今年5月のE3で概要が発表され話題をさらったソニーコンピュータエンターテイメントの「PSP」、つまり携帯型プレイステーションのハードウェア仕様が明らかになってきた。パートナーとプレスを集めたプライベートイベント「Playstation Meeting」で、SCE社長兼CEOの久夛良木健氏が明らかにした。Playstation Meetingではほかにも、PSXに関するインフォメーションも出されている。 PSPの細かなレポートは、僚誌Game Watchですでにレポートが掲載されている。重複する部分もあるが、今回は携帯型プレイステーション「PSP」の話題を中心に、モバイルプラットフォームとしての可能性を考えてみたい。
●予想を超える豊富な機能が詰め込まれた、しかし省電力なPSPチップ PSPに関しては、概要が発表されたE3当時から、初めての携帯型3Dゲームプラットフォームであるだけでなく、映像や音楽コンテンツを含むあらゆるエンターテイメントメディアのユーザーフロントエンドになるプラットフォームになるのでは? と考える人が多かった。今回の発表された内容は、それを追認するものとなっている。 ただしPSPのハードウェアは、筆者を含め“ちょっと高性能でモダンな機能を盛り込んだPSone”と予想した向きが多かったが、実際には初代プレイステーションと似たコンセプトを持ちつつも、全く異なる、ずっと進化したものになる。 プロセッサはこれまで、MIPSベースとしか発表されていなかったが、初代PSのR3000系ではなくR4000コアを2つ搭載する。ひとつはメインプロセッサとして、もうひとつはメディア処理専用プロセッサとして利用される。最高動作クロック周波数は初代PSの10倍となる333MHz。1MHz以上では1MHz刻みで、レジスタへの書き込みにより簡単に動作周波数を変化させることが可能。もちろん、命令キャッシュ、データキャッシュともに搭載。さらには3Dグラフィックスを高速化するための拡張命令を実装しているという。 また通常の浮動小数点演算ユニットに加え、ベクトル演算ユニットを併載。ベクトル演算ユニットの構成はPS2のEmotion Engineとは異なるアーキテクチャのようだが、詳細は発表されていない。能力は浮動小数点演算ユニット、ベクトル演算ユニット合計で2.6GFLOPS(合計値しか発表されていない。あるいは両ユニットで共用している部分があるのかもしれないが、そこまでの詳細には触れられなかった)。 両コアが異なる点は128bitのメモリバスで接続される混載eDRAMの量。メインプロセッサが8MBを搭載するのに対して、メディアプロセッサは2MB。メディアプロセッサは、音楽再生や動画処理、I/O処理などを担当することになる。
グラフィックコアに関しても新しい情報が多い。少ないジオメトリで複雑かつ滑らかな3Dグラフィックを実現するため、NURBSが採用されることがあらかじめアナウンスされていた。一般にNURBSでは演算処理の軽いBスプライン曲線で曲面を生成するが、PSPのグラフィックコアではベジェ曲線も利用可能だ。またテクスチャ圧縮、クリッピング、モーフィング、ポリゴン分割処理(テッセレーション)といった機能もハードウェアで実装している。 これら機能を使いこなすことで3Dジオメトリの量は大幅に少なくなることが予想される。またグラフィックコア内部では演算によりジオメトリ量が膨らむが、システム基幹部のメモリ消費やバストラフィックは、ジオメトリやテクスチャの量を削減した分だけ節約できる。PSPが携帯型ゲーム機であることを考えれば、消費電力の面でも望ましい。バスを通るデータ量が大幅に減るからだ。 グラフィックコアには256bitで接続されたeDRAMが2MB混載され、最大のフィルレートは毎秒6億6,400万ピクセルに達するという。ジオメトリ処理も毎秒3,300万ポリゴン。アルファチャンネル付き24bitフルカラーでのレンダリングが行なえる。動作クロックは1~166MHzで動的に変化。レンダリング部をRendering Engine、ジオメトリ部をSurface Engineと呼ぶようだ。
再構成可能(リコンフィギュアブル)なDSPということで話題となったサウンドプロセッサは、2月に発売されたネットワークウォークマン「NW-MS70D」に採用されているVME(Virtual Mobile Engine)のコアを採用することが明らかになった。動作クロック周波数は166MHzで、毎秒5Gオペレーションを処理。7.1chサラウンドのデコード、3Dサウンド機能などの能力がある。 NW-MS70Dに搭載されているVMEとアーキテクチャは同じだと考えられるが、おそらく能力などが全く異なる。このため単純な比較はできないが、NW-MS70DではVMEの採用でCODEC処理に必要な消費電力を1/4に減らすことに成功している。再構成可能なDSPでは、処理ごとに最適化されたハードウェアで実行されるため、汎用プロセッサで処理するよりも電力効率が高まるためである。
また、動画再生用にAVCデコーダも内蔵される。AVCはH.264で標準化されている動画圧縮フォーマットで、MPEG-4をベースにアルゴリズムを進化させたもの。MPEG-4/AVCと呼ばれる場合もある。処理の軽いBaseline Profileと圧縮効率の高いMain Profileがあるが、いずれも一般的なMPEG-4よりも高画質で、Main ProfileならばDivXなどの2倍の圧縮効率になる。 久夛良木氏はAVCデコーダのハードウェア的な詳細には触れなかったが、AVCデコーダは東芝が以前から取り組んでおり、International CESなどでもデモンストレーションしていることから、東芝が設計したAVCデコーダの設計データベースを利用しているものと思われる。東芝はSCEの半導体製造・開発におけるパートナーだ。
一気にスペシフィックな話ばかりを書き連ねてしまった。久々に半導体製品で“面白い!”と思えるものに出会ったというのが正直な感想だ。PSPチップは、ここに挙げてきた機能とAES暗号プロセッサを、90nmの製造プロセスで1チップに統合したものになる。PSP発表後、久夛良木氏が「PSPがシステムオンチップといっても、小指の爪ぐらいの大きさだから……」と話していたこともあって、PSPの能力に関しては完全に甘く見すぎていたようだ。 しかも、これだけ機能満載のチップながら、省電力性能も高いと見られる。前述したようにプロセッサコアとグラフィックコアは1MHzからそれぞれの最高クロックまで動的に切り替えることができ、プロセスルールは90nm。動作電圧も1.2Vだ。 光学ドライブや液晶のバックライトがあるため、システム全体では多くなるかもしれないが、少なくともシステムチップレベルはかなり消費電力は抑えられているはずだ(実際にはクロックゲーティングの実装具合に大きく左右されるだろうが、SCEはその点について詳しい話をまだしていない)。 ●単なるゲームプラットフォームを越えた携帯型エンターテイメントプラットフォーム さてPSPチップに関してはこのぐらいにしておき、冒頭で書いた話に戻ることにしよう。AVCデコーダを搭載し、コンテンツ保護機能が充実した6cm径の光ディスク「UMD(Universal Music Disc)」を用いることで、PSP向けの映像コンテンツを流通させようとしているのではないだろうか。 2層記録で1.8GBを実現しているUMDには、AVCを用いるとDVDクオリティで2時間、デジタルCS放送レベルならば4時間の映像を記録できる。またAESで暗号化されたセキュアなROMを埋め込むことが可能で、ディスクごとにユニークなIDが埋め込まれるという。セキュリティ機能は、もちろんゲームタイトルの複製防止という側面もあるが、同時に映像コンテンツの配布メディアとしての資質を高めている。
問題はUMDが映像コンテンツの媒体として、ハリウッドなどコンテンツホルダーが認める存在になれるかどうかだ。コンテンツホルダーの認知を得るには、再生可能なデバイスの数を大きな市場と認められる程度にまで増やすこと、それに映像作品を配布するに足るクオリティがあることを証明することだ。
再生装置の数に関しては、ゲーム機としてのPSPが成功すれば、あとから自然についてくる。ここでは詳細には言及しないが、PSPのメディアプロセッサやVME、AVCデコーダは、ソフトウェアライブラリ経由でのみ利用可能になる。3D機能についても、初代PSライクなグラフィックライブラリベースでの開発環境を用意。開発スキームは初代PSとよく似たものになる。 その結果、初代PS向けタイトルのリメイクが容易になり、またプログラミングテクニックではなくゲームとしてのアイディア勝負のタイトルが増えるだろう。立ち上げに苦労したPS2の反省もあってか、PSPでは開発のしやすさを重視した戦略をとる。PSP向けタイトル数は、かなり急速に増え、多様化も一気に進むはずだ。タイトルの増加、多様化はユーザーの母数を増やすことにも繋がる。 最大の問題は画質かもしれない。AVCは非常に高画質なフォーマットだが、基本はMPEG-4がベースであり、細かな起伏などのテクスチャを消してしまう傾向が強い。MPEG-4では圧縮効率を高めるため、ノイズ成分を優先して削除するためで、ノイズ成分を除去する際に本来あるテクスチャまで消えてしまいやすいからである。 たとえばハリウッドのDVD制作スタジオによると、映画監督の中にはフィルムグレーン(フィルム特有の細かなノイズ成分)が消えないように強く指示する人も多いという。MPEG-2でもフィルムグレーンは消えることはあるが、制作時に工夫することで元映像の質感を残すことは可能だ。対してMPEG-4系の技術ではどうしてもツルツルの質感になりやすく、映画コンテンツの配布フォーマットとしてMPEG-4を嫌う制作者も多い(基本的にはAVCも事情は同じ)。 もちろん、ノウハウの蓄積やコンプレッションアルゴリズムの進化で、それらの問題もなくなる可能性はある。また、UMDがゲームだけでなく、映画コンテンツなどのメディア配布用に本当に魅力的なプラットフォームになれば、純粋にビジネスとしてUMDコンテンツが充実していくことだろう。 そのように考えていくとUMDは、将来的な標準メディアになるという、CD以来の大いなる野望が込められているように思えてならない。久夛良木氏自身、昨日のスピーチで「UMDに様々な種類のエンターテイメントメディアを集合させ、どんな場所でもコンテンツを楽しめるインフラを作る」とコメントしている。CDの時には音楽プレーヤという切り口で、新しい配布メディアを標準へと押し上げることができたが、UMDはエンターテイメントという切り口で、標準メディアを目指す。 ●しかしまだまだ謎は多い 焦点を絞って話を進めてきたため、無線LANが標準で内蔵されていることや、拡張オプションとして地上波デジタル放送チューナが検討されていることなどは紹介しなかったが、本当に大丈夫か? と思うほど、PSPはプラットフォームとしての広がりが感じられる製品だ。 たとえばメモリースティックに置かれたプログラムの起動が可能になっているならば、PDAが得意とするPIM機能をPSPに取り込んでしまえるだろう。PSPを持ち歩くならば、重複する機能を持つ製品は可能な限り排除したい。PSPが手軽にポケットに入れられるものになるならば、PDA代わりとしても使いたいというニーズは出てくるハズ。USB 2.0や無線LANを用いれば、PIMデータの同期も簡単に実現できる。 また録画しておいたテレビ番組をPSPで見たいという要求もあるに違いない。UMDに関して現在わかっているのは、配布用のROMタイプのメディアだけで、将来的に記録型メディアが追加されるかどうかは、それが検討されているかどうかも含めて不明だ。 SCEがソニーと共同開発、ソニーが販売するPSXはDVDレコーダ機能を持つとのことだが、その将来版がUMD-RW(?)をサポートすれば面白そうだと思うのは僕だけではないハズだ。SCEがそうした機能を実現させようと考えるかどうかは別として、技術的には不可能ではない。 このように、話を膨らませていくと何でもできそうになってくる。将来の発展の可能性まで含めて考えていくと、とめどなく頭の中で想像が膨らむ。逆に言えば、想像するしかない部分が多い、つまり謎が多いことの裏返しである。 来年末となるPSPの発売まで1年以上。我々がプロトタイプを目にするのは、来年5月のE3が最初になる予定だ。
□関連記事 (2003年7月30日) [Text by 本田雅一]
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