久々にMacintoshに触れた。かつてMacintoshのシェアが10%程度あった頃、それは各種OSのアーキテクチャ論争や機能の優劣が話題になっていた頃でもあるが、自宅には必ず1台のMacintoshを置くようにしていた。Mac OS Xになる前は、少々虚弱体質気味の脆弱なOSではあったが、OSとハードウェアを一体のものとして設計されていることもあり、ユーザーインターフェイス、使いやすさのベンチマークとして、常に触れておきたかったからだ。 ワールドワイドでは3%程度(日本ではもう少し高いかもしれない)のシェアにまで落ち込んだMacintoshに、それまでと同じようにはコストをかけられない。そう思うようになったのは2001年の春頃のこと。初期のMac OS Xはパフォーマンスが低く、ユーザーインターフェイスも練り込みが足りず、それまでのMac OSにあった良さがすべて無くなってしまっていた。 しかし、久々に数日ながら新製品の15インチPowerBook G4に触れてみると、ハードウェア面、ソフトウェア面、両方に渡ってアップルらしい部分がうまく出ているように感じた。ユーザーの感じる満足感、自然な操作感など、あらゆる面での演出と品質がうまくマッチしている。 ●数字ではわからないこと Macintoshファンには申し訳ないが、今回の記事は新型PowerBook G4のすばらしさを紹介し、できればWindowsからMac OSへの宗旨替えを進めようといったものではない。現在のMac OS Xは、良くできたバンドルソフトウェアといくつかの定番ソフトウェアのおかげで、たいていの用途には、何らかのネイティブアプリケーションがある。 また自宅LANに繋がった状態で使うことが前提ならば、Windowsのリモートデスクトップを利用するクライアントもマイクロソフトが無償配布しているため、Windowsが必要な場面ではリモートデスクトップ経由でアプリケーションを使えば、たいていのことはできてしまう。もちろん、パフォーマンスにさえ目をつむれば、Virtual PCなどのエミュレータを使う方法もある。 しかしネイティブアプリケーションを“選べない”というのは、やはり不自由なものだ。たとえば、Mac OSはかつてのメモリ管理機能の酷さが響いてか、Mac OS Xの世代になっても、今ひとつ満足できる高速の画像ビューアがない(あるのかもしれないが、筆者は知らない)。だがWindowsならば、探すまでもなく“いくつもの定番”がある。定番と言われるものを順に評価していけば、自分の合ったものを探し当てることも容易だ。 せっかく色々なソフトウェアが動くのだから、目的や好みに応じてソフトウェアを選ぶ選択肢が少ない、というのは、それだけでお勧めしにくい。Mac OS Xは大幅な改善で、驚くほど使いやすくなっていたが、OSはあくまでもOS。OSはパソコン全体の使い勝手を支配してはいるが、目的はOSを使うことじゃないと思うからだ(もちろん、目的がMac OSで完全に達成できるなら、それでいいと思う。逆にMac OSじゃなければ困難なアプリケーションだってあるのだから)。 なので、ほとんどがPCのユーザーであるPC Watchの読者に向けて、新型PowerBook G4は素晴らしい。だから買い換えよう。とは言わないが、製品としての新型PowerBook G4には、もう失われた日本の家電メーカーが持っていたスピリッツがあると思う。それは数字だけで測れるものではない。 数字だけで言えば、新型PowerBook G4は軽いわけでもなく、飛び抜けて高速なわけでもなく、薄型なわけでもない。米国で売れ筋のノートPCに比べれば、確かにスリムで軽量ではあるが、日本のユーザーから見れば、スペックから受ける印象は凡庸なものだ。 しかし、モノとしてのコダワリを徹底しているところはスゴイ。 デザイン優先主義と言えばいいだろうか。美しく、スマートに仕上げようという強い意志は、たとえばバッテリ容量確認ボタンやネジなどまで、円形のヘアラインで美しく仕上げている。もちろん底面もフラットに仕上げられ、何のステッカーも貼られていないし、ポートの配置も整然としている。コダワリはACアダプタにまで及んでおり、ウォールマウントプラグと電源コードの取り付け部も、なかなか使いやすい仕上がりだ。
さらに細かな事を言えば、コネクタ周囲やバッテリ取り付け部のエッジが、きれいにプラスティック成形でトリミングされていたり、液晶パネルの固定リッドがユーザーからほとんど見えない(閉まる直前に自動的に現れる)、液晶パネルを開ける時にオープンボタンを押すと軽くポップアップするため開けやすい、などなど。 ユーザーがPowerBook G4を初めて箱から出して、使い始めた時に感じるだろう、様々な体験を上質に演出しようとしているのは素晴らしいことだ。Windows機はCPUのクロック周波数、メモリサイズ、ハードディスクサイズといった数字を上げながら、コストを抑えなければ競争力を持ち得ない。ベンダーが悪いと切り捨てる人もいるが、ユーザーが低価格製品を求めている以上、致し方ない、といった面もある。結果、数字として表われにくい細かなディテールに拘った製品が非常に少なくなっている。そうした意味でも、PowerBook G4の存在は貴重だと思う。 ●マスマーケティングではわからないこと アップルがここまでデザインや細かなディテールに拘った製品を作れたのは、Macintoshがごく一部の特殊なユーザー層をターゲットとした製品に変化したからだろう。また、競合するハードウェアベンダーがいない(もちろんWindows機もライバルであるが)ため、ベンダー(アップル)主導で製品の立ち位置や方向性をコントロールできる、といった面もある。 Macintoshが採用しているPowerPCは、ノートパソコン向けとしては少々閉塞感のある状況に陥っており、下位モデルのibookと性能面での差別化を図りにくい(差別化のベクトルを性能オンリーではなく、ユーザー体験全体に求める必要がある)とも言えるかもしれない。 アップルのこうした指向性は、前モデルのTitaniumからその傾向が特に強くなったように思うが、Titaniumが工業製品として稚拙な面を持っていたのに対して、新型の完成度はなかなか高い。ヒンジ部にストレスが集中して割れやすいこともなさそうだし、両面テープで留められていたベゼル部の小さなパーツが剥がれるといった、Titaniumで感じた残念なトコロは本製品では心配しなくて良さそうだ。
それどころか、格好いいだけでなく、格好よくて、なおかつ実用的な機能も追加されている。17インチPowerBook G4から採用されているキーボードライトだ。このキーボードライトは、暗い場所になると自動的に点灯し(明るさやオン/オフは手動切り替えも可能)、明るい場所に戻ると消灯する。バックライトの明るさも連動しており、周囲の明るさに応じて自動的にバッテリの節約が行なわれる。 周囲の明るさに応じて、自動的にバックライトの明るさを変化させるというアイディアは、現在Intelが照度センサーやコントローラなどの標準化を進めているため、そう遠くないうちにWindows機でも使えるようになるだろうが、当面はPowerBookのアドバンテージとなるだろう。 残念ながら、日本語キーボード採用のPowerBook G4は、配列の関係上、ホームポジションが左にズレており、右手の手のひらがパッドに干渉してしまうという問題がある。また512MBメモリの上位モデルは、256MB×2の構成と使いにくい(いずれもAppleStoreでの発注ならば、英語キーボード、あるいは512MB×1の選択も可能なので、オンラインから発注した方がいい)。ヒンジ部が大きく取られている割には、膝上で使った時のディスプレイパネルの揺れが大きい。液晶パネル部が若干反り返っているため、本体部との合わせがあまり良くない。といった、仕様面、品質面での詰めの甘さはあるが、そうした部分に目が行きにくくなるほど、デザイン面での良さが際だっている。 こうしたカッコ良さに拘った製品は、Windows機にあってもいいはずだが、大部分の消費者はスペックの向上のコストダウンを求めているためなかなか登場しない。たとえば、PCを購入する主な年齢層はどのあたりで、その人たちが購入したいパソコンの価格帯、仕様などを市場調査していくと、必ずスペック以外の部分は削ってでも価格を下げる(あるいはスペックを上げて価格を維持する)、といった要求が浮かび上がるという。 しかし、本当にそうしたマスマーケティングの手法だけが正しいのだろうか? すべてのWindows機ベンダーが、“マス”に向けて同じようなパソコンを出していくだけでは、ノートパソコンは今以上に良いものにはなっていかないように思う。 PowerBook G4に見られるコダワリは、おそらくアップルという会社の社員が持つコンセンサス(暗黙知)が現れたものだろう。そうしたコンセンサスがあるのは、たぶんにアップルCEOのスティーブ・ジョブズからの影響があると言われている。そのジョブズ氏は以前、エレクトロニクス技術を用いてエンターテイメント製品をコンシューマにもたらしたソニーを、自らの目標だと話していたことがある。PowerBook G4にある、AV家電的センスはそうしたところから来ているのだろう。 しかしその感覚は、日本企業も同時に持っているハズだ。マスに向けて大量に売れる製品ばかりが“成功作”ではないだろう。コスト追求に明け暮れたWindowsノートパソコンには、まだまだ違うベクトルでの進化の余地があるように思う。 □関連記事 (2003年10月24日) [Text by 本田雅一]
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