大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

富士通コンピュータ事業の故郷、沼津工場見学記
~リレー式コンピュータと農園が語る歴史


富士通沼津工場 A棟

 新幹線三島駅から車で約20分。富士通沼津工場は、周囲4kmすべてを緑に囲まれた環境のなかにある。かつて、Mシリーズの開発によって、IBMに真っ向から勝負を挑んだ富士通が、同事業の基幹工場として、'76年に設立したのがこの沼津工場だ。

 いわば、「野武士」とさえ称された富士通コンピュータ事業の魂が宿っている拠点ともいえる。それは、富士通のコンピュータ事業の生みの親ともいわれる故・池田敏雄専務の業績を讃える「池田記念室」が同工場内に設置されていることからも明らかだ。その沼津工場はいま、ソフトウェアの最先端開発拠点として、またコンピュータ保守技術者のための教育拠点としての役割を担う。ソフト・サービスを中核事業に標榜する同社の重要な拠点であることには変わりがない。常に同社のコンピュータ事業の中核にあり続ける富士通の沼津工場を訪ねた。



●富士通コンピュータ事業の成長を支えた拠点

千谷基雄工場長

 富士通沼津工場は、緑豊かな自然を持つ愛鷹山の山麓に広がる丘陵地に、535,000平方メートル(約16万坪)の広大な敷地面積を誇る生産拠点である。東京ドームに換算すれば、なんと15個分にも匹敵する規模を誇る。

 なだらかな丘陵地に位置する沼津工場の工場棟からは駿河湾が一望でき、夜になると沼津市内の夜景とともに、駿河湾に浮かぶ船の明かりが、まるでダイヤモンドのように見える。

 「工場設立以来、環境と最先端技術の融合を目指したインダストリアルパークを目指してきた」と千谷基雄工場長が切り出すように、“自然”と“最先端のコンピュータ技術”という、一種、相反するものを融合することを目指した点でも、日本においては、当時から異例の生産拠点だったといえるだろう。

沼津工場は自然との共生が重要なテーマ。緑化とともに、自然の動 物が回遊したり、農菜園が点在している

 先にも述べたように、沼津工場は、メインフレーム市場において打倒IBMを掲げ、コンピュータ事業に乗り出した富士通が、その基幹生産拠点として'76年に設立したものだ。

 大型コンピュータの研究開発および生産拠点としての役割を担い、ここにコンピュータ事業の英知のすべてを集約した。

 当時は、沼津工場に通じる新幹線と東名高速道路の脇を、すべて富士通の看板で埋め尽くせ、との号令がかかった、との逸話も残っているほど、富士通のコンピュータ事業にとっては特別な存在に位置づけられていた。

 その名残は、同工場のなかに、故・池田敏雄専務の業績を讃えた「池田記念室」が設置されていることでもわかる。

 池田氏は、通信機メーカーだった同社が、コンピュータへの本格参入を英断したのに伴い、コンピュータ事業の推進役として活躍。富士通コンピュータ事業の生みの親、ひいては日本のコンピュータ産業の歴史に欠かすことができない人物といわれるのは周知の通りだ。

 その池田記念室には、実働するコンピュータとしては世界でも最古といわれるリレー式コンピュータ「FACOM128B」が展示され、いまでも実際に稼働する様子を見ることができる。

 リレー式コンピュータは、電話交換機に利用していたリレーを回路素子として利用したもの。第1号機は、'54年にFACOM100として完成したが、これは商用化されず、その後改良を加えたFACOM128が初めて商用化されたコンピュータとなる。

 展示されているFACOM128Bは、'59年に製造されたもので、その名からもわかるようにFACOM128の改良版。当時の価格で約5,000万円したというが、現在の物価水準に換算すれば約10億円にもなる高額なコンピュータだった。だが、機能的には、いまのパソコンどころか、電卓にも劣るというものだ。

 真空管やトランジスタを利用しているわけではないため、特別な空調は必要ないが、クロスバースイッチ方式の機構を採用しているため音がうるさく、午後11時以降は使用できないなどの制限が加えられていたという。

 そのほか、この池田記念室には、池田氏の実筆の設計ノートや論文も展示され、同氏が几帳面な文字で物事を細かく記していたのを見ることができる。また、池田氏が嗜んだ囲碁の7段の免状も展示され、池田氏の人柄を偲ぶことができる。

 この記念室の横には、ハードウェア展示室、ソフトウェア展示室が置かれ、同社の歴史的なコンピュータ関連製品も展示されている。

池田記念室正面 昭和49年11月に亡くなる直前の池田氏の予定表。10日に空港で倒れ、14 日に亡くなった。その日は取締役会が予定されていた 池田敏雄氏の肖像。富士通のコンピュータの生み親である

日本棋院より追贈された7段の免状 池田氏のノート。きれいな文字が印象的だ

実働するコンピュータとしては世界最古といわれるFACOM128B
動作状況動画(WMV形式、594KB、38秒)

プログラミングはパンチカード式、右がリーダー 富士通信機製造という当時の社名が記されている

●ハード工場からソフト工場への変貌

 かつては、メインフレームの開発・生産拠点として最盛期には3,000人を超す従業員数を誇った沼津工場は、いまや、当時とは異なる別の顔を持っている。

 ハードウェアの生産は、以前のPFUの生産拠点であった石川県宇ノ気の富士通ITプロダクツに移管され、かつてのような物音の激しい生産工場という雰囲気はなくなっている。その代わりに、同社の中核事業のひとつであるソフトウェアの開発拠点として、熱気は秘めながらも静かな雰囲気に包まれている。

 現在、沼津工場は、大きく3つの役割を担っている。

 第1点目は、コンピュータの基本ソフトウェアおよびミドルウェアの開発だ。

 同社が推進するIT基盤「TRIOLE(トリオーレ)」は、プラットフォームであるネットワーク、サーバー、ストレージの3つの製品群の上に、ミドルウェア、アプリケーションを定義し、自律、仮想、統合というコア技術のもとに、オープンなトータルシステムを、短期間に提供し、企業の問題解決を情報システムによって図ろうというものだ。

 そのなかで、ミドルウェア製品群である統合アプリケーション環境を提供する「InterStage」、データベースの「Symfoware」、統合運用管理ソフトの「Systemwalker」の3つのミドルウェアは重要な役割を担う。これらの開発を手がけているのが沼津工場ということになる。これらのソフトの開発に関しては、新横浜のソフトウェアセンターや、南多摩工場のパソコン関連のソフトウェア部門とも連携して開発が行なわれているのである。

 ソフトウェアに関しては、3つのセンターが沼津工場に置かれている。

 大型機計算センターでは、開発部門によって新たに開発されたソフトウェアが集中管理されており、同時にソフトの検証も行なわれることになる。

 また、Pi(プラットフォームインテグレーション)センターでは、トリオーレに関する評価、検証を行なうほか、Piテンプレートの開発、検証なども行なっている。Piテンプレートは、短期間のシステム導入、稼働、運用が可能になる戦略的ツールで、現在5種類が用意されている。今後もテンプレートの種類は拡大していくことになる。

 さらに、TPCセンターも設置され、トランザクション処理のベンチマークテストもここで行なわれる。

 第2点目は、大型コンピュータの試験と品質保証テストの一大拠点としての役割だ。

 ハードウェア関連の品質保証としては、システム評価センター、インターオペラビリティセンター、ビルドアンドテストセンターの3つが沼津工場内にある。これらのセンターでは、ユーザー企業に導入する実機を持ち込んで、他社製品との接続性や、ソフトウェアなどを実際に動かして検証、評価を行なう。長野工場からもファイルシステムの品質保証部門を移管させ、富士通としても最大規模の検証センターとなっている。トリオーレを推進する上でも欠かすことができない重要な役割を担う。

ソフト開発の現場 富士通の新入社員およびパートナーの社員のための教育拠点 としての役割も担う PIセンター。開発中のソフトが収められているサーバー。ここでは フルサーチ瞬索の開発が最終段階に入っていた

 また、環境試験センターとして、無響音室、電波暗室、振動試験室などを設置。ハードウェア製品の電磁波ノイズ障害の防止、機器騒音の低減、耐振動、耐衝撃性の向上などを図る。振動試験室では、阪神大震災のように実際にあった地震と同じ地震波を再現することが可能であるほか、航空、宇宙機器に要求されるような衝撃などのシミュレーションも可能になっている。

電波試験室 振動試験機 落下試験機

 第3点目は、コンピュータ保守技術者のための教育拠点としての役割である。

 2001年9月に、沼津研修センターを開設し、富士通のカスタマエンジニアのみならず、富士通グループおよびディーラー、保守会社などの社員までを対象に、自然に囲まれた沼津工場の立地の良さを生かして、集中した環境で教育が行なわれるのである。

 現在、研修教室、演習教室をあわせて22教室。それに加えて、ストレージやサーバー、ネットワーク、金融端末などに分かれた実習ゾーンがあり、年間延べ8000人の教育が行なわれる。新入社員に対しては、約1か月間の連続教育を3回程度に分けて実施し、年間90日程度の教育が行なわれることになる。最近では、保守に関する技術的な研修だけでなく、システム構築に関する教育も実施するほか、いかに顧客に接するかといったマインド教育、顧客のニーズを把握し、問題解決を提案するためのビジネススキル教育も組み込まれている。

 教育拠点という点では、FUJITSUユニバーシティの中核拠点も同工場内に移管されている。

 FUJITSUユニバーシティは、グローバルな富士通グループの研修施設で、入社時や昇級時の階層別教育や徹底的な議論を通じた知識創造や人的ネットワークの構築などにも活用される。将来の幹部候補生、ビジネスリーダーを育成するためのGKI(グローバル・ナレッジ・インスティチュート)プログラムもここで実施される。

●欠かすことができない環境、自然との共生

 これまで富士通沼津工場の概要に触れてきたが、同工場を語る上で、もうひとつ欠かすことができない要素がある。

 それは、千谷基雄工場長が語るように、「環境」に対してあらゆる面から配慮した生産拠点であるということだ。

 富士通は、ITベンダーのなかでも環境に対する取り組みは積極的といえる。それは、DowJones Sustainability Indexが、世界2500社のなかで富士通を環境分野における取り組み評価で4年連続トップにあげていることや、SiliconValley Toxics Coalitionが世界のIT機器メーカーの環境ランキングでトップに位置づけていることからも明らかだ。その富士通のなかでも、沼津工場は早い段階から環境に配慮した取り組みを実施してきた拠点であり、工場のゼロエミッション化もいち早く達成している。

 富士通では、ゼロエミッションの定義として、事業所から排出される廃棄物を発生抑制(リデュース)、再使用(リユース)、再利用(リサイクル)により、有効利用されない廃棄物をゼロにするとして、対象廃棄物に汚泥、廃油、廃プラスチックなど13種を定めている。

 2000年3月に、ゼロエミッション化を達成した同工場において、このハードル達成で最後まで課題として残ったのが、汚泥や生ゴミ、燃え殻、使用済みの蛍光灯などの処理であった。蛍光灯に関しては、これをリサイクル可能な業者にひきとってもらうことで解決。燃え殻については、工場内焼却炉を廃止し、沼津市の焼却炉へと移行、温水プールの熱源などに利用してもらうこととした。沼津市との契約では、公害防止に関する協定として、工場設立の際、自社工場内に焼却炉を設置する義務があった。そのため、焼却炉廃止の交渉は市側と何度も粘り強く行なわれた。富士通側では、過去からの環境への取り組みを推進してきたこと、さらに市に排出しているゴミの量が減量していることなどを訴え、この合意を取り付け、焼却炉の廃止を実現したという経緯がある。

 そして、汚泥・生ゴミについては、肥料生成システムを工場内に導入し、浄化槽からの有機性汚泥と社員食堂などから出る生ゴミを有機肥料に変え、自社工場内でこれを再利用する仕組みとした。この肥料は、近くの農家に提供したり、長野県北佐久市ではこの肥料を使って野菜を栽培している農園もあるほどだ。

 また、工場内に「はまゆう農園」という畑を用意し、従業員がボランティアでさまざまな野菜の栽培を行なっている。今年は28人の従業員が参加。土曜日などを利用して畑仕事を行ない、地域住民を招待する年2回の収穫祭も、今年は3回行なわれることになっている。ここで採れた野菜は、従業員の帰宅時間に販売されることもある。

 さらに、静岡の名産であるお茶の栽培も工場内で行なわれており、従業員と地域住民が一緒になって茶摘みをするというイベントも用意されている。

富士通沼津工場で作られた肥料「のびのびグリーンNu-1号」 工場の一角にある「はまゆう農園」。休み時間や休日を利用して、 社員有志が野菜を育てている

収穫された野菜は、その日の社員の帰宅時間に販売される 沼津工場で作られたお茶。品種はやぶきた茶で、これが2003年の新茶の最後の一袋。

 こうしたゼロエミッション化とともに、緑化率78.5%、外周4kmをヒノキが取り囲むという「緑の工場」を実現している点も沼津工場の大きな特徴だといえよう。

 これだけ多くの緑に囲まれていることから、鹿、うさぎ、猿などが工場内で見かけることもできるという。

 コンピュータという最先端技術の生産拠点でありながらも、環境や自然と共生するという点が、富士通沼津工場の特徴なのだ。

 かつてのようにハードウェアを生産していた時の喧噪感は工場内にはない。だが、ソフト開発の拠点、教育拠点としては、これ以上恵まれた環境はないというのも確かだろう。それが沼津工場の新たな姿だといえる。そして、富士通のコンピュータ事業の中核拠点という位置づけは、いまも昔も変わらない。

□富士通のホームページ
http://jp.fujitsu.com/
□沼津工場の案内
http://jp.fujitsu.com/facilities/numazu/
□池田敏雄氏の紹介ページ
http://pr.fujitsu.com/jp/ikeda/hisyo1.html

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(2003年11月10日)

[Text by 大河原克行]


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