第154回:変わり者が創る次のモバイル



 つい先日、というか昨日の事なのだが、Webbooksの倉持氏と4年ぶり(フランスワールドカップ開催時に欧州で会ったのが最後だった)に会った。倉持氏はビックコミック・スピリッツ誌で美味しんぼうやデジスピを担当し、美味いものからデジタルモノまで(出身は秋葉原の近所とか)実に幅広い知識を持っている。おかげで我が家も一時はカルピスバターをはじめとする、ちょっとだけ高級な食材にはまってしまったこともある。

 呼ばれた理由はFM東京制作のラジオ番組「SUNTORY SATURDAY WAITING BAR AVANTI」のゲストとして。倉持氏が聞き役で、僕が話し役。旧知の話し相手でリラックスしてしゃべることができたが、東京ローカルと思いきや全国放送と(後から)知って驚いてしまった。何時放送されるのかサッパリ全く知らないのだが、喋ってはならないことを言ってないよう祈ろう。シナリオのないこの番組、話した内容の細かいところを実はあまり憶えていないのだ。


●減ってしまったイースターエッグ

Excel 2000のイースターエッグ

 AVANTIでの話の端緒は「イースターエッグ」。特定条件で現れるメッセージのこと。昔からAppleの製品にはイースターエッグがたくさん隠されてきたし、Windows系ではバイオシリーズの誕生日を祝う壁紙チェンジャーのイベントがよく知られている。その昔はWordやExcel、Notesといったビジネス系のソフトにまでイースターエッグが仕込まれていたものだ。

 中でもExcel 97に仕込まれたフライトシミュレータや、Word 97のピンボールゲームは、非常に凝ったイースターエッグとして広く知られている。これらはExcel 2000、Word 2000にも(やり方は異なるが)似たような仕組みが組み込まれており、おそらくExcel 2002やWord 2002にもあるハズ、というのがおおかたの予想(だが、まだ見つかっていない)。それ以外にも、Eeggs.comにアクセスすれば無数のイースターエッグについて情報を得られるはずだ。

 なお、元々のイースターエッグとは、イースター(復活祭)の日曜日(イースターサンデイ)に、芝生や草の中に隠したイースターエッグを探すエッグ・ハントというゲームに由来するそうだ。これが転じて、コンピュータソフトウェアの中に埋め込まれた隠しプログラムのことをイースターエッグと言うらしい。

 さて、なぜイースターエッグが(全国放送のFM番組で)テーマになったのかは僕にはわからないのだが、ひとつ言えるのはイースターエッグが近頃とっても減ってしまったことである。イースターエッグにはユーザーを喜ばすために意図的に仕組まれたもの(DVDソフトの特典映像など)もあるが、本来は開発者がこっそりと(堂々とというのもあるが)自分の存在を示したり、何らかのメッセージを入れたりすることが多い。その理由のひとつには、作者の製品に対する思い入れの深さや自らがオリジナルの発案者であるという自己顕示欲のようなものがあるのかもしれない。

 主張の強い製品、機能に自信のある製品ほどイースターエッグが仕込まれている確立が高いように感じる。イースターエッグではないが、初代Macintoshの筐体裏に開発者たちのサインが刻み込まれていたことはよく知られている。イースターエッグの減少は、ハードウェア/ソフトウェアを問わずコンピュータ産業が発展し、製品の開発は誰か一人の変わり者がトレンドを創り出す時代ではなくなったからなのかもしれない(日本の製品に関して言えば、組織の中で個人が目立つ風潮を嫌う日本企業的な事情も関係しているだろう)。

 イースターエッグが仕込まれる製品のトレンドは、Mac OSからWindows、そしてPDAなどのモバイルデバイスへと移ってきたが、さらにその次にどこに行くのか。作り手側が楽しみながら、前へと進んでいる分野は非常に楽しいものだ。携帯電話のイースターエッグなどはありそうな話(実際にあるのだろう)だが、次はネットサービス上に巧妙に仕組むようになるのかもしれない。


●良い意味での“変わり者”がモバイル市場を創ってきた

 イースターエッグは、いわば全く無駄なプログラムやデータである。なにしろ、本来の目的には何ら関係しないのだから。Excelに3Dゲームを仕込むぐらいなら、もっとアプリケーションをスリム化しろという声も当然あるだろう。

 しかし、そんな意味のないところに力を注ぐ遊び心こそが、新しい応用の分野を創ってきたのではないだろうか。以前、ある編集者がCOMDEXでMacintosh Portable('89年当時7,300ドル、日本では140万円で約7.2kgもあった)を本当に持ち歩きながら取材していた現地のジャーナリストを目撃したそうだが、そうした良い意味での“変わり者”が、新しい市場を創造していくのかもしれない。

 ジャスト1kgで乾電池駆動を実現したIBMのThinkPad 220は、当時の日本IBMの体制ではいくら売っても開発費や販売管理費を回収できない見込みだったそうだが、それでも製品化してしまった。そのころには、採算性を度外視してもそうした分野に手を出す、遊び心を許せる環境があったとも言えるだろう。

 とにかくどこにでもデジタル機器を持ち歩き、いつでもコミュニケーションを行ない、なんてことを考えていると、あまりPCやモバイルデバイスを使わない人たちから「そんなにしてまで、忙しくなる必要なんてないじゃない」と言われることもある。しかし、周りから見ると滑稽な風景でも、真剣に使いこなしを考えているうちに、新しい使い方が生まれてくる。

 こんな業界にいる僕でさえ、“あぁ、この人はなんて変わり者なんだ”と思う人たちはたくさんいるが、そんな人はたいていの場合、話をし始めると早口言葉で自分の思い描くビジョンを語ってくれる。

 ではPC業界に、そんな変わり者がいなくなったのか? と言えばまだまだいる。自社の全然関係ない製品にCrusoe搭載の基板を組み込んで動かし「どうだ、いいだろ?」と部下に見せる人、ノートPCにPDAを取り込んだ特徴的なデザインを製品化しようとしている人、ノンPCでUSB同士を結びつけることで変わった使い方(エプソンがそのためのチップを発表している)を考えている人、とにかく小さく軽く作ることに命をかけ使い方を後から一生懸命考えている人、デスクトップPCの機能を家の中でどこでも使えるダムノート型端末をどうすればエンターテイメントにできるか思案している人、Windowsに対応した製品を開発しながらマイクロソフトとは絶対に迎合しないと言って憚らない人。

 名前を出すには問題があるかもしれないので、ここではすべて名前を伏せておくが、これだけPC業界が厳しくなった中でも、遊び心を持っていたり、何かを実用的なものにしたいとビジョンを思い描いている人はたくさんいる。そして、そんな人たちはモバイルの分野に集まってきているのだ。こうした変わり者がいる限り、まだまだこの業界、変化があるだろう。

 翻ってエンドユーザーを見渡してみても、実際に製品を開発したり、マーケティング活動に関わる人以外にも、新しいアイディアや変わった使い方をしている人たちは少なからずいるはずだ。そんな世の中の“変わり者”モバイラーたちのキモチが、ベンダーに届く方法はないものかと思う。

 そんなわけで、昨年の秋ぐらいからPCベンダー各社に「アンケートや意見収集の協力」を少しづつお願いしている。以前、僕が集めた無料バッグをプレゼントする企画をやったことがあるが、同様の手法で意見を集めてPCベンダーの開発部門や商品企画部門に直接フィードバックする企画をやりたいと思っている。そのときは、無料バッグではなく、ちゃんとした賞品を用意するように画策しているので少しだけ期待して欲しい。現在、すでに何社かのPCベンダーから賛同をいただいている。


●余談

 Macintosh Portableについて調べているとき、奈良にあるスピーカーのベンチャー企業、株式会社タイムドメインの社長由井啓之氏の記事を発見した。タイムドメインスピーカーは富士通のFMV-DESKPOWERシリーズのディスプレイ内蔵スピーカーにも採用されたので、ご存じの方も多いだろう。

 実際にお会いしたことはないのだが、この由井氏、かなりの“変わり者”だ。Macintosh Portableを海外出張時に持ち歩いたり、電話回線でMacintoshを用いたネットワークを世界中に張り巡らせたり、社内にイーサネットが普及していない時代にPhonenet(電話回線を使った低価格のネットワークシステム)を会社に構築したり、Macintosh Portableを“PDA”と話したり、なんとも面白い方のようだ。

 開発する製品もユニーク。由井氏の過去をたどってみると、かつてオンキョーで「GS-1グランセプター」という、日本最大級(?)かつユニークな構造のスピーカーを開発している。タイムドメイン社の円筒形スピーカー「Yoshi9」や、卵形の「TIMEDOMAIN mini」(同様の製品は技術ライセンス先の富士通テンがECLIPSシリーズで製品化している)なども、あまり普通とは言えない製品だろう。

 実はこのタイムドメインの林氏から、別件でメールをいただいていたのだが、俄然TIMEDOMAIN miniに興味が沸いてきた。製品には持ち運び可能なように、専用のケースが付属するそうなのだ。長期出張時にはスーツケースに入れて、現地のホテルで音楽を楽しむのもいい。


□タイムドメインのホームページ
http://www.timedomain.co.jp/
□関連記事
【2001年3月29日】富士通テン、卵型フォルムで原音再生を追求したスピーカーシステム(AV)
http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20010329/ten.htm

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(2002年5月22日)

[Text by 本田雅一]


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