用意する。それがMXM-I、MXM-II、MXM-IIIで、それぞれコネクタは共通。搭載されるメモリの数、モジュールの大きさが異なっており、コネクタやその位置などは共通となっている。 MXM-Iはビデオメモリチップが最大4つでメモリバス幅が64bit/128bit幅でシン&ライトの薄型ノートPC用、MXM-IIはビデオメモリチップが最大8個搭載でメモリバス幅が64/128/256bit幅でメインストリームノートPC用、MXM-IIIはビデオメモリチップが最大8個搭載でメモリバス幅が64/128/256bit幅でDTR用と位置づけられている。 熱設計は仕様では策定されておらず、PCベンダ側に任されるという。ただし、NVIDIAからリファレンスのデザインガイドは提供され、PCベンダはこれを元に熱設計を行なうことができる。MXM-Iは18W、MXM-IIは25W、MXM-IIIが35Wあたりを想定しているという(なお、消費電力にはDRAMの消費電力も含む)。 MXMのコネクタの信号線は、PCI Expressと液晶ディスプレイへの出力などを前提に設計されており、NVIDIAでは今年の後半にリリースする予定の「GeForce 6 Go」シリーズで利用できるという。 【MXMの仕様】
NVIDIAのコスンガー氏は、MXMの仕様を策定するにあたり、ライバルメーカーとなるATI Technologiesや他のGPUベンダとは話をしていないと認める。 「確かにATIを含む他のベンダとはこの件について特に話をしていない。しかし、MXMの仕様は汎用の仕様であり、モジュール側のフットプリントをATI用にすることで、ATIのチップを搭載したMXMを製造可能だ。またロイヤリティなども必要なくライセンスフリーで製造できる」(コスンガー氏)との通り、MXMのモジュールを製造するノートPCメーカーがATIやS3 Graphicsのチップを搭載したMXMを製造可能なので問題ないというのがNVIDIAの姿勢だ。 NVIDIAがこうした仕様を策定する背景には、ATIのモバイルGPUにおけるアドバンテージを削りたいという意向があるとする業界関係者は少なくない。特にシン&ライト市場では、ATIはNVIDIAに対して大きなリードを保っている。その理由の1つに、ATIのフットプリント互換という戦略があるという。例えば、あるPCメーカーの開発担当者は「NVIDIAもATIと同じフットプリントをになれば採用しやすいのだが」と指摘する。 ATIのフットプリント互換戦略とはこうだ。ATIは、現在現行製品としてMOBILITY RADEON(開発コードネーム:M6)、MOBILITY RADEON 7500(同M7)、MOBILITY RADEON 9000(同M9)、MOBILITY RADEON 9600(同M10)、MOBILITY RADEON 9700(同M11)という製品を用意しているが、いずれも同じフットプリントで対応できる。 PCメーカーは1枚の基板を用意するだけで、簡単にM6からM11までのGPUに対応できるのだ。PCメーカーにとってこのコストメリットは大きく、それがATIチップを採用する理由の1つとなっている。 だから、NVIDIAはMXMをOEMメーカーに採用してもらい、フットプリントの差違をMXMで吸収し、ATIのアドバンテージを削り取ろうと考えている、というのは想像に難しくない。 MXMが普及し、多くのOEMメーカーが採用するようになれば、少なくともフットプリントが互換ではないから、という理由で採用すら検討してもらえない状況は変えることができる。あとは、GPUそのものの魅力で勝負、というわけだ。 ●厚さとアップグレード時の熱設計への対応が課題
とはいえ、MXM自体に課題がないわけではない。1つにはモジュールという形状をとることで、どうしても厚さがでてきてしまう。 MXMのコネクタは基板上に搭載されるため、MXMモジュールは基板の上に重ねて搭載する形となるため、基板の厚さが増加する結果になる。 DTRノートPCのように、厚さが問題にならない製品ならよいが、厚さ1インチ級とノートPCベンダが位置づける薄型ノートPCでは搭載場所にかなり気を使わなければならないだろう。この点は課題として残る。 また、NVIDIAのコスンガー氏は「MXMで将来ノートPCのGPUを交換することが可能になる」と説明しているが、ここには別の課題がある。具体的には熱設計だ。 すでに説明したように、MXMでは熱設計はノートPCベンダ側の実装に任されている。NVIDIAからリファレンスデザインが提供されるとはいえ、例えば新しい世代のGPUで消費電力が上がってしまった場合、より熱設計の余裕がないノートPCに入れると、排熱が追いつかず動作しないということは容易に想像できる。このため、メーカー側でアップグレードを保証しなければ、実際に交換するのは難しいだろう。 ただし、メーカーによっては“交換できること”を売りにして、他メーカーとの差別化も可能だ。そういう売り方をするメーカーも当然出てくる可能性はあるだろう。 □関連記事
(2004年5月20日) [Reported by 笠原一輝]
【PC Watchホームページ】
|
|