●次のステップはISP
今週のコラム「PlayStation 3の次は家庭内Cellコンピューティング」で説明したように、ソニー・コンピューターエンタテインメント(SCEI)はステップを踏んでCellコンピューティングを普及させようとしている。 まず、家庭内に複数のCellプロセッサ搭載マシンを導入させて、LANで結ばれたCell同士でCellコンピューティングを実現する。そして、次のステップで、このCellコンピューティングをインターネットに広げる。その段階で、ISPにもCellプロセッサを浸透させたいと考えているらしい。 「それら(ISPのサーバーなど)を、できたら同じ(Cell)アーキテクチャのシステムに変えて行く。ISPのサーバーが、その(Cell)世代に変わってくると、今度は世界がピア・ツー・ピアになる」と久夛良木健氏(ソニー副社長/ソニー・コンピュータエンタテインメント社長兼CEO)は説明する。 家庭内でCellコンピューティングを実現して、次にインターネット経由のCellコンピューティングに移ろうとすると、ISPがボトルネックとなる。ネットの帯域だけでなく、サーバーも問題になるので、ISPのサーバーをCellプロセッサベースのサーバーに置き換えて行こうという話だ。 久夛良木氏が“できたら”と語っていることを考えると、必ずしもCellコンピューティングにはISP側にCellサーバーが必要というわけではないらしい。しかし、性能以外にも、Cellで統一した方がいい理由はありそうだ。 いずれにせよ、ISP側のサーバーをCellにするのは、家庭にCellを浸透させるよりもずっとハードルが高い。少なくともソニーグループにはそうした蓄積があまりないため、その部分はパートナーであるIBMや東芝の領域となるかもしれない。または、Cellプロセッサでのアライアンスをさらに拡大するか。しかし、久夛良木氏の構想なら、とりあえず家庭内Cellコンピューティングでまず出発できるので、ISP側Cellの実現には、しばらく猶予があることになる。
●レイテンシを予測し隠蔽する
ネットワーク上で分散処理をリアルタイムに行なうためには、ネットワークでの伝送のレイテンシが問題になる。ネットの帯域を上げるのは簡単だが、レイテンシを縮めるのは難しいからだ。 これについて久夛良木氏は「もちろん、50m離れたCellと基板上のCellでは、厳密に言うとレイテンシが違う。しかし、論理的にそれは隠蔽できる」、「レイテンシがあっても、それを予測できて、適応できればいい。投機的に(ソフトウェアオブジェクトを実行する)ではなく、ちゃんと(レイテンシを)テストする」と説明する。 つまり、ネットワーク上の利用可能なCellを認識した時点で、レイテンシを測る仕組みをソフトウェアレイヤに組み込むと思われる。そして、そのCellへのレイテンシを許容できるソフトウェアオブジェクト(SCEIの特許ではソフトウェアCellと呼ぶ)を、レイテンシを見越して伝送するなら、レイテンシも隠蔽できることになる。おそらく、CellコンピューティングのOSは、こうした管理を行なうものと思われる。 SCEIはIBMと共同で、このOS部分も開発しているらしい。ちなみに、ソフトウェアレイヤの開発は、インタビュー時点では同社の岡本伸一コーポレート・エグゼクティブ兼CTOが担当していたが、同氏は現在では退任している。 SCEIの特許に見えるCellのアーキテクチャ自体も、ネットワーク伝送を意識した仕組みになっている。 Cellが実行するソフトウェアCellは、APU(Attached Processing Unit)プログラムとデータ、そしてオブジェクトの情報を格納する部分で構成される。ネットワーク上のルーティング情報の部分に、伝送先のCellと受取り先のCellのIPアドレスなどの情報が格納される。ここでは、Cell内のPE(Processor Element:CPUコア)およびAPUのIDも含まれる。そして、ソフトウェアCell本体の情報部分には、そのソフトウェアCellのグローバルなユニークIDや、実行に必要なAPUやメモリサイズなどの情報が格納される。 このソフトウェアCellのグローバルIDは、ソース側のCell内のPEまたはAPUのユニークIDと、ソフトウェアCellの作成または伝送日時に基づいて作成される。つまり、ソフトウェアCellがいつどこで作成されたかはアイデンティファイできるわけだ。このアーキテクチャを見ると、このソフトウェアCellをハンドルして、情報部分を生成するソフトウェアレイヤが必要なことがわかる。 ソフトウェアCellはネットワークプロトコルには依存しない(ネットワークプロトコルの種類をCell内に記述できる)。しかし、本格的にインターネットCellコンピューティングが実現する時には、インターネットプロトコルも「IPv6」に移行する時期になる。実際的に考えると、IPv6ベースになるのではないだろうか。IPv6なら、個々のCell機器がグローバルなIPアドレスを持てるし、帯域の制御も向上し、よりCellコンピューティングは実現しやすくなると思われる。
●光ネットワークをバスにするCellコンピューティングの究極像
Cellコンピューティングは、さらに将来は光ネットワークの領域に入って行く。「光(ネットワーク)というのはバスになる。そして、光になると、コンピュータートポロジが変わる。それを狙うのがCellコンピューティングだ」(久夛良木氏) つまり、Cellが光ファイバーのネットワーク/インターコネクトで結ばれ、光ネットワークがあたかもコンピューティングのバスのように機能するように持って行くのがCellコンピューティングのゴールということになる。 今のコンピュータは、比較的低速なI/Oを通じてディスクからプログラムやデータをプロセッサ/メモリ側にロードするトポロジを取っている。ネットワークは相対的に低速で、基本的にはデータ伝送だけに使われている。高速なCPU-メモリ-I/Oのノードが、低速なネットワークにぶら下がっているというトポロジだ。 それに対して、CellコンピューティングではCell同士が高速なバス(実態は光ネットワーク)で結ばれ、その間ではデータだけでなくコンピューティングが共有されるトポロジとなる。つまり、光で結ばれたCellの集合が、(仮想的に)ひとつの巨大なコンピュータとして動作するといったイメージだ。ネットワークが光化して行くと、最終的にはコンピュータ内の電気信号より高速になるためだ。 こうしたSCEIの構想の中での“光”は、加入者ラインの光ファイバ化の「FTTH(Fiber to the home)」といったスケールの話にとどまらない。光インターフェイスを直接オンチップに取り込む(シリコンフォトニクス)ことまで視野に入れている。つまり、今のCPUは他のチップと、基板上の電気配線で接続されているが、将来はCPUに直接光配線が接続されるようになるというわけだ。 「シリコンフォトニクスは我々の研究領域であるし、Intelさんだって研究している。基本的にはMOSベースの半導体から、最終的にはレーザーとかダイオードの世界へ進む」、「光はある意味で、ソニーグループの得意技だ。例えば、レーザーを使ってCDやDVD(の技術)を開発して来た。それを使って、今度は、光ディスクとは違う、新しい応用を考える。メディアが、ディスクからそっち(光ネットワーク)になるということ。それによって、コンピュータのトポロジを変える」と久夛良木氏は言う。 つまり、チップ上に光インターフェイスを統合することで、最小のレイテンシで光ネットワークに接続するわけだ。実際にSCEIの特許には、光インターフェースと光導波路を持ち、オンチップでE/O変換ができるプロセッサ構造が含まれている。
●Cellコンピューティングが地球を覆う? Cellコンピューティングで久夛良木氏が描くのは、壮大なビジョンだ。ピア・ツー・ピアでつながったPS3などが、巨大なパフォーマンスを産み出して行く。「これまでは、サーバがなくちゃ出来なかったものが、クライアントの集合体が実は巨大な論理サーバであると言うことになる」と久夛良木氏は予言する。(今見える)最終形態では、光ファイバに直結されたCellプロセッサが、ピア・ツー・ピアで(仮想的に)巨大なスパコンのように動作するようになる。 そして、この新トポロジでは、ネットワーク上のCellプロセッサの数が増えるにつれてコンピューティングパワーも増大して行く。Cellコンピューティングの「伸びは無限。(Cellが)ネットワークに繋がれば繋がるほど数が増える」と久夛良木氏は言う。まるで、セルオートマタでセルが自然に増えるように、PS3やCellホームサーバーが普及するに連れて、ネットワーク上のCellが増えて行くというわけだ。そうすると、最終的には地球シミュレータをはるかに超えるコンピューティングパワーが自在に使えるようになるというわけだ。はたしてソニーグループは、この構想を完成させることができるだろうか。 【8月18日】【後藤】PlayStation 3の次は家庭内Cellコンピューティングhttp://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0909/kaigai019.htm (2003年9月12日) [Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]
【PC Watchホームページ】
|
|