第180回
IntelがMobileMarkを推進する理由



 今年の6月にBAPCOがMobileMark 2002を発表して以来、Intelはこの新しいモバイルPC向けベンチマークテストの普及を推進しようとしてきた。残念ながら、今のところMobileMarkの値がモバイルPCの選択基準としては認知されるに至っていない。しかし、来年の第1四半期中には、もう一度MobileMarkをモバイルPC選択時の指標として前面に押し出すマーケティングを展開することになるはずだ。

 なぜなら来年第1四半期に投入予定の次世代モバイルプロセッサBaniasは、消費電力とパフォーマンスの両方をベストバランスさせることを狙った製品だからだ。絶対的なパフォーマンスと、絶対的なバッテリ持続時間を計測するベンチマークは数多くあるが、実利用環境をシミュレートしながら、省電力性能とパフォーマンスを同時に計測するものは、MobileMark 2002が登場するまでは存在しなかった。

 つまりBaniasの本当の実力を知ってもらうためには、MobileMarkについてエンドユーザーに認知してもらわなければいけないことになる。しかし、話はそうそう単純なものではない。

●バッテリ駆動中のパフォーマンスを計測

 MobileMarkについては、これまでに何度かIntelが記者向け説明会を行なっているため、どのようなものかをご存知の方もいるだろう。MobileMarkは、同じBAPCoのSYSmark 2002と同様に、実際にWindowsで利用されているアプリケーションが動作する時のパフォーマンスとバッテリ持続時間を計測するProductivity Modeと、HTMLの電子ブックをゆっくりと読み進めるReader Modeの2種類のベンチマークが収められている。

 後者のReader Modeは負荷が少なく、パフォーマンスが低くても待機時の消費電力が低ければバッテリ持続時間は延びることになる。コンテンツを受け身で閲覧するのみ、というユーゼージの中で、どれだけバッテリが持続するかを計測するものだ。ここでの成績は、プロセッサよりもディスプレイのバックライトやチップセット、グラフィックチップなどの消費電力が大きく影響する。どのプロセッサも、非稼働時の消費電力は十分に低く抑えられ、バッテリ持続時間はそれ以外のデバイスの省電力性に依存しているからだ。

MobileMark 2002がProductivity Modeで実行するベンチマークの内容(インテル株式会社が7月22日に開催したMobileMark 2002に関する説明会より)

 一方のProductivity Modeは、Word、Excel、PowerPoint、Outlook(それぞれバージョンは2002)、Netscape Communicator 6.0、VirusScan 5.13、Photoshop 6.0.1、Flash 5、WinZip 8.0を自動実行させ、そのパフォーマンスとバッテリ消費を計測する。このテストで計測できるのはバッテリモード時のパフォーマンスと、アプリケーションからの負荷がある状況でどの程度バッテリが消費されるかの2点。

 現在のモバイル向けプロセッサは、いずれも負荷が低いときの電力消費を抑える機能が組み込まれている。この時、どれぐらいのパフォーマンスが出るのか? という数字だ。もうひとつのバッテリ持続時間は、実はパフォーマンスとも大きな関係がある。プログラム実行時の消費電力が低い方が良いのは当然として、処理を速く実行できるほど、休める時間が長くなるからである。

 MobileMarkの重要な点は、上記のような性能を計測するため、パリ・ダカのようなクロスカントリーラリーにも似た計測方法を採用していることだ。

●時間通りに次々にアプリケーションを動かす

 MobileMarkはPCに負荷をかける際、連続してアプリケーションを実行したりしない。その代わりにタイムスケジュールに沿ってアプリケーションを実行する。クロスカントリーラリーでは、目的地への到着が遅くなっても、翌日出発する時間までは遅くならない。つまり、パフォーマンスの低い車は翌日までに十分な休息を取ることができず、だんだんと疲弊していく。

 同様に、あるアプリケーションを実行(実際の操作をシミュレートしているため、間欠的にアプリケーションに対して操作指示が行なわれる)し、処理が完了してもすぐに次のアプリケーションを実行せず、次のアプリケーションを実行すべき時間まで待つのだ。したがって、高速なプロセッサは低速なプロセッサよりも休める時間が長くなる。

 こうしなければ、処理が速いプロセッサほど短時間に多くの仕事をこなすことになり、結果として同程度の電力/パフォーマンス比のプロセッサ搭載機で比較したとき、高速なシステムの方がバッテリ持続時間が短くなってしまうからだ。

 あくまでも、ある一定の内容を繰り返し行なう中で、どれぐらいの消費電力になるのか、どのぐらいのパフォーマンスを出せるのかが評価の対象なのである。

 また、VirusScanによるシステムスキャンやWinZipによるフォルダアーカイブを、フォアグラウンドのアプリケーション実行中に、バックグラウンドタスクとして実行する。比較的優先度の低いバックグラウンドの負荷を、フォアグラウンドのアプリケーションと同時にかけることで、パフォーマンスの低さがバッテリに対するインパクトとして、より大きな影響を及ぼす状況を作り出している。

 これはパリ・ダカで言えば、砂丘を舞台にしたマラソンステージのようなもので、一定の負荷がかかり続けることでフォアグラウンドで利用できるプロセッサパワーが減少し、処理速度に余裕のないプロセッサほど、より高いプロセッサ負荷をより長い時間背負わなければならなくなる。

●結果の読み方が複雑なのが難点

 MobileMarkを使うと、AC駆動時のバースト速度ではなく、バッテリ駆動時の実際の実力を計測することが可能で、バッテリ消費に関しても実利用環境に基づく計測が可能だ。ここで計測されるバッテリ持続時間は、もちろん絶対値としては参考にしかならない。しかし、相対値としては非常に有用な数値である。

 我々がバッテリ駆動で何かの仕事をするとき、バックグラウンドタスクを除けば、自分の処理できるペースでしか操作することはできない。一定時間に処理できる仕事量は急激に増えたりしないものだ。であるならば、処理が速く終了したり、バックグラウンドタスク実行時のヘッドルームが広いプロセッサがより長い時間休めるMobileMarkは、BatteryMarkやJEITA標準バッテリテストと比較して、プロセッサ能力と連動した消費電力を計測できる点で優れている。

 しかしノートPCを設計しているPCベンダーや、PC技術に詳しいマニア層以外の人が、その内容や意味を理解し評価するのは難しいかもしれない。

 たとえばWindows XPはコントロールパネルの「電源オプション」で、電力設定のスキームを変更すると、プロセッサの動作モードが変化する。モバイルPentium 4-Mの場合、[バッテリの最大利用]にすると最低クロックで常に動作するように固定され、[ポータブル/ラップトップ]に設定すると自動的にクロック周波数が変化。そして[常にオン]に設定することで、最大周波数で常に動作させることもできる。

 このとき、パフォーマンスは[常にオン]と[ポータブル/ラップトップ]の間では、わずか1%ほど後者が遅い程度だが、[バッテリの最大利用]にするとパフォーマンスがガクンと低下する。一方、同時に計測したバッテリ持続時間は、[ポータブル/ラップトップ]設定時、[常にオン]よりも5%程度バッテリが伸び、[バッテリの最大利用]設定時の2%落ち程度に収まってくれる。

 つまり、[ポータブル/ラップトップ]という設定は、バッテリ持続時間を最大化するわけではないが、それに近い効果を得つつ、パフォーマンス面では常にオンの状態とほとんど変わらない、非常に効率の良い設定だと評価できる。

 この例は電源設定スキームの違いを見たものだが、異なるプロセッサ、異なるシステムコンポーネント、異なるバッテリ容量が混在する複数のPCを比較する中で、どのような基準でパフォーマンスとバッテリ持続時間の計測結果を評価すべきなのかを、エンドユーザーが判断するのは難しいだろう。パフォーマンスの背景に、どれぐらいのバッテリを消費するのか、バッテリ容量はいくつで、それを装着した時の重さはどれぐらいかなどを考慮せねばならないからだ。

東芝のBanias搭載試作機

 MobileMarkを用いれば、おそらくBaniasの処理効率の良さ(すなわち最大処理速度が速いにもかかわらず、平均消費電力は低い)を浮き彫りにすることができるだろう。しかし(処理内容にもよるが)絶対パフォーマンスは、より安価なモバイルPentium 4-Mと代わり映えがしないと評価されるかもしれない。一方、バッテリ持続時間だけで評価されれば、Crusoeなどの省電力だがパフォーマンスの低いプロセッサと似たような値になるかもしれない。

 まだBaniasが登場していない現在、あまり深追いするつもりはないが、パフォーマンスとバッテリ持続時間を組み合わせて評価するMobileMarkの普及は、Baniasが登場のインパクトを強める上でも重要なポイントとなる。

 しかし、エンドユーザーにとっても、評価基準としてMobileMarkに慣れておくのは悪いことではない。Intelは製品戦略上、MobileMarkを推進する立場だが、エンドユーザー自身も本当に携帯性の高いPCを望むのであれば、MobileMarkを使うことでより望みに近い製品を選択することができるというメリットを享受できる。IntelがモバイルPCを評価するための新しい価値観を持ち込もうとしている今、その動きに乗ってみるのも悪くない話だ。


□BAPCoのホームページ(英文)
http://www.bapco.com/
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【7月22日】インテル、モバイルPCのベンチマークに関する説明会を開催
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0722/intel.htm

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(2002年11月14日)

[Text by 本田雅一]


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